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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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26 ギルド

「アルヴィア。さっきの男は誰なんだ?」


 街中を歩きながらボクはそう訊く。アルヴィアは振り返らないまま仏頂面で答えてくる。


「ギルエール・フォン・リーデル。私がかつて所属していたギルドのリーダーよ」


「リーダーって。それじゃもしかして、お前のことを追放した?」


「そう。あいつに言われて私はギルドを追い出された。だから今は、なんの関係もない人よ」


 やっぱりそうだったか。あの男が、アルヴィアのことを追い出した張本人。


 さっきまで強気に口論しているアルヴィアだったけど、彼女がとても苛立っている理由はボクには察しがつく。初めて会った時、悔し涙を流しそうになっているのをまだ憶えている。


「ギルド? 追い出された?」


 首を傾げるテレレン。何も知らない彼女にボクが口を開く。


「アルヴィアの過去の出来事で、ギルドっていう昔の働き口で、彼女はそのリーダー、さっき会ったあの男にクビを言い渡されたんだ」


「お仕事辞めさせられたの!? かわいそう、アルヴィア姉ちゃん」


「気にしなくていいわよ。もう過ぎたことだから」


「アルヴィア。もう一つ訊きたい」


 ボクは自分の手の平を見つめてから質問する。


「あの男、何かボクにしてきてたか? さっき魔法を発動しようとした時、なぜかイルシーが発動できなかったんだ」


「それはきっと、ギルエールの魔法ね」


「やっぱりあいつの仕業か」


「彼の持つ魔法は『ナファル』。彼が注目した人物は魔法が使えなくなるという効果よ」


「見た者の魔法を!? なんて魔法だ」


「厄介極まりない効果よね。初めて出会った魔物は、その効果に気づくことなく倒される。私も、あんな魔法が使えたらって何度も思ったわ」


「無敵になれるヤツがそれ言うか?」


「四つも持ってる人には言われたくないわよ」


 どうしてか、アルヴィアは自分よりも他人の力に憧れる傾向がある。自分の持ってるものだって唯一無二で、それでもって強力なものだとボクは思うのに、当の本人はそれを自覚していない。


「アルヴィア姉ちゃんは、無敵になれる魔法が使えるの?」


 テレレンの質問に「そうよ」とだけ答えるアルヴィア。


「それなのに追い出されるなんて。さっきの人は相当強いってこと?」


「少なくとも、剣の腕前は私よりも上ね。一対一なら上級魔物にも勝てるかも」


「上級魔物ってどれくらい強いの?」


 その質問にはボクが答える。


「ドリンが上級魔物だが、あいつが本気で暴れ出そうと思えば、多分ここいらの建物はほとんど破壊できるだろうな」


 無限の壁のように連なる家々を眺めながらそう言うと、テレレンは両手を頬に当てて「凄い!」と驚いた。アルヴィアが続ける。


「けど、ギルドの依頼で魔物と一対一になることはほとんどない。だから私たちはギルドでチームを組む必要があるんだけど、私の盾じゃ仲間を守るのに向いてなかったのよ。それだから、代わりの人が雇われて私は追い出された」


 前も言っていたな。誰も守れない盾が必要とされないなんて、ボクからしたらあまり想像が出来ないことだが、確かあのリーダーはランク付けを気にするヤツだと言っていたっけか。きっと誰にも届かないような高みを目指し過ぎて、そのせいで人のことをまるでモノ扱いのように切り捨てたりしたんだろう。


 歩き続けながら、アルヴィアの横顔は一切無表情だった。むすっとした不愛想な顔。普段から感情表現が少ないヤツではあるが、なんとなくボクは、その目が映っていない誰かを睨みつけているように見えて、それは同時に復讐の念を心の内に秘めているようだった。


 追い出されたら悔しいだろうな。ボクだって同じ気持ちだ。悲しいとかという感情より、何よりも先に悔しさが募った。どうしてボクが城を追い出されなきゃいけないんだって。ボクにどうにかしてやれないかなぁ。


