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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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02 異種親睦

02 『何千何万もの魔物を使役する魔王のカリスマ性は神のよう。失敗とは無縁の存在だろう』 ――『魔王国ルーバの政治』ブリンドーズ学院出版

 追放された人間。居場所から追い出された、ボクと同じ境遇の存在。


「……仲間だね、ボクたち」


「ええ。そうね……」


 彼女との間に何とも言えない沈黙が流れてから、女はいきなり名乗った。


「私アルヴィア。十八歳。あなたの名前は?」


「ボクはクイーン。さっきも言った通り、人間の子どもじゃないからな」


「そしたら、本当に魔王の娘なの? スライムに襲われてたのに?」


「うっ」痛いところを突いてくる。こんな小生意気なヤツにボクの失態を見られるなんて。


「あ、あれはその……ボクの威厳に気づかないのが悪いってヤツだ」


「魔王ってなにかこう、もっとないの? 角が生えてるとか、鋭い爪や牙があるとか。そうじゃなくても、もっとこう闇のオーラみたいなのが出ててもいいと思うんだけど」


「お前、遠まわしにボクの姿がショボいって言ってないか?」


「そんなことないわよ」


 絶対に思ってる。そう言う返事の仕方だった。ムッとする感情をなんとか抑える。


「人間にとってのボクたちはどう見えてるんだか。ボクは吸血鬼の死体と竜の心臓、そしてお父さんの血で産み出されたんだ。角なんて生えないし、オーラなんてよく分かんないのも当然出ない」


「へえ。初めて聞いた」


「なんだ、そんなのも知らないのか、お前たち人間は」


「魔王と実際に会った人がいないから、おとぎ話とか噂で想像するしかないのよ」


 ふうん。まあ、ボクも人間を初めて見たわけだしお互い様か。


「でもあなたが魔王だとしたら、私たち人間の敵よね? 私を襲ったりはしないの?」


 剣を抜かずに訊いてくるってことは、彼女はまだボクのことを認めていないのか。もしくは、ボクの見た目から単に舐めているのかもしれない。ここまで馬鹿にされるとそろそろ堪忍袋の緒が切れそうなものだ。


 ……でも、なんだか怒りが湧いてくる感じはしない。もっと別の感情で蓋をされている気分。


「……今は、そんな気分じゃない」


 腕を上げる気力すらなかった。追い出されたことを思い出して、目線が勝手に下がっていって、アルヴィアのブーツを意味もなくじいっと見つめる。ふと、その足がこっちに向かってくると、頭にポンと温もりが触れた。


「……話、聞いてあげようか?」


 ふいにそう訊かれて、ボクはしばらくの間を作ってから、楽になりたい一心でコクリと頷いていた。


 * * *


「魔王様」


 玉座に肘を立てて座る魔王を前に、執事服を着たカメレオンの魔物がそう呼ぶ。魔王は配下である彼に「メレメレか」と口にして、名前を呼ばれたメレメレは、丁寧に前足を胸の前に当てて軽い会釈をする。


「クイーン様を勘当したと耳にしましたが、本当なのでしょうか?」


「……それがどうした」


 頬杖をついていた魔王はふてぶてしく答える。メレメレは顔を上げると、かしこまった態度から一転、気の抜けたような表情になって一言こう言う。


「悔いていらっしゃる、というわけですか」


「うっ!」と声を洩らす魔王。図星をついたのを確信し、メレメレは「はあ……」と微妙なため息をつく。


「何も追い出すほどではなかったでしょうに」


「し、仕方ないだろう。起きていたことが大事おおごとだったのだ」


「それでも、感情に任せて口走ってしまう癖はどうにかすべきだと存じますが」


「うぐっ!」


 また分かりやすく魔王は反応してしまう。メレメレが「昔から変わりませんね」と追い打ちをし、魔王は慌てるように言い返す。


「そ、そもそも、貴様はその時何をしていたのだ? クイーンの様子を見るよう命令したではないか」


わたくしはドットマーリー様の暴食対応をしておりました。またゴーレムたちの住処を強引に奪ったそうで」


「またあいつか。実力は確かな奴だと言うのに、あの食い意地ときたら……この前、一つの山の鉱石全部食べてしまったばかりだというのに」


 額に手を当て、やれやれと首を振る魔王。「七魔人しちまじんの座から降ろすぞと言っておくべきか」とブツブツと愚痴るのに対し、メレメレは話題を元に戻す。


「確かに私の不始末でもありました。クイーン様の面倒を見るようにと言われた責務を全うできなかったこともあります」


「いや、自分を責めるな。ドットマーリーのことは私も理解している」


「寛大な心遣いに感謝します。しかし、この不始末はどうにかして取り戻したいと存じております。そこで、私から一つ提案がございます」


「提案?」


「私が人間界に赴き、クイーン様を連れ戻して参りましょう。きっとクイーン様も十分反省なされたはずです。それに、これから奪われた支配地を取り戻す際にクイーン様を同行させた方がよろしいでしょう。これからのことを考え、そろそろ魔王としての自覚を持たせるべきかと」


