28 大胆不敵
「ほ、本当にやるダヨか?」
「やるに決まってるだろ。魔物を守るのはボクの務めだ」
「でも、そんなの危険すぎるダヨ」
「別にボクらが死ぬことはない。ボクが人間に後れを取ると思うか?」
堂々とした態度をボクはドリンに見せつけるが、彼のビクビクとした子猫のような顔は変わらない。ギルド本部潜入作戦の概要を説明し、なんとか実行に移そうとしているのだが、作戦の核心でもあるドリンが中々乗り気になってくれない。それどころか方法を提案したアルヴィアも渋い顔をしだした。
「その自信。最初の村の時のように空回りしたりしない?」
「大丈夫だアルヴィア。ボクがあの時のショックを忘れると思うか? それに、今さっきお前と考えた作戦だってあるじゃないか?」
ドリンを説得する際に、ギルドに入った時の行動を予め話していた。アルヴィアはボクの言葉に軽く頷いてみせる。
「そう。まあ、当たって砕けそうになったら、すぐに転移して逃げ出せばいいわけだし。とりあえずはその考えに賭けてみるしかないようね」
テレレンの手を取り、ドリンの氷が張っていない腕部分に触れるアルヴィア。
「手を繋いで。そうすれば一斉に転移することが出来るから」
そう言われてボクもテレレンの手と、ドリンの太い一本指を掴んだ。ふいにボクは転移した瞬間の出来事を思い出す。
「またあの感覚が来るんだな」
「それはなんとか我慢して」
目を瞑ったアルヴィア。それに反応するように指輪につけられた宝石が光を放っていくと、ボクらの視界がバッと一瞬にして白に包まれた。
グルグルグルグルと。無地の世界を何度も回転していく。握っている二人の手を離さないようにギュッとして、ボールの中で転がされてるような感覚を必死に耐える。
そうして目の前にギルドの内装が浮かび上がると、気がついた時には目的の場所まで転移していた。ボクは手を離してフラッとしそうな頭をパンッと両手で叩いた。
「よし。ついたな」
まだ世界はぐわんぐわん揺れているが、前より気持ち悪くはない。
けど、自分の身を案じている暇もなく周りから悲鳴やどよめきが起こっていた。見る必要もなく、それはドリンに向けられたものだ。瞬時に武器を取る者や恐怖に顔を青ざめる者など。そんな彼らが動き出すよりも先に、ボクはもったいぶるように咳払いしてギルド内に響き渡るように演説を開始する。
「安心するがいい冒険者たち。こいつは世にも珍しい人間の心を持つ魔物で、ボクらに懐いてる。人間を襲うようなことは絶対にしない」
ドリンに顔を向けて、今からそれを証明しようとする。
「跪け」
ボクの命令にハッとし、ビクビクしながらも片膝を立てて頭を下げるドリン。ギルド内の冒険者たちがそれを見てざわざわしだす。
「ボクの名前はなんだ?」
「クイーン様ダヨ」
「ボクへの忠義は本物か?」
「本物ダヨ」
「そしたらテレレンの手にお手をしろ」
咄嗟にテレレンが手を出し、ドリンの一本指がそこに優しく乗っかる。「冷た!?」と騒いでしまうと、周りのヤツらが一瞬警戒心をむき出しにしたが、すぐにドリンが「ごめんダヨ!」と謝罪の言葉を口にすると、ギルド本部内は再び驚きの声に包まれた。
作戦は順調だ。誰かがやっかみしてくる前にドリンの素性をしっかり見せれた。冒険者たちはボクの命令に従う魔物に対して、ひそひそ話をしてたり常に武器を抜けるよう構えていたりとそれぞれの反応があったが、そこにアルヴィアがこの場の全員に聞こえるように受付嬢に話しかける。
「さっき話していた四人目、ちゃんと連れてきました」
「え、えーっと、四人目というのは、やはりそちらの……?」
信じられないと言わんばかりにドリンを見る受付嬢。アルヴィアはそこから話を広げる。
「テイマーという役職がありますよね? 犬や鳥を相棒にしている冒険者。私が知る限り、その昔、まだここが一つの王国に制定されるより前の頃に魔物を従わせた、いわゆるモンスターテイマーがいたそうです。そして、そのモンスターテイマーがギルドに登録したのは、なんと今のダルバーダッドだったとか」
「はあ……。しょ、少々お待ちを。確認するために本部の本部長を連れて参ります」
席を立ち、一目散に裏の階段を駆け上がっていく受付嬢。
帰ってくるのを待っている間、ギルド本部は過度な緊張感に包まれているようで、冒険者たちのざわめきが収まる気配はなかった。大きな騒ぎになる前に話を進めたいとボクらは全員そう思っていたけど、作戦がすべて上手くいくことはそうそうない。
「なんの騒ぎだこれは?」
新しく誰かが入ってくる音がして、振り向いてみるとそこには、ボクのことを侮辱したギルエールが中に入ってきていた。そいつの目がアルヴィアを見つける。
「アルヴィア。貴様だったか」
ギルエールの瞳がドリンを睨みつける。発作が起きたようにドリンは身を縮こませて、ギルエールが高圧的になる。
