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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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128 この世界の最果てで

 頭上の敵を見上げ、手始めに降ってきた隕石群を睨む。近寄ってくるほどにその巨大さを認識するけど、力試しには丁度いいと思った。


 力強く上昇していきながら、両手を広げて回転しフレインの火球を散りばめる。ものの数秒で千以上の火の玉が生み出せると、それらを天に向けて一斉掃射した。


 ガツンッと一つと一つがぶつかり合って共に砕け散る。それを皮切りに二つ、三つと、ボクらの攻撃は熾烈な音を奏でながらどんどん、最後の一つがぶつかり合う時まで派手に崩れ去っていく。


 戦える。星々を彼が星々を降らせてこようとも、ボクの魔法は通用する。


 悪魔を相手にボクは、戦える!


 彼と対等な目線まで到達する。どんな魔物にもない姿へ変わり果てた化け物が、腐ったような黒塗りの目玉でボクを凝視してくる。皮膚にはまるで金属のような煌めきが控えめに映っていて、肉体にも変化が表れている様子。やはり人間のようには見えない。


「イブレイド。その力はお前には重すぎるはずだ。正気に戻れ。でないとその身がどうなることか――」


「コワス……」


「お前にボクは壊せない。お前の前にいるボクは最終形態。絶対なる魔王の、その娘なんだ」


「ハカイする。オマエラを、スベテッ!」


 聞く耳はもう持っていなかった。彼の背後にいきなり、奇妙に光る魔法陣が数個浮かび上がると、中から何かが湧き出てきた。それは、紫に照らされたサソリのハサミのような手だ。


「ブッコワレロォ!」


「そんなもの!」


 その手がぐんと伸びてくる。捕まればボクの胴体は真っ二つにされる。すぐに高く飛び上がっていき、計七本のサソリの手と空の追いかけっこを強いられる。


 バチンと目の前が塞がれればすぐに身を翻し、横から迫ってくれば一瞬だけ停止してやり過ごし、なおも背中を狙ってくるものには背筋を反って宙返り。その後真下からやって来たものには、ありったけのフレインで焼却し強引に逃げ道を作った。


 ここはボクらだけの専用コロシアムだ。上下左右使い放題で、ありふれたこの力だってどれだけ解放しようが街に被害は出ない。下への逃げ道を進んだ先で上へ振り返り、ボクは残りの手を処理しにかかる。


「オーバーフレイン!」


 火山噴火の如く炎が噴き出た。サソリの手はすべてその炎にのまれ、その先にいるイブレイドをも巻き込んでいく。これだけの炎にあいつが耐えられるのかどうか。


 しばらくして炎を消し、焦げた煙の中から残骸らしきものが火山灰代わりに降ってきた。しっかり黒煙が晴れていくと、イブレイドは仲間から奪っていた盾を大きくしてボクの魔法を防いでいたのだった。


「広がるのかよそれ」


 厄介なものを持たれていた。盾から広がっていたものが螺旋を描くようにして中心部に戻っていく。品質が一級品なのか、全く攻撃を受けた痕が残っていない。


 剣が光った。飛ぶ斬撃がボクを襲ってきて、すかさずレクトの反射鏡を展開した。重々しい衝撃が魔力をかけてる腕に通じてくる。今まではラケーレの投げた大木に敵わなかった魔法だが、今は違う。たとえ王都の城を弾丸にして投げこまれようが、鉄壁となったこの反射板は崩せない。向こうが広がる盾ならこっちは絶対反射の盾だ。


「フルリフレクト!」


 魔力を振り絞りレクトの本質を発動。斬撃は跳ね返り、イブレイドはそれを身を捻ってかわすと、そのまま降下を始めボクに向かって剣を振るってきた。


「上等だ!」


 ここにきて接近戦を持ちかけられ、ボクはその手に鞭を持って答えてやる。剣の射程内から外れるように距離を取りつつ、血の凝結によって伸縮可能な鞭を意のままに操る。


 ひとたびボクが鞭を迅速に伸びていく茨のように操ると、イブレイドがとっさの判断で避けて、切って、潜り込むように迫ってくる。彼の動きは音速のように速く、捉えることは至難の業だ。


