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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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17 腰抜けの勇気

17 「世界を変えた歴代の王たちはみな、得てして『きっかけ』を見逃さない」 ――国王 ログレス・セルスヴァルア

 昼飯を終え、ボクは再び一人で森の中を進んでいた。ここに来る目的はやはり一つ。アルヴィアにもさっき村で「もうちょっとだけ村に留まらないか?」と頼んでおいて、「依頼があればいつまでいようが問題ない」と答えてくれた。特に理由を聞いて来ないのは、彼女のサバサバした性格のおかげだろう。


 ボクの足下に一匹の眷属がやって来る。しゃがんで喉元を撫でてやると、すぐ後に上級オーク、バグーが一人だけでやってきた。


『餌探しは順調か?』


『仲間が巣窟にまとめている。今日一日は問題ない』


『そうか。眷属たちがよく働いてくれてるみたいだな』


 昨日、ダーラーがドリンにかけた言葉を今一度思い出す。明るく晴れた顔で放った言葉。一緒に働かないかと、ドリンを敵だと疑わない勧誘。それは最初、ボクがゴブリンたちに示そうとした提案で、魔物と人間が共存する方法で一番理想的な世界像だ。


『お前たちは、人間と一緒に生きられるとしたらどうする?』


『ニンゲンと?』


 不意をつかれたように驚くバグー。だがその反応もすぐに険しいものに変わる。


『無理だ。ニンゲンは俺たちをおそう』


『それは誤解だ。お前たちが襲った村には話が通じる人間がいる。魔物を理解してくれてる人間が、少なくとも三人いるんだ。和解できる可能性は充分ある』


『どうかんがえても無理だ。ニンゲンは絶対に俺たちを殺す』


『そうとは限らないって。お前と戦ったフロストゴーレムは、マンドラゴラを採取したり大量の石炭を採掘したりして、ちょっとずつ人間に分かってもらえてるんだ。お前たちオークだって、人間のために出来ることをすれば分かってもらえるはずだ』


『どうしてニンゲンのために働かないといけない? バグーには理解できない』


『……そうか』


 まあそうなるよな。魔物にとって人間は敵。今まで避けてきた相手になぜ自分たちが力にならないといけないのか、ボクの口からでも理屈付けて説明することができない。


『分かった。ただこれだけは覚えておいてくれ。人間は敵じゃない。魔物を襲う人間がいるのが事実だとしても、誰しもがそうとは限らない。もしそれに気づけたなら、お前たちにとって生きる世界は格段に広がるはずだ』


 バグーはブフゥと鼻息を吐くだけで、特別何も言ってこなかった。ボクはそのまま彼に背を向け、また村に戻っていこうとする。




 やはり無理なのだろうか。魔物と人間が共存する世界を創り出すのは。今まで争ってきた歴史なんて到底変えられないのかもしれない。すれ違っているだけで起きた無意味な敵対関係は、どうやっても正せないのかもしれない。


「あーあ。いっそみんなアルヴィアみたいに大雑把になればいいのに」


 俯きながらブツブツ呟いていると、いきなり前に見えた物体にうわ! と声を上げて足を止めた。そこにいたのはドリンだった。


「クイーン様。ちょっといいダヨか?」


「なんだ? お前の方からくるなんて珍しい」


 ドリンはあの……とか、その……とか言って少々お茶を濁してきて、辛抱強く彼がはっきり発現するのを待っていると、そこから願ってもない言葉が出てくるのだった。


「オデ、採掘をする人間のこと、手伝ってあげたいダヨ」


 一瞬言葉を理解するのに時間がかかって、ようやく発したことの意味を知ると、思わず体をグンッと前に寄せた。


「本当か!」


「ほ、本当ダヨ」


「本当に本当なのか?」


「ほ、本当に本当ダヨ」


「おいおい本当なのかよ。それってつまり本当ってことじゃないか!」


 胸の中に膨らんだ期待。それが心を揺さぶってボクを興奮させてくれる。本当なんだ。本当にそう言った。


 ドリンは本当に、人間と一緒に生きることを選んだんだ。


「どこか人間に襲われないところを探すよりも、優しい人間のところにいる方が楽で安全ダヨ。だから、あの人に伝えてほしいダヨ」


 もちろん二つ返事で答える。


「任せろドリン。ダーラーにちゃんと言ってきてやる」


 その後はすぐに駆け出して、村に戻って真っ先にダーラーに伝えた。ダーラーは待ってましたと言わんばかりの反応を示してくれて、すぐにドリンの元へ走り出していった。


 その日からだ。この村に変化が表れ出したのは。




「おいダーラー。最近凄い量だが、一体どうしたんだ?」


「優秀な助っ人がいるんだ。掘るのが速くて力持ち。おまけに頑丈だ」


「なんだそいつ、俺にも紹介してくれよ」


 ドリンの助けにより石炭やその他鉱石の採掘量が大幅に増加。それらは基本的に街まで売りにいく村商人に託すのだが、今まで街に運んでいたよりも量が増えたことにより持ち替える金額も多くなった。


「魔物、か。お前はあんまり魔物っぽくないな」


「ど、どういうことダヨか?」


「話が通じるんだ。次、そっちの荷物お願いな」


 採掘だけだった仕事は馬車への荷運びの手伝い。その働きぶりに感化された別の村人が勇気を持ってドリンに近づく。


「ねえ。その氷って、意図的に出せるのかしら?」


 氷の魔法による食料品の冷凍は、村の食料品在庫の保存に役立った。お父さん界隈ではアルコール飲料を冷やすのをよくお願いされるようになって、たまにやってくるホブ君にはマンドラゴラを採取してあげる。


