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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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20 ドリンたちのこれから

「オークなんてミノタウロスの劣化魔物だって。余裕で倒せるだろあんなの」 ――冒険者気取りの農家、その最期の言葉

「違うそうじゃない。薪に対して正面に立って、真っすぐに、こう。それでこう」


 下級オークから斧を奪った薪割り職人が、二撃で見事に薪を真っ二つにする。下級オークは人間の言葉を理解できないせいでアホ面を晒すが、職人から斧を渡されると同じように真っすぐに振り下ろした。ガッ、と鈍い音が鳴って真っ二つのラインに斧の刃が刺さる。


「そうそれだ。やればできるじゃないか」


 別の方向に目をやると、鉱石を馬車に運んでいる別のオークが二体。


「力仕事はさすがだな」と御者は満足そうに頷く。残りの二体も、壊れた柵を直そうとしている。みんな、この村で生活するために順応しようとしている。とりあえずはいい感じだ。


「もう終わりだわ。私たちの村が、こんなことになるなんて……」


「受け入れろよサリー。お前だってあいつらの覚悟を見ただろ」


 まあ、村人からの受けは賛否両論ではある。


「出て行け化け物!」


「ちょっと! 止めなさい!」


 子どもが石ころを薪割り中のオークに投げつけ、慌ててその母親らしき人が止め、その場から下がらせる。その少年は確か最初、村をオークに襲われた際に犬の墓の前で泣いていた子だ。オークが逆上して唸り声を上げるのを、ボクは手を上げて治める。


 母親に引っ張られる子どもの憎しみの表情を見ながら、ボクも自分の無力さを痛感する。確かに魔物と人間が共存できる道しるべは築けたかもしれない。けれどもそれは、決して完璧な形だったとは言えない。


 これ以上にもっとやりようがあったかどうか。少なくとも、今のボクはまだまだ理想の魔王とは程遠い。


「ねえお姉さん」


「ん? ああ、ホブ君か。どうした?」


「昨日貸したマンドラゴラ、まだ返してもらってない」


「あっとそうだったな。ゾレイア」


 影から黒猫がマンドラゴラを咥えながら出てきて、ボクはそれを手にする。昨日の作戦で村人を外に出さないための理由と、その根拠付けに使ったもの。ボクは心からの感謝を少年にかける。


「ありがとな、ホブ君」


「うん。どういたしまして。……」


 マンドラゴラを受け取ったまま、ホブ君はじっとそれを見つめ続ける。「どうした?」と声をかけると、いきなりこう言われる。


「魔物さんが悪いヤツじゃないって話、本当なんだよね?」


 ――え? ああそうか。アルヴィアが……魔王の使いが言ったことを疑ってるのか。


「そうだぞ。魔物は悪くない。悪いのは、もっと遠い遠い、奥深いところにいるんだ。見た目だけで判断しちゃいけない」


「そっか」


 眼下のマンドラゴラに一言呟いて、ホブ君はボクの目を見てくる。


「そしたら僕、マンドラゴラの代わりになる材料とか考えてみるね」


「え?」


「錬金術って、カエルとかカラスとかっていう生き物の命を使うものが多かったりするけど、それに反対してる人もいるんだって。それで別のもので作ろうとしてる人がいるんだけど、僕もそうしてみたいんだ」


「ホブ君……お前はイイヤツだな!」


 なんだか嬉しくなって、わしゃわしゃとホブ君の頭を撫でた。ホブ君はおかしそうにクスクス笑って、ボクが手を離すと一言残して後ろに走っていった。


「じゃあね、子どもっぽいお姉さん」


「んな! 子どもっぽいは余計だー!」


 茶目っ気のある笑みを浮かべられながら、ホブ君は離れていく。全くもう、と腰に手をあてると、裏から村長が「あの……」と声をかけてきた。振り返ると隣にバグーもいる。


「オークとの話は済んだのか?」


「はい。これからオークたちと生活する上での話を一通り。彼らには彼らの仕事を与えて、小屋が出来るまでしばらくは外で寝泊まりしてもらうことを決めました」


「そうか。もしかしたら物覚えがよくないから色々もどかしい部分もあるかもだけど、気長に接してあげてくれ」


「分かりました。……いやあ、まさか魔物と共同生活する日が来るとは……」


 村長は村にいるオークたちを見ながらそう呟く。今話をしていても感じていたが、どこか落ち着かないようなそわそわした感じだ。


「やっぱり無理そうか?」


 直接そう訊いてみる。ボクとしても人間たちに無理強いしたいわけじゃなかった。


「正直驚いてしまいますよね。けど、彼らが知性のある生き物だって分かってくると、案外一緒に暮らしていけなくもないのかなと。フロストゴーレムの方は、一部では人気がありましたしね」


「そうか。そう言ってもらえるとありがたい」


 人間から仕事を覚えるオークたち。ある者は分け隔てなく接し、またある者は顔を引きつらせながら彼らに近づく。犬を奪われた子どもはギッとにらみつける目線を送っていて、女性陣の多くは卑下する内容のヒソヒソ話を繰り返し、さっきまでは発狂しだす者まで出てきたりしていてカオスなことになっていた。


 果たしてこの光景が、ここにいる村人たちにとって当たり前になる日が来るだろうか。ボクの抱いた野望は、ちゃんと形になってくれるだろうか。


 今はまだ分からない。確かなことが言えるとしたら、もしもの未来があったとしたら、ボクはここから始めたということだけ。いつかの完全な世界のために、不完全な世界から作り上げたということだけだ。


