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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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21 彷徨う少女

「冒険に仲間は欠かせないよ。前線を張れる戦士と援護に長けたサポーターをセットにすれば百倍の強さになる。冗談抜きでね」 ――イブレイド・セルスヴァルア

「……と言うわけで、こいつも一緒に行くことになった」


 すべての事情を説明してドリンに振り返る。話を聞いていたアルヴィアは了解するように頷いてくれる。


「そう。分かったわ。そしたら改めて……」


 すっとアルヴィアが手を出す。


「これからよろしくね、グウェンドリン」


「よ、よろしくダヨ、アルヴィア殿」


 ドリンはオドオドしながらも、アルヴィアの手に自分の指一本で握手を交わす。魔物と人間が歩み寄る瞬間だと思ったが、「冷た!」とアルヴィアが急いで手を離してしまい、ドリンも動揺する。


「ご、ごめんダヨ。オデ、体が氷と岩でできてるダヨだから」


「大丈夫。私ならきっと、あなたの攻撃を正面から受け止められるから、暴走したって平気よ」


「本当ダヨか?」


 アルヴィアは右手を上げ、赤い水面のような魔法盾、ルシードをそこに浮かべてから「もちろんよ」と答える。ボクすらも認める無敵の魔法なら、確かにドリンの攻撃でくたばることはないだろう。


「オークの攻撃を受け止めたのを見ただろ? アルヴィアの魔法で防げないものはない」


「あれは魔法だったダヨか。てっきり人間ってオデたち並みに硬いのかと思ったダヨ」


「そんな訳ないでしょ。人間は魔物に比べて脆いのよ。だから、魔物と戦う人間に魔法は不可欠なの。まあ、今は戦うためのものじゃないんだけどね」


 どこか誇らしげにそう語るアルヴィア。コイツ。実はあの作戦が成功したのにかなりウキウキになってやがるな。普段はクールぶってる癖にボクには丸見えだっての。


「何よクイーン。変な笑みを浮かべて」


「いいや何も。それより、さっさと出発しよう。城まではまだまだ距離があるからな」


 ボクは先に歩き出し、二人の先頭に立って緑の丘陵を進んでいく。


 思った以上にあの村に長く居座ることになったが、そこで魔物と人間のこれからの基盤を作ることには成功した。おとぎ話のような綺麗な形ではないかもしれないけれども、初めて成功というのを自分たちの手で収めたのは大きな収穫だ。おまけに仲間が増えたりもしたし、きっとこれからもボクらなら新しい世界への道を示せるはずだ。城へたどり着く前に、魔王としての磨きをどんどん研ぎ澄ましていこう。



 * * *



「ご報告いたします」


「メレメレか。どうした、そんなに焦ったような顔をして」


「……非常に申し上げにくいのですが……」


 魔王国ルーバの最北端に位置する魔王の城。カメレオン執事メレメレは、自分の見てしまった光景を手短に魔王に説明していくと、玉座に座っていた魔王は突然前のめりに身を乗り出す。


「なんだと!? クイーンが人間側に!?」


「ウルフの死体が足元にあるのを確認しましたので、間違いはないかと」


「ぐぬぬ……クソ! こんなことになってしまうとは!」


 肘置きを強く叩き、その拍子に背もたれまでヒビが走る。


「いかがいたしましょう?」


 メレメレは冷静にそう問いかける。


「……クイーンが裏切ろうとも、次代の魔王は必要だ。それに魔王の証は必要不可欠。なりふり構っている場合ではない」


 魔王は低い唸り声を上げながら悩み込み、とうとう一つの答えを口外する。


「メレメレ。あいつらにこれを伝えろ。そして今日から実行に移すよう催促するんだ。これは私からの命令だと言ってな」


「承知いたしました」


 魔王は話していく。ある命令を聞き届けたメレメレも、早速そこを後にして魔王国を素早く駆け回って伝令を飛ばすのだった。



 * * *



 温かい日差しを受けながら、適当に歩き続ける日々。気がつけば辺りの地形は丘陵から平地に変わっていて、一日の間で結構な距離を進んできたんだなぁとボクは何気なく思う。けどそれは逆に、大して変わり映えのしない退屈な歩路かちぢでもあった。


「アルヴィアー。暇だー。セルスヴァルア王国って、こんなにだだっ広いのに何もないのかー?」


「さすがにすべての土地を開発してるわけじゃないもの。でもきっとこの先、王国一番の街にたどり着けるはずよ」


「おお! それは本当か?」


「『ダルバーダッド』って言ってね。栄華の街とも呼ばれてるくらい大きくて、国王様の住む城もあったりするの。退屈凌ぎにはなるはず……」


 ふと前を向いたアルヴィアは、なぜか急に言葉と足を止めた。どうした? と訊きながら同じ方向に振り向いてみると、この何もない平地の道上に、少女と呼べるくらいの人間がいたが、その少女の様子は明らかに変だった。


「ヒッ!? 不気味な顔して歩いてるダヨ!」


 ドリンが驚くのも無理はない。桃色の髪とハートマークのアホ毛が目立っていたのだが、それ以上に両手を前にして白目を剥き、何かに憑りつかれたかのようにゆらゆらこちらに歩いてきている。まずボクは彼女が人間かどうかを怪しんでしまう。


