23 七魔人
「クイーンだ。後ろのは横からアルヴィア、テレレン、グウェンドリン」
「クイーン?」
名前を呟いたウーブが、なぜかボクのことを再び見つめてきた。その視線の先が首飾りにいっているように見えたが、構わずボクは話をしようと口を開く。
「ウーブ。お前に訊きたいことがある」
「なに?」
「テレレンについてだ。コイツとボクはさっき知り合ったんだが、最初会った時は自我を失ったかのように彷徨い歩いていたんだ」
「そう。それは僕と関係あること?」
「歩いてきた痕跡を辿ったらここについた。テレレン自身もお前を最後に見たと言っている。何かしたんじゃないのか?」
ボクの問い詰めにウーブは目線を外して俯く。そこで指輪を見ているのだと気づくと、彼はその手をボクらに見せるように上げてきた。
「『死霊の指輪』。これで降霊術を使って、その子をここから追い返した。それだけだよ」
「しりょうの指輪?」
「それ、アーティファクトよね?」
いまいちピンと来ていなかったボクに代わって、アルヴィアがそう口を開いた。すかさずなんだそれと彼女に訊く。
「神話の時代に作られたと言われてる遺物のこと。アーティファクトには秘められた特殊な力があって、神話の時代にこの地に生きてた人間たちはそれを使って世界を繁栄させたと言われているの」
「神話って確か、『アルデグラム神話』のことか? その時代の遺物が今の時代に残っているのか」
「アーティファクトは、今の文明では明らかに不可能な技術で作られている。その上強力な力を持っているのがほとんどだから、実際に発見されたアーティファクトは、王国に報告しないと武力所持の疑いで罪に問われるはずよ」
「罪に!?」と驚くテレレン。話を聞いていたウーブは、まるで知らなかったようにふーんと適当な相槌を打っている。
「この指輪は、死んだ霊を操ることができる力が備わってる。その女の子にやった降霊術も、指輪に閉じ込めてる幽霊をその子の体に憑りつかせたんだ」
「ひえ!? テレレン、幽霊に憑りつかれてたの!」
「うん。でも誤解しないでほしいのは、あくまで僕はその子を追い返すためにそうしただけ。決して殺そうとしたとかじゃないのは信じてほしい」
「追い返すって、それ以外に何もしてないのか?」
「してないよ。なんでかここに迷い込んできて、僕を見るなり色々話しかけてきて鬱陶しかった。だから追い返した」
ああ、それはまあ納得できる……。
「ただ追い返すためだけに死霊の指輪を使って、憑りつかれた状態のテレレンとボクたちが丁度出会った。それだけのことみたいだな」
ボクがそう話をまとめた。きっとこの洞窟内で感じていた寒気の正体も、この指輪からあふれ出ている霊気みたいなのだったんだと理解するが、ドリンが別の疑問を提示してきた。
「でも、テレレン殿は記憶喪失だったダヨ。ウーブ殿は関係ないダヨか?」
「そうなの? あ、そう言えばそんなこと言ってたような。でも悪いけど、きっと僕は無関係だと思うよ。その子と出会ったのも今日のさっきが初めてだったし、そもそも僕は人間と滅多に出会わないからね」
「怪しいわね」
そう言ってボクの隣に立ったのはアルヴィアだ。
「人目がつかない場所でたった一人。それも、アーティファクトを国に黙って所持している。あなた、一体何者? 普通の人ではないわよね?」
キツイ目つきで睨みつけるアルヴィア。ウーブはそれに気後れすることなく、真っすぐ顔を見つめたまま一言返す。
「それを知って、君はどうするの?」
「あなたの正体を暴く。あなたには絶対に裏があるって分かるから」
「僕からしたら、君も充分怪しい人なんだけど。一人と一体の魔物と一緒にいるなんて。君こそ何か企んでるんじゃないの?」
「私は訳合ってクイーンと一緒にいるだけ。別に何か企んでなんか……。待って。あなた今、一人と一体の魔物って言った?」
アルヴィアが訝しげにそう訊いて、思わずボクもハッとする。
「そうだけど、それが何か?」
「もしかして、クイーンが魔物だって見抜いたってわけ?」
「変なこと訊くんだね。クイーン様は魔物。いやむしろ、魔物を超えた魔王の娘じゃないか」
――魔王の娘!
確かにそう言った。それに様付けまで。でもなんで? 今までドリンとか他の魔物はボクの正体に気づかなかったけど、どうしてコイツはそのことを?