「村長さん」


 ゾレイアの眷属を召喚しながら、ボクは続ける。


「コイツをここに残していく。もしもオークたちが暴動を起こしたりした時は、コイツに言ってあげてくれ。コイツがこの場から消えない限りは、ボクはすぐに駆けつけられるはずだ」


「はあ。クイーンさんはこの村に残らないんですか?」


「ボクは無理だ。行かないといけない場所がある。魔王の使いもまだ倒してないしな」


「そうですか。分かりました」


「それとバグー。生きた動物を見つけたら、何匹か生かしたまま残しておけ。理由は分かるな? 間違ってもここの女たちに手を出さないように」


「わかってる」


 バグーはしっかり頷く。さて、残りはドリンだけだ。あいつに言うだけ言ったら、ボクはアルヴィアの元に戻らないと。


「クイーン様」


 噂をすれば本人に名前を呼ばれた。目を向けて、丁度いいところにと言おうとしたのをドリンは遮ってくる。


「クイーン様は、どこかに行っちゃうダヨか?」


「そうだが、それがどうかしたか?」


 急に何かに悩むように俯くドリン。ガタイに似合わずもじもじと指をいじっていると、いきなりこう告白してきた。


「オ、オデを、クイーン様と一緒に連れてってほしいダヨ」


「え? ボクと一緒に? どうして?」


「クイーン様も見た通り、オデ、いきなり自分を見失って暴走しちゃう時があるダヨ」


 言葉を区切り、村を見回していく。ぐるりと半周して、最後はサリーとまだ言い争っているダーラーに止まる。


「そうなると多分、オデはこの村を全部破壊してしまうかもしれないダヨ。折角受け入れてもらった人間たちのことを全部……。それだけは嫌ダヨ」


「はあ……」


 バグーとの戦闘で見せたドリンの暴走状態。過度なストレスから発生する攻撃的な姿。確かにあれがふとした瞬間に発現してしまえば、村人全員はおろか、この村そのものを破壊するのは想像するに容易い。


「このゴーレムは上級魔物。同じ上級魔物のオークでは止められないのか?」


 村長がそう訊いてくるのにボクは答える。


「同じ上級という序列に並べていても、ボクの目からしたら暴走したドリンは相当の強さを持っている。バグーほどの魔物を吹き飛ばすパンチもそうだし、氷の魔法のキレも他のフロストゴーレムに比べて際立っている。あの時はボクの炎で頭を冷やしてやったが、もしもあのまま放置してたらこの村すべてが氷漬けにされてた可能性だってあった」


「そ、そんなに恐ろしい力を、この魔物が?」


 普段のオドオドとした姿からじゃ決して見抜けない真の実力。それは確かに彼の言う通り、野放しにするには恐ろしすぎるものだ。


「クイーン様はあの時オデを止めてくれた。もしクイーン様のいないところで暴走しちゃったら、今度はどこまでいくか……。だからお願いダヨ、クイーン様」


「……本当にいいのか? ボクと一緒に行ったら、次はどんなことを言われるか分からないぞ」


 そう訊きながら、出て行け! と繰り返されたあの瞬間が蘇る。すべてがボクを突き放す圧力。胸の内をドスンドスンと重く殴られ、素肌にジリジリとした恐怖心が付きまとってきて、今思い出すだけでも分厚い壁に挟まれたような感覚に陥る息苦しさ。これから先、こんな経験を何度もする可能性がある。


「この村で居場所を見つけたお前は、恵まれている立場だ。ここを離れたら、またお前が人間から逃げ出したみたいに、息苦しい日々が待っているはずだ。それでもお前は、ボクと一緒に行くのか?」


 その時、ドリンは既に決心をつけていたんだと顔を見て思った。この問いかけに対して、彼は据えた瞳を見せながらこう切り出す。


「オデは、仲間を傷つけたことがあるダヨ」


 ハッとさせられた。ドリンは自分の手の平を見つめながら続きを話す。


「食べ物に困っていた時、つい仲間と言い争いになったダヨ。見つけたものを一人で全部取るのはおかしい、仲間にも分けるダヨって。でもその仲間は中々聞いてくれなくて、言い争いがどんどん強いものになっていって、気がついたらオデは……」


 悲しみを背負った者の目。ボクからそう見えた時、ドリンはまたきっぱりとした視線でボクを見つめてきた。


「だから、お願いダヨクイーン様。オデを一緒に連れてってほしいダヨ」


 二度、面と向かってそう言われて、ボクは納得顔で軽く頷く。彼の心情は、あの時ボクが抱いたものと同じだ。誰も傷つけたくない。誰も悲しい思いをしてほしくないという慈愛の決意だ。


「村長さん。コイツがこう言ってるんだが、どうだ?」


「私は構いませんよ。彼が自分でそう決めたと言えば、きっと他の人たちも分かってくれるでしょう」


「分かった。仕方ないからお前を連れて行こう、ドリン」


「本当ダヨか! よかったダヨ」


「出発はすぐだから、ダーラーたちへの挨拶をさっさと済ませて来い。ここには当分、戻れないだろうからな」


「分かったダヨ。早速行ってくるダヨ」


 フロストゴーレムのグウェンドリン。通称ドリンが身を翻してドスドスと村を歩いていく。まさかこんなところで旅仲間を見つけることになるとは思ってなかったけど、あいつからの要望とあれば断れない。それに、ボクと違って一目で魔物だと分かるあいつがいれば、ボクとアルヴィアだけじゃできないこともできるかもしれない。要するに、仲間は多いにこしたことはない。


「終わったら村の入り口に来いよー」


 ドリンの背中にそう言って、ボクは一足先に村の出入り口に歩いていく。

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