「な、なあアルヴィア。人間が白目を剥く時ってどんな時だ?」


「そんなの、私の方が知りたいわ」


 ……これは、無視するべきなのか? 見た目はたかが人間の少女。背丈はボクと変わらないくらいでひ弱そうな嬢ちゃんだ。けど、今見えてるこの言動は、明らかに清純とか普遍的なものじゃない、ド直球に言えば異常者の動き方だ。関わったら面倒なんだろうなと誰もが予想つくほどに。


 しかし次の瞬間。


「にん、げん、にん、げん。――見つけたあー!」


 子どもじみた可愛らしい声とは裏腹に、いきなり走り出してきてアルヴィアに向かって飛びつこうとした。


「ちょっと!?」


 慌ててアルヴィアの手が動くと、咄嗟に少女の頭を掴んだ。そして、そのまま少女が動かないよう抑え続ける。


 しばらくの間、拍子抜けしてしまうような間抜けな光景が生まれる。片手一本で軽く抑えたアルヴィア。それに対し、少女は猪突猛進を止められないように前に進もうとするもその場から一歩も動けず、アルヴィアを捕まえようとした両腕だけが上下に揺れ続けている。ボクの脳裏に子犬をあやす主人の図が浮かび上がる。


「……なんなんだ、コイツ」


「さあ。ねえあなた? 私の声は聞こえる?」


 少女は相変わらず腕を動かすだけで何も喋ろうとしない。目元は依然白いままだ。


「も、もしかして恐ろしい化け物ダヨか? クイーン様みたいに強い魔王様ダヨか?」


「落ち着けドリン。魔王の娘はボクただ一人だ。こんなのと一緒にしないでくれ」


「この子どうしよう? まず話ができる状態になってほしんだけど……」


 抑えたままアルヴィアが頭を捻る。それほど脅威じゃない生き物であるのは確からしい。敵意があったとしてもそれほど恐れるものでもないし、効き目があるかどうか、試しに指一本にフレインを軽く発動してみる。


「ちょっと荒っぽいやり方だけど、許してくれよ」


 ゆっくり彼女の頬っぺたに指を当てる。プニッとした柔らかい感触が伝わると同時に、ボクの熱を感じた少女はハッとするように黒目が戻り、早速盛大な絶叫を空に上げた。


「あっつーーーい!」


 指を離し、アルヴィアも彼女から手を離す。少女は赤くなった頬っぺたをひたすらに仰いで、口の角度を極限まで曲げてフーフーと息を吹きかけようとする。なんだかせわしなくておっちょこちょいな嬢ちゃんだ。


「どうだ? 目が覚めたか?」


 今一度声をかけてみる。少女はまたハッとするように反応すると、ボクらを見て今度は「はあ!」と両手で頬を叩いて仰天した。


「うわっ! テレレンいつの間にお外の世界にいると思ったら、目の前に女の子とお姉さん、そしてとっっっても大きなゴーレムさんが並んで立ってる! もしかしてテレレン、摩訶不思議な世界に飛ばされちゃった!?」


 さ、騒がしい……。こんな短時間でどれだけ口を動かすんだ、この子は。


「まあまあ落ち着いて」


 アルヴィアが彼女に歩み寄る。


「とりあえず私たちは敵じゃないし、あなたはどこの世界にも飛ばされてない。今から事情を説明したいから、とりあえずは深呼吸しましょ?」


「あ、うん。深呼吸だね! スゥーーー……」


 息を吸い込んだまましばらく硬直し、五秒くらい経った頃にやっと息を吐き出す少女。口だけでなく態度もいちいちうるさいヤツだ。


「はい! テレレン落ち着いた! お話どうぞ」


「テレレンがあなたの名前ね。私はアルヴィア。こっちはクイーンで、大きいのはグウェンドリン。彼は魔物だけど人間を襲わないから安心して」


「人間を襲わない魔物……そんなのがいるんだ。テレレン初耳」


 ――一応ボクも魔物なんだけどなぁ……。


「私たちは行かないといけないところがあって、そこを目指して旅をしてる最中なの。そんな時に偶然今、あなたに襲われそうになった」


「テレレンがお姉さんを襲った!?」


 なぜか本人が自覚してないように声を上げる。アルヴィアは冷静に「あなたは何をしてたの?」と質問し、テレレンは空を見上げながら考え込む。


「えぇーと……テレレンは確か……」


 また息を詰まらせたまま五秒が流れる。じっくり悩んでいるような体勢のままいて、きっと散々考えたのだろうが結局返ってきた答えは予想外のものだった。


「あっ! そうだ! テレレン記憶喪失だったんだ!」


「へ?」「え?」「ふえ?」


 ……聞き間違い、だったか? 思わずアルヴィアとドリンの顔を交互に見合わせて、互いにそうじゃないかと目で訴えてくるけど、テレレンは至って愉快そうな笑みを浮かべて再度衝撃的な言葉を繰り返した。


「テレレン、記憶がありません。つい昨日までのことが何も思い出せません!」


「「「……えええぇぇ!!」」」

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