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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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22 残り香を辿って

 突如道の上に現れ、白目剥いて呪われたように歩いていた少女。その正体は記憶喪失で昨日までの出来事がまるでぽっかり忘れている。


 ……こんな人間に遭遇するなんてどんな確率なんだ。


「記憶喪失なんて物語での出来事だと思ってけど、人間の間だとそうでもないのか?」


「そんなわけないでしょ。私も初めて見たわよ」


「うーん、テレレンも最初ビックリしたけど、でもまあこうして生きてるし、体も元気だから問題ないのかなぁって」


「そんでなんで本人はこんな能天気なんだ……」


 一目見た時からヤベェヤツかと思ってたけど、全く別の意味でもっとヤベェヤツだった。アルヴィアはそれでも一つずつ話を整理しようとする。


「記憶がないのって昨日からなの?」


「うん! そうだよ」


 凄く元気のいい返事……。


「そしたら、さっきまでは何があったの? とても今のあなたみたいな雰囲気じゃなかったけど」


「えっとね……。まずテレレンが目覚めた時に外にいて、誰かいないかなぁって辺りをぶらぶら歩いてたら、なんだか変な人と会ったんだよねぇ」


「変な人?」


「うん。顔色が真っ青で髪が地面まで長かった男の人。その人に会った瞬間からここに来るまで、何も憶えてないかも」


「ふーん。それが最後の記憶ってなら、その人に何かされたのは確実ね」


 アルヴィアは話ながら腕組みをし、ボクを見てくる。


「……その目はなんだ?」


「この子をどうするべきか、あなたが決めるべきかなって」


 コイツ、ボクに厄介事を押し付けやがった。話を聞いた以上引くにも引けないだろうが。


「テレレンと言ったな。その話、本当なんだな?」


「本当だよ。信じてクイーンちゃん」


 じっと真っすぐに見つめられ、訊く前から分かってることだと気づかされる。


「……まあ、調べるだけ調べるか」


 右腕を伸ばし、いつものようにゾレイアを発動する。


「うおおぉ! 影から猫ちゃんが!」


 壮大なリアクションを尻目に、影から現れた黒猫眷属にしゃがみこんで指示する。


「この少女の跡を辿れ。匂いでいけるはずだ」


 眷属はテレレンの足下に走り込み、クンクンと匂いを嗅いでいく。テレレンがすっと腰を下ろして触ろうとするのをすらりと避けて、眷属はテレレンがいた道をトコトコ歩いていく。


「お前が出会った男をあいつが見つけてくれる。その男に話を聞けば、お前の記憶について何か分かるはずだ」


「ホント! ありがとうクイーンちゃん!」


「クイーンちゃんじゃない。クイーン様と呼べ」


「うわ、カッコいいね! よろしくね、クイーン様!」


「ふむ。悪くない。ボクについて来いテレレン」


「りょうかーい!」


 こうしてボクはしばらく、脳みそに直接興奮剤でもつけられてるような少女と共に行くことになった。耳がキンキンするようなヤツかと思っていたが、ちゃんとボクの存在感を理解してくれてるところは評価できる。




 眷属の示した道は平地を進み続けて、しばらくして道を外れて湿っぽい森の中へ入っていく。雨でも降ってたような雰囲気だったが、湖を見つけた瞬間にその理由を知る。テレレンも湖を見て「あ! ここら辺知ってる。今日見た景色だよ」と言った。


 眷属はもう少し奥へ進んでいき、やがて切り立った岩壁の前まで行ってチョコンと座った。


「ここなのか?」とボクは少し困惑する。目の前に立ちはだかってるのは、地底から巨人が地盤を持ち上げたような岩壁であって、どこかに洞窟だとか、上に登る道があるわけではない。それなのにゾレイアの猫はここで到着と言わんばかりにボクを見つめてくる。


「どういうことだ? ボクの眷属はここだと言ってるみたいだが……」


「何もないダヨ。てっぺんが崖になってるだけダヨ」


 ドリンが高い壁を見上げながらそう言う。アルヴィアがテレレンに振り返る。


「ここに見覚えはない?」


「うーん。テレレンは確か、どっかの洞窟に入ったよ。暗い中で、その人はポツンと一人で座ってたはず」


「洞窟って。ここになさそうだけど……」


「テレレンが見た時は明らかに空いてたんだけど、おっかしいなぁ」


 テレレンが湖に見覚えがあるから、この付近なのは間違いないだろう。ゾレイアの眷属だって匂いを間違えることなんてあり得ない。だとしたらなんだ? ここにいてテレレンに会ったヤツはどこかに消えた?