 村人たちのお願いを繰り返しこなす日々はいきなり始まって、意外にもまだ三日間しか経っていない。


 ボクとしては呆気ない出来事だった。ずっと悩み続けていて、やっぱり難しいのかもと思っていた矢先。


「おいドリン。このワイン持っといてくれ。家内に見つかるとうるさいんだ」


「分かったダヨ。でもフラッジさん、昨日もたくさん飲んでたダヨ。大丈夫ダヨか?」


「いいんだよ。酒は一番の薬なんだ」


 急にこの馴染みよう。まるで最初っから魔物と人間が争っていたとは思えないほど、ドリンは村人に親しまれている。ハヤブサもビックリな超速の関係修復だ。


「……なんだか不思議。三日前、村人たちは魔物を怖がってたはずなのに」


 フラッジという中年の前で、ワインを凍らせるドリンを眺めながらアルヴィアがボクに話してくる。一応ボクとアルヴィアはドリンの監視という名目で村長に話をつけ、村に留まっていた。


「同感だ。なんだか上手くいきすぎてる感じもする」


「力仕事が主な男性に人気があるわよね。ホブ君とその爺さんの話を、男の人の方が理解してくれてたみたいだし」


「でも一番功績を上げたのはダーラーだな。彼がドリンの働きぶりを証明して、それを商人や色んな人に伝えていった。村長もそれで村が潤沢になっている事実に気づいて、今のところは許しているみたいだ」


 背中の岩を子どもがつんつんし、ドリンが大げさに驚く。それを見て子どもたちは笑って、ドリンも愛想笑いを浮かべていた。あのビビりな性格も、子どもの間では人気らしい。


「なあアルヴィア。この調子でいけば、あの日村を襲ったオークも受け入れられるかな?」


「え? もしかして、彼らまだ村の近くにいるの?」


「実はな」


 この三日間、ボクはバグーたちの様子を継続して見ていた。餌がある間だけ、どこかにあるダンジョンに身を隠していると言っていて、定期的に彼らと出会う時間を作っていた。


「ゾレイアを発動して食いっぱぐれないようにしていたんだが、あいつらにも分かってもらいたいんだ。魔物と人間が一緒に生きれる世界があるって」


「……難しいと思うわ」


 重苦しい声色でそう言われる。アルヴィアはふいに首を動かし、その先にいた三人の主婦が彼女の目線に気づくと、わざとらしくそこを離れていくった


「知ってる? 私たちにあらぬ噂話が広まっていること」


「噂? ボクたちの?」


「私たちがグウェンドリンをここに連れてきたけど、それは魔王の使いだからって言われてるのよ」


「初耳だ。魔王の使いっていう部分は、まあまあ的を得ているけどな。気になるのか?」


「ちょっと気に障る感じ。いつか私たちが本性を現して、大量の魔物を連れて来るんじゃないかって言ってるの。根拠のない話を広げていって、最後にはきっと私たちを追い出そうと計画してるんでしょうね」


「また追い出されるのかボクたち」


 少々うんざりするようにそう呟く。


「腹が立つでしょ? 私たちは村を助けてあげたっていうのに」


 話している際中、ふと誰か女性の声が聞こえた。中から籠って聞こえた怒号のようで、声の出どころに目をやると、家から出て来ようと扉を開けたダーラーを見つけた。激しい剣幕を浮かべていて、中にいる誰かに向かって「お前のが魔王の使いじゃないのかサリー!」と怒鳴り、バタンと扉を強く閉めた。近くで待っていたドリンは大きな音にビクッとするが、ダーラーが歩いていくのを慌てて後を追いかけていく。


「……村の間でも賛否両論みたいね」


「仲間同士の争いは、魔物でも人間でも変わらないんだな」


 ダーラーとドリンが坂を下って姿を消す。採掘に向かったのだと知ると、ボクは窺っていたタイミングを見つけてアルヴィアに訊く。


「なあアルヴィア。その斧はなんだ?」


 アルヴィアはさっきからずっと斧を握っていて、両手に持って地面に突き立てていた。


「依頼がないか聞いたら、薪を割るよう頼まれたのよ。村の担当が、街の女に一目惚れして帰ってこないんだって」


「アルヴィアが薪割り……あんまり似合わないな」


「こんな雑用を任されたのは初めてよ。おまけに実際に薪割りの場所に行ったら、別の薪割り職人がせっせと働いてたし」


「それでここでサボってるってことか」


 むすっとした表情をしてアルヴィアは黙り込む。しばらくして、アルヴィアから会話が再展開される。


「……ねえクイーン」


 何か思いついたかのような声で呼ばれる。なんだか悪だくみをしてそうな笑みが浮かんでいるのは気のせいか。


「実際に魔王の使いになってあげない?」


 ……なんでだ? いきなり何を言うのかと思ったら、全然意味が分からないことを言われた。


「私たちはどうせこの村を離れるから、噂とかどうでもいいけど、ここにグウェンドリンはきっと残る。あわよくばオークたちも残ることになるかもだし、去り際に彼らの印象を良くしてあげましょう」


 印象を良くする? ボクらの去り際に? 魔王の使いになって?


「……それはつまり、そういうことなのか?」


「そういうこと。二人で詳しい作戦を練ればいけるはずよ」


「お前、思い切った決断をするな」


「細かいことが嫌いなの。だから分かりやすくしたいだけ」


 そう言ったアルヴィアは、どこか自信に満ちた表情をしていた。それはまるで、分かっていない彼らに分からせてやろうという、いたずらっぽい笑みにも見えたのだった。

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