 ときに剣が光り出したらボクもレクトを構えてはじき、鞭で不意打ちを狙おうとするとイブレイドも盾でそれを食い止めてきて、再び血走った獣にようにボクへ襲い掛かってくる。


 ゼレスおじさんが苦戦した理由が嫌というほど分かってしまう。それくらい、こいつには隙がない。


 何かないか? こいつを出し抜くための方法。今のボクの力で、制限時間までこいつを抑えられる魔法は。


「シネェッ!」


「――ぎっ!?」


 斬撃に対しレクトが遅れた。顔の寸前まで光が迫ってくる。こんなところで負けるわけには――!


「くっ! うおおぉ!」


 ギリギリまで耐え抜きながら身を捻った。レクトの壁は割れなかったが、代わりに斬撃が地上に向かって落ちてしまう。


「――っぐあ!?」「――んな!?」


 立ち上る砂煙。かろうじて直撃を免れていたラケーレとアーサーだったが、風圧に耐え切れず吹き飛ばされていく。




「――っつ。今、どんな状況?」


「ウーブさん! 元に戻ったんだね。クイーン様なら空に」


 ヒリヒリとした緊張感が地上にまで漂っている。それもそのはず、彼らにとってはこの世のものとは思えない光景が空で繰り広げられている。どんな魔物も、どんな人間でさえも、到底たどり着けないその高みの戦いは、二人の姿を捉えるだけでも精一杯なほど。一つ一つの攻撃が死線であり、目まぐるしい展開が冷静に考える時間を与えてくれないのだ。


 ドスンと土煙が上がる。空からクイーンが落とされていて、悪魔化したイブレイドもそこに急降下していって林の中に消える。


「――クイーン!」


「あ! アルヴィア姉ちゃん!」


 駆け出したアルヴィアをテレレンが追いかけ、


「ちょっと!? 二人とも! 相手はとっても危険な悪魔ダヨー!」


 ドリンも二人を止めようと走り出した。ロディやラーフたちも同じ方向へ向かっていく中、ウーブだけはその場に留まり続けた。


「見えてるよね?」誰かに向けたかのような独り言。


 ――ええ。まさかあんな姿になってしまうだなんて。


「君だったら、彼の暴走を止められるかな?」


 ……きっと出来る。いや、止めてあげたい。この命に代えてもあの子だけは。


「……」




 羽を大きく広げて土煙を払う。上から人影が見えた気がすると、目前までイブレイドは迫ってきていた。


「――っと!」


 急いでその場から飛び退いた。振りかざしていた剣が地面に当たった瞬間、ぱっくりと傷口が開いたように地表が割れた。しかも、緑で溢れていたここら一帯が一瞬で灰色に腐食。木々の葉が枯れ草や太い根っこも老いてしまった。

 持っているものはただの剣じゃない。常に歪な魔法を帯びた魔剣。ボクを切るというよりも、魔力を形にし破壊するための道具に成り果てている。生きてるものなら植物でさえも命を奪ってしまうつもりだ。


「フレイン!」


 右手から放った炎は、彼の左腕につけられた盾で防がれてしまう。あの盾さえなければまだやりやすいというのに。


「――おいおい。人がせっかくタイマンやってるところに堂々と入りやがって」


 ラケーレの声。背後から白銀となっていたそいつが出てきて、イブレイドの後ろからも両目を開放していたアーサーが出てきた。丁度そこに落ちてきたのかボクらは。


「ホントっすよ。邪魔すんじゃねえぞ!」


「待てアーサー! 迂闊に近づけば――!」


 言い切るより先にアーサーはイブレイドの懐まで迫っていった。さっとプロの盗みのように彼の胸ぐらを掴み、それと同時に高く飛び上がっては頭を地面にぶつけようと落下していく。だが、イブレイドの反応は早く、落下中に骨の腕を切り落とすと、地面に浮かんだ魔法陣からサソリの腕が伸び、イブレイドを支える一本ともう一本がアーサーを捉え、乱暴に回してどこかに遠慮なく放り投げた。


