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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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15 口喧嘩

15 (人間の言い争い、村外れまで聞こえてきて怖いダヨ……) ――グウェンドリン

 翌朝。子供部屋で起き上がったと同時に昨日の気配をまた感じる。まだ周りでボクのことを見ているヤツがいるようで、ボクはさっさと外に出て行こうとする。


「……どこ、行くの?」


 隣のベッドで目を擦りながら、アルヴィアが眠そうに訊いてくる。普段は子どもが使っているベッドに下着姿で寝ていたらしい。


「ちょっとだけ散歩だ。すぐ戻ってくる」


 部屋を出て、家の扉を開けて外に出る。昨日と同じ、よく晴れた空だ。ボクは気配の正体を見に行こうと、村の倉庫があった方向に歩き出していった。急な傾斜を整備された坂で下り、流れている浅い川を木の橋を使って渡り切る。


 そうして目の前に森が広がっていると、ボクはその中に堂々と入っていった。そこで一匹の眷属を見つけ、喉元を指で撫でてやりながら確かめる。


「あいつらは奥なんだね」


 眷属が緑の目を森の奥に向ける。ボクはそっちに向かって歩き出して、眷属が影の中に戻っていく。なるべく村から遠く離れた場所まで進み続けて、そこでピタッと足を止めて、ボクは聞こえるように口を開いた。


「襲ったりはしないから、ボクの前に出て来い」


 何も返事はない。草木一つすら揺れ動かない。


「ボクの魔法でお前らがいることは分かってる。出てこないつもりなら、今度こそ焼き尽くすぞ」


 脅すようにそう言ってみると、横目に映っていた草木が揺れた。見てみると、そこからあのドリンと戦ったオークが顔を見せていた。背後に五体のオークもいて、人間が言う下級に該当するヤツらだ。


「ずっと村のことを見てたな。あそこはお前たちが奪っていい場所じゃない」


「オレたちは、うばうつもりじゃない」


 大きいヤツが代表して、人間の言葉でそう答える。


「嘘言うなよ。だったらどうしてまだ周辺をうろついてるんだ?」


「それは……」


 口ごもったままオークの口が開かなくなる。ボクはため息を一つつく。


「はあ。ボクが村を出た後に、また襲おうとしてたんだろ」


「そ、そんなことは――」


「別に隠さなくていい。お前たちにだって、そうしないといけない理由があることをちゃんと分かってる」


 慌てて誤解だと言いそうなのを、そう言って止めた。オークは面食らったように黙り込んでこう訊いてくる。


「オマエは、ニンゲンじゃないな?」


「お前たちも知らないのか。やっぱりボクのことを知ってる魔物は、これから出会いそうにないな」


「いったい、ナニモノだ?」


 竜の首飾りを見せるようにして、オークの言葉で答える。


『次代の魔王クイーン。お前たちの未来のボスだ』


 オークたち全員が驚く。


『魔王……お前が、俺たちの?』


 上級オークがネイティブな言葉遣いに変わる。


『そう。ワケあって城を追い出されて、今は城を目指しながら自分磨きをしている際中だ』


 下級のオーク一体も口を開く。


『しんじる。オマエ、ツヨい。マリョク、ソウゾウいじょう』


『そうか。まあ崇めてもらうのは好きにしてもらうとしてだ』


 咳払いを挟む。喉の奥をブブブッと鳴らしているような話し方だから結構疲れる。


『デカいの。名前は?』


 上級オークに問いかけ、『バグ―』と返事が来る。


『バグ―。あの村を襲うのは止めてくれ。あそこには魔物のことを理解してくれてる人もいる。その人のことを裏切りたくない』


『でも、俺たちは食べるものがない。ずっとこの辺にいたのに最近動物がいない』


 食糧難か。でも待てよ。こんな森の中から野生動物がいなくなるなんて少しおかしい。ずっと奥まで茂っていて、草食動物がいなくなるとは考えにくい。


『ずっとって言うと、どのくらいいたんだ?』


『どのくらい……十年くらい』


 オークたちが動物を根絶するまで食べた、とも思ったが、さすがにこの数でそれはなさそうだ。


『さすがに逃げたんだろうな。十年もいたら、ここは危ないって意識がつくだろう』


 村長さんも言っていたな。最近は動物も減ってきているって。その原因はこのオークたちだったんだ。そして腹を空かせたオークたちは、とうとう村を襲う決心をつけた。その結果、二体の犠牲を生み出し、ボクとアルヴィア、ドリンによって失敗に終わったと。


