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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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12 救われた者から

12 「上級魔物って人間の言葉が通じるんだろ? だったら礼を言ってやらねえとな。いつも敵役ご苦労様ってな」 ――ゴールド級冒険者の最期の言葉

 結局村は食料を奪われた以外、目立った損害はなかった。家や建物も崩れてないし、戻ってきた村人たちも騒ぎ立てるようなことはなかった。みんな、各々の持っているものや大切なものを確認し、何人かが村長に報告、相談するだけで収まっている。


「動物の肉を奪われ、畑も荒らされたか。最近は動物も減ってきているって言うのに、はあ……」


 村の損害をまとめ終えた村長がため息を吐く。この村の村長は、ボクらに村が襲われていると叫んでいた中年の男性だ。ボクたちは彼の前で辛労の吐息を聞いていて、アルヴィアが口を開く。


「けが人が一人で済んだのが奇跡です。彼の具合も骨折だけで、命に別状はなさそうですし」


 村長は暗い顔から少しでも明るくしようと務めて、こっちに振り向ていくる。


「すべてはお二人のおかげです。お礼をさせていただきたいですが、今あるものがこれくらいしか」


 そう言いながら、村長は自分の腰裏から袋を取り出し、それをアルヴィアに手渡す。膨らみの形を見るに金貨が入っているようで、彼女はさっと中を確認する。


「15クラット……」


 微妙な反応をしたまま、きゅっと紐を伸ばして閉じる。すぐに村長が「すみません、今すぐに用意できるものがそれだけで……」と申し訳なさそうに言ってきて、アルヴィアはいいえと受け答えて袋をボクに投げて渡してきた。


「ないものをねだっても仕方ないですからね。それに、私たちだって自分の意志で勝手にやったことですから、お気になさらず」


「ありがとうございます」


「今日一日だけ、私たちもこの村に残ります。もう一度彼らが襲ってくるかもしれませんから」


「ならば寝床は私の家のをお使いください。それくらいのもてなしはさせてください」


「ありがとうございます。それじゃ、私たちはもう少し村周りを見てきますね」


 村長に背を向けてアルヴィアは歩き出す。ボクはその隣について行きながら、さっき貰った金貨の袋を持ち上げる。


「これ、いいのか? 全部ボクに渡して?」


「村からオークをおいやったのは、全部あなたのお手柄でしょ?」


「そうか? でも、ボクは人間の使うものなんて分からないぞ。これの価値だって、いまいちよく分かってない」


「使っていけば分かるわよ。今教えられることは、二人でその金額は三日も持たないってこと」


「ふうん」


 ひとまずアルヴィアが、村を救ったわりに少なすぎると言いたげなのが分かった。ボクは腕を伸ばしてゾレイアを発動し、影から猫の眷属を召喚し、パッと手を広げて袋を落とす。猫は地面に落ちた袋を咥えると、そのまま袋ごと影の中に戻っていった。


「それ、そんな使い方もできるの?」


 アルヴィアに驚かれた。


「眷属が持ち運べる大きさなら、好きな時に出し入れできる」


「そしたら、今も他に何か持ってたりするの?」


「いいや。ボクは城に籠ることが多かったから、あるものはそこに置いたままだった。ゾレイアのこの能力を使うことはほとんどなかったから、今入れた金貨以外には何もない」


「そっか。でも便利ね、荷物持ちがいるなんて」


 話しながら歩いている間、ボクの目には色んな人が映っていた。外に置いてあった箱や樽を壊され、中に詰まっていた魚やアルコールが溢れてしまって頭を抱える人間。干していた洗濯物が汚れてため息をつく主婦。家前で栽培していた薬草が踏まれて駄目になったのを引き抜く若者。ペットとして可愛がっていたのか、死んだ犬の前で涙を流す子ども。


「魔物なんて、みんな消えちゃえばいいのに……」


 犬の前で泣く子どもがそう言った。それに加えて、村の真ん中に出来た氷塊を、ツルハシで砕こうとする男もこう呟く。


「ったく。こんなもん残しやがって。俺たちの苦労増やしてくじゃねえか、魔物ども」


 それは、グウェンドリンがフロストウェイブを発動した際に生み出した氷で、頭領のオークをおいやる決定打になったもの。それなのに、男はグチグチ嫌味を言いながらそれを壊していく。助けたにも関わらず、結局魔物(ボクら)を一括りにして否定してくる。


 この前の村と同じだ。ボクがやろうとしたこと、人間のことを思ってやろうとしたことは、魔物という存在を見ただけであしらわれる。ただ一つ。ボクとアルヴィアみたいに一つ。お互いに恐れて、傷つけあってしまっているっていうすれ違いにさえ気づけば分かり合えるものが、固定概念によって一切の通り道を潰してしまうんだ。


「やっぱり無理みたいだね。ボクらが人間と分かり合える世界なんて」


「誰も望んじゃいないものね。すぐに和解するのは、きっとどんなことよりも難しい」


「まあ、ボクとアルヴィアが一緒にいるのも、奇妙な出会いから生まれた奇跡だもんな。そう言えばグウェンドリンは?」


 アルヴィアに訊くと、彼女は入り口の方に目を向けて「確かあっちの方」と言った。ボクは村外れの丘に小さいグウェンドリンを見つけると、アルヴィアと一緒に注意深く目を細めた。背中の氷を向けて座り込んでいるフロストゴーレム。その前に、一人の人間が向かっていた。