 投げられたアーサーは運悪くラケーレの元へ。二人は衝突し地面を引きずっていって、ボクの視界から外れてしまう。


「二人とも! ハッ!」


 息つく間もなくイブレイドの標的が再びボクへ。サソリの腕たちが襲ってきて、フレインを焚いたり身を翻したりと即座に反応してみせたが、裏から伸びてきたものには反応出来なかった。ガシッと左足に痛みが走ると、足が切り落とされてしまいそうなほど肉に食い込んできた。


 それも立て続けに右足、右手左手と四肢をもってかれる。十字架を立てられたかのような態勢にされ、首にまでその刃が食い込んできた。


「ッグ!」


 覚醒した体でもキツイ。振りほどけないまま、イブレイドが剣を構えこちらに迫る構えを取っている。内なる魔力を解放しようと力むが、彼が地面を蹴りだす方のが早かった。


 剣が突き出される。ボクの心臓。頭を狙って――。


「そんなので貫けるわけ――!」


 横から誰かが入り込んできた。両腕をクロスして赤い半透明な鎧で悪魔の剣を食い止めてしまう。


「アルヴィア!?」


「――クラッシュッ!」


 鎧がはじけ、イブレイドが吹き飛ばされていく。どこかに激突する前に、イブレイドは羽を使って態勢を整え勢いを殺し切ると、逆にこちらに攻め込もうと再び突っ込んできた。


「フロストウェイブ!」


 それを止めに横から氷が走ってくる。意表をついた氷は王子の両足を完璧に捉えた。


「まだいけるわよね?」とアルヴィア。首元のサソリを切ってもらい、ボクは残りの腕に魔力を伝え、すべてを燃やし切る。すぐに癒しの風も吹いてきた。


「大丈夫だよクイーン様。痛くなってもすぐ治してあげるから」


「テレレンまで。お前ら」


 かつても同じようなことがあった。人狼と戦い、死ぬ間際に彼女に守られた瞬間。またボクは、彼女に守られてしまった。


 ふと、背後から二人、ラケーレとアーサーが同時に飛び出てきた。


「テンメェ!」「ぶっ殺す!」


 さっき吹き飛ばされた恨みが、突き出す拳に込められていた。盾を広げるイブレイド。二人の猛烈なパンチは、その金属から銅鑼を殴ったような轟音を響かせた。攻撃を受け止められても二人は引こうとしない。盾に張り付いてはもう一度同時に拳を突き出し、再び引いては更なる力をその手に込めて盾をぶん殴る。すると強固な盾からピキッと音がした。


「その面ァ!」「見せてみろよぉ!」


 最後の一発が入った瞬間、イブレイドを覆い隠していた盾がバキンと粉々に砕け散った。


 その二人にボクへの協力意識なんてなかったはず。ただ自分たちの苛立ちに従った行動が、奇遇なことにボクにとって有利な方向にことを運んでくれた。


 彼の背後でうねり動いていたサソリの腕が二人を薙ぎ払う。ボクの前まで吹き飛んでくると、二人はまだ血気盛んな瞳を彼に向けていた。


「マモノ、フゼイがっ!!」


 今までにない怒号が飛んできた時、剣から斬撃も一緒に飛んできた。すかさずボクが前に出てそれをはじこうと手を掲げる。


「忘れるなよイブレイド。お前の相手はボクだ!」


 斬撃を仲間に危険が及ばない空へ。そして彼自身をそこと同じ方向へ連れていこうと、自分の影を動かしだす。


なんじ、悠久なる炎獄。眷属は身を焦がし、泡沫うたかたの幻影は現世うつしよに現れん。――ヨルムンガンド。大いなる世界蛇せかいじゃよ。今、我が名の元にその鎖から放そう!」


 巨大な蛇は影から実体を得ながら、イブレイドを足元から飲み込む。いきなり蛇の全身が発火し出すと、腹に悪魔を抱えたまま天に昇っていった。ボクもその後を追っていって、何にも被害の及ばない場所で眷属に自爆を命ずる。


「爆ぜろ悪魔よ!」


 獄炎を真っ白に輝かせた次の瞬間、遥か頭上で、大爆発が発生した。

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