117 巨岩激突
沸点を越え本性を露わにした二体のゴーレム。人の死体または気絶が有象無象のように寝転がっているすぐ傍で、彼らは今まさにぶつかり合う。
「――ボルトラッシュ!」
「――フロストウェイブ!」
地上は氷が川のように行き進み、その上を電気が飛んでいってお互いの体に直撃した。先にダメージに悲鳴を上げたのはグウェンドリンだ。
「ぐっ!?」
「チッ! 邪魔くさい氷ダド!」
足を取られたドットマーリーが直接氷に手をつけ、無理やり指をねじ込んでそれを崩した。一方のグウェンドリンは電撃に耐え抜き、手をついて口を大きく開く。
「フロストブレス!」
ドットマーリーもすぐさま左手に電気を溜めていき、その形が丸い球体になっていく。
「ジャイロボルト!」
白と黒みがかった黄色が真ん中でぶつかった瞬間、見事な爆発が起こった。たちまち黒い煙が辺りに立ちこもり、二人ごと包み込んでいく。そんな中、回転のかかっていた電球がドリンの肩を直撃する。
「グッ! ウガアァ!」
暴れ出すかのように腕を大きく振っていき、周囲の煙が晴れていく。顔が出てきて周りの状況が見えるようになったが、その時、ドットマーリーが目の前から飛び出てきて、重たいパンチを食らわせた。
「――ゴブッ!?」
小さいうめき声。大きな体が地面に倒れこんでしまう。ドットマーリーは血気盛んな目つきで、彼が起き上がるのをそこで待つ。
「泣いて謝っても遅いダド。そこらの人間みたいに、お前も地面に張りつけてやるダド」
「オ、オデは……オデはぁ――!」
立ち上がりざまに拳が一つ。
「――ダフッ!?」
負けじとドリンも立ち上がって頬を殴り返すと、ドットマーリーは一瞬よろめきながらも、倒れそうなのをこらえきりカウンターをお見舞いしようとする。
「ダド!」「――ダアッ! ……ンダァ!」
ゴツン! ゴツン! ゴツン!
まるで山と山がぶつかり合っているような、音だけを聞けばその人は無事とは思えないほど重たい殴打の押し合い。事実、ノーガードの殴り合いはドットマーリーに分があるようで、グウェンドリンは脳震盪を起こす寸前だった。追い込みをかけようと黒のゴーレムが腕を伸ばす。
「ブラックラリアットッ!」「――ガアァッ!?」
数百キロある巨体が宙に浮きあがって吹き飛んだ。ドスン、と大地を揺るがすように落ち、付近にいた気絶の兵士数人がうっすらとした意識を呼び戻していく。そんな中、グウェンドリンはまだ立ち上がろうとする。
「負ける……わけには……」
体中激痛だらけダヨ。頭は揺れて頬は痺れる。腰も上手く曲がらないし、さっきので首も折れそうだった。でも、オデは何がなんでも倒れるわけには……。
「まだ起きるダド? そしたら、後ろの人間と同じようにしてやるダド!」
後ろの人間? チラッと振り返ってみると、倒れていたはずの何人かが目を覚まし、起き上がろうとしている。まだ生きてる人間がいるダヨ。
「ボルトラッシュ!」
ハッ! その技は全体的に電気が流れてしまう。後ろの人間たちが死んじゃう!
かつて、オデの仲間が全員死んでしまったように――!
