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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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121 援軍の夢魔

「……静かだね」


 牢獄にいるとより一層感じること。人の声は当然しなくて、世界の最果てにいるんじゃないかって思うくらい物音もしない。ロディ君も黙ったまま、天井の石のへこみをじっと見つめている。


 クイーン様たち、大丈夫かな。テレレンたちのこと心配してたらどうしよう。このままじゃ、王子様が魔王さんになれる幻惑がなくならないのに……。


 頭に浮かぶのは不安事ばかり。動けない上に外の状況も分からず不安が押し寄せてきたその時、ロディ君の顔が初めて動いた。


 目を向けたのは地下牢の入り口の方。階段があるはずのそこから何か感じてるのかなって思っていたら、見覚えのある黒い煙が牢屋の前まで漂ってきて、渦を巻き始めた。


「これって!?」


 靄から誰かが出てくと、それはやはり吸血鬼さんだった。しかもその人は、セドラスさんの屋敷を守っていた中世的な顔立ち執事、ダグレルさんだった。


「お探ししましたよ、テレレン様」丁寧なお辞儀。どんな場所でも礼儀正しいのは変わらない。


「ダグレルさん! お屋敷からここまで来たの?」


「大変大きな騒ぎでしたよ。街はずれの我々の耳にも届いてしまうくらい」


 ダグレルさんが牢屋の鍵をかける部分を鷲掴みにすると、見た目とは裏腹の怪力を発揮し出して、ギシギシと牢屋が折れ曲がっていった。檻の形はどんどんねじれていって、最後には扉の枠ごと豪快に外れた。


「スッゴーイ! 力持ちなんだね!」


「吸血鬼は人間の十倍もの腕力を持っているそうです。これくらいのものはなんてことありません」


「知り合い?」とロディ君。


「うん。真面目な執事の吸血鬼さん。ロディ君とも絶対仲良くなれるよ。取って食べたりしないから安心して」


「そちらはロディ様ですか。お初にお目にかかります、ダグレルと申します」


 やっと牢獄から外に出て、ダグレルさんが爪を吸血鬼にして縛っていた縄を切ってくれる。ロディ君の方ももちろんやってくれた。


「御二人のことはウーブ様よりお伺いしました」


「ウーブさんが?」


「街中で出会い、騒ぎの原因を聞くのと同時に、我々に何か出来ることはないかと尋ねました。すると、城のどこかにいるであろうお二人を手伝ってほしいと」


 ウーブさん、テレレンたちのこと心配してくれたんだ。いつもは素っ気ないのに、心の中ではちゃんと考えてくれてるなんて。やっぱりいい魔物さんだ。


「あのねダグレルさん。テレレンたち、城の頂上を目指さないといけないの。そこで幻惑の魔法を使ってる魔法使いさんがいて、その人を止めないとずうっとみんなのこと不安にさせちゃう。急いでそれをどうにかしないといけないの」


「頂上ですか。了解です。少々お待ちを」


 何を待ってほしいんだろうと思うと、ダグレルさんは中指と人差し指を伸ばし、それを額の側面に当てた。まるで何かを念じているかのようなポーズ。それを三秒くらい続けてダグレルさんが意識を戻した。


「伝達を完了しました。私たちも向かいましょう」


「伝達?」


「この城に来たのは私だけではありません。同じ屋敷の同胞たちに、テレレン様の言葉を伝えたのです。私たちの間であれば、好きに脳内の言葉を共有出来るので」


「屋敷にいる他の吸血鬼さんも来たんだ!」


 走り出したダグレルさん。テレレンたちもその後を追って階段を上っていく。


 上り切った先の扉をダグレルさんが開けてテレレンたちを先に通してくれると、先の廊下で別のサキュバスさんが煙状態から正体を現した。テレレンたちに気づいて、メイド服のふわふわをつまんで一礼してくる。その後ろでは、一人の兵士さんが泡を吹きながら倒れていくところだった。


「うわ! 煙になってたってことは、あのクッサーイ臭いだ」


「強いんだね」


「頂上までの道を我々が切り開きます。どうぞ足元にご注意を」


 丁寧に扉を閉めたダグレルさんが再び先頭を走って導いてくれる。テレレンはロディ君と一緒にそれについていった。



 * * *



「ど、どうするダヨクイーン様。あの二人、止められないダヨか?」


 ドリンの声を耳にしつつ、やはりボクの苛立ちは止まらない。


 魔力の感じがしてはラケーレが距離を取って、時間を越えて瞬間移動したイブレイドはすぐに反撃に備える。


 こんなところで命をかける意味なんてない。だけど、揺るぎない真実を伝えたってこいつらは聞かない。救いようのない馬鹿たちだ。放っておけば永遠に戦いそうなくらい、ヤツらは真剣に殺し合っている。こんなところで、手に留めているイルシーを発動したって効果があるかどうか。


