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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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16 ダーラーへの理解

16 『炭鉱には土魔法が最も適している。冒険者を辞めた後にこの職に就く者も少なくない』 ――『魔法使いの仕事』ダルバーダッドギルド本部出版

「この穴を掘っていって、出てきた炭や鉱石を手押し車に入れていけばいい。仕事内容はそれだけなんだな、ダーラー?」


 村を離れ、森を超えた先の中にある天然の洞窟を進みながらボクはそう確認する。ダーラーというのは彼の名前で、手押し車を押していたダーラーは「そうだが」と言ってから、恐る恐る後ろについてきている魔物に振り返る。


「ほ、本当にこいつに任せられるのかよ」


 ボクはドリンを見てしっかりこう言う。


「大丈夫だ。ゴーレムという魔物は洞窟を住処にする魔物。そのほとんどは自分の手で掘って作ることが多いんだ。こういうことはむしろこいつらの天職だろう」


「いや、仕事の素質じゃなくて、そもそも魔物が言う通りに動くなんて……」


「お前たち人間が犬に芸を覚えさせることと同じだ。ドリン。早速掘り進め」


 ピシッと指を差して命令する。ドリンは「わ、分かったダヨ」と村人を警戒し続けるようにじっと見つめながらも、穴掘り途中の壁まで歩いていく。


 そして大きな手をつけ、力を入れて掘り始めた。ビキッとひずみが生まれる音がして、その一発目の豪快さにボクたちは目を見張ってしまう。土を掘ると言われて想像するのはシャベルで刺して、持ち上げて、土を放ってまた刺して、と同じ作業を積み重ねるものだったが、ドリンの場合は決してそうではなかった。


 ドリンが手をつけた土が、岩のような塊のまま足下に転がっている。壁を直接引き剥がしたかのように形が残っている。それも本人は至って軽い力加減でやっているかのような軽やかさで。おまけにずんずん流れるように前に進んでいっている。


「す、スゲェ……。俺の倍以上(はえ)ぇ」


 ダーラーはハッとして、手を離していた手押し車を握り直してついていく。ボクも直接見たのは初めてだけど、なるほどこれは凄い。力があるのは当然だが、掘り進む技術がないとここまで順調にはいかないだろう。がれきをどかすような手つきで、ドリンはどんどん突き進んでいく。


「凄いわね」


 アルヴィアがボクの隣を歩きながら呟いてくる。


「ゴーレムが土を掘れるなんて、意外と考えたことなかったかも」


「コイツらの主食が鉱石だからな。餌を求めている間に、こういう能力が進化したって言われてる。体の頑丈さも、食べてきた鉱石によって変わるんだと」


「へえ。人間も鉱石を食べたら頑丈になれるのかしら?」


「食べられるんだったらそうなのかもな」


 珍妙なことを言うアルヴィアをよそに、ドリンは何かに気づいて手を止める。


「あ、石炭あったダヨ。きっとこっちの方向にたくさんあるはずダヨ」


「よーし。ありったけ取ってしまえ。好きな鉱石が出たらお前にやれるよう交渉してやるから」


「本当ダヨか! やる気になったダヨ!」


 石炭を見つけた壁に手をつけ、さっきと同じように掘り進めようとするドリン。足元に落ちた石炭をダーラーが回収していくが、絶えずどんどん落ちてくる光景に「スゲエスゲエ!」と度々繰り返していた。




 そんな作業が昼まで続き、やっと洞窟を出てきた今。


「おいおい。一日で。いや半日でこれが満杯になるのかよ」


 石炭で一杯になったワゴンを前に、ダーラーは感激するように震えていた。ワゴンに積まれた石炭の量は、目視で五十キロ以上ありそうなほどだ。


「一日中掘っていて半分も埋まらない日なんてザラなのに、今日はとんでもねえ採掘量だ。本当にスゲエよ」


「早速村まで運ぶか。ドリン、いけるよな?」


 洞窟で見つけた青い鉱石、ラピスラズリをパキッと音が鳴るように噛み砕いていたドリン。


「もちろんダヨ」


 手に残っていた分を口にして、ドリンがタイヤのついたワゴンを押していく。重たそうなワゴンの進みに合わせてボクたちも歩いていって、森に戻って村まで進み続けた。


 村の倉庫まで入れるよう誘導され、ドリンがその場所まで持っていく。ワゴンからやっと手が離れると、ダーラーはまた興奮するようにうなった。


「うおぉ……。本当に夢みたいだ。この村にこれだけの石炭が積まれてるなんて。ドリンでいいんだよな?」


「え? そ、そうダヨが」


「お前、人間を食べないんだったら俺と働かないか?」


「ええ!? 一緒に働くダヨか!?」


 ドリンは相変わらずの驚きようだったが、今回に関してはボクも同じ気持ちだった。とても衝撃的な提案で、パッと開いた目が戻ろうとしない。


「これだけ掘ってくれれば、俺も村も楽ができる。もちろんお前もあの洞窟で、好きに鉱石を食べてもらっていい。ちゃんと仕事さえしてくれれば、こっちも文句はない。どうだ?」