 そう思った矢先、丁度横切ろうとした建物に目が止まった。均等に窓ガラスが張られた、いかにもお役所だと分かる清潔な建物。つけられた看板には、『ギルド本部・ダルバーダッド』と書かれている。


 ギルド本部、アルヴィアが働いていた場所。


 ここで依頼を受けて、魔物討伐とかやってて、けど最後は仲間に見放された場所。あいつにとって、最後に苦い記憶が残った場所。


 ――もしも、その記憶を変えられるんだったら。


「……なあアルヴィア」


「なにクイーン?」


 足を止めたボクに彼女が振り返る。時には、思い切りも大事だって学んだばかりだ。


「ギルドの依頼ってやつは、魔物を討伐するんだよな?」


「全部がそうとは限らないけど、でもギルドと言えばそれが仕事と言えるでしょうね」


「だったらそのやり方も矯正しないとだな」


「矯正って。さすがに無理じゃない? ギルドには何人もの人が所属してるんだし、全員を説得するのはさすがに――」


「そりゃ真正面からじゃ無理だ。だから内側から変えていこうと思う」


「内側から?」


 ギルド本部を一瞥してから、ボクは茶目っ気をたっぷり込めた笑みをアルヴィアに向ける。


「ボクらも入ってしまおう。ギルドってやつに」


「……ええ!? それ、本気で言ってるの?」


「本気だとも。ボクが冗談を言ったことがあるか?」


「そうだとしても、ギルドに入るなんてそんな思い切ったこと……。城に帰るって話はどうなるのよ?」


「歩く足さえ残ればいつでも帰れる。ボクは魔物と人間が共存する世界を築きたい。そのための礎をここでも築き上げるんだ」


「そうだとしても、別にギルドに入ってまでしなくても……」


「実際にやり方を見せてあげた方が早いからな。魔物は人間の敵じゃないって。それにアルヴィアだって言い返してやりたいだろ? 自分は誰も守れない盾なんかじゃないって」


 ボクの言葉にアルヴィアはハッとした。小声で「そのために?」と訊かれたのに対し、ボクは両肩を上げて白を切ると、彼女は可笑しかったのか少しだけ笑顔を取り戻した。


「でも、私とクイーンとじゃ難しい話だわ。ギルドは単独でも加入できるけど、ランクを意識するなら四人は必要よ」


「そしたら、ボクとお前とドリンとテレレンの四人でギルド結成だな」


「その四人で!?」


 街中で大声を上げるアルヴィアの横で、テレレンがハートのアホ毛を揺らす


「なんだか面白そう。テレレンも入っていいの?」


「ああもちろん。むしろお願いしたいくらいだ。お前の回復の魔法はきっと役に立つ。魔物の傷を癒してあげれば初心うぶ魔物ヤツらはイチコロだ」


「癒してるのに殺すってどういうことよ……」


「やるやる! テレレンもやる! ずっと記憶探し続けるだけじゃ絶対飽きちゃうから」


 ピョンピョンと跳ねながらテレレンは手を上げるのを、うんうんと頷いて両諾する。三人目が確定したならあと一人だ。


「あとはドリンだけか。ギルドに誘うのはまあ出来るとしてだ」


「果たして魔物が登録できるのかしらね」


 予想できる問題をアルヴィアが言葉にしてくれる。魔物退治が仕事であるギルドにとって、ドリンの存在は受け入れてくれるかどうか。というかそもそも、ギルドに登録とか、新しく作るとかどうやるんだ? さっぱり分からない。


「……今考えてもあれか。とりあえずギルドの人に訊いた方が早いかもな」


「本当に行くの、クイーン?」


 躊躇いを見せるアルヴィア。


「こういうのは勢いが大事なんだ」とボクは彼女の手を無理やり引っ張った。「ちょっと!」と叫ぶアルヴィアの背中をテレレンも押して、ボクはそのままギルド本部の扉を威勢よくバンッと開けた。