「あなた。どこからその情報を? 私たち人間じゃそもそも魔物だって気づかないし、他の魔物たちだってそこまで知らなかったことなのよ。それなのにどうして?」
アルヴィアは思わず早口になってそう訊いていて、ボクもウーブに対して危機感を覚えていた。真っ先に直感が告げてきたのは、何がどうであろうとコイツは、只者ではない。
「答えろ、ボクを知る者。お前は何者なんだ?」
「――僕はウーブ。『七魔人』のウーブ。魔王様に選ばれた、最強を名乗れる魔物の一人」
「七魔人!?」
思わぬ会合だ。どうしてこんなところに七魔人が?
「ぐえっ!? 七魔人だったダヨか?」
ドリンが思わずその場から後ろ歩きしていき、壁にぶつかってもなお身を引こうとしている。たとえヤツがビビりじゃなかったとしても、この反応は何もおかしいものじゃない。
「どういうことクイーン? 七魔人って何なの?」
血相を変えつつあるアルヴィアがボクに訊く。
「ボクのお父さん。つまり魔王に選ばれた最強の魔物のことだ。全部で七体いるから七魔人。彼らは魔王国ルーバにそれぞれ土地を与えられていて、普段は国と魔物を守るよう命令されている」
「国をって。じゃあどうしてその魔物がこんなところにいるのよ?」
それはボクだって分からないことだったが、ウーブがちゃんと答えてくれる。
「僕に割り当てられた土地、人間たちに奪われたんだよね。命からがら助かった僕は、とりあえず遠く離れた場所まで逃げてきたって感じ」
一瞬、なぜかボクは息が詰まった。……もしかしてだけど、土地を奪われたっていう話。魔王の城でオーブの光が点滅してたあの瞬間、何もしてなかったヤツがいたけど……。
「襲撃されたらいつもだったら魔王様が助けに来てくれたけど、その時は来なかったんだよね。魔王様のことだから、きっと忙しかったんだろうけど」
まさか……やっぱりそれって……。
「――ところでクイーン様」
「は、はいぃ!?」
急に名前を呼ばれて声が変に高くなってしまった。マズイ、何か言われる怒られる!
「クイーン様はここで何を?」
「へ? あ、ああ。怒るわけじゃないんだな」
「ん?」
「いやあ気にするな。うん気にするな。ボクがここにいる理由だな。それは、お父さんから課せられた試練の際中だからだ」
「試練? 魔王様に生み出された者って、そんなことするんだ」
「ああそうだ。きっと人間の国を無事に生き残り、ボクが立派になって帰ってくるのを待っているはずだ」
「人間と一緒にいるのも、その試練の一環なんだね」
「ボクが魔王になった暁には、大規模な改革を起こすつもりだからな。アルヴィアにはそれを円滑に進められるよう協力してもらってる感じだ」
「うわあ……大変そう。でもそうか。あの指令はそういうことだったのか」
「ん? なんだ指令って?」
なんだか不可解な言葉をウーブは口走り、彼は微塵も隠すつもりなく衝撃的なことを口にし出す。
「執事メレメレからの指令。僕ら七魔人へ、魔王様直々のご命令」
「お父さんから七魔人たちに命令?」
「クイーン様の持っている首飾り。次代の魔王であることを証明する証。それを奪ってこい、と」
なんだって? 魔王の証、この竜の首飾りをボクから奪えって?
「……ウーブ。それは、本当なのか?」
コクリとウーブが頷く。
「それを奪った者は、どんな願いだろうと魔王様が聞き届けてやるとも言ってた」
「んな!?」
これは、大変なことになった。七魔人、つまり魔物の中でも指折りの強者が七体、ボクのことを狙っている。ボクの魔王の証を奪おうと牙を向けてくる。
「執事に訊いたところ、既に七魔人たちは動き出してるって言ってた。土地だって魔王様本人が全力で守るとのことで、みんなクイーン様を捜しにセルスヴァルア王国に降り立っていると」
「……そうか。これも、お父さんがボクに課した試練の一つなんだな」
緩んでいた心の帯がキュッと引き締まる思いだ。「本当にそうなのかしら?」とアルヴィアは疑っているが、きっとそうに違いない。お父さんの命令は証を奪うことで、ボクの命を奪うことは指示していない。お父さんなりの優しさを、このボクが見落とすわけがない。
「やるしかないみたいだな。ボクがお父さんみたいに偉大な魔王になるために、お前たち七魔人を全員やっつける」
未だ座り続けるウーブに、ボクはやる気の目を向ける。人間の形をした得体の知れない魔物。ボクでも正体を見抜けない彼からは、底知れない何かしか感じられない。
「……え? え? え!? もしかして、今からバチバチやる感じ? こんなところで!?」
騒ぎ出すテレレン。その声が気にならないくらいだったボクは、両手にフレインを軽く焚く。気分が高まって、竜の心臓が鼓動するのを感じる。少しずつ魔力が体に馴染んでいって、そして、充分に意気込んだ。
「七魔人ウーブ。お前の力、見せてもらおう!」