「誰かが近づいてるぞ」


「見た感じ歳のいったお爺さんだけど、まさか、そのまま魔物だって手を出すつもりじゃ!」


 アルヴィアの言葉にボクの背筋が凍る。咄嗟に一歩足が走り出て、勢いでそのまま駆けていく。さすがにボクの目の前で死なれるのは困る。魔物でも人間でもだ。それも、一応はこの村を救う手助けをしてくれた魔物と争うなんて、あまりに残酷過ぎる。




 村を出て、懸命に走り続けてすぐに二人の前までたどり着く。アルヴィアもボクの横について止まると、丁度お爺さんはグウェンドリンの背中を軽く手で叩きながら「ちょっといいかい?」と声をかけた。大きな体が相変わらずのビビりで飛び上がる。


「な、なんだダヨ!? オデ、何も悪いことしてないダヨ!」


 彼に代わってボクが誤解を正そうと爺さんと声をかけた。けれど、爺さんはボクの声に反応せず、そのまま意外な一言を発した。


「ありがとな、魔物さん」


 ボクは息を呑んだ。それはグウェンドリンとアルヴィアにとっても同じ反応で、あまりに意外過ぎて、唖然としたまま爺さんを眺めていた。


「家の前の氷。あれは、お前さんのものだろ? ワシは家で陶芸をやっててな。家も何事もなかったし、裏の窯も無事だった。これからも仕事を続けられそうだ」


「え、えと、ええっと……」


 思わずたじろぐグウェンドリン。それはボクにとっても同じことで、ついアルヴィアと呆然とした顔を互いに見合わせていた。爺さんがボクたちに振り返ってくる。


「お前さん方にも礼を言わんとな。村を魔物から救ってくれて、ありがとう」


「……あの、爺さん」


 やっとボクは声を出せた。


「爺さんは、その、魔物が怖くないのか? その、目の前にいるのは、オークと同じ魔物なんだが?」


「同じだとしても、彼がオークと戦ってくれたことに変わりはない。街で田舎者から騙し取る兵士なんかより、彼の勇敢さは讃えられるべきだ」


 また言葉を失ってしまう。こんな人間、他にもいるんだ。


 見た目ではなく、行動をしっかり見てくれる人間がアルヴィア以外にもいるんだと、その時初めて知った。


「あ、もしかして、彼ではなく彼女、だったかな?」


 爺さんはそう言って愉快そうに笑ったのを最後に、村に向かって戻り始めた。ボクらはしばらく呆気にとられたまま、爺さんの後ろ姿を眺めていた。


「……よかったわね、クイーン」


 少し遅れてから、ボクは頷く。


「こんなことも、あるんだな」


 ふう、と大きなため息をつくグウェンドリン。


「安心したダヨ。また人間に襲われると思ってたダヨから」


「お手柄だったなドリン。このボク直々に褒めてやろう」


「ドリン?」


「名前が長いからこれからそう呼ぶことにした。未来の魔王その本人がつけたあだ名だ。もっと喜んだらどうだ?」


「そうダヨか? でも、オデはそんなことより、これからのことを考えないとダヨ」


 そんなこと、という言葉に引っかかったが、ボクが何か言う前にアルヴィアが口を開いた。


「私たちも私たちで、これからどうするか計画しないと」


「ボクたちは城を目指すだけだろ?」


「ずっと歩いていくつもり? それじゃ一年以上かかるわ。その間にお金が足りなくなって飢え死にしてしまうだろうし」


「じゃあどうするんだ?」


「ひとまずはお金ね。さっき貰った分じゃ全然足りないから、近くの街で稼げそうなら稼いでおきたいわ。そこから移動手段を馬車に変えられたら理想的」


 バシャってなんだ? という感じだったが、まあそういうのはその時聞けばいいかと思って、とりあえずボクはふうんと相槌して流し、隣のデカい魔物に目を向けた。


「お前に一つ確認しておきたい。オークと戦ってたあの時、お前は一瞬にして雰囲気が変わったよな?」


「そうだったの?」とアルヴィア。


「想像できないくらい攻撃的になってた。あれが、お前の本来の姿なのか?」


 ドリンは少し口ごもってから、話しづらそうに説明を始める。


「えーっと。オデはどうやら、怒り出したら止まらない性格みたいダヨ。仲間からそう言われてて、オークと戦ってた時も、あんまり意識がなかったダヨ」


 まさかの無意識の状態だったのか。極端なほど臆病だったのが、明確な殺意を持った生物になり果てる。なんだか恐ろしいヤツだ。過度なストレスを受けると自我が暴走し、殺意の対象を完膚なきまでに叩きのめそうとするなんて。


「魔物が暴走するなんて、私見たことないかも。そう言うのってよくあることなの?」


「数ある魔物の中でも、あそこまで豹変するのは少ないだろうな。コイツに関しては普段がああだし顕著過ぎる」


「うう。オデもどうすればいいか、悩んでるダヨ」


 言葉だけ聞けば信じがたい話だが、実際に見た限りそれは本当のことだ。「要は怒らせたら怖いタイプってことね」とアルヴィアがまとめて、ボクはまた彼に質問する。


「これからどうするんだ?」


「分からないダヨ。昨日の今日でオデは独りぼっち。今までいた場所も人間に制圧されたから、また新しい場所を探さないとダヨ」


「そっか。ボクらが村にいる間なら、お前のことを守れる。人間からも魔物からもな。その間にじっくり考えるといい」


 そう伝えると、「分かったダヨ」と元気のない返事が返ってきた。




「ねえクイーン」


 ドリンから離れていきながら、アルヴィアが一つ訊いてくる。


「結局グウェンドリンの性別はなんなの?」


「雄だよ」

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