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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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114 都内大騒動

 城の地下。灰ぐらい通路の角からこっそり、右、左と、辺りに兵士さんがいないか注意深く覗き込む。


「右見て……左見て……大丈夫そう。行こう」


 遠目にいた見張りが別の角に消えるのを待って、テレレンはロディ君と一緒に道へ飛び出していく。一本道を真っすぐ行って、そこにたてかけてあるはしごをつたって天井扉を開ける。ひょこっと顔を出してみると、そこは物置小屋のような小部屋だった。


「うわあ……本当に裏通路だったんだ、ここ。よく知ってたね」


「リメインにいた頃、よく使ってたから」


 後から出てきたロディ君が、この部屋を熟知しているかのように歩いていって、その先にあった扉のとってに手をかけるところまでいった。


「ここからの道は僕も分からない。リメインにいた頃は、城内よりもリメインのアジトにいることが多かったから」


「そうなんだ。でも上を目指していけばいいんだよ。とにかく上へ。階段とか上っていけばとりあえず間違いないよ!」


「そう上手くいくといいね」


 ロディ君とならなんとかなるって、テレレンはそう信じて疑わなかった。「行くよ」という小さな掛け声を呟いて、ゆっくーり扉が開いて本城のレッドカーペットが見えた。出てきた部屋は、この城でも余りものとして作られた荷物置き場だったようで、広い本堂とかへはもっと進まないといけないみたい。


「城の中は広いし、兵士もたくさんいるよ。それでも行くの?」


 淡々としたロディ君の訊き方に、テレレンはそこにも覇気を込めるように力強く頷いた。


「もちろん! クイーン様のためだもん。テレレンは引いたりしないよ!」


 そう言って、テレレンはロディ君を追い越して駆け足で先へ進んでいった。




 そうして彼女らが緊迫とした潜入行動を開始した頃、城の逆方向、遥か南の城門前の平原では、五百の兵と二百を超えたゴブリンとウルフの混合大群がぶつかろうとしていた。


 先陣を切っていく下級のウルフ。数で押し寄せてくる猛攻に、隊列を引きはがされた者は無残な姿にされていく。されど兵士たちの連携力は甘くはなかった。空からは矢が降り、前衛の盾は屈強なまでに倒れない。後から続くゴブリンが来るまで、その犠牲者は限りなく少なかった。


 戦が大きく動いたのは、上級魔物がなだれ込んだ時だ。


 ――持ちこたえろっ!

 ――いや無理だ! 退避だ! 退避ぃ!

 ――ぎあぁぁ!


 筋肉質なゴブリンが、手に持った棍棒で盾ごと前衛を吹き飛ばす。崩れた陣形にすかさずウルフが入り込んで、さらに兵士たちをパニック状態にさせていく。上級魔物は専門のギルドたちでも苦戦を強いられるもの。崩れた陣形は中々もとに戻らず、その穴はとうとう司令塔にまで広がろうとする。


「……これでは総崩れになってしまう。何かご指示を! ルイデンス・ラインベルフ殿!」


「……命令なら、一つ」


 女性騎士が剣を取る。その刃に冷気のようなものを漂わせて、左から空を大きく切り裂くように振り抜いた。


 その次の瞬間。前方の兵士たちを通り越し、魔物たちが迫っていたところから雪のように色濃い氷が扇状に広がった。兵士たちは突如吹き荒れた風に各々身をかがめ、牙を向けていた魔物たちは一匹残らず氷に足を取られていく。


 身動き取れないまま、次第にその氷の色が赤く変わっていく。氷のまま、溶岩のように真っ赤に変化していくと、魔物たちが苦しそうに悶え始めた。氷の当たっている皮膚からは蒸発の煙が立ち上がっていき、間近の兵士たちも暑さに耐えきれないようにその場から引いていく。


 ――あ、熱い!

 ――下がれ下がれ! 焼け死ぬぞ!


