01 追放された二人が出会う時
タイトルがごちゃごちゃしてますが未来の魔王様が主人公です。作者は現在実質ニート状態なので毎日投稿頑張ります。お暇な方はどうかお時間許す限りおつきあい頂けたらと思います。
※4月23日更新
今までのサブタイトルが長すぎてごちゃっとしていたので見やすいものに変更しました。改良前のサブタイトル名は一応前書きに残しておきます。
01 「伝承の始まりは、追放された二人が出会う瞬間から」 ――名もなき吟遊詩人
鼻歌混じりに、ドレッサーに並べた化粧品の一つを手に取る。
羊の血液から臭いを払拭した装飾用の化粧品。ワインのように赤黒いそれを、馬の尻尾で精製したブラシでボクの爪に塗っていく。左手の親指から小指にかけて、サッサッと軽い力で払うように。右手も同じように、と。
ブラシを羊の皮の上に置いて、ボクは鏡に向かって猫のように手を丸めてみる。ついでに声に出さずにシャーと言ってみる。
「うん。今日も決まってる。これこそ次期魔王に相応しい風貌。ボクってば美しくてカッコいい」
人間よりも白い肌に赤い爪がよく映えてる。ゴスロリの服も魅惑的だし、紺色の髪も艶々だ。顔は……やっぱり幼い感じだなぁ。後、背丈も子どもっぽいまま……。
まあこれからだ。これから。歳をとっていけば、いずれイケメンなお父さんの隣に相応しい美貌が手に入る。
だってボクは、魔王であるお父さんの子どもなんだから。
「さて、お父さんを迎えないと」
ボクはイスから立ってドレッサーから離れる。お父さんは今日まで城を出ていた。それも一週間という長い間だ。早く大好きなお父さんに会いたくてウズウズが止まらない。
頭蓋骨が飾られたドアを開けて、自分の部屋から廊下に出ていく。すぐに吹き抜けの窓から風が流れるのを感じる。この城はゴツゴツしていて、床や壁、天井に至るまで黒曜石を砕くようにして造られている。
その城があるここは、通称『魔王国ルーバ』。相変わらず空は暗雲だし、ふもとの地上も枯れ木だらけで、切り立った山肌が遠くで並んでいる。魔王の城としてこれ以上にない威厳を醸し出している。
景色を一瞥しながら、廊下の先にあるお父さんの部屋、つまり魔王の玉座の間に向かおうと進み続ける。その途中にあった部屋に、何かが見えてふいに立ち止まる。
扉が開けっ放しの部屋。テーブルが一つあって、その上に七つ、それぞれ異なる色で光っているオーブが気になっていた。
「あれ?」
テーブルに並べられた七つのオーブ。その内の一つ、水色のが不規則に光ったり消えたりしている。
「いつも普通に光ってるのに、なんで点滅してるんだ?」
いつもと違う現象が、一体何を意味してるのか考えてみる。けど、思えばこの部屋は入ったことがなくて、このオーブの光が何を意味してるのかさっぱりだった。
「あ」
とやかく悩んでる間にも、オーブの光はプツリと消え、それ以降光を取り戻そうとしなかった。
「……まいいか」
考えても分かんないしいいや、とボクは止めてた足を再び動かす。突き当りのドアを開け、硬そうな黒い玉座が空っぽなのを目にする。
「そろそろだと思うんだけどなぁ」
そう呟いた次の瞬間、部屋の真ん中に魔方陣が浮かんだ。紫の怪しい光。それが色濃くなって、眩しいくらいになった時、光と共にお父さんがそこに現れた。
「お父さん!」
スラリとした長身に銀のロン毛。見間違いようのない姿にボクは一目散に駆けつける。磁石で引っ張られるように飛び出して、念願の胸の中に飛び込もうと腕を広げた。
だけど、お父さんは手でボクのことを制してきた。不思議に思って顔を上げると、そこには怒りの形相に満ちた表情があった。
「クイーン」
重苦しいような声で、お父さんはボクのことを呼んでくる。
「オーブの光は、見てなかったのか?」
「え?」
オーブの光? さっき部屋で見たやつかな。
「それならさっき見たけど、あれがどうかしたの?」
「その光は、消えたのか?」
「う、うん……」
ひしひしと感じられる圧力に、自信のない返事をしてしまう。すると、お父さんはカッと顔面を真っ赤にして、そして「バカ者!」と、湖が揺れてしまいそうなほどの大声で怒鳴ってきた。
「ここに来る途中で、一人の部下の魔力が途絶える感覚がした。そいつには土地の支配を任せている」
「え? そ、それって、もしかして……」
「オーブの光が消えたということは、その部下がやられ、支配地が人間どもに解放されたということだ!」
額から冷や汗が流れ出してくる。頭の中で、お父さんが外出する前に言っていたことを思い出したからだ。
――私が留守の間、人間が襲ってくるかもしれない。その時は、お前がどうにかするんだぞ。
……やってしまった! オーブの点滅は、人間が襲ってきていたことを危険信号として送っていたんだ。
「ちゃんとお前に伝えといたはずだ。人間から私たちの国を守れと」
お父さんは一歩詰め寄ってきて、ボクは反射的に「ヒッ!」と悲鳴を上げて後ずさりする。
「お前はその役目を全うできなかった。これで、私たち魔物の世界が一つ削れたんだ」
「で、でもボク、オーブの光の意味を知らなくて――」
「言い訳無用!」
また怒鳴り声が響いて、部屋に飾られていたお父さんの自画像が床に落ちた。大きすぎる声にボクは体を丸めて委縮してしまう。こんなに怒られるのは初めてだ。
「お前には失望した」
