13 少年錬金術師の依頼
13 「陶芸家に手が必要なように、錬金術師にはマンドラゴラが必要なんだ!」 ――自称名高い錬金術師
※ピエロギは、様々な具を詰めたダンプリングまたは膨らまない生地を、茹でてまたは焼いて作る東ヨーロッパ周辺の料理である。見た目は餃子に近く、詰める具材は挽き肉、マッシュポテト、チーズ、ファーマーズチーズザ、キノコなど、地域ごとに異なる。
村を解放してあげてから、一時間くらい経っただろうか。村に戻り、チーズのピエロギを貰って食べ歩いている時。
「ねえ、そこのお姉さんたち」
ボクとアルヴィアは子どもの声に振り向いた。そこにいたのはボクよりも背の小さい少年で、どこかで見たような面影がある顔だ。
「お姉さんたちって。もしかして、ボクたちのことか?」
「うん。魔物を追い払ったお姉さんたちに、お願いしたいことがあるんだ」
――お姉さん。やっとボクの麗しい姿に気づいてくれる人間が現れたか。残り一口のピエロギをパクッと呑み込んで顔を近づける。
「うーんいいだろう。お姉さんのクイーン様が、なんでも願いを聞いてやろう」
蔑んだような目で「単純ね」と呟くアルヴィア。
「僕、ホブって言うの。実はね、僕、錬金術師になりたくて勉強してるんだけどね」
「れんきんじゅつし?」
カタコトな復唱になってしまうと、アルヴィアがすぐに説明してくれた。
「色んな素材を釜で錬成して、新しい薬とか物質を作り出す人のことよ。回復薬とか、便利な霊薬とかも作れるの」
ふむふむ。そういう仕事があるんだな。
「街で偉い錬金術師の人はね、マンドラゴラっていう素材をよく使うって知ったんだ」
「マンドラゴラ! それなら知ってるぞ。ニンジンみたいな植物の魔物で、引っこ抜いた時にうるさいくらいに泣き叫ぶヤツだな」
ニンジンの体に二又の足があり、人面がついた植物魔物。抜いた際の泣き声は恐ろしく騒がしいヤツだ。
「うんそうそう。それをどうにかして手に入れたいんだよね」
「マンドラゴラの入手か……」
あまりに難しい依頼内容に、ボクは思わず首を捻ってしまう。アルヴィアは何も知らないのか、素っ気ない顔したままボクに「そんなに難しいこと?」と訊いてくる。
「難しいも何も、普通は無理だ。抜いた時に叫ぶって言ったけど、それは想像をはるかに超える声量で、引き抜いたヤツは間違いなく精神が狂って自害する」
「そんなに恐ろしいの? でも、偉い錬金術師はよく使っているんでしょう?」
その質問にはホブが答える。
「僕が読んだ方法は、犬を使って引き抜く方法なんだ。マンドラゴラの葉の部分に紐をつけて、それを犬の首輪に繋げて走らせる。それでマンドラゴラを引き抜いて、泣き止むまで待つんだって」
「その方法、犬が死なないか?」
「そうなんだよ。これだと犬が可愛そうでしょ? それに僕は犬を飼っていないし。だから、別の方法でなんとかマンドラゴラを手に入れたいんだ」
事情は把握した。ボクをお姉さんと呼んでくれたヤツの頼みだから、ちゃんと叶えてあげたい気持ちもある。だけど、
「うーん、どうすればいいんだか……」
次期魔王であるボクとて、マンドラゴラの泣き声に耐えられる確証はない。実際に試したことがなくとも、誤ってマンドラゴラを食べようとして鼓膜が破壊された魔物の話は意外に多いし、犬を使う以外の方法も思い浮かばない。
「お姉さんたちって、あの氷の魔物さんのお友達でしょ?」
「え?」
いきなりホブ君は奇妙なことを口にする。
「マンドラゴラが魔物なら、魔物さん同士でなんとかできると思って声かけたんだけど、それでもやっぱり難しいかな?」
「お前、どうしてボクとドリンが友達だと思ったんだ?」
「村から逃げた時、一緒に何か話してたのを見たから。それとも本当は違う?」
「違うことはないが……。その、なんだ。お前は魔物を恐れないんだな」
「だって、あの魔物は村を救ってくれたんでしょ? お爺ちゃんがそう言ってたよ」
お爺ちゃんと言われて、ボクはやっとその少年に感じていた面影の正体を知った。この男の子は、さっきドリンにお礼を言いに来た爺さんの孫だ。二人の目つきがそっくりだ。
「……そうか。そこまで言われちゃ、やるしかないな」
「本当?」
「未来の錬金術師さんの提案だ。試してみる価値がある」
魔物を受け入れてくれた爺さんの孫なら、喜んで依頼を引き受けられる。
「やった! ありがとうお姉さん!」
お姉さん……。いやあ、いい響きだ。
「絶対にマンドラゴラを持ってくるからな」
そう言ってボクは村から出て行こうと歩き出す。ずっと話を聞いていたアルヴィアが横についてきて、一言話しかけてくる。
「あなたって、お姉さんって呼ばれる年齢じゃないわよね?」
「なにを言う! ボクはまだピチピチの五十だぞ」
「いやあ、五十はピチピチじゃないんじゃ」
「どうしてだよ! ボクの寿命は二百年以上って言われていて、どう考えてもピチピチじゃないか!」
「そう言う意味で言ってたのね。でもどの道、お姉さんって呼ぶには……」
ポンッと頭に手を置かれる。ボクの頭がコイツの胸元までしか届いていない事実を知らしめられる。
「今が成長期なんだー!」
また縮こまるように座っていたゴーレム。その大きいのに小さく見える背中にボクは呼びかける。
「行くぞ、ドリン!」
ふえ! と驚いてから彼が振り返ってくる。
「な、なにダヨ? どこに行くダヨ?」
「マンドラゴラの採取だ。きっとお前の力が必要になる」
喋りながらボクはゾレイアを発動し、適当に眷属を十匹召喚する。そいつらにマンドラゴラだ、とだけ言うと、勝手に彼らは解散するように走り出した。
「方法は思いついてるの?」
アルヴィアがそう訊いてくる。
「歩きながら考える」
ボクは眷属たちが走っていく森に向かって歩き出し、後からアルヴィアとドリンもついてくる。
「マンドラゴラの泣き声って、ゴーレムでもキツイものなの?」
「そうだな。多分、マンドラゴラの泣き声に耐えられるのは、耳を持たない魔物だけだろうな。ゴーレムじゃ無理だ」
「ゴーレムにもちゃんと耳ってあるのね」
人間の目から見たら、ゴーレムの顔には尖ったものがついてないから、耳がないように見えるらしい。
「ちゃんと首元にあるダヨ。この間に」
そう答えたドリンが、頭と胴体が直接繋がっている岩の間を指差した。「首があったのね」と驚くアルヴィア。そこにはわずかに首の役目を果たしてる小さな岩があって、その表面に豆粒みたいな穴が見つかった。
「そこ、ちゃんと聞こえてるの?」
「聞こえるダヨ」
本当かよ、とボクもツッコミたい気持ちがあったが、まあ本人がそう言ってるならそうなのだろう。
「普通に抜く方法はできない。悲鳴を聞かなくて済む方法、何かないかなぁ」
思考に思考を重ねていって、いつの間にか癖で口元を人差し指で適当に叩いていた。そうしながら、ふと閃きが一つ降ってくる。
「あ、分かったぞ」
パッと振り返ってドリンを見る。ボクの頭には、オークの体に氷を張ったあの瞬間がよぎっていた。