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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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14 クイーンの覚悟

14 「たとえ犠牲が出る選択でも、それが道しるべなら覚悟を決めて選ぶ」 ――魔王の娘 クイーン

 森に入り、木々の中を進んでいく。途中で一匹の眷属がマンドラゴラを見つけてくれて、丁度今その目の前までやってきた。


 ニンジンとそっくりな葉を生やし、地中に埋まって眠っているマンドラゴラ。パッと見はなんの変哲もない植物だが、これを引き抜いた暁には耳を貫く慟哭が待ち受けている。


「さて、見つけたぞ。さっきのやり方で頼めるな、ドリン」


「わ、分かったダヨ」


 ボクの指示に彼はマンドラゴラに近づき、その葉をちゃんと掴んだ。それにアルヴィアがやや身を引く。


「私、ちょっと怖いんだけど。離れててもいい?」


「安心しろアルヴィア。もしもの時はボクの炎で焼き尽くす」


 右手にフレインを焚くと、ドリンが手に力を入れた。


「いくダヨ!」


 すぐに土がグッと盛り上がって、マンドラゴラの人面がボクらの目に映った。バッチリそいつとボクの目が合った瞬間、そいつが泣き叫ぶよりも先に、ドリンがボクの指示通りのことをこなそうと手に冷気を強めた。すると、口を開けかけたマンドラゴラは、一瞬にして全身氷漬けになったのだった。


「おお! 上手くいったぞ!」


 高々と上がった腕のマンドラゴラを見ながらボクは喜び、ドリンは怖がってそらしていた目をゆっくり戻していく。アルヴィアも安堵の息を吐いていたが、急に顔つきが戻るとボクにこう訊いた。


「でもよかったの? その植物は魔物で、あなたの部下なんじゃないの?」


 嬉しかった気持ちが一気にそぎ落とされて、彼女の言葉を深く受け止める。ボクだって、それを考えなかったわけじゃない。


「アルヴィアはさ。こんな年中地中に埋まってる魔物にも、情を持ってくれるんだな」


 アルヴィアは少し考えるようにしてから口を開く。


「昨日のゴブリンの話を聞いた時、家畜とか居場所とか聞いたからかな。私の中の正義感が、なんだか揺れてるのよね。ちゃんと魔物にも生活があって、仲間とかがいて、縄張りを守ろうとして。そして時には、私たちのせいで一人になることもあって」


 ドリンを見つめながらそう言って、目線をボクに戻してくる。


「中でも、城から出てきた純粋な魔物さんが、人間のせいであんなに泣いてるのを見たら、私たちが思ってるほど悪いものじゃないんじゃないかって思った」


 純粋な魔物さんって、ボクのこと自分より小さな存在みたいに扱ってる言い方だな。ボクは絶対的な強さを持ってるっていうのに。


 ……でも、そんな強さを持っていても、彼女の前に醜態を晒したのは事実なんだよな。


「マンドラゴラは、魔王国でも人間と似たような扱いだ。薬の材料にしたり好物として食べる魔物もいたりする。人間のお前が、そこまで情けの心を抱く必要はない」


「そう、なんだ」


「お前は前に言ったよな? 人間社会の実体は弱肉強食だって。それは魔王国でも同じだ。弱い者は強い者に負かされて、負けた瞬間生存の権利はなくなる。マンドラゴラは食物連鎖の下層にいるってだけだ」


「……そう。次代の魔王様は、その実態を受け入れるのね」


 どこか見放すような言われ方をされる。多分アルヴィア自身、その不条理な世界で苦しんだ経験があるから、ボクに失望したのかもしれない。


 世界はすぐに変えられない。それは昨日、村人たちの憤りから肌で感じたこと。ボクの力でも無理なことなんだ。でも、ボクとてそんな世界が正しいなんて思ってない。


「ボクは変えてみせるよ、この世界の実体を」


 え? とアルヴィアが意外そうな目を向けてくる。ボクはドリンに腕を伸ばして、氷漬けになったマンドラゴラを両手で受け取る。ドサッとした重みを感じ、フレインをじっくり発動して、氷を少しずつ溶かしていく。


「いつかボクは魔王になる。魔王になった時、ボクは人間とのわだかまりをすべて払拭したいと思ってる。だから今は、そのための礎を築きたいんだ。たとえ犠牲が出る選択でも、それが道しるべなら覚悟を決めて選ぶ」


 先の葉の部分がおおかた溶け切り、そこを掴みながら人面の部分も溶かしていく。アルヴィアとドリンはその様子をじっと見つめている。


「いつか、魔物も人間も犠牲にならない世界を築き上げてみせる。誰が誰の命を決定づけるでもない、分かり合える世界を。魔物は人間を恐れず、人間は魔物と仲良くなれるような、マンドラゴラの命だって奪わなくていいような世界に。そのために今ボクができることは、コイツの命を奪った罪を背負っていくことだけだ」


「たった一人の少年のために、そこまで重い罪を背負うつもり?」


「逆だよ。一人ずつからじゃないと進まないんだ。一人ずつ理解してもらっていって、新しい世界の基盤を作り上げる。そうしてボクが正式に魔王になった時に、大きな改革を起こすんだ。理解してもらった人間から協力してもらって」


