25 ギルエール
「魔王国ってどんなところー?」
「ここよりちょっと寒い。あと緑も少ない」
「魔王の娘って何するのー?」
「魔王になるために知識と実力を身に着けるんだ」
「なんでここにクイーン様はいるの?」
「お父さんからの試練の際中だからだ」
「試練か。具体的に何をするの?」
「……はあ」
さっきからこの調子だ。王都ダルバーダッドに向かっている際中だが、テレレンからの質問攻めが止まらない。ドリンも「賑やかな子ダヨ」と苦笑いしている。
「ドリン君って魔物なんだよね? どうして人間を襲わないの?」
「ただの誤解だ。本来魔物は人間を恐れている。人間に襲われないよう隠れているんだ。ただ稀に、生きるために人間を襲ったりしたことが誤解に繋がってるだけなんだ」
「へえ。そもそも違うんだねー。そしたら、魔物ってどうやって産まれるの?」
「人間と同じで交尾だよ」
「こうび?」
「知らないのか? 雄の棒を雌の穴に抜き差しする――」
「そんな具体的に言うのは止めて」
アルヴィアに止められた。テレレンはなおもボクに訊いてくる。
「クイーン様はメス? そのあなってヤツもあるの?」
「いいや。ボクに性別はない。当然穴もない」
そう言った時、「え!?」と誰よりも驚いてたのはアルヴィアだった。
「あなた、女じゃなかったの?」
「言ってなかったか? 魔物に性別がない種族は何種類かいて、魔王もその内の一つだ。ボクは雄でも雌でもない」
「じゃあ、娘って言ってるのはどうして?」
「どうして、か。……多分お父さんがそう言ってるからかな? 見た目も女性のようだって言われるし」
ふむふむと頷いて理解するアルヴィア。
そうこうしているうちに、ボクらの視界に城壁が映った。今までの村々とは明らかに違う文明的建築物。灰色の石塁で囲まれた街ダルバーダッド。中に城の一角や時計塔が見え隠れしているそこに、やっとボクたちはたどり着こうとしている。
「見えたわね。あれがダルバーダッドよ」
「あそこにあるんだな、テレレンが解放の儀式を行った館が」
「絶対とは言えないけど、一番近い街はここだから可能性は高いはずよ」
「よし。そうと決まれば早速入場……と行きたいけど……」
勢いを止めたボクはドリンに振り返る。
「ドリンを連れて入るのは、さすがに無理だよな……」
ボクは今まで村の人間たちに人間だと思われてたから問題なかったが、この岩の体を持つゴーレムは絶対に騒ぎになる。
「門前払いどころか即討伐。そして近くにいる私たちは牢屋にでも入れられるでしょうね」
「オデ、どうすればいいダヨ?」
どうすればいい、か。まあ王都に用があるのはテレレンだけだし、今回は騒ぎにならないように隠れてもらうしかないか。
「お前はいつも寝る時、土を掘って眠っているだろ? それで隠れて待ってもらうしかないな」
「そう、ダヨか。分かったダヨ。ここで待ってるダヨ」
足下の土を掘り出すドリン。一人残していくのは少し気の毒だが、今はしょうがない。
「なるべく早く帰ってくる。行こう、二人とも」
遠くから見てた城壁は、近くで見れば唖然としてしまうほど高かった。少し煙っぽいような、人が大勢いると分かる人工的な臭い。入口から石の道とオレンジの屋根の家々が見えてきて、天井に上げられた鉄柵の下を通ろうとすると、横にいた門番に槍で道を遮られた。
「身分の提示を」
「身分?」
どういう意図なのか分からないボクに代わって、アルヴィアが腰裏のポーチからあのミスリルのタグを取り出す。
「ミスリル級冒険者、アルヴィア・ラインベルフ。横の二人は私の連れよ」
「ラインベルフ家!」
門番は過剰な驚きを示すと、さっと槍をボクたちの前からどかした。
「これは失礼しました。どうぞお通り下さい」
「ありがとう」
「はっ。絶対なる正義は我らに。ようこそダルバーダッドへ」
タグをポーチに戻しながら、アルヴィアがボクたちに「行きましょ」と言って先に入っていく。
「さっきのはなんだ?」
「門衛よ。怪しい人を街に入れないための監視人」
「さっきのヤツ、異様に驚いてたように見えたけど、ラインベルフ家ってなんだ?」
「それは……」
途端に口ごもるアルヴィア。何か余計なことを訊いたのかと思ったが、彼女は割り切るように再度口を開いてきた。
「私の家は貴族、いわゆる街を治める重要役人で、社会的地位が高いのよ。門番が驚いたのはそのせいよ」
