29 登録試験
モンスターテイマー。アルヴィアは過去にそういう役職の冒険者がいたと言っていたが、それは本部長メドリルも同じ意見で二百年ほど前に実際に存在していたらしい。相棒として一緒にいたのはウルフで、状況に応じてその他の魔物も活用していたとか。
それでドリンのこともボクが主人として機能するテイマーとして登録することは可能だ、とは言ってくれた。上級魔物を従わせるほどならきっとギルドにも貢献できるとも。
ただ……。
――登録するためには試験に合格してもらう必要がございます。受けていただく試験は二種類。知識を確かめる筆記と、実戦で戦えるか判断する実技です。ただ、最近このギルドで冒険者を志望する者が多く控えておりまして、こちらの予定もそう空いておりません。誠に申し訳ないのですが、試験を実施できるのが明日のみなのですが、ご理解いただけますでしょうか?
「あんなの言いがかりよ」
突然アルヴィアの声が洞窟内に響き渡る。きっとギルドでの会話のことなんだなとボクらは理解する。
「冒険者に登録したい人が多いから試験は明日? 意味が分からないわ。新しい冒険者が一週間に増える数なんて、たかがこの手で数えられる程度じゃない」
「アルヴィアお姉ちゃん、ご機嫌斜めだね」
テレレンがある書物を膝上に乗せたままそう話す。彼女が読んでいるのは筆記試験に関わる指南書だ。
「当り前でしょ? 試験に落ちたら二週間は受けることが出来ない。要は彼らにとって、私たちはギルドに参加してほしくないってことなのよ。人畜無害だとしても魔物を入れたくないって思ってるわ。絶対そうよ」
魔物差別、って言っていいのかどうか分からないけど、アルヴィアはとにかく自分たちが不憫な状況に追いやられてるのに納得いかないらしい。
けど実際話している間、メドリルの顔もどこか後ろめたい感じがしていたのは事実だ。アルヴィアが力技の会話運びで試験を受けるまでには至れたが、与えられたのはたった一日だけの猶予。加減だと丸わかりの理由でそうされたのも事実だが、結局あれ以上アルヴィアが詰め寄っても本部長は話を変えてくれなかった。
「人間にとって、魔物はそこまで忌み嫌う存在ってことだな」
「ごめんなさいクイーン」
「お前が謝ることはないって。今はとにかく、明日の試験に合格するためのことを考えないとな」
「そう言うクイーンは何も読んでないようだけど。折角私が自分の家に転移して色々持ってきたっていうのに」
「ボクならもう一冊読み切ったぞ」
「ホントに? 早すぎじゃないそれ?」
ボクの足下に置かれた、厚さ五センチほどありそうな本を見て怪しむアルヴィア。
「これでも城ではほぼ毎日、魔王国や魔物に関する書物を読んでいたからな。読むのには慣れてる。アルヴィアこそ勉強しなくていいのか?」
「私は免除らしいわ。過去一年以内まで活動していた冒険者は、当時の階級がゴールド以上、つまりC級以上なら書類だけで通るって」
「そうなのか。お前だけ楽してズルいな」
「決まりだからしょうがないでしょ。それよりそこに『魔物大全』があるでしょ? それも読んだ方がいいわよ」
「魔物ならボク以上に詳しいヤツ、せいぜいお父さんくらいしかいないさ」
「それは魔王から見た魔物でしょ? 試験に出てくるのは人間から見た魔物よ。きっとあなたの知ってるものとは大きく異なるんじゃない?」
「んな。それは確かにそうか」
アルヴィアの言う通りだと思って、ボクは『魔物大全』と題名が書かれた分厚い書物を手に取る。ページを開いて最初の目次を飛ばそうとするとテレレンが唸り出した。
「うわーん、覚えること多すぎるよ、これー。明日までに間に合うかな?」
「普通だったら無理でしょうね」
「無理なの!? はーん。テレレンだけ、ギルドに登録できないかも……」
「諦めるのは早いわよテレレン。ところどころ線が引いてあるところがあるでしょ。そこは試験にも出やすいところだから、そこだけでも暗記するのを意識した方がいいわ。筆記試験は十にも満たない子どもでも合格出来るから頑張って」
再び本とにらめっこを始めるテレレン。今度はドリンが口を開く。
「オデはどうすればいいダヨか? オデには実技だけだって言ってたダヨけど」
「グウェンドリンは、上級魔物だから特別問題はなさそうだけど……。でも、メドリルのあの様子だと、何か無茶ぶりをしてくる可能性もなくはないかも」
「無茶ぶり!? オデ、アドリブには自信ないダヨ」
間にボクが口を挟む。
「安心しろドリン。お前はボクと一緒に実技なんだ。無茶ぶりが来てもボクがなんとかフォローするさ」
「本当ダヨか? さすがクイーン様ダヨ」
安心するドリン。アルヴィアも考え込んでいた顔を元に戻す。
「……そうね。そればかりはクイーンを頼りにするしかないかもしれないわね」