いきなりボクを囲うように魔方陣が浮かんだ。さっきお父さんが転移してくる時に使ったのと同じ色。すぐにハッとして「お父さん!?」と叫んだけど、お父さんはまるで聞く耳をもたずにこう続ける。
「お前は魔王に相応しくない。この城から出ていきなさい!」
「待って! 待ってよお父さん――!」
最後まで言い切るよりも先に、ボクは体がフワッと浮き上がるような感じがして、全身がとても眩しい光に包まれていき、慌ててギュッと目を瞑った。
鳥のさえずりが、どこからともなく聴こえてくる。いつの間に浮いていた感覚はなくなっていて、ボクは恐る恐る目を開けてみる。
ボクを中心に囲うように生えた木々と、苔の混ざった茶色の地面。空は清々しいほど青くて、暗雲どころか雲一つない。
いつの間にかボクは、黒と紫の城の中ではなく、全く見知らぬ緑の中に立っていた。
「……そんな」
ガクッと肩が下がる。胸の中にあの言葉が突き刺さっていて、お父さんに突き放された事実が強い絶望感を与えてきている。なんだか悪い夢でも見ているような気分で頭が回らない。普段は優しいお父さんが、あんな強引な物言いをするだなんて……。
「オーブ一つで、そこまで怒んなくたって……」
ふと、背後の草木が揺れる気配を感じた。力なく振り返ってみると、そこには液状の魔物、スライムが三体いた。
「なんだ、スライムか……」
素っ気なく呟いて、彼らを無視しようとする。けれど、目を離してちょっとしてまた振り返ると、スライムたちはボクに近づいてきていた。
「まさか、お前たち、ボクを襲うつもりなのか?」
そう言っても、スライムたちはなおもじりじりボクに近づいてくる。液状で表情はないが、それは敵意を表しているものだと直感する。
「ま、待てよ。ボクは次代の魔王だぞ。分かってるのか、お前たち?」
いくら言っても、スライムは進行を止めようとしない。
……もしかして、たった一つ失敗しただけで、ボクの信頼って地の底に落ちちゃった? オーブの光の意味を理解できなくて、支配地の一つを人間たちに解放された。それだけで、お父さんどころか配下の魔物たちにも失望された?
それだけでボクはもう、魔王失格なの?
「――危ない!」
誰かの声がして、木々の中から人間が飛び出してきた。若くて背の高い女。朱色の薔薇のような色をした長髪をなびかせ、腰の剣を引き抜きながらボクの横を通り過ぎていく。
急いで後を追うように振り返ってみると、彼女はスライムに対して丁寧で鋭い斬撃を繰り出し、確実に一体ずつ真っ二つに切り捨てる。そして、ものの二秒が経たないくらいで、人間の女は三体すべてのスライムを仕留めていた。
最後の一体を倒してから、銀の剣を振って付着したゲルを払い、剣を腰の鞘にゆっくり納める。最後の最後まで丁寧な動作をしていた彼女が、こわばっていた表情を崩してボクに振り返ってきた。
「大丈夫? ケガはない?」
夕焼けのようにオレンジの瞳を向けて、彼女はそう訊いてきた。ボクはすぐに返事が出来なかった。というのも、彼女の言っている言葉の意味をすぐに理解できなかったからだ。
「……もしかして、ボクを助けたつもり?」
「え? そうだけど、どうして?」
「別にボクは助けてほしいなんてお願いしてないぞ」
「お願いって……。さすがに言われなくても助けるわよ。こんなに幼い子どもが狙われてたんだから」
ボクが幼い人間みたいな容姿だったから助けたってのか。なんて単純な生き物なんだ。
「言っとくが、ボクはこう見えても魔王の娘で、次代の魔王となる存在なんだぞ」
「え? 魔王の娘?」
まるで信じてないような目で見下ろされる。訝しげな視線でボクの見た目を凝視して一言。
「……仮装パーティ?」
「チガーウ!」
つい大声でそう言って、ボクは腰に手を当てながら真面目に話す。
「ボクこそが魔王の娘なんだ。この姿だって、体内の魔力が作用して人間より成長が遅れてるだけで、実際は五十を超えてるんだぞ」
「へえ。凄い設定ね」
「バカにするな!」
なんなんだこの女。ボクが話していることに茶々を入れるのがそんなに楽しいか?
「でもよかったわ。ケガがないみたいだし」
「だから、ボクがケガすることなんてあり得なかったって言ってるだろ」
「意地っ張りなのね」
そう言って彼女は微笑を浮かべて、少し間を作ってからこう訊いてきた。
「どうしてこんなところにいるの? 魔王だったら、魔王の城にいるものでしょ?」
小さな子は家にいなさいってか?
「それは――」
……それは。
つい一言口走ったボクだったけど、すぐにその口が閉じた。事実を口にしようとした瞬間、悔しい思いに包まれてしまう感じがして、俯いて、唇をキュッと噛んで。それでも、今の状態は変わらないって思って、正直に話そうとする。
「追い出されたんだ。お父さんから、お前は魔王に相応しくないって」
女から返事はない。頭を上げて顔を見てみると、彼女はなぜか呆気にとられるようにぼうっとしていた。「どうした?」と訊いてみると、女はハッと意識を取り戻す素振りを見せ、「ううん、ビックリしただけ」と呟く。
「私も一緒なんだ」
「一緒? 何がだ?」
ボクから目をそらして、何もない空を見上げながらこう続けられる。
「――私も、追放されたの。仲間だと思ってたギルドから、ね」
そう言った彼女の声は、微かに震えていた。
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