「今更何をしに来た? 上級魔物を生け捕りにしたのを自慢しに来たのか?」
「そうだとしたら、ちゃんと裏の方から回ってくるわよ」
「それじゃなんだ? まさか、このギルドを潰しに来たのか?」
「ギルドに登録しに来たのよ」
「登録? ――ップ、アッハッハ!」
大げさにも腹を抱えた高笑い。鼻につく態度がしばらく続く。思わずボクはムッとするが、その間にアルヴィアが後ろにいるボクにドリンの背中に隠れるよう腕で煽ってきた。
「面白い冗談だ! メンバーはその四人か? 貴様と幼女二人と魔物が一匹。曲芸師の試験会場はここじゃないぞ」
「あなたのその笑い方こそ、ピエロみたいでお似合いだと思うけどね」
「なに!」
ヤツの顔つきが一気にキッとしたものに変わる。自分から煽ってきたくせに、煽られるのに慣れていないようだ。
「この俺を馬鹿にするのかアルヴィア・ラインベルフ! ミスリル級ギルド『ソルディウス・エスト』のリーダーであり、誇り高きリーデル家の嫡子だぞ! お前の家よりも地位があることを忘れるな」
ピシッと指を差すギルエール。アルヴィアはその手の甲に残ったやけど痕を見つめるようにしていると、ギルエールがその痕をもう一つの手で隠す。
「俺はお前みたいな臆病者じゃないんだ。自分しか守れないようなヤツに比べて、俺は大衆を守る責務を果たしている」
「大衆を守る? そんなの、このギルドで活動している冒険者はみんなそうでしょ?」
「こいつらと俺は違うさ。今も俺は、こうしてこの目でその魔物が魔法を使って暴れ出すのを抑制している。俺の力によって、暴力の化身であるゴーレムの行動を制限させているのさ」
「よく言うわ。彼が戦いを好まない、とんでもない臆病者だって言うのに」
「笑わせる。そいつらは化け物だ。魔王の瘴気によって生み出された心なき獣。穢れた心臓を持つ悪魔だ。野犬や狼なんかはまだ食べれる肉になるからいいが、そいつらから出た素材は俺たち冒険者の装備品にしか使えない。倒したら塵も残らず消えてしまえばいいものを、やたら生にしがみつこうとするみみっちい脳なしどもが」
「あなた。それ以上言ったら痛い目見るわよ」
「俺がか? ッハ! 誰がそう出来る? お前か? 魔法が使えてもせいぜい無敵になるだけで、俺を倒すことなど出来ないくせに」
腕を組むアルヴィア。彼女が黙り続けていると、ギルエールは途端に調子づく。
「何か言ったらどうだ? そうか、何も言い返せないか。俺の言ってることは事実で正しいもんな。所詮貴様は無能。支配地を奪われた魔王のように、器の小さいままそうしてふんぞり返っているのがお似合いさ」
咄嗟に指を鳴らした。抑えようとしていた怒りがそこで湧き出て、問答無用でそいつのどこかにイルシーを唱えてやった。白き幻影の炎が音を立てると、高圧的だったそいつは急に情けない悲鳴を上げる。
「ヒッ!? な、なんだこの炎!?」
ドリンの背中からチラッと様子を窺う。燃えた部分は左手の甲。丁度やけど跡が残っていたところで、ギルエールは着飾った笑みを浮かべる余裕もなく炎を叩いて火消ししようとしている。
「なんだよこれ! 全然消えねえっ!」
ギルエールの慌てっぷりに辺りの者たちも原因を見つけようとキョロキョロしだして、またせわしない空気がこの室内に漂った。そんな中、アルヴィアはボクに振り向いてきていて、よくやったと言わんばかりにほくそ笑んでいた。
――悪い顔だ。
ボクはギルエールに近づいていき、ブンブンと振り続ける腕をガシッと掴む。
「何をする!」
「目を瞑れ」
「はあ?」
「いいから」
嫌がって引こうとするのをどこにもやらないようにぎゅっと握りしめ、やっと彼はボクの言うことを聞いてくれる。さっさと済まそうと、白炎に向かってふっと息を吹きかけて発動を解く。手を離してやると、目を開けたそいつの顔に唖然とした間抜け面が現れた。
「んな!? どうして?」
「見えてるものがすべてだと思うからやけどなんてするんだ。魔物はただの化け物じゃない。彼らの存在を改めないと、これから先、必ずどこかで命を落とすぞ」
「チッ! 小娘風情が。この俺に説法垂れるか!」
「お前に比べたら、ボクは充分お姉さんだ」
「んだと!」
「――お待たせいたしました」
受付の方から男の声がして、振り向いてくるとさっきの受付嬢が本部長らしき人を連れてきていた。
「モンスターテイマーでの登録希望の方は、そちらで間違いないでしょうか?」
「ええ。私たちです」
「ここの本部長メドリルでございます。ここではその魔物が目立ちますので、中でお話しましょう」
その指示にボクらは従い、アルヴィアを先頭に関係者用の内部に案内されていく。ずっと後ろから睨まれてるような気配が、別室の扉が閉められるまでされていた気がした。
「……へえ。あれが竜の首飾りを持つ者。面白そうじゃねえか」