ついそう思うと、発作のように体が勝手に動き出した。地面に手を当て、魔力を十分に込めてから、土を横に払いのけるように腕を振り切った。すると、氷の魔法は狙い通り氷の壁が広がっていった。反対方向も同じように氷を立て、オデを門に見立てた城壁が出来上がる。
「死ねダド!」
バチバチと音を立てながら電流が扇状に広がって、こっちに迫ってくる。その流れを氷の壁が、水を止める水門のようにせき止められた。でも、絶縁体によって行き場を失った電気は横にそれる動きをして、真ん中にいたオデに全部の電流が流れ込んできてしまった。
「グッ! ウッ!?」
岩に電気は通らない。だけど、体中に出来た氷から引きはがしたくなるほどの刺激が反響していて、体内の氷からも、まるで肌から糸が巡ってくるかのように痺れが回ってきて、頭の中も真っ白になっていく。あまりの痛みによだれすらも垂れてきてしまってきて、やっと技が終わったかと思うと、どこにも力が入らなくてぐでんと立ち上がれなくなってしまった。
「なんで人間なんか守ったダド? お前、バカダド」
オラオラゴーレムの足が、倒れたままのオデの目に映る。
「お前には……分からないダヨ。あの時、お前に居場所も仲間も奪われた恐怖なんか……」
「ッハ。負け犬のことなんて理解したくないダド」
憎きそいつの顔がオデを覗き込んでくるように近づいてくる。
「いいダドか? オラはお前なんかよりよっぽど強いんダド。強いからこそ、お前らのとこにあったおいしそうな岩も食べられるし、今のお前みたいに惨めな思いもしないんダド。強いヤツはなんでも出来るんダド。なんでも、自分の好きなままに」
「そんなの……オデは認めないダヨ……」
「認めない? お前にそれを決める権利はないダド。だってお前は、雑魚だからダド」
「オデは、雑魚なんかじゃないダヨ!」
グッと腕に力を込めて起き上がる。同時に右手に魔力を込め、フロストジャベリンをそこに生み出して掴み取った。鋭利に尖らせたその刃先で、そいつの体に傷をつけてやろうと思った。でも、
「いい加減、分かれダド!」
手から放たれた一筋の電流が、バリンと槍を砕き割ってしまう。
「オラは七魔人で、お前は雑魚! 魔力も――!」
熱い電気が体にいきわたり、
「パワーも――!」
顔面に思い切り頭突きを食らい、
「オラには敵わない!」
最後に、大技をもって追い詰められる。
「ボルトタイフーン!!」
両腕に雷を宿しながら伸ばし、上半身の岩が腰の岩の上でグルグルと回りだす。回転は風見鶏のプロペラのように高速になっていって、特大の嵐のど真ん中にいるような勢いになっていく。ビリビリと雷が侵食してくるようで、オデは必死にその場で踏ん張っていたけど、ふとした瞬間片足が浮き上がってしまうと、そこからはもう体が言うことをきかなかった。
気持ち悪い。頭が痛い。声も出ない。見えてるものが分からない。痺れてるせいでまともな思考すら出来ない。
助けて……。誰か、オデをこの状況から。
こんな苦しいの、オデは――。
耳鳴りが落ち着いてきて、風の音がそんなにうるさかったことに気づく。そして、どうして世界が横向きになっているのか考えている内に、体が何かと強くぶつかって、頭が割れたかと思うくらい激痛を感じた。
「……ダド? まだ……ダドか?」
耳が聞こえづらい。そもそも、意識が飛んでいきそう。
…………そうダヨ。オデなんかが勝てるわけがなかったダヨ。
いくら怒りを爆発させたって、元々の力が違いすぎる。立っている時の迫力からして、オデに勝ち目なんてなかった。
オデは弱いんダヨ。弱いからこんなところまで逃げてきたダヨ。こんなのと会いたくなくて、ずっとずっと逃げてきたんダヨ。
一人孤独に、こんなところまで……。
「……を刺すダド。ボルトパンチで……わりダド」
孤独……。オデは、孤独だった。魔物に襲われて、人間たちにも嫌われ、体中殴られて……。
オデの居場所なんて、どこにもなかった。ここで死んでしまっても、誰も悲しんだりしないダヨ。
誰も……悲しんだり……。
かなしんだり。
「……ろ」
…………。
「……ろ!」
…………?
「起きろドリン!」
――ッハ!? こ、ここは……、王都のどこか?