 単純ながら大きな難題だ。周りに食べるものがない。生憎オークは肉食で、草や果実を好まない。コイツらが餓死する未来はそう遠くなさそうだ。


 ボクは地面に手をつき、木漏れ日が差している部分に腕をやって影を映す。ゾレイアを発動し、十体の眷属を召喚して命令する。


「動物の肉を探してやれ。近くにはいないだろうから、遠くまで走り回るんだ」


 黒猫たちは一斉に散って走り出す。立ち上がってそれを見届けて、またオークに向き直る。


『今は助けてあげられるが、いつまでも眷属が出せるわけじゃない。これからどうするべきか、今日中に決断しておくんだ』


 そう伝えると、オークたちは何と言っていいのか分からないのか、お互いにお互いの顔を見合わせていた。ボクは彼らに背を向けて、さっさと村に戻っていった。




「だから、あのゴーレムの氷を叩いてこうなったんだろうが!」


「だからって私に言われても!」


 村に戻ってみると、アルヴィアが村人の一人と言い争っている様子だった。何か面倒事かと駆け足になって近づいてみると、相手は昨日、ドリンが張った氷をツルハシで砕いていた彼だった。


「どうした、アルヴィア?」


「クイーン。この人がツルハシを折ってしまったんだけど、その原因が昨日グウェンドリンの放った氷の魔法のせいだって言ってきたのよ」


 アルヴィアの言う通り、彼の手に持っているツルハシの柄は折れていた。木の部分が折れているから、もうそれは使い捨てるしかなさそうだ。


「丁度村にある備蓄が切れて、こいつが最後の一本だったんだ。それなのにこいつも折れちまって。これじゃ街に行った村の商人が帰ってくるまで、俺は仕事ができない」


 苛立つ村人にアルヴィアが反抗的に口を開く。


「剣だって折れるんです。ツルハシが折れるのはごく当たり前のことですよ? あの魔物のせいにする理由にはならないと思うんですけど」


「なんだと! そもそも、お前らどうしてあんなの連れてきたんだよ。人間の友達ができないからって、とうとう魔物とよろしくやろうとしたのかマジキチ嬢ちゃん!」


「あなたの言い分だと、文句はあの魔物にあるんでしょ? 彼はまだ村外れに残ってるから、直接言いに言ったらどう? ああごめんなさい。上級魔物を前に話をするのは臆病者のあなたじゃ怖いわよね。あなたのアソコってこのツルハシみたいに折れてそうだし」


「んだとこのビッチ!」


「ヘタレがなによ!」


「お前たちっ――!」


 下らない言い争いに雷を落とすように大声を張って遮って、同時に手にフレインの炎を見せて正気に戻そうとする。


「いい加減にしないか。見苦しい」


 周りの村人からの視線が痛くて嫌な気分だ。二人はこっちを見て炎を目にすると、やっと冷静さを取り戻して黙ってくれた。……と思った矢先だ。


「ああん? なんだよおチビちゃん。そんなので脅してるつもりか? 可愛らしすぎるだろ」


 ……イラッ。


 ふっと手を閉じて炎を消し、背中の影からゾレイアをありったけ生み出す。そして、昨日オークにもやったように、容赦なくその男を襲わせた。


「うわ! うわああっ!」


 男は倒れ込み、体中を虫がモゾモゾ這いずり回るような光景が再び目の前で起こった。さすがに爪を立てないようにはさせたが、絵面的に惨いことをしているというのは、周りから声にならない悲鳴と、アルヴィアの引きつった表情が表している。ボクは大きくため息を吐いてから、パチンと指を鳴らして眷属たちを解散させる。


「歯向かう相手は慎重に選べよ。お前の目に幼く映ってるボクは、あのゴーレムよりも強いんだからな」


「す、すみませんでした……」


 強引なやり方ながらひとまず分かってもらえた。男は立ち上がろうとするが、力が入らないのか座った状態から立てずにいると、ため息をついてから諦め、その体勢のまま話してきた。


「苛立ってたんだ。俺は鉱石を掘るのが仕事なんだが、最近掘ってるところの採掘量が減ってよ。それでも仕事なんだからやるしかないって割り切って、今日も掘ろうと山に向かったんだが、一発目の振りでこのザマになって」


 折れたツルハシが目線で示される。


「それでアルヴィアに八つ当たりをしたって流れか」


「悪かったよ。もうあんなことは言わない。許してくれ」


 仕事に対する鬱憤を人にぶつけた、というところか。どうやら彼は精神が未熟のようだが、まあそんなの鍛えればいつか改善するだろうし、そうするかどうかはコイツの問題だ。素直になって謝れてるだけ、まだマシな方だろう。


「反省してるようだし、許してやるよなアルヴィア?」


「……仕方ないわね」


「アルヴィア」


 不機嫌そうな態度を正せと目で訴え、アルヴィアは少し躊躇ってから言葉を吐いた。


「私も悪かった。強く言い過ぎたわ。ごめんなさい」


 男は謝罪の言葉に頷いて再び立ち上がろうとし、アルヴィアが咄嗟に手を差し伸ばした。男を立たせてあげ、ボクも一安心する。


「どのみち、今日は採掘できそうにない。さっさと家に戻って休むよ」


 ボクたちに背を向けて去ろうとする村人。ふと思い立ったボクは、ちょっと、と男を呼び止めた。


「実は採掘できる方法がなくはないんだが……」


 そう言って村外れに目をやり、丘の上でドリンが呆然と空を眺めているのを見る。村人が「まさか」と言うのをボクは聞き流す。

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