「ねえ。テレレンの実技試験はどうなるの?」
「テレレンの場合は回復の魔法だから、形式通りであれば、土魔法で生み出した人形を仲間に、ちゃんと適切な場面で魔法が使えているかどうかで判断されるわね」
「適切な場面? テレレン、そんなの全く分かんないよ」
「大丈夫。回復系の魔法使いは基本、実技は簡単に受かるから。ただ単純に、土人形の体が削れたらすぐに魔法を発動してあげればいいだけ。頭痛がするのがちょっと大変かもしれないけど、二、三回発動すれば試験は終わるはずよ」
うんうんうん、と頷き続け、最後に両手に握りこぶしを作って「頑張る!」と意気込む。やる気だけならテレレンは誰にも負けなさそうだ。四人でギルドに登録するためには、その気合にかけるしかない。
「……ところで」
そこで四人とは全く無関係なあいつがやっと口を開いた。ボクらが一斉に目を向けると、この洞窟の主である七魔人が鬱陶しいものを見る目をしていた。
「ここでその試験の勉強会をしているのはどうして?」
「悪いなウーブ。これからの未来のためにも、ギルドに入るのは避けて通れない道なんだ。このボクの頼みだと思って、今日一日だけここを使わせてくれ」
さすがにドリンと一緒に街中にいるわけにもいかず、ボクらはウーブの洞窟で話しをしていたのだった。彼の口から大きなため息が漏れだす。
「はあ……。まあ、クイーン様のご命令なら、一日だけ許しますよ」
「ありがとな。このお礼はいつか返す。お前にとって過ごしやすい世界をボクが作ってやるから」
「過ごしやすい世界か。期待しないで待ってますね」
とにもかくにも、そこでの勉強会及び実技への対策会議は一日中続いた。試験経験者であるアルヴィアが丁寧に説明し、ボクらがそれを吸収していく。ボクは基本的に書物の内容もすんなり頭にたたき込めて、呑み込むが遅かったテレレンもアルヴィアの助けを借りて努力を重ねた。
そうして、あっという間に時は流れて。
「手応えはあったかテレレン?」
「うん! アルヴィアお姉ちゃんの言われたところ、結構出てたよ!」
「そうか。よくやったな」
「えっへへ~。クイーン様は出来たの?」
「当然。あんなのボクからしたら朝飯前だ」
「うわー凄ーい! さすがクイーン様!」
筆記を終わらせたボクとテレレンが互いに合格を確信し合う。「二人とも」と後ろからアルヴィアもやってきて、テレレンがスキップするような足取りで前に立つ。
「アルヴィアお姉ちゃんのおかげでテレレン結構出来たよ! 回復薬は短時間に二度も飲んだら毒になって危ない、とか、狭いダンジョンでは長い武器は向いてない、とかとか」
「凄いわね。ちゃんと憶えられてるわ」
「えっへへ~」
なんだか親に甘える子犬のようだ。それだけ問題を解けたのが嬉しかったのだろう。
「でもテレレン。まだ油断するのは早いぞ」
「うん。分かってるよクイーン様。実技試験もちゃんとやらないとだよね」
その通り、と言う代わりにボクは頷き、アルヴィアに訊く。
「ドリンはどこにいるんだ?」
「先に試験会場に連れてかれたわ。クイーンが先みたい」
「そうか。すぐに始まるみたいだな」
そう確認し、ボクらはギルド本部を出る。実技試験の会場は裏にある闘技場で、観客席に採点する審査官を入れた状態で試験が行われると言っていた。
実際にたどり着いてみると、ボクはアルヴィアたちと別れさせられ、会場へと案内された。直径百メートルもなさそうな小規模な試合場。土のフィールドで、見当たるのはボクが入ってきた入り口と、恐らく魔物や獣を入場させるための鉄柵だけ。ドリンは予めその真ん中で待機していて、観客席にはあの本部長を含めた審査官が三人並んで座っている。
遅れてアルヴィアたちが観客席に入ってくる。二人が採点の三人を見下ろせる位置に座ると、それを待っていたかのようにメドリルが口を開いた。
「これより、クイーン殿及びフロストゴーレム、グウェンドリンの実技試験を始める」
しっかり聞き取れるような喋り方で、本部長は手に持っていた紙を目の前に持ち上げる。
「役職はモンスターテイマー。これは非常に稀有な役職であり、魔物を扱うので危険とみなされているもの。それもクイーン殿がテイムしているのは上級魔物。ひとたび暴れ出したら熟練の冒険者でも命の危険がある。そこで、今回ギルド本部から用意したのはこちらの魔物――」
ガラガラと鎖が動く音がして鉄柵が天井に吸い込まれる。真っ暗闇なその中から赤紫の目が二つ。ドスン、ドスンと二足の足音が鳴り響き、中から巨斧を持ち牛のような頭をした人型魔物、ミノタウロスが姿を現す。
「ブモオオォォ!」
斧を両手に高々と掲げ、紫の肌をしたミノタウロスはボクらを威嚇する。
「上級のミノタウロス。この魔物を討伐することをクイーン殿の試験内容とする!」
なるほど。手強い相手を選んだものだ。