「お前、随分と魔物と戦い慣れてるな。アタイの攻撃を真正面から受けないようにしてるのが分かる」


「力任せな害虫を毎日相手していれば、自ずと受け流す技術も身につくだけだ」


「お互いに戦いづらい相手ってか。ま、長引けばアタイが有利だけどな。人狼は一日中走り回っても疲れねえし」


「長引かせはしないよ。丁度、刻限が迫っているから」


 そう言ったイブレイドは、いつの間に浮かんでいた二度目の満月を見上げた。何らかの企みがあるのかどうか。ラケーレは何があっても余裕で切り返してみせると言わんばかりにニヤリと笑った。


「僕の味方の一人に予め命令を下している。君たちですら恐れる脅威が、きっと目の前に現れるだろうね」


「アタイが恐れるだぁ? 出まかせもいいところだ。魔王様でも召喚するつもりか?」


 おちょくったようなその一言にボクとドリンが何かを思う。しかも、その予感を正しいと思わせるかのようなタイミングで、後方にそびえる城の頂上から炎が吹き荒れる音が聞こえてきた。炎は何かを追い払うかのように空に向かって放たれている。


「……やれるよな、ズール」




 道すがら吸血鬼さんが予め兵士さんたちを眠らせてあげていって、頂上までの弊害を取り除いてくれる。階段を上って、大きな窓ガラスの前もすいすいと進めていけちゃう。テレレンたちのために戦ってくれるみんなが、とっても頼もしく思える。


「ありがとうダグレルさん。これならすぐに頂上に行けそうだよ」


「お礼を言われるようなことでは。テレレン様たちには、私たちの長年の願いを叶えてくださったのです。これくらいのお返しはさせていただかないと」


 いよいよテレレンたちが捕まったあの吹き抜けの広間に到着する。さっきと光の加減がまるで違う。大きく取り繕ったベランダみたいなここに出ていくと、もう空は夜を迎えようとしていた。ずっと牢屋にいたからこんなに時間が経ってたなんて気づかなかった。


「ここの階段を上れば頂上も見えてきます。――っと!」


 ダグレルさんの前に現れる兵士たち。テレレンたちを捕まえた人たちがそのまま残っていたのか、いや、ダグレルさんたちの騒ぎを聞いたからかそれ以上に人数が増えている。


「こんなちっこいのがよくも暴れやがって。お前ら全員、この場死んでもらうぞ!」


「人様のお城に土足で入り込んだことには謝罪しましょう。ですが、恩人とも呼べる方に横暴な行いを働いたこと、勝手な私情ながらお返しさせていただきます」


 体が霧になるや否や、兵士たち全員を覆い隠していく。きっと中にいる人たちはゴミ袋に詰め込まれたような激臭がしているはず。案の定、霧が晴れるとバタバタと兵士たちが倒れていった。


「スゴイ……」


 感心している横でとんとんと肩を叩かれる。振り返るとロディ君が上を指差してた。


「上? ――あ!」


 そこはテレレンたちが目指していた頂上。どれだけそこで誰かが炎の魔法を使っていて、辺りにいる一人の吸血鬼さんの煙を払っていた。炎を放っていたのは以前、幻影の屋敷の時にも見ていた不気味な笑みが絶えないあの人で、追い払われたインキュバスさんがテレレンの隣に下りてくる。


「大丈夫ですか? あ! 手が!」


 やけど痕が残ってる。けれどその吸血鬼さんは何事もないような顔をしている。


「かすっただけです。ですが、彼は他の兵士とは違う。随分と戦い慣れている」


「あの人は、ブロクサのお気に入りだったから」


 ボソッと呟いたロディ君。やっぱりブロクサの隣にいたあの人なんだ。


「あの人って、ブロクサさんと同じ魔法が使えたの?」


「それは僕も分からない。けど、不信な点はあった。いつも魔法を使えば、頭痛がしてたみたいだから」


 頭痛がする。テレレンと同じ現象が出てる。ってことは、二つ以上の魔法を持ってるってことなのかも。


 ロディ君がすっと手を伸ばすと、ダグレルさんが倒した兵士さんたちの盾を念力で寄せ集めて、ボードを作るかのように重ねて面積を広げていった。


「僕が行って来る」


「テレレンも行く!」


「上に行けば危険だよ」


「ロディ君一人のがもっと危険だよ」


 盾のボードに飛んで乗っかる。テレレンたちが来た通りからも兵士たちがやってきて、ダグレルさんがすかさず前に入ってきてはテレレンたちに一言告げる。


「ここはお任せを。たとえ落ちてきても私たちがしっかり受け止めてみせます」


「ありがとうダグレルさん!」


 インキュバスさんの後に続いてダグレルさんが戦いに行く。テレレンはすぐにロディ君に言った。


「行こう!」


「うん」


 盾の上にロディの足が乗る。念力のサイネスをしっかり発動したまま、ゆっくり上昇を始めようとするのを感じて、テレレンも風の魔法で助けようとする。


「遅くなってごめんクイーン様。でも、もうすぐだからね!」

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