「私は、クイーンにどんな顔をして会えばいいのだ?」


「いつも通り、気高くお優しい姿をお見せしてあげましょう」


 メレメレが冷静にそう言って、魔王は少し考えてから「行ってきてくれ」と命令した。「承知いたしました」とメレメレは答え、魔王の前から下がっていく。


 * * *


 木々の中からアルヴィアが出てきて、手に持っていた薪を河原に置く。時刻は夜を迎えていて、辺りは既に暗くなっていた。


「何をするつもりだ?」とボクは訊いてみると、「焚火よ」と答えが返ってきた。手に合っている大きさの枝を一本残し、腰の剣を抜いて、樹皮の一部をえぐろうと叩くように切れ込みを入れ始める。


「そんなので火が起こせるのか?」


「こうして削った部分に……摩擦熱で火を起こすのよ」


 喋りながら、アルヴィアは置いていた薪の中から細く手頃なものを手に取った。その場に座り込み、太い枝を足で固定し、樹皮を剥がした部分に細い枝を押し当て、合わせた両手を交互に素早く動かしていく。なんだか原始的だ。


 時間がかかりそうなのを悟ったボクは、右手に魔力を集めてそこに火を起こした。燃える火の玉を持つようにして、アルヴィアが集めた焚き木にスッとそれを置くと、瞬く間に焚火がパチパチと音を鳴らして完成した。


「……あなた、魔法使いだったのね」


 アルヴィアが静かに驚く。


「魔王の娘だからな。炎の魔法は得意なんだ」


 少し意外そうな顔をしてから、アルヴィアが細い枝を焚火の中に投げ入れる。


「……さっきの話、本当みたいね」


「なんだよお前。まだボクを疑ってたのか?」


「だって、いきなり出会った少女から、『自分は魔王の娘だ』なんて言われたら誰だって疑うわよ。それに、あなたからはその……あんまり威厳とかを感じられないから、つい」


 またバカにされた。そりゃ自分でも、お父さんみたいな威厳とか、恐怖感みたいなのはまだ足りないって自覚はあるけど。


「魔王って言う割に、さっきも人間の私に心の内を全部話しちゃうしね」


「そ、それは……」


 失態だ。さっきはつい、楽になりたい一心でこいつにすべてを話してしまったけど、よくよく考えれば魔王が人間に悩みを聞いてもらうなんておかしすぎる。ああもう! なんてことをしてしまったんだ、一時間くらい前のボク!


「だ、誰だって辛い時があるってことだ。お前だって、信頼していた仲間から追い出されてここまで逃げたんだろ?」


「そ、それはそうだけど……」


 アルヴィアは俯く。三角座りをしていた状態だったのもあってか、わずかに彼女の体が縮こまったように見えた。焚火が映る瞳は光っているけど、どこか虚ろな様子だ。


「ボクの話を聞いてくれたんだ。お前の話、聞いてやらないことはないぞ」


 ふと、ボクは彼女から焚火に目線を移しながらそう言っていた。言い切った途端、尻目に頭を上げるアルヴィアが見えて、彼女はちょっと穏やかな表情になりながら、焚火に向かって話しを始めた。


「大した話じゃないわ。私の力は必要ないって言われたのよ」


「必要ない?」


「私、普段はギルドの冒険者をやっているの。困った人を助けたり、魔物を討伐するのが主な仕事。ギルドでは階級っていうのがあって、高ければ高いほどいいんだけど、ウチのギルドマスターがその階級にこだわる人で、もう私じゃお荷物だって言ってきたの」


 ギルドとか冒険者とか、そういうものはボクには分からないから、階級なんてものがどういった価値のあるものなのか全然想像できなかった。なんなら、魔物を倒すのが仕事だとしたら、ボクにとって倒さなければならない敵でもある。


 だけども、今の彼女。肩を落とし、無気力な感じの彼女に、敵意なんてものは一切感じられない。たとえ敵だとしても、互いに居場所を追い出された者同士。


「いきなり仲間外れにされるのは、結構辛いだろうな」


「そう、みたいね……」


 少し声が震えている。今思い出しただけでも、また傷を負っているような感じだ。きっとそれだけ、裏切られたことがショックだったってことだろう。


「よく逃げてきたな」


 一言そう言った。何も考えない、何気ない呟きだった。それなのに、アルヴィアは「え?」と小さくこぼして、少し驚くようにボクを見つめてきた。


「魔物の間でもよくある話だ。縄張りにハブられるヤツが出てきて、逆上して喧嘩になったら、そいつは数の暴力で死んでしまう。無意味な喧嘩で命を落としてしまうんだ。だから、お前はよく逃げたと思うよ。きっと悔しい思いとか、怒りたい気持ちとかあると思うのに、よく抑えたな」


「……意外。魔王の娘って言うのに、人間を慰めるのが上手だなんて」


「それは褒めてるのか? ――って、お前」


 アルヴィアは自分の目元を指で払っていた。鼻まですすって、実は泣く寸前だったのだと気づく。


「なんでもない。ちょっと、目に埃が入っただけ」


 そう言いながら、アルヴィアはしばらく目元から手を離さなかった。いきなりの涙に少し驚きながらも、ボクは焚火を見つめて、落ち着くのを待つことにした。

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