「……ねえクイーン。多分見つけたわ」


「え? 本当かアルヴィア?」


 岩壁を歩いて見ていたアルヴィアが、ある一点を見つめ続けてそう言ってきた。ボクたちが近づくと剣を取り、見つめていた壁に剣先をちょんちょんと触れてみる。すると、頑丈な岩に見えていたそこが想定外に柔らかい肌で、次に剣を真っすぐ刺し込むとソーセージに切れ込みを入れるようにすんなり刃が通った。


「やっぱり。周りに比べて何か違和感があると思った」


 そう言ったアルヴィアがスッと縦に振って切ると、見た目だけの岩壁だったぷにぷにの何かが紙きれのようにはらりと落ち、そこに洞窟が正体を現した。


「洞窟出現! アルヴィア姉ちゃんよく気づいたね」


「一体どこに違和感があったんだ?」


 落ちた得体のしれない何かを拾ってボクはそう訊く。紙かと思ったけど微妙に厚みあってぷにっとした弾力がある。ちょっとだけ気持ちいい。


「岩肌の色がちょっと変だなって思ったの。きっとこの洞窟を隠そうとそれを貼ってたんでしょうね。それにしても、それは何?」


「さあ。ボクにもよく分からない」


「そう。だったら、この先にいる人に訊いてみるのが早いわね」


 剣をしまって、アルヴィアが先に中へ歩いていく。真っ暗闇の通路の先に、微かな明かりが曲がり角越しにあるのが見えていて、きっとそこにテレレンに何かした者がいるはずだ。ボクはフレインの明かりを片手に中へ足を踏み入れていく。




 最奥にある明かりがだんだんと近づいていく。それにつれて、ボクは何となく嫌な予感というか、肌寒いような感じがしていた。どうやらそれはアルヴィアも感じていたようで、前を歩く彼女がふいに両腕をさすり始めた。


「ねえ。なんだか寒気がするのは私だけ?」


「奇遇だな。ボクもちょっとそう感じてた」


 寒い、という言葉にドリンが反応する。


「ま、まさか、オデのせいダヨか?」


「いや、きっとお前のせいじゃない。何と言うか、周りが寒いというより肝が冷えてくるような、不気味な雰囲気を感じ取ってるような――」


 ガラッと壁から石っころが落ちる。つい敏感になってそれに振り返ったけど、そっちの方向にいたドリンをフレインで驚かせてしまう。


「ヒッ! 危ないダヨ!」


「――あっと悪い。物音が気になっただけだ」


「アッハハ! ドリン君ってば体が岩なのに、そんなに驚くんだね」


「炎は苦手ダヨ。氷が溶けると元気がなくなるダヨだから」


「へえそうなんだ。あ。あともう少しだね」


 テレレンだけはこの雰囲気に呑まれていない、むしろドキドキしながら洞窟を進んでいるようだ。外から見えていた曲がり角越しの明かりまでも目の前まで来ていて、ボクたちはいよいよそこを曲がった。


「……はあ」


 曲がった先で見かけたヤツに、いきなりため息をつかれた。片膝を立てるように地べたに座っていた人間の男。若い青年っぽい顔つきで、テレレンの言ってた通り体が水色っぽく、灰色の長い髪が足元まで届いていて、片目が隠れている。


 てっきりボクは、テレレンに何かした人物だから警戒するべき相手なのかと思っていた。しかしそいつは、ボクらを見ても立ち上がろうとせず、むしろ一切の敵意なくだらけた様子で座り続けて、テレレンの顔を見てため息をついていた。魔物のドリンもいるのに全く怖気づいていない。


「まさか色々連れて戻ってくるなんて。丁重に追い返したはずなんだけど」


「この人だ! テレレンが最後に見た人、この人で間違いないよ」


 そう言って、テレレンがボクらの前に出ていって「こんにちは!」と挨拶した。そいつは「はいこんにちは」と流すように挨拶を返し、すぐに「さようなら」と加えて右手を持ち上げた。すると、彼の中指についていた指輪の灰色の宝石が光り出した。急いでボクはテレレンの後ろ襟を引っ張る。


「――うわっ!」


「何をするつもりだ?」


 フレインを出す手をグッと伸ばして脅すと、男は自分の手を反射的に引いた。ボクのことをじっと見つめてくる男。宝石の光が消え、腕を下ろしていくのを見てボクもフレインを消して腕を引くと、男は気だるそうにこう言った。


「ウーブ。僕の名前」

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