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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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123 魔王の娘が叫ぶ時

 憎しみが連鎖を生み、傍らにその感情を抱えたままこの世界は出来上がった。ある者はボクらを罵倒し、ある者は人間を怖がり、ある者は達観したような顔して諦め、ある者は世界から逃れようとあてもなく彷徨い始める。


 ……うんざりだ。そいつらは全員、見せかけの集団に入り込むことだけ考えて真実を知ろうとしない。はなからお互いに話し合いなんて出来ないって思い込んでる。


 見た目が怖い? ふざけるな。魔物たちだってそんな顔になりたかったわけじゃないし、お前らのことだって怖いんだよ。


 食べるものがないから逃げてきた? 食べる物がないから争うなんて間違ってるだろうが。そもそもボクらは人間を見習うべきだ。彼らは自分たちの手で作物を育て、流通を整えて広く受け渡す態勢が出来てる。まあ治安の悪いところもあったりするが、それでも隣国にはびこるようになるまでには至っていない。


 あるんだよ。やり方なんていっぱい。一人では出来ないことでも協力し合えば出来る。お互いに知識を共有し合えばもっと広がれる。理解し合える。分かり合える。共存も出来る。


 ボクとアルヴィアがそうだったように、痛みを分かち合えることだって。それなのに――。


 張り裂けそうだ。この胸から、臓物とか色々吐き出てきそうだ。それくらいボクは――!




 ……ねえ。君は、この世界が嫌い?


 たびたび出てきてごめん。けど、やっぱり諦めきれなくて。眠ろうと思っても全然無理だった。


 ……。


 やっぱりなんにも言わないんだね。なんにも思わないんだね。


『一つだけ』


 え?


『一つだけ訊きたい。君はこの世界が、こうなってしまった世界が、本当に美しいと思ってるの?』


 …………思ってる。


 たった一度の人生で、私が生きてきた世界だもの。見てきた風景、耳にした音楽、感じた人情、忘れもしない告白の時……。


 美しくないわけない。大事な思い出が残ったこの世界が、美しくないわけがない。


 私が生きてきたこの世界は、何よりも美しいものだよ。


『……』




「美しい、か」


「あ? 何か言ったか?」


「いいや」


 墓場にその身が似合うアーサーにそう返しておく。「ここは静かだね~」とそいつが呟いた時、地面に座り込んでいた僕の手に何かが舐めてきた。


「お、子犬だ」


 骨の手をその子に伸ばすアーサー。子犬は嫌がるように半歩ずつ下がっていく。


「んだよ。可愛くねえな」


 ……生きてたんだ。僕の背中に隠れていくのを眺めながら僕はそう思う。


「おい、空見てみろ」


 言われるままに二度目の満月が浮かぶ夜に目を向けた。何百ものコウモリが月明りに照らされている。それはただのコウモリではない。



 * * *



「待ってロディ君!」


 ズールの両手両足を盾と念力の圧力で取り押さえていたテレレンたち。ロディが下から浮かせてきた剣を向けようとするのを、「そこまでしなくていいよ」とテレレンが手で諫める。剣への念力が途絶え、カタンと音を立てた時、彼女たちの前をコウモリが通り抜ける。


「あ!」


 そのコウモリが、青い瞳と影のような透き通りだったのを、テレレンは見逃さなかった。


「あのコウモリさんって、まさか!?」



 * * *



「……さすがは、吸血鬼の主」


 両膝をつき、頭を鷲掴みにされたログレス・セルスヴァルア。眼前にいるのは、右腕を失ったゼレス。特別訓練所はあれからもっと散らかり、動いていた木偶人形もバラバラになって破壊されている。息も絶え絶えになって激闘を続けていたが、それが今にも、手に集めたソヌースによって決着がつこうとしている。


「国王よ、貴殿には眠っていてもらおう。あなたの力を、我が同胞たちに向けさせるわけにはいかない」


 神経麻痺がログレスの全身へ走る。ゼレスにとって軽く放ったその魔法でも、気絶するには充分なショックだった。視界が真っ暗になったログレスは前のめりに倒れていき、疲弊したゼレスもくらっとふらついてしまう。


「ぐっ……、クイーンとは……声が聞こえない。戦ってる際中に、眷属への意識が途絶えてしまったか」


 急いで連絡を入れようと影から眷属を生み出していく。が、ゼレスの意識が朦朧としていたからか、一匹の眷属が飛び立っていくと、そこからぞろぞろとコウモリたちが生み出されていった。


「早く……伝えなければ……一刻も、早く……」


 霞んでいく視界に映る百を超えた眷属たち。立て続けに部屋から抜けていく姿は、黒いスライムが這いずるように動いているかのよう。その集団は、王子の部屋の窓の隙間をすり抜けていくと、はっきりとしないゼレスの指示にとにかく王都中に散らばっていった。


 とにかく王国中に。アルヴィアの頭上。メレメレがいる戦場。倒れているドットマーリーや教会などに避難した人々の元にまで。一つの建物に余りなく一匹が降り立っていそうほど、街中がゼレスの影に覆われていく。


「声……声だけでも、繋げ……」


 ただ有り余る魔力が零れ続けていく。そうして、最後の一匹がクイーンの震えている肩にそっと降りた。




 ああ! 叫んでしまいたい気分だ。今溜まっているすべてを、この世界にいる馬鹿どもに向けてありったけ――!