「眠りすぎだ。ボクたちはもう準備出来てるぞ」
クイーン様? アルヴィア殿に、テレレン殿も一緒。
そうか。みんな、後ろの宿から出てきたダヨか。
「どうしたお前? 寝てる間に怖い夢でも見たのか?」
「え? どういうことダヨ、クイーン様?」
「腕から冷気が溢れてる。魔力がこぼれ出てるんだ。お前は怒った途端に暴れ出したりするから、夢の中のことでこっちに何かしちゃったら大変だ」
「うーん……。オデ、何も憶えてないダヨ」
「しっかりしてくれよ……」
呆れるクイーン様。アルヴィア殿が口を挟んでくる。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないクイーン。夢なんて誰でも見るわ」
「こいつが子犬ぐらいの可愛いヤツなら、別にボクも気にしないさ。でも、ドリンはただのゴーレムじゃない」
「どういうこと?」
「人間から見たら、ドリンは上級の魔物かもしれないけど、ボクからしたらそれよりもっと強い存在なんだ。ミノタウロスと戦った時からそれを実感している。獰猛なあれをよろめかせるなんて大したものだからな。もしもドリンに少しの勇気があったら、一対一でもそいつを倒せてただろうし、これからの成長次第では、七魔人ともいい勝負が出来るかもしれない」
「それ本当なの! スゴイゴーレムさんなんだね、ドリン君って!」
興奮して嬉しそうにこっちを見てくるテレレン殿。オデもクイーン様にそう見られていたことが意外で驚いている。
「ドリン。力の使い方を間違えるなよ」
クイーン様からの忠告。なぜだかその時、オデはクイーン様から目が離せなかった。その真剣な瞳が、いつも話してる時とはまるで違う雰囲気だったから。
「ボクたち魔物は強いがゆえに、どうしようもないことに行き当たった時は無理やり力で解決しようとしてしまう。お腹が空いたら人のものを奪うように。でも、そんなことはしちゃいけない。悲しみとか怒りは、争いの種にしかならない」
アルヴィア殿がその後に続く。
「周りで強引なことをしている人はたくさんいるけど、私たちだけでも間違えないようにしないと。私たちはそれぞれ、そうされる痛みを知っているから」
テレレン殿も口を開きだす。
「世界が優しいものになったらいいよね! 生きるために命を奪い合うんじゃなくて、生きるために助け合えるような世界に!」
助け合える世界。素敵な世界ダヨ。オデも過去には怖い思いをしていたダヨから……。
…………。
――あれ? オデは、どうして今こんなところに? あの黒いゴーレムと戦ってたはずじゃ――
「強い者は弱い者を助けて、弱い者は優しさをもって孤独に寄り添ってあげる。ドリン。ボクらはこれを胸に志そう。魔物はそうじゃないヤツが多いかもだけど、人間には聡明なヤツが何人もいるはず。ボクらの行動で、見解を改めてくれる人がいるはずだ。最初にボクとアルヴィアが分かり合えたんだ。いずれ絶対、その仲間が増えてくれるはずだ」
世界が白黒に変わった。クイーン様たちがオデから遠のいていく。そこに立ち止まっているのに、みんなオデから離れていく。消えていく。いなくなっていく。
…………。
もしかしたら、オデ。
――死んじゃったダヨか?
「起きるんだ! フロストゴーレム君!」
ガキンッという鈍い金属音が、オデの意識をはっきり確かなものにしてくれた。戻ってきた現実の世界。そのすぐ目の前には、ある人間の、大きな盾を構えた姿があった。
「あ、あなたは?」
盾は円形でとても大きく、あの巨大なゴーレムの姿が全く見えない。それを腕に装備し攻撃を受け止めていた、短髪の若き好青年がはきはきと自分の名前を叫んだ。
「俺は正義と勇気の守護神ラーフ・デ・ジュラン! 君と同じ、弱き者を守るために戦う男だ!」
――思い出したダヨ。
この人、最強ギルドの王子様の隣にいた人ダヨ!