 腰を抜かすように下がる兵士たちと、阿鼻叫喚を奏でる魔物たち。一瞬にしてその場に地獄を生み出した彼女が、剣を地面に突き立てる。


「――この程度で騒ぐんじゃないよ、腑抜けども」


 そう呟いたその時には、彼女の目の前には骨しか残っていなかった。



 * * *



 灰色の景色が広がる墓場。地面に埋められた石碑の一つから、適当に骨を拾っていたアーサー。座り込んでいた僕の横には骨の手が二つ置かれてあって、恐らくアルヴィアに渡した分の代えの手だとは思うけど、そいつは残りの頭蓋骨を足で蹴りだしては、地面に落とさないように蹴り上げる遊びをし始めていた。


「ウーブレック。お前は誰かに恨まれた経験、今までに何回あった?」


 彼の声は、蹴られている頭蓋骨の口からではなく、不思議と自分の体の中から聞こえてくるようだった。


「一回だよ」


「はあ? たったの一回とか嘘こくなよ」


「本当だよ。僕は同じ失敗をしたくないタイプだから」


「そうか。だから普段引きこもってんだな。そうじゃないと人間様に目をつけられる」


「……否定はしないよ」


 高く蹴りあげられた頭蓋骨。それを太ももで受け止めて、ランニングするように交互にあげては回数を繋げていく。


「……新しい骨を繋げずに渋ってるのは、意図的なこと?」


 そう訊いても、しばらくアーサーは太もも運動を続けるだけで無視した。


「骨をくっつけない限り、神経は向こうの外した方に繋がったまま。彼女が頭蓋骨を殴っていたら、君自身が痛みをもらうはずだよ?」


 そこから五秒くらい間があった。アーサーは頭蓋骨をまた高く宙にあげ、かかとだけを地面につけ、面積の広い楔状骨けつじょうこつに乗せて頭をやっと静止させた。


「俺が元々人間だった、てのは知ってるよな?」


 いきなりの昔話。頭から自然と知ってる情報が浮かぶ。


「英雄だったんでしょ? 今より数百年前のこっちの王国の」


「そうらしいが、俺にはその時の記憶がない。ある日突然、なぜか魔王様に蘇らせてもらって、スケルトンとして生まれ変わった頃から何も憶えてない。そんで、俺の墓場に置いてあったのは、花でもなく、酒でもなく、名前も知らない女の手だけだった」


「名前も知らない人の手だったんだ、これ」


 体内のスライムを流動させて、彼が普段目元につけているものの一個を、手の平が見えるように浮かび上がらせる。その手に何か握られているようだということに、僕はその時初めて気づいた。


「その手、信じられないくらいあっけえんだ。親に抱っこされた子どもが寝ちまうようなくらいあったかい。不思議だろ? 魔王様に訊いてみたりもしたんだが、何も答えてくれない。ただあの方は、偉大な志を持つ俺なら、人間を忘れ魔物として生きるべきだって、その一点張りだ」


 止まっていた足が再び動き出し、頭蓋骨のリフティングがまた始まる。


「だから俺はさ。見つけたいんだよ。生前の自分が何者だったのか。そして、この手の持ち主はどんな人なのか。おっと」


 蹴り上げに失敗し、地面に落ちた頭蓋骨がコロコロ僕の元まで転がってくる。僕はそれを拾いあげて、同時に体内に預かっていたその女性の両手を浮き上がらせ、歩いてきたそいつに返そうとする。


「その話、さっきの子に手と頭を渡したのと何の関係が?」


「俺の手を誰かにつければ、その温もりから本人が当てられるかもって思った。けど、あの女は百パー違った」


 頭蓋骨を両の手首で受け取り、女性の手をやはり目元を覆い隠すようにくっつけていく。


「手の持ち主が生きている保障はないと思うけど」


「先祖とか血の繋がりから分かるっていう線もあるかもだろ?」


「一人ずつやってたらキリないでしょ」


「どうせ俺は死なねえからいいんだよ。それに……」


 妙に沈黙が続いてから、ため息混じりのような声が出てくる。


「溜まったストレスの発散は、誰かを殴るのが一番手っ取り早いんだよっヅッテェッ!?」


 ぼとんと頭蓋骨が手首から落ちたかと思うと、アーサーはない頭を抑えようと腕を上げていた。その素振りは、遠くの頭蓋骨に強い衝撃が走ったのに反応したかのように必死そうだった。


