27 レイリア・ラインベルフ
ドリンをギルド内に連れていくにあたり、何か考えがあると言ったアルヴィア。彼女に連れられてダルバーダッドの街中を歩いていたが、何やら人を入れさせないための柵に覆われた敷地の、その裏口らしきところに近づいていると、アルヴィアは腰裏のポーチから一本の鍵を手に取って柵の扉を開けようとした。
「どこなんだ、ここ?」
鍵穴を回して、扉に手をかけながらアルヴィアは答える。
「私の家。ラインベルフ家の屋敷よ」
「スッゴーイ! 大きなお家!」
裏庭に入ってすぐ目に映る邸宅の後ろ姿にテレレンが目を光らせる。さすがにお父さんの城ほどではないにしろ、よくも人の手でこれが作れたものだとボクも感心してしまう。使用人とかがよく働いているからか、石鹸のような清潔な匂いもしてくる。
「お前の家に、ドリンを連れてくるための何かがあるのか?」
「そうよ。城を目指すためにもきっと役に立つものよ」
柵の扉を閉めたアルヴィアがボクらの前に立ち、歩き出そうとする前に身を捻って一つ忠告してくる。
「ここでは誰にもバレないように静かにお願い。人に気づかれるとちょっと厄介だから」
瞬時に両手で口を押えるテレレン。
「う、うん。分かった」
ボクも流れに乗ってそう納得してしまったが、すぐに何かが引っかかる感じがした。ここは自分の家だというのに、どうしてアルヴィアは見つからないように気をつけないといけないのか。
その質問をぶつける前に、アルヴィアはさっさと周りを注意深く警戒するようにしながら歩いていってしまう。
「……ここら辺で見えるはずなんだけど」
適当に歩いていたと思うと、アルヴィアはいきなり足を止めた。すぐ横の屋敷の二階の窓ガラスを見ているようで、何やら誰かが出てこないか窺っているようだった。
「コイツで様子を見てやろうか?」
ゾレイアを発動させ、眷属の黒猫を見せながらボクはそう訊く。
「いえ。これで伝わるはず」
断りを入れたアルヴィアは片手にルシードを発動させた。微かに漏れた魔力がボクの肌に当たってくると、しばらくして窓ガラスが突然押し開けられた。そこから身を乗り出してこちらを見下ろしてきたのは、アルヴィアとよく顔の似た女性で、オレンジ色の髪色に朱色の虹彩と、彼女とは反対の配色の見た目をしていた。身に着けてる衣服も見栄えが女性らしくも戦闘でも動きやすそうな感じで、次に聞こえた言葉でボクはすぐに正体を知る。
「お姉様!」
「久しぶり、レイリア」
「待ってて。すぐにそっちに行くわ」
そう言うや否や窓を開けた彼女はいきなり光に包まれて体が消えた。ボクが驚いてるのも束の間、次に隣で突然光が瞬いたかと思うと、なんとそこにさっきまで屋敷内にいた彼女が外に現れていた。紛れもなくお父さんと同じ魔法の効果。アルヴィアの妹はこっちに来るなりお姉様に思い切り抱き着く。
「ちょっと、レイリアったらもう」
「だってずっと会いたかったんですもの。お姉様ったら、急に家を出て行っちゃうから」
その言葉にスッと笑みが消えていくアルヴィア。それでも妹の前だからか、無理に笑みを浮かべ直そうとして哀愁漂う顔になって、体を離し彼女と向き合う。
「ごめん。本当はレイリアには言っておきたかったんだけど、その時になって色々あったから、結局あなたにも何も言えなかった」
「気にしてないわ。何も言わなくても、私はお姉様を信じてるから」
「ありがとうレイリア」
姉妹の感動の再会の瞬間に立ち会ってしまったが、そこでちらっとアルヴィアがボクらのことを見てきて話題を変えた。
「今日はレイリアにお願いしたいことがあって来たの」
妹が姉の目線を追ってボクら二人を見てくる。
「この二人は、お姉様のお友達?」
「そう。紺色の髪がクイーン。ピンク色のがテレレン」
アルヴィアがボクたちを紹介すると、妹はボクらにきちんと体を向けて、ドレスを身に着けたような女性らしいおしとやかなお辞儀をしてきた。
「初めまして。レイリア・ラインベルフと申します。お姉様のお友達とお会いできて光栄です」
「クイーンだ。レイリアでいいか?」
「はい」
「さっきの魔法、テレポートの魔法だよな? お前は魔法使いなのか?」
「その通りです。魔法の名前は『ポレート』。任意の場所に転移することが出来る魔法です」
やはりそうだったか。人間でも使えるヤツがいるとは。
「それなんだけど、レイリア」とアルヴィアが口を挟んでくる。
「昔、母から頂いたアーティファクト。あれはまだ残ってる?」
「『転移の指輪』のこと? それならちゃんと残してあるわ」
「それを貸してもらいたいんだけど、お願いできるかしら?」
「もちろんよ。すぐに持ってくるわ」
そう言って、レイリアの体がすぐに白い光に包まれる。いきなりパッと消えたかと思うと、わずかな魔力の残影が屋敷の二階へと飛んでいくのを感じられて、ボクは咄嗟に開けっ放しの窓ガラスに目がいった。
「やっぱり便利だな、転移の魔法は。ところでアルヴィア。さっきの転移の指輪ってなんなんだ?」
「レイリアの魔法と全く一緒の効果を持った指輪よ。ウーブの持ってた死霊の指輪と同じアーティファクトで、前に私の母がどこかの魔物を倒した時に手に入れたの。貴族だからか所有権も譲ってもらえてて、レイリアがまだ魔力が足りない時に練習に使ってたの」
