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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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10 臆病なフロストゴーレム

10 『岩に顔がついてると思ったら、それは見間違いではない。狂暴で頑丈な魔物に普通の武器は通らない』 ――『魔物大全』ゴーレムの紹介文より

「ねえアルヴィアー。お腹空いたー」


 山から出た太陽が、いつの間にか真上まで来ようとしている。今日もまた丘陵の道を進んでいると、ボクは襲われる空腹感に限界が来ていた。


「何か食べないと飢え死にするってー」


「そう言ったところで食べものは落ちてこないわよ」


「でもでも、昨日の夜に鹿を取って食べてから、今日何も食べてないんだぞー。こんなの耐えられないってー」


「どっかの誰かさんが、昨日村で大騒ぎを起こさなければ、ちゃんと報酬も貰ってそこで食料も調達できたはずなのにね」


「うう……。それはごめんなさい。ごめんなさいだけどー、やっぱりー」


「はあ……」


 呆れるようなため息をつくアルヴィア。ここまで歩いてきて、ボクは肝心なことを思い出す。


「というか、今これどこに向かってるんだ?」


「適当よ」


 やっぱりそうだったか……。


「この先に何かあるのか? そろそろどこかにつかないと、本当に餓死しちゃうって」


「あんまりグチグチ言わないで。そういうの聞いてるだけでも辛いから」


「でもー。……ん?」


 ふと、アルヴィアを見ていた視界の中に変な違和感を感じた。見渡す限り緑の背景。なだらかな丘と遠くに森と山しか見えないこの場所に、なぜか氷の塊が地面に埋まっている。しかもその周りには、まるでモグラが土を掘ったかのように不自然に盛り上がっていて、あまりの異質さについボクはそっちに足が向いてしまう。


「なんだこれ?」


 しゃがみこんで土に紛れた氷をつついてみる。カチカチと、手触りは本物の氷だ。アルヴィアも後ろからそれを覗き込んでくる。


「氷が埋まってるわね。こんな丘陵に。変だわ」


「溶かしてみるか?」


 そう訊くや否や、ボクはさっさと片手に魔力を集め、まずはちょっとした熱を持ってから氷に触ってみた。そして、そこから一気にフレインの火力を上げようとしたその時――


「アッヅーーー!?」


「うわああ!?」


 いきなり氷が起き上がった。突然のことに思わず尻もちをつき、後頭部が当たるくらいのけぞった。


「な、なんだよ……」


 打った頭を撫でながら体を起こし、氷の正体を目にすると、そいつは魔物だった。全身が岩を接合したように形作られていて、手足や背中が氷に変化しつつあるゴーレム。


「フロストゴーレムか」


 ボソッとそう呟く。そいつは燃えてもない背中を必死にはたいていて、とても慌てふためいている様子だった。全身が二メートルに達してそうなほど大きいのに、その素振りは少し情けない。


「まさか魔物だったなんて。それにこの感じ、きっと上級魔物ね」


 アルヴィアの分析が入る。そう言えばさっきも、熱い、と人間の言葉で話していた。話すだけの知能は少なくともある。……あるだろうけども。


「おい。そろそろ落ち着いたらどうだ? 火なんてついてないぞ」


「え? ほ、本当ダヨか?」


 フロストゴーレムは黄緑色の目を必死に背中に向けようとするが、上手く首が回り切らない様子だ。試しにボクは立ち上がって背中をトントンと叩いて「ほら、無事だ」と言ってあげると、そいつは「ふう……」と冷気を吐き出して安心する素振りを見せた。


「よかったダヨ。……ッハ!? に、人間!?」


 今度はアルヴィアのことを見て驚き出す。物凄く臆病なのか片脚が上がってしまっている。


「や、止めてほしいダヨ! オ、オデなんか食べても美味しくないダヨー!」


 ボクたちより倍の図体をしている癖に、彼はとても臆病なようだ。とりあえずアルヴィアも困ったような顔してるし、ボクから言って落ち着かせないと。


「落ち着けフロストゴーレム。別にボクたちはお前をやっつけようとしてるわけじゃない」


「そ、そうダヨか?」


「そう。たまたま通りかかって、氷が見えてるのが不自然で見てみただけだ」


「み、見えてたダヨか? 完璧に隠れたと思ってたダヨ」


 丸見えだったんだがな……。


「まあとにかく、こっちの女もお前を倒すつもりは一切ない」


 ボクが言ったのに合わせて、アルヴィアは腰につけてる剣を外して地面にそっと置き、両手を上げて「これで分かってもらえる?」と言った。そもそも剣じゃゴーレムの体を貫けない気もするが、それでもこのフロストゴーレムはその行動で安心したのか、ずっと上げっぱなしだった片脚をそっと地面につけた。昨日のゴブリンみたいに、向こうからの敵意はない。


「ふ、二人ともいい人間ダヨか?」


「ボクは人間じゃない。お前と同じ魔物だ」


「え? 本当ダヨか?」


「ああ本当だ。それも魔王の娘クイーン様だ」


「へえ。魔王の娘様ダヨか。凄いダヨ」


 思い切った紹介をしたのに、思ったより冷めた反応が返ってくる。川から流れてくる葉っぱを捕まえようとしたのに、いきなり水の勢いが減速して掴みそこねたように調子を崩される。