「ど、どうって訊かれても……」


 どうやらダーラーにとって、ドリンはかなりお気に入りになったらしい。確かにドリンはビビりだから人間を襲うことはないだろうし、居場所がないっていうならまたとないチャンスでもある。決して悪くない提案をしてくれたとボクは思う。


「で、でも、オデは怖がりだから、多分人間と一緒にいるのは無理ダヨ。洞窟にいる時も、クイーン殿が一緒にいてくれたから行けただけで、一人だけじゃ絶対行けなかったダヨ」


 ドリンの臆病はかなりのものらしい。たとえダーラーさんと真正面で戦うことになっても、圧倒的にドリンが有利なのは間違いないはずなのにこのビビりっぷりだ。


「そうか。でもなんであの女の子が一緒なら平気なんだ? あの子だって人間だろ?」


 ダーラーがボクを見てそう訊いた。自分から話すのは怖がらせるから避けていたことなんだが、ここまでくるとさすがに気になるよな。


「悪いがボクは人間じゃない。見た目が子どものように見えても五十歳だしな」


「五十歳!? なんでだ? どうみても十歳くらいの女の子じゃないか」


 そんなにちんまいに見えてるのボクって……。


「体内の魔力が作用して、成長の進み方が普通の人間の体とは異なっている」


「そんな。だったら、お前は一体何者なんだ?」


「それは……」


 話していいものだろうか? ボクが魔王の娘だということを、正直に話してしまったらどうなるんだ? いやでも、ドリンを受け入れてるダーラーなら大丈夫か?


「……悪いこと訊いたみたいだな。無理して答えなくていい」


 口ごもっている間に、ダーラーが察するように引いてくれた。


「どうも俺は、思ったことをついついその場で言ってしまう癖があるんだ。あんたらにも言ってしまったみたいにな。だから今のは気にしないでくれ」


 ボクはただ、そうかとか細く呟いてホッとする。案外素直なヤツで助かった。


「それじゃ、俺は家に戻って飯にするよ。こんだけ採れたんじゃ午後は行かなくて済みそうだし、今日はゆっくり休むわ」


 ダーラーは一人先に歩いていき、途中で振り返って後ろ歩きになりながら「ドリン」と名前を呼ぶ。


「俺はいつでも歓迎だからよ。考え変わったら言ってくれよー」


「りょ、了解、ダヨ」


 ドリンの返事を聞き、ダーラーはさっさと坂を駆け上がっていく。その姿が見えなくなりそうになった時、アルヴィアも同じ方向に歩き出そうとした。


「私たちもご飯にしましょう。今朝村長の奥さんが、お昼の分を作ってあげるからそれまでいなさいって言ってたから」


「そうか。分かった」


 後を追おうと足を前に出す。けれど頭の中にあの衝撃的な発言が繰り返されて、ドリンに振り返った。


 自分の中でもまだ信じきれていないような、考えがまとまりきっていないことを口にする。


「なあドリン。本当にダーラーの提案を受ける気はないか? あの人間はボクの目からも信頼できる。お前もいつ襲われるか分からない巣屈より、安全なところにいる方がいいだろ?」


「そ、それはそうダヨが……」


 歯切れの悪い返答。やっぱり人間への恐怖心には勝てないということか。


「……ちょっと時間が欲しいダヨ、クイーン殿」


 ちょっとだけ希望を感じられるような声色。今の彼の言葉は、そんな感じに聞こえた。断言できなかったのは、もしかしたらコイツ自身悩んでいたからかもしれない。


「そうか。だったら存分に悩め。今のボクにお前のあれこれを命令する資格はないからな」


 前に向き直り、坂上で待っているアルヴィアの元へ急ごうとして一歩を踏み直す。ボクの期待通りの答えをしてくれたらと願いながら。


「――あ、もう一つ忠告」


 ドリンに振り返って、腰に手を当て胸を張る。


「ボクのことはクイーン殿()、じゃなくて、クイーン()と呼べ。今からそれは習慣づけるんだぞ」


「え? そ、そうダヨか?」


「返事は?」


「わ、分かったダヨ。クイーンど――様」


「よろしい」


 得意げな気分になって、ボクは再度坂を登り始める。



 * * *



「……魔物と一緒にいる人間なんて、信用できない」


「おーいサリー。どこにいるんだー?」


「今行くわ、ダーラー」


「お前……何してたんだよ?」


「別に。何もしてないわよ」

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