「聞けよお前らぁ!」


 初めの一声は、イブレイドとラケーレの動きを諫めた。ボクはそのまま力いっぱいはげしく、胸をうって世界に叫び続ける。


『ボクはな! 魔物のための世界を創りたいわけじゃない。ましてや人間の下につきたいとも思っていない!


 平等な世界だ! ボクが望むのはボクらが一緒になる世界。ボクらは同じ命をもった似た者同士なんだよ! ボクのことを人間だと勘違いしてきたヤツらがどれだけいたと思ってる! 魔物は野蛮なだけじゃないって理解したヤツがいないとでも思ってるのか! 人間の前から逃げ出した魔物がこの世界にいないとでも!


 その目をちゃんと見開け! 誰かの言葉が真実とは限らない! その目を広く向けてみろ! 正義なんてものは周りに合わせないで、自分の中で決めてみせろよ人間ども!


 恐怖に感じたことをその身に刻んでおけ魔物ども! その時感じた恐怖を別の誰かに振りまいてどうする! 世界が自分のものだって思っているなら、ボクの父さんに挑んでからそう思えよ見栄っ張りが!


 ボクは、お前たちの生きやすい世界を創りたいだけなんだからな! 生まれ変わった世界で、今よりも綺麗で美しくて、便利で活気があってお腹も空かない、こんな争いも起こったりしない、ボクの思う最高の世界を実現したいだけなんだ!


 もしもこんな無益なこと続けるようだったら、お前ら全員、ボクがねじ伏せてやるんだからな! ボクの炎で、ここら一帯全部焼き尽くしてやるんだからな!


 お前らが一生理解してくれないんだったら、魔王の娘が、この世界を頂いてやるんだからな!!』


 その時だけ。少女の声がけたたましく響いたその時だけは、誰もが自分たちの使命を忘れ、コウモリから聞こえた言葉を静かに聞いていた。それまで争っていたのが嘘のように閑散としきっていた。


 その声がしなくなった後、大概の人間、魔物は何事もなかったかのようにしていたことに戻っていった。誰とも知らない赤の他人の言葉など、彼らの頭には三秒も残らなかった。


 しかし、その声色に検討がついた者たちは違う。


「それがクイーン様の思いですか……」死体だけが積み重なっていく戦場を前に、心境が揺れ動くメレメレ。


「ちょっと行ってくる」


「え? いきなりどうしたウーブレック? さっきの声に心当たりがあんのか?」


「まあ、そんなところ」


 墓場でじっとしていたウーブも突き動かされ、王都で最も高い場所にいるテレレンたちも言葉を受け止めていた。


「ブロクサ様が、ずっとあの女を見ていた。あの女は、何がしたい?」


「クイーン様がやりたいことは世界を一つにすること。人間と魔物、お互いに差がない世界を創りたいんだよ」


「ケケッ。へんなヤツ。ブロクサ様と全然違う」


「君はさ。誰かの言いなりのままでいいの? 自分のやりたいこととか、目指したいものとかはないの?」


「ゲヘッ、そんなのない。産まれた時から、俺の頭、おかしいから」


「そんなの言いわけだよ。自分で見つけようとしてないだけだよ」


「見つけて、どうする?」


「自分に自信が持てるよ。何かに失敗しても立ち上がる勇気にもなるし、何より、君を信じる人がそうしてくれることを望んでる」


「信じる人なんていない。お前、変なの」


「今までいなくても、君はまだこれからを生きていく。生きていく中で出会うことが必ずあるよ。だからもうこんなことは止めて。王子様の言いなりにならないで」


 黙りこんだズール。果たしてテレレンの言ったことが伝わったのかどうか。その証明が不敵な笑みとして表れると、一言こう言った。


「ヒヒッ。お前の言ってること、分かんない。でも、お前の言葉、耳から離れない。面白いヤツは、俺、嫌いじゃない」


 かくして、クイーンの叫びは小さな杭を外していく。壁を構築しているそのわだかまりを少しだけ、それでも局所的に崩していく。杭はさらにもう一つ外されようとしている。


 クイーンが一番信頼出来る、あの人間の行動によって。

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