「……人間を怒らせたら恐ろしいね」


「殴られた数だけ、そいつは俺を憎んでいた。あいつは俺のことを本気で憎んでいたんだ。じゃ俺はどうなんだ? 俺は誰を憎んでいた? そしてそれは誰のためだった?」


 急に独り言を喋り出すや否や、抑えようとしていた腕をだらんと下ろした。


「ダーメだ。割れた頭じゃなーんも分かんねえ」


 そうして彼は、誰とも気にせず荒らして堀り出した骨に、まずは手から装着していくのだった。



 * * *



 最後の扉が開かれる。そこらのレストランのホール並に大きかった王子の部屋の、その末端にあった秘密の扉の奥。そこを進んできた私がたどり着いた先は、明かりが薄いなんとも斬新な一室だった。


 広さは十人は入れるほど。そこに、馬が飛び越えそうな柵や洞窟内のようにぼこぼこと穴が空いた大きな台、等間隔に複数配置された太めの幹に動物曲芸師が虎にくぐらせそうな輪っかなど、特注で作らせていそうな木材の組み立て品がまばらに並べられている。壁には本物の剣と盾、弓と矢筒まで揃えられていて、それ以外のいわゆる観賞用の家具なんてものは一つも置かれていない。そして何より、外から見られるような窓は、この部屋には一つも備え付けられていなかった。


「ここは?」


「息子だけが使える、魔物との戦いを現実的に模倣した訓練所だ」


 ログレス国王が、部屋にあった一つの案山子に手を置く。その案山子は体中傷だらけで、きっと何度も修繕をして使いまわしていたのだろう。


「ほう。ここまで整えてしまっているとは。もはや王子様は魔物に恋してしまっているようだ。……そこの大きな人形は?」


 部屋の角に複数の等身大の人形が集められているのを見つけた。数は合計四つ。なぜそれに目がついたかと言うと、人形の形が魔物のオーク、ウルフ、グール、ハーピーの体格にそっくりに見えたからだ。


「魔物の木偶でく人形だ。これらに秘密の霊薬をかけると、まるでその魔物が憑依したかのようにそれらしい動きをしてくれる」


 なんと画期的な案山子だろうか。ギルド本部に常設すれば大評判になりそうだ。


「王子様は研究熱心だったのが、この一室で分かるようですね」


「イブレイドは小さい頃から魔物に容赦しなかった。この訓練所を卒業したのも丁度十歳になった頃。その時からあの子は、上級魔物を相手にしてきたわけだ。国王として、誰よりも前線で戦おうとする彼はとても誇らしい」


 国王と言えど息子を褒めれば父の顔だ。だが、そんな柔らかい表情もすぐになくなる。国王はマントのホックを外し、その木偶人形の傍にあった、防具を着せるためのマネキンに頭から被せた。そして、腰に剣を携えたまま、戦士としての姿で部屋の向こう側まで歩いていく。


「吸血鬼よ。そなたの名を聞いておこう」


 気づかれていたか。まあ、これだけ魔物にこだわる者と長く一緒にいれば、血の臭いも隠しきれまい。


「私はゼレス。吸血鬼の主であり、魔王国最高のヴァンパイア」


 襟を立てながら、手足を膨張させ吸血鬼本来の力を引き出していく。


「我こそはログレス・セルスヴァルア。絶対なる正義のため、貴殿を討ち取らん」


 王国の代表である彼が、純銀の輝きをしたその剣をついに抜き取った。

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