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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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19 バグーたちの覚悟

「人間ってのは単純だ。見たものをまず信じようとするから」 ――七魔人 ウーブ

「ねえあなた」


 ある女性に呼ばれて振り返る。それはボクらが魔王の使いだとひそひそ言っていた主婦の一人だった。


「あなたは魔王の使いじゃないの? 私たちを騙そうとしてない?」


「むしろボクは被害者だ。魔王の使いはあの女ただ一人で、ボクとあのオークたちはヤツの魔法で洗脳されてたんだ」


 ダーラーが口を挟んで補完してくれる。


「きっとドリンのパンチが利いたんだろう。みんなもあの右ストレート見ただろ? あれで魔法の効果を解いたんだ」


「じゃなんで今ここに来たの? 今までどこで何をしてたの?」


 疑心暗鬼の主婦に、ボクはゾレイアを発動して影から一つ、マンドラゴラを持ってこさせる。


「村の周りに魔物の気配がして、調べてみたらコイツらがたくさんいたんだ。それの処理をしていたよ。もうこの辺りは安全だ」


「そしたら、本当にあんたは違うのね?」


「さっきからそう言ってるだろう?」


 ようやくその主婦が分かったように頷いて、ボクは別の話題を持ち出す。


「アルヴィア……魔王の使いのことはボクに任せておけ。眷属がちゃんと探してくれるし、ボクの魔法でちゃんと倒すことを約束する。それで、ドリンとバグー……このオークたちのことだが――」


「歓迎するべきだろうな」


 ボクの言葉を遮って出てきたのは、ホブ君の爺さんだった。


「わざわざ危険を冒して戦ってくれたんだ。お礼として何か、ワシらから与えてやらんと」


「それはいい考えだ」とダーラー。


「魔物だろうがこいつらは俺たちを助けてくれた。肉とか鉱石くらい出してやらねえと」


「何よソレ!」


 そう言い返したのは、ボクに口を利いたのとは別の主婦で、ダーラーからは「どうしてだサリー?」と呼ばれた。


「魔物を歓迎する? 信じられないわ。こいつらだって前は、この村を襲ってきた張本人たちじゃない」


「それは魔王の使いに操られてたからだろ。でももうその呪縛は解除された。この小さな娘さんが倒してくれるって言ったじゃないか?」


「それが本当かどうか怪しいって言ってるの。そもそもアナタ、魔王の使いとゴーレムが戦ってる時やけにうるさかったわよね。わざとらしいくらいに」


 ギクリとダーラーが怖気づく。すぐに「興奮してただけだ!」と言い返すのを横目に、ボクはすぐ傍にいたホブの爺さんに二人はどういう関係だ? と訊く。


「恋人同士じゃよ。結婚も考えてるカップルだそうじゃが、今も口喧嘩の数は減らないのぉ」


 カップル。異性で愛し合った者同士、互いをよく見ているわけか。


「私はアナタが演技してるようにも見えたんだけど、そこら辺はどうなの?」


「んなわけないだろ! 村が襲われた時に騒がないヤツがいるか?」


「アナタだけは明らかにオーバーリアクションだったわ。何か隠してるでしょ?」


「いい加減にしろって。俺はなんも隠しちゃいない」


「そこまでにしろ、お二人さん」


 ボクの声に二人はパッと反応してくる。ダーラーはコイツをどうにかしてくれ、と言うような目運びをしてきて、当たり前だと答える代わりにボクはバグーに近づいていった。


「ドリンとオークたちは、魔王の使いの被害者。多分、魔王国までの長い距離を戻るのは不可能だろう。その前に冒険者にやられるか、飢え死にするかのどっちかでな。だからできることなら、この村で面倒を見てあげてくれたら嬉しい」


「気色悪いこと言わないで。オークってゴブリンと同じで性欲の塊でしょ? お母さんが言ってたわ。コイツらは女の身ぐるみを力任せに破いて、集団でレイプしてくる野蛮な生物だって」


 バグーの手に握られた木こりの斧。アルヴィアが村人に頼まれた時に持ってたそれを彼から取り上げ、持ち手をサリーに向けて渡そうとする。彼女は斧を見つめてから鋭い目でボクを睨んだ。


「なに?」


「覚悟があるかどうか見定めてみればいい」


「は?」


「お前が嘘だのなんだの言うのなら、実際に魔物という生き物がなんなのか、そいつで確かめてみればいい。こいつらだって、生半可な覚悟で村に留まろうとは思っていないんだから」


 斧を持つ腕を上げ、サリーの手にコツンと当てる。サリーははっきりしないと言いたそうにしつつもそれを握り、ボクが手を離した瞬間落としかけそうになったのを持ち直した。そしてやっぱり「全く意味が分からないんだけど」と口にして、ボクはバグーたちを一瞥する。


「こいつらの性器は、人間と同じ位置にあるぞ」


 そう言った瞬間、サリーから声にならない悲鳴が洩れた。同時に顔が年寄りのように引きつらせていく。


「ま、まさか、私が切れって?」


「去勢してしまえば、性欲の問題は解決するだろ? バグー。お前から行け」


 ボクの命令にバグーも一瞬動揺の素振りを見せる。自分自身非道なことを言っているとは分かっているが、彼らには予め話をつけている。作戦が終わった後、お前たちは認められても体が無事である確証はない、と。