「そしたら、ボクでもあの魔法が使えるっていうことか!」
「そうだけど、実際はそこまで遠くには行けないわ。ここから魔王国まで行くのはまず無理。そこまで行ける魔力なんて指輪に内蔵されてないし、指輪の中の魔力が切れたら一日くらい待たないとまた使えない。ついでに言うと、自分の知ってる場所しか転移できないわ」
「そう、なのか……」
アーティファクトと言えど不完全な代物のようだ。これを使えば自分の家にも戻れると思ったが、さすがにそう簡単にいきはしないか。ボクがこっそり肩を落としている横で、テレレンが口を開く。
「でも、転移の指輪を手に入れて、アルヴィア姉ちゃんは何をするの?」
「ギルド本部に行くまでに、ドリンの正体を隠しながら街中を歩くことはできないでしょ? だから、転移の指輪さえあればなんとか行くことはできるかなって思って」
「ああそっか。ドリン君はとっても体が大きいし怖がられるから、指輪の力でギルドまで飛んでいくんだね」
これまた大胆な方法を。ギルド本部にいきなり転移しようと言い出すとは。まあ、最初にドリンも一緒にいないと駄目だってわがまま言ったのはボクだけどさぁ。
そうこうしてる間に、ボクらの間に光が現れてレイリアが姿を見せた。手を固くギュッと握りしめていると、さっさとアルヴィアの手を自分で広げて持っていた指輪を急ぐように渡した。
「ちょっと時間がないの。お友達の二人も、私の手を握って」
いきなりそんなことを言われて、ボクとテレレンは少し困惑してしまった。だが、次の瞬間に窓ガラスから「レイリア様ー!」と誰かが大声を出しているのが聞こえてくると、急がないといけない理由がなんとなく肌で感じてレイリアの伸ばした手に二人で触れた。
そして、レイリアから集中した魔力がボクたちを包んだ感じがしたその時。
「――んな!?」「――うわ!?」
急に世界がぐるっと一回転して、そのまま視界が白く眩い世界にへと変わった。いきなり宙に投げ出されたような浮遊感に襲われ、頭の中はグルグルと渦巻きに巻き込まれたみたいに回って、やっとその感覚から解放されたかと思うと、ボクたちは知らない間に屋敷から抜け、ダルバーダッドの街の外まで転移していた。
「ふう。お二人とも、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。なんだかクラクラして、若干気持ち悪い……」
「テレレンもお目めクルクルしてる~」
その場で回転してパッと前を向いたみたいに、見えてるものがグワングワン揺れている。こっちを見ているレイリアの姿もはっきり映っていなかったが、彼女は「ごめんなさい。今急いでるから」と言って、またすぐに魔法を発動しようとした。とっさに平気そうなアルヴィアが一言声をかける。
「急ぎの出兵?」
「うん。隣町からの援軍要請。突然現れた魔物に苦戦してるらしいの」
「そう、魔物が……。気をつけてね、レイリア」
「ありがとうお姉様。今日は会えて本当に嬉しかった」
別れ挨拶を簡潔に済まし、レイリアはポレートを発動して目の前からいなくなった。アルヴィアがボクらのことを「大丈夫?」と心配してくるのを、ボクは頭を抑えてなんとか視界を安定させようとした。
「うう。転移の魔法って、こんな気分になるんだな。初めて知ったよ」
「使っていけば慣れるものよ。私も小さい頃、これで遊んでるところを見られてよく怒られたわ」
「そうなのか。だからアルヴィアは平気なんだな。レイリアはどこに行ったんだ?」
「魔物を倒しに。内は女系貴族で、レイリアが将来家を継ぐことになってるけど、魔物を倒して市民を守るのは貴族としての務めなの」
「ふーん。あんまりいい気はしないが、今は仕方ないか……」
テレレンは未だに頭がフラフラしている。もうしばらくしないと安定しそうにない彼女を見ながら、ボクは屋敷でのアルヴィアの行動を振り返る。
誰にもバレないように……。自分の屋敷でそうする理由って、一体何なんだ?
「なあアルヴィア。アルヴィアの家ってここにあるのに、どうしてそこにいたがらないんだ?」
夕陽のような瞳がふいにそっぽを向く。
「私がどうしようと勝手でしょ。内の家系は妹のレイリアが継ぐことになってるし、私があの家にいなくても何も問題ないもの」
「問題ないとかの話なのか?」
「そういう話なのよ。魔物の方はどうか知らないけど、人間の方はみんな事情ってのがあるの」
とても棘のある言い方。なんとなく話しづらい何かがあるっていうのはボクにも分かるけど、それが何なのかは皆目見当がつかない。あんまり触れない方がいいんだろうな。
「それで、これからのことだけど……」
話題をそらしたアルヴィアが、ボクの後ろをじっと見てきた。不思議な視線にボクは振り返ってみると、そこに例の氷の背中が地表に出てきていた。レイリアが転移した場所が、偶然にもここに一致していたらしい。
「まずは、起こしてあげましょうか」
「ドリーン、起きてるかー?」
……反応がない。まるで初めて会った時のように微動だにしない。
仕方がない。ボクは一本指にフレインの魔法を集中させて、そいつの岩肌にチョンと触れた。




