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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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11 グウェンドリン

11 『温和な者が多く、属性によっては厳しい環境に生息する。群れを守るために、一体だけ戦闘力に秀でた者がいる場合が多い』 ――『配下の特質一覧』ゴーレムの紹介文より

 逃げるオークをそのままに、ボクは村の中を走っていく。急ごうと体を前のめりにして、両腕を交互に大きく振っていって。そうして村の中にあった急な斜面を見下ろすと、村の倉庫らしき小屋の前で孤軍奮闘するアルヴィアを見つけた。


「アルヴィア!」


 坂から転がり落ちるのを防ぐための柵を飛び越え、三メートルくらいの高さから下の地面にドスンと着地する。同時に足から痺れが伝わってきて、もっと慎重に降りればよかったと後悔する。


 敵のオークは二体。どちらもさっきのオークと変わらない体系で、アルヴィアはルシードの魔法で攻撃を防いでは、剣をわざと空振りしてオークを引かせるのを繰り返している。


「くっ! 話が通じない相手にどうすれば!」


 苦悩するアルヴィアに向かって、ボクはなんとか一歩踏み出し、同時に伸ばした腕の影から「ゾレイア」と猫を一匹生み出し、先に走らせる。


 実体を持った影の猫がアルヴィアの元までたどり着き、一体のオークに飛びかかっていく。猫が腕につくと、そのオークは噛みついてくるそれを振り払おうとして、頑固にしがみつく様子にもう一体がいきなりパンチをする。猫は煙になるように消えてなくなったが、それに殴られたオークは怒るように仲間を威嚇し、瞬く間に豚の喧嘩が始まろうとした中に、やっとボクはその場所までたどり着く。


『お前たち、今すぐここを去るんだ!』


 バッと両腕を伸ばして、裏に伸びる影からゾレイアを発動し続けると、数えきれないほどの眷属がオークに向かって一斉に駆け寄っていった。


 彼らは影であっても形を持っている。身に着けてる爪や歯も当然飾り物じゃない。二体のオークは猫たちを掻き消そうと暴れ出すが、あまりの数にとうとう一体が根を上げるように地面に体を丸めた。残りの一体も、その場でグルグル回りすぎたからか目を回したかのように後ろに倒れ込んだ。オークの全身がまるでネズミが這いずり回っているかのように包まれていって、真っ黒な塊に変わり果てる。


 二体とも戦意が喪失したのを見て、ボクは手をパンパンと二回鳴らす。眷属たちが一斉にボクに振り向いて、続々と駆け寄ってきては影の中に吸い込まれていく。オークが恐る恐る顔を上げる。


『次にこの村を襲ったら命はないぞ。分かったらさっさとここから出ていけ』


 そう告げると、オークたちは焦るように立ち上がり、背を向けて川を渡るように逃げていった。途中まで見届けてからアルヴィアが無事なのを確認し、ふうっと一安心の息をつく。


「間に合った。殺さないでおいてくれたんだな、ありがとう」


 剣をしまいながら「なんとかね」と答えるアルヴィア。


「それより、あなたの眷属って無限に出せるのね」


「無限ってわけじゃないけど、魔力がある限りは何体でも。たぶん百体くらいは出せる」


「充分多いわよ」


「でも、眷属は人間が触れようとするだけでも消えてなくなるんだ」


「ふうん。耐久性はないのね」


「村を解放できたこと、早く知らせに行かないとだな」


「そうだけど、先に行っててくれない?」


「どうしてだ?」


 アルヴィアは開いていた倉庫の中に入っていくと、その先で腕の関節を抑えている男性剣士に近づいた。彼の腕から血が流れていて、苦しそうに息を漏らしている音から察するに、悲鳴の主は彼だったようだ。


「彼に応急手当を施さないと。だから、クイーンは先に行って教えてあげて」


「……分かった」


 オークたちが与えただろう傷跡を、少しの間じっと見つめてからボクは振り返る。倉庫の中から出て、さっきの坂を登ろうとした際に、二体のオークの死体が転がっていたのも見つける。アルヴィアの剣に血はついてなかったから、きっとさっきの守り人剣士がやっつけた分だろう。


 オークがここを襲った理由。魔王国からこっちに来た魔物がこんなことをするワケは、大体察しがつく。けど、生きるためだとしても、互いに血を流し合う争いなんてやり過ぎだ。ボクとアルヴィアみたいに分かり合えさえすればいいだけの話なのに、こんなの不毛過ぎる。


 折り返すように作られた坂を登りながらそんなことを思っていると、微かにブヒブヒとオークの鼻息が聞こえた。オークはもう追い払ったはずなのに。


 まさかと思って坂を一気に登り切ると、ボクが最初オークを追い払った場所に、今までのとはひと周り体が大きい、恐らく村人が言っていた上級のオークがそこにいた。


「まだ残ってたのか!」


 慌てて駆け出そうとするが、後ろを向いていたオークの先に別の何かがいるのに気づいて、足を止めて見てみると、そこにはグウェンドリンが怯えるように体を丸めているのだった。