 大きな音を立てたからか、開けた瞬間中にいる人間たちから視線が集まったが、真っすぐ先の窓口に受付のお姉さんがいると分かると、ボクは木イスが並べられた中を通り過ぎてその人に話しかけた。


「ギルドを作りたい。ボクとアルヴィア、テレレンとドリンの四人だ」


「は、はあ……新規ギルドの作成ですね」


 しっかりとした衣服に身を包んだお姉さんは、困り顔を浮かべつつも自分の引き出しから空欄だらけの紙を複数出してくる。


「登録の書類を作ってもらいます。こちらにはギルドに関する記入を。そしてこちらには、四人それぞれの情報をご記入ください。それと……」


 受付嬢はボクの後ろで誰かを捜すようにキョロキョロし、自信のない声で「四人目の方が見当たらないようですが……」と訊いてきた。


「そいつは訳あって外にいるんだ。何か問題でもあるのか?」


「そうですね。書類はここでご本人様が記入する決まりになっておりますので」


「その決まりは絶対なのか?」


「そうですね……。私の口からはそうとしか……」


「そうか……」


 いきなり壁にぶち当たった。ドリンをギルドに登録するにはここに連れてくる必要があるわけだが、こんな人間の、しかも魔物討伐が仕事のヤツらの集まりのど真ん中に連れてこないといけない。


 街には門衛とかもいたし、ここに連れてくる以前に止められてしまう。それに当然、栄華の街と呼ばれているここには人間もたくさんいるから、見つからないようになんてのは論外だ。


「ねえクイーン」


 アルヴィアがボクを呼びながら腕を回してきて、受付嬢に背中を向け、誰かに聞かれないよう小さく喋ってくる。


「ドリンを登録することにこだわる必要はないんじゃない? さすがに魔物を登録するなんて無理よ」


「それじゃ、あいつだけ仲間外れにするってことか?」


「名目上は私たち三人のギルドにしておくってこと。活動する時はドリンにも協力してもらうけど、ここでの報酬とかのやり取りは私たちだけでやる。彼の登録は諦めるしかないわ」


「その方法もあるか。……でもなぁ」


「何か引っかかるの?」


 ドリンだけを省いたギルドを想像してみる。登録の名簿には三人の名前が書かれていて、ボクたちの活動は三人だけのものになる。たとえ裏でドリンが活躍してもそれが讃えられることはないし、むしろボクらが魔物と一緒にいることがバレたら色々面倒事に発展しそうでもある。


 それは……なんだか嫌だな。先の村で村人たちに魔物のことを理解してもらえたのは、ドリンの功績が大きかった。これからあいつのおかげで変えられる世界がたくさんあるかもしれないのに、このギルドの中だけは理解されないっていうのは認めたくない。


「……あいつはボクにとって優秀な部下であって、一緒に村の形を変えた仲間だ。ギルドの名簿に、ドリンが省かれるのは認められない」


 そうきっぱり言うと、ボクらの腰のあたりから顔を覗かせていたテレレンがうんうんと頷いた。彼女のことだから調子よくそう反応しているのだろうけど、アルヴィアもその雰囲気に押されるように「分かったわ」と呟いて腕を体から離した。


「そしたらやり方を考えないとだけど……そうね。ちょっとだけ寄り道していってもいいかしら?」


「何か考えがあるのか?」


「考えってほどじゃないけど、ここにグウェンドリンを連れてくるのが楽になる方法にあてがあるかもって感じ」


 アルヴィアが振り向いて受付嬢にこう訊く。


「一ついいですか? ギルドに登録する際、制限をかけられる人はいますか?」


「いえ。規定では誰でも登録することは可能です。ただし、登録試験に合格する必要はありますので、それなりに戦うための知識と実力がない者でないといけません」


「そうですか。合格さえできれば、誰でも登録できるんですね?」


「はい」


「分かりました。その書類は後で書きます。四人目を連れてきてから」


 最後に窓口から離れながら、アルヴィアはそう言い残した。

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