「……もしかしてだが、お前は魔王のことを知らないのか?」


「うーん、あんまり詳しく知らないダヨ。直接見たことないし、オデは結構こっちの方にいたダヨから」


「じゃあ、この首飾りの意味も知らないってことか?」


 常にかけてる竜の横顔を象った首飾りを見せてみるが、ゴーレムは首を傾け「分からないダヨ」と答えた。


「そっか。お前たちには知られてないんだな、魔王の事情が」


「名前くらいしか知らないダヨ。何か命令とかされる時も、魔王の近くにいる別の魔物からされるダヨから」


 ボクでも意外と知っていない情報だった。てっきりお父さんは偉大でカッコいいから、誰でもどんな魔物でも知っているものだと思っていけど、そもそもお父さんの姿を知らないんじゃ、ボクのことも知らなくて当然だ。


「私はアルヴィアって言うの。あなたは名前、ってあるのか分からないけど、なんて呼べばいいかしら?」


「グ、グウェンドリン。それが、オデの名前ダヨ」


 アルヴィアが人間だから、グウェンドリンと名乗ったフロストゴーレムは相変わらずオドオドとしていた。アルヴィアは腕組みをして質問を続ける。


「どうしてこんなところに一人でいたの? フロストゴーレムって普通、雪山とかにいるものじゃない?」


「昔は雪山の洞窟に住んでたダヨ。でも、ある日別のゴーレムにその場所を奪われちゃって、仲間と一緒にここまで来たダヨ。でも、つい最近も人間に住処を襲われちゃったダヨ。人間は仲間をみんな殺しちゃったダヨ。そのせいで、オデだけ一人ぼっちになって、見つからないように土の中に隠れてたダヨ」


 魔物に追い出されて、人間にも襲撃されてって。不憫なヤツだな。


「逃げて逃げてを繰り返してここまで来たってこと。襲った人間も、きっとギルドの人たちでしょうね。上級の魔物を撃退するなんて、相当腕の立つギルドだったはずよ」


「オ、オデはただずっと逃げてただけダヨ。戦うのは怖いダヨ」


「そうだったの。平和主義な魔物なんて初めて見たわ」


「人間が見てなかっただけで、実は結構いると思うけどな」


 そう口出ししたのも束の間、ボクらが向かっていた方向から慌ただしい足音が聞こえた。何かと思って見てみると、まるで何かから逃げてきたのか、女、子ども含めた複数の人間が息を切らしながら走ってきていた。そんな彼らがグウェンドリンを見つけた瞬間こう叫ぶ。


「ヒッ!? こ、こっちにも魔物が!」


 彼らの大きすぎる叫び声にグウェンドリンも「ヒッ!?」と飛び退いていた。魔物が! という部分にボクとアルヴィアは顔を見合わせていると、アルヴィアが地面の剣を拾いながら彼らに近づいていく。


「襲われたんですか?」


 青い目をした男性が落ち着きなく頷く。


「そうだ。村が襲われた。こんな辺境の地に、上級魔物が襲ってきたんだ! それなのにこっちにも!」


「落ち着いてください! 村はこの先に?」


「あ、ああ。一体どうすれば――!」


 頭を抱え出しパニック状態に陥る村人。アルヴィアは駆け寄ったボクに振り返って「急がないと!」と、先に走り出した。ボクもその後を追って足を動かし続ける中、背後から「ま、待ってダヨー」と情けない声が聞こえ、ドシドシという重苦しい足音、そして、さっきの村人たちの阿鼻叫喚が続いた。




 緩やかな上り坂を見上げた先に、置いて忘れたかのようにポツンと村の一端が見える。外見からは何も起こっていないように見える様子だったが、一人の男の悲鳴が遠く聞こえてきた。苦痛にもがくような雄たけびにボクとアルヴィアの足が速くなる。


 すぐに坂を上り切って村につくと、すぐに惨憺さんたんたる光景が映った。低い柵の門はいとも容易く壊されたように折られていて、野菜の腐った汁のような臭いが鼻をついてくる。


「下級のオーク! 彼らが襲ってきたのね」


 アルヴィアの言った通り、村の中で暴れていたのは、豚の頭をし、ゴブリンを太らせたような体系をした魔物のオークだった。入口からすぐ視界に映ったオークは三体だが、奥の方で土煙が上がってるのを見るとまだいる様子だ。さっき悲鳴を上げた男の姿はここからでは確認できない。


「奥にもいるわね。私、そっちに行ってくる!」


「――アルヴィア!」


 パッと動きを止めて、彼女が振り返ってくる。ボクは手短に一言伝える。


「できれば、あいつらのことを殺すのは……」


「――極力努力する」


 それだけ言って、アルヴィアはさっさと村の奥へ駆けて行く。村の家々を漁り、食料を強奪しているオークの真ん中を通り抜けていくと、オークたちがそっちを向いて襲っていこうとした。すかさずボクは右手を突き出す。


「イルシー!」


 幻惑の白い炎を、三体