「グウェンドリン? あいつ、ボクたちについてきてたのか」


「マモノのくせにオレをミテおどろくなんて、ヘンなヤツだな」


 昨日のゴブリン同様、オークは若干たどたどしい人間の言葉でグウェンドリンを煽っていく。


「ゆ、許してほしいダヨー! オ、オデは何も悪いことしてないダヨー!」


「ビビりすぎだろオマエ。イワのようにじっとすることしかできないゴーレムには、そのスガタがおにあいだな」


 ガタイではあいつのが勝っているというのに、あまりに頼りない武者震いだ。オークも思わず余裕をひけらかしてズカズカと彼に近づいていって、無防備な背中に足を乗っけた。あそこまでされたらさすがに何かするだろうと、ボクはちょっとだけ様子を見てみる。


「ほら、なにかハンゲキしてみろよ。できないのか?」


「ヒッー!」


「ウワサどおりだな。こんなにデカくてもショセン、キンタマのないゴーレムにはコンジョウがないってな」


「許してー! 許してほしいダヨー!」


 ……はあ。これはさすがに酷い光景だ。自分と対等くらいの存在だというのに、一体どれだけ怖がり屋なんだ彼は。これ以上見守っててもしょうがない。そろそろオークを追いやるか。


「おい、そこまでにしておけ」


「ヨワイヤツはツヨイヤツにくわれるだけ。オマエはここでイッショウはいつくばっていろ!」


「おい、聞こえないのか?」


 声量を大きくて呼びかけ、やっとオークが振り返ってくれる。アルヴィアや人間が恐れるような強敵だとしても、ボクには関係ない。昨日の親玉ゴブリンみたいにこいつも分かってくれるだろう。


 腕を持ち上げ、フレインを発動する準備をしたその時だった。


「――お前も、奪うダヨか?」


 まるで地の底から出てきたような重苦しい声。一瞬、誰の声だったのか気づけなかった。


「お前も、あいつや、人間みたいに、オデから奪うダヨか?」


 聞き間違いじゃない。その声はグウェンドリンが発しているもので、今までの跼天蹐地なビビりから一転、雰囲気がまるで様変わりしている。


「な、なんだよ、オマエ」


 オークも思わず怯んだのか、乗っけていた足をどかした。ゆっくり体を起こし上げていくグウェンドリンを見て、ボクは(きっとオークも)嫌な気配を感じた。きっと、彼にとって触れてはいけない逆鱗を刺激してしまい、恐ろしいドラゴンを呼び覚ましてしまったかのような、そんな予感を感じる。


「もうこりごりダヨ。……居場所を奪われるのは、もう」


 グッと顔が前を向いた時、ボクの感じてきた頼りない面影はどこにもなく、


「ウガアァァ!」


 次の瞬間には、グウェンドリンは一瞬で冷気を纏った拳でオークの顔面を殴り飛ばしていた。


「――ガアッ!?」


 こっちに向かって飛んでくる体を、ボクは慌てて横に飛んで避ける。ボクよりも大きいオークが目の前を吹き飛んでいって、ズサーと地面を滑ってやっと止まる。オークは起き上がろうとしながら、頬に付けられた氷を手で無理やり剥がそうとするが、その間に豹変したグウェンドリンの手が動く。


「フロストウェイブ!」


 地面を拳で叩くと、そこから氷が真っすぐ、まるで見えない雪の女王が走って足跡を残すように地面に張られていく。そしてあっという間にオークの元へたどりつき、彼の両脚を氷で固めた。


 動きを封じた上で、更にグウェンドリンは仕掛けようと、今度は右の手の平を地面につけて、そのまま真上に引っ張っていく。すると腕を上げ切った時、そこには細長い氷のつららが作られていた。恐らくは手の中に冷気を集め、地面に凝縮させて生み出した即席の槍。それを手に取って投げる構えを取る。


「フロストジャベリン!」


 鋭利な刃先がオークめがけて飛んでいく。さすがにあれが脳天を貫けばオークが無事では済まない。すぐにボクは間に飛び込んで、手に留まっていた魔力を放つ。


「フレイン!」


 ボクの火炎放射の中に氷の槍は真っすぐ入り込む。だが当然、ボクの放つ熱に氷は完全に溶けてなくなった。そのまま暴走を続けようとするグウェンドリンに向かってボクは飛び出す。そして、初めてこいつを起こした時のように、彼の額に指先を当て、限りなく高度な熱を込める。


「いい加減、目を覚ませ!」


 透明がかった氷の肌に、ジィー、と焼ける音が微かに鳴る。するとその瞬間。


「――アッヅーー!?」


 グウェンドリンはまるで消えたかのように身を引いて、自分の額を両手で抑えて地面に丸まった。


「アツイ! とってもアツイダヨー!」


 またあの情けない姿に戻った。さっきまでとの温度の変わりよう。一体、こいつはなんなんだと思ってため息が出てくる。


 ふと、バリンと氷の割れる音がすると、背後で捕まっていたオークが自力で叩き割って脱出し、そのまま他のオークと同じ方向に向かって逃げ出した。呼び止めようとしても既に背中は坂の下に消えてしまっていて、ボクは声を荒げようとしたのを諦める。


「話をしておきたかったのに……」


 そう呟いてから、再びグウェンドリンを見下ろす。彼はまだ、燃えてもいない額をじっと抑えて震えていた。

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