 バグーは決心をつけたのか、恐る恐ると股間を覆っている藁の廻しに手をつけた。瞬間的にサリーと、その他女性たちから短い悲鳴が鳴って、バグーがそろそろとその廻しを脱ごうとした瞬間だった。


「無理無理無理無理イィ! こんなの無理絶対無理! 魔物の睾丸なんて見たくないわよ!」


 サリーが斧を手放して大騒ぎを起こした。他の女性も顔を手で覆ってたり目線を極力外にやってたりと耐えきれない様子だ。ボクは手を上げ、バグーに脱ぐのを止めるよう要求し口を彼女らに開く。


「そしたら、こいつらをこの村に置いといてもいいな?」


「なんでもいいわよもう。好きにして!」


 さっさとこの場を離れたいような勢いで、サリーはそうはっきり言ってくれた。卑猥な展開になりつつも、こうしてドリンに加え、バグーたちオークも正式に村に歓迎されることになった。




 時は真っ暗闇の夜まで流れた頃。ボクは村を抜け出し、ゾレイアの眷属の後を歩いている。


 丘陵を結構の距離歩いていき、川辺を進み村が豆粒ほどしか見えなくなった頃。ようやく目的の人物を見つける。


「アルヴィア」


 魔王の使いを演じていた彼女は、今は焚火の横で銀の剣を砥石で研いでいるところだった。


「作戦はどうだった?」


「大成功と言うべきだな。オークたちも村に残していけそうだ」


「本当に? それはよかったわ」


 砥石を腰裏のポーチにしまい、地面に置いてた鞘に剣を納めるアルヴィア。ボクは話を続ける。


「ちょっと卑怯なやり方だったかもだけど、ダーラー曰く強引なやり方じゃないとどうせ無理だったって」


「まあそうよね。普通村に新しい人を受け入れるのだって難しいことなのに、魔物ときたらもっと難不可能よ」


「でもオークたちは普通の人間とは違うことができるからな。明日、オークたちのできることを村人たちに教えるよ。それで村人たちも信頼してくれたら、ボクはお前のところに一人で戻ってくる」


「じゃ私はここで待ってるわね。何かあったら黒猫ちゃんを送ってきて。すぐに村に向かうから」


「分かった。……ありがとな、アルヴィア」


 何か言うべきだと思って、出てきたのが感謝の言葉だった。自分を敵役として演じ、ドリンとオークが信頼できるものだと村人たちに信じさせた。この演劇は、人間であるアルヴィアがやったからこそ魔物たちの姿がよく映せたと思うし、そもそもそういう発想を彼女が閃いてくれなかったらこんな結果は訪れなかった。


「私自身見てみたかったのよ。本当に人間と魔物が共存できる世界ができるのかを」


「ボクはまず、お互いのすれ違いから正さないとって思ってた。けど、アルヴィアみたいに時には思い切った行動も必要なのかもな。――そうだ。オークの攻撃でケガしてないか? 凄い全力だったぞ」


「全く問題ないわ。あれくらいの攻撃じゃ、ルシードは破れないわよ」


 得意げになってそう言うアルヴィアを見れば、ボクも心の底から安心できた。それどころか、彼女は意外な一言を呟く。


「実はね。攻撃を受けた時、私嬉しかったの」


「え? 嬉しかった?」


「そう」


「……もしかして、そういう趣味?」


「違うわよ!」


 強く否定された。アルヴィアは自分の手に目を落とし、ルシードを部分的に発動させてそれを真面目に見つめる。


「私さ。この魔法のせいで追放されたってずっと思ってたの。こんなのより、もっと立派な魔法があったらなって。でも今日、私の魔法のおかげで、リアルな演劇が出来て村人たちを騙せたでしょ? それでドリンたちが受け入れられて、村人も魔物が絶対悪じゃないって理解してくれた。私のこの魔法でそれが出来て、この魔法を持っててよかったって初めて思えたの」


 優しい微笑みがその顔に浮かんでいる。なんとなくボクは子どもっぽく見えて、よかったなと安心する親のような気分になってしまう。普段は大雑把で口喧嘩とかは容赦ないけど、意外と自分の能力とか評価に対して繊細なんだろうな。


「もっと自分を誇れ。お前は自分しか守れないと言われたその力で、あの魔物たちのこれからを守った。きっとそれは、お前にしかできない方法だったんだ」


「……うん。ありがとう、クイーン」


「更に讃えるべきは、未来の魔王様であるボクの前でそれを成功させたことだな。おかげで曇り続けていたボクの気分も久々に浮かれ気分だ」


「フフ、そう? お褒めに預かり光栄です」


 胸に手を当ててお辞儀をするアルヴィア。顔上げて目が合うと、途端にプッと互いに吹き出した。二人とも同じように上機嫌で、同じ感情を共有している。あの時、お互いに追放されてさらけ出した時のような時間が戻ってきたような感覚。


 やっぱり、彼女と出会ってよかった。そう強く思って、笑い袋が収まるまで笑った。

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