「へえ、そうだったのか」
七魔人的な立ち位置って感じか? 決められた土地を支配しているって感じだろう。
「じゃあアルヴィア姉ちゃんは凄い人なんだね!」
横からテレレンのおだてが入る。アルヴィアはしけた横顔で「そうでもないわよ」と流して、そのまま街中を一緒に歩き続ける。
「いやー。内には来てないねー。名簿にも多分……うん、残ってないよ」
「そう、ですか」
扉を開けて館の外に出る。またも同じ結果に大きなため息が出てくる。
「はあ……もう七件目だ。どこもかしこも違うってどういうことだよ」
アルヴィアも首を捻り出す。
「困ったわね。私が知る限り、ダルバーダッドにある儀式の館はもうないわ」
「もうないだって? それじゃここで解放の儀式をしてないってことか?」
アルヴィアから返ってきたのは渋い顔色。そうか、と肩を落とすと、テレレンもうーんと唸り出した。
「なんでだろうね? テレレン、もっと遠いところから来たのかな?」
「一人の少女がこの街じゃないところから来るなんて、ちょっと考えづらいけど。うーん、どうなんだろう?」
謎は深まるばかり、ってか。
「ねえクイーン。ゾレイアの眷属で手がかりを見つけられたりしない?」
「さすがにゾレイアはそこまで万能じゃない。ゾレイアが見つけられるのは匂いで辿れるもの。こんな街中で、しかも時間が経った後じゃとても無理だ」
「そっか……」
「うーん……テレレンの記憶さん、かくれんぼが上手いね」
「何か見覚えがある建物とかないのかテレレン?」
「うーん……全然分かんないや」
キョロキョロと一通り見回して、テレレンはそう答える。これは……さすがに行き詰った感じか。
「一度戻ろう。ドリンをずっと待たせるわけにもいかないし、他に方法がないか考えるしか――」
そうして振り返ろうとした時だった。
「懐かしい顔だな」
男の声がした。大人びた低い声。声がした方を見てみると、以外に顔つきが若く銀色の髪を背中まで流したツリ目の人間がそこにいた。腰に剣を携えた彼は初めて見る顔だったが、ふいにアルヴィアが小声で「サイアク」と呟くのが聞こえた。
「久しぶりだな、アルヴィア」
「ええ。久しぶりね、ギルエール」
やや尖った言い方でそう返すアルヴィア。ギルエールと呼ばれた彼は、左手の甲を腰に当てるようにして、生意気な笑みをボクらに浮かべてくる。
「あの日以来、街で見かけなくなったと思ったが、まさか子守りをしていたとはな。元気そうでなによりだ」
子守り?
「……あれ、ボクも含めて言ってるよな?」
彼の目線を疑ってそう訊くと、アルヴィアはただ一言「そうでしょうね」と言った。途端にムカッとした気分になって勝手に口が動く。
「おい、お前」
「はあ? お前? 誰に向かって口を利いていると思っている?」
「知るかよ。そっちだってボクのこと子ども扱いしたんだ。詫びるのはそっちが先だろう?」
「何を言っている? お前のその見た目、どう見ても子どもじゃないか? 背伸びしているのが可愛らしいぞ」
含み笑いを交えた言い方。コイツ、相当ボクのことを舐めている。
「お前。その身に炎を受けたいか?」
バッと腕を伸ばし、男にイルシーで脅してやろうとした。体内に魔力が伝って手の先へ出ていって。それからあの男の顔面に……。
――あれ?
「いいわよクイーン。あんなのに構う必要ないわ」
アルヴィアに掴まれて腕を下ろされた。ボクは不思議に思って自分の手を平を見つめたけど、その間にギルエールが虚勢を張るように顎をしゃくり上げる。
「フン。強がりを言うところは変わらないな、お前は」
「それはお互い様じゃない? あなたの左手。その火傷はどうしたの?」
そう指摘した瞬間、ギルエールはハッとして腰に当ててた手をそこから離した。アルヴィアの言う通り、手の甲には赤く腫れた痕が残っている。
「隠してたつもりなんでしょうけど、そんなの私がギルドにいた頃にはなかったから気になってしょうがないわ」
「こ、これは……少し依頼でヘマをしただけだ。お前には関係ない」
「へえ。私よりも優秀なリーダーさんでも、失敗することがあるのね」
「貴様!」
「――お大事にね。それじゃ」
強引に話を終わらせたアルヴィアが、ボクたちに手で仰ぐように合図してそのまま歩き出す。ボクとテレレンも合図に誘われるままついていき、ギルエールという男の前から去っていく。