 溶けた氷から人面が表に出てきて、ピクリともしない瞼を手で閉じてあげる。


「そのやり方、きっと辛くなるわよ」


 アルヴィアの言葉に、ボクははっきりこう返す。


「これくらいしないと、ボクたちの溝は埋められないよ」


 多分、ボクは無自覚にこう思っていたんだと思う。


 この世界に、綺麗事は存在しない、と。


 ボクのイルシーの魔法のように、世界は指を鳴らした瞬間に変わったりはしない。本当に変えたいと思うのなら、色々引きずることになってもその道を進むしかないと。この時はそう思っていたに違いない。




 ドリンと別れてから村につき、ホブ君の家を訪ねる。出てきたホブ君はマンドラゴラを見るや否や喜びの声を上げた。


「うわー! 本物のマンドラゴラ! どうやって取ってきたの?」


「ドリン――氷の魔物の力を借りて、引き抜くと同時に氷で覆ったんだ。もう息をしてないから、叫び声を上げる心配はないぞ」


 マンドラゴラをホブ君に手渡す。見た目以上の重さに「うわ!」と声を上げ、落ちかけたそれを重たそうに両手で持ち上げ直す。


「ホントだ。ひんやりしてる。あの魔物さん、本当にいい魔物さんなんだね」


「そうだな。魔物にもイイヤツはたくさんいる」


「そうなんだ。でも、大人の人は魔物を悪者だって言って倒してるよ? それはどうして?」


 いきなり難しい質問を投げかけられた。子どもに複雑な真実を語っても分からないだろうし、かといって変なきれいごとを言ってもな。咄嗟のことにどう言えばいいのか悩んでしまっていると、アルヴィアがボクの横に出てきて、片膝を曲げてホブ君と目線を合わせた。


「それは魔物のことをちゃんと知ってないからよ」


「魔物を知らないの?」


「そう。魔物って見た目が怖いものが多いでしょ? それでみんな、魔物は人間を襲う敵だって思っちゃってるのよ」


「そっか。大人の人は魔物の顔を見て怖がってるんだ」


「そう。だから、見た目で全部判断したら駄目よね」


「うん。僕、後でちゃんとお礼言いに行くね」


「そうしてあげて。きっと喜ぶわ」


 アルヴィアが立ち上がると、ホブ君は「ありがとね、お姉さんたち」と元気よく言って、マンドラゴラを抱えたまま小走りで家に戻っていった。気になることがあったボクはアルヴィアに振り向く。


「魔物の見た目が怖いって話。それってまさか本当なのか?」


「え? 普通にそうだと思うけど……。マンドラゴラの顔だって、ちょっと気味悪いし」


「そうだったのか。人間が見るボクたちはそうだったんだな」


「あなたから見たら違うの?」


「そうだな。昨日のゴブリンの親玉も、まあまあイケてる顔だなって思ってたし」


 一気にアルヴィアが渋い表情を浮かべる。


「へ、へえ。ゴブリンにも、顔の違いがあるのね」


「そりゃあるとも。当然だろ?」


「当然って言われても……。たとえあなたでも、犬とか猫の顔の区別はつかないでしょ? せいぜい品種とか毛並みが分かるくらいで。私たちからしたら、魔物もそうやって見えるのよ」


「なるほど。そう言われると分かりやすい」


 だからか。人間からしたら魔物の見た目は恐怖の対象。それがすれ違いを引き起こした引き金の一種なんだろうな。


「あれ? そしたら、どうしてお前たちはボクを恐れないんだ?」


「そりゃ、あなたが人間の子どもに見えるからじゃない?」


「え!? ボクって本当にそう見えてたの!?」


「むしろどう見えてるつもりだったのよ」


「次期魔王に相応しいような、美しくてカッコいい風貌だよ」


「どこにも感じられないわ、そんな風貌」


 あんぐり口が開いてしまう。今までアルヴィアの言ってたことはイタズラか何かだと思っていたのに、このボクが本当にそんな風に映ってたなんて。


「……本気でそう思ってたのね」


 アルヴィアにボソッとそう言われる。百歩譲って威厳が足りないのは認められる。お父さんに比べたらまだまだだって自覚があるから。でも、見た目からしてそんな風に思われてるなんて予想だにしてなかった。


「……だからか。お前たち人間がボクのことを魔物だと疑わずにいたのは」


「今気づいたのね……」


 きっと一生忘れられないショックを受けながらも、その日は進んでいく。


 夕暮れを過ぎた頃、ボクとアルヴィアは村長さんの誘いで夕食を頂いた。オークから奪われず残っていたものを使った簡素な料理。村を救ってくれたお礼として豪勢に出したつもりの豚肉は、村長と奥さん、それに二人の子どもがいるせいか、量が皿一杯にあるようで薄く切られていた。キャベツのスープも味付け的にちょっと物足りなかったし、満足のいかないもてなしだった。


 夜になると、村は静まり返っていた。ドリンの様子を見てみると、彼はまだ村外れの丘にいて、恐らく完全に地中に隠れているつもりで眠っていた。今度ちゃんと隠れられるほどの穴がどれくらいか、教えるべきなのかとなんとなく思う。


 空を見上げると、ボクが広げた手よりも大きい月が浮かんでいる。周りに見えるのは満天の星空で、まるで誰よりも輝いてやろうとみんな光っているようだ。その下で、ボクは自分の影に気配を感じていた。


 後ろを振り向いてもそこにはドリンしかいない。けど気配はしっかりする。それも、なんだかじっくり見られているような感じ。


 ……さすがに来ないか。


 あくびがこぼれ出てきて、ボクは村長の貸した部屋で床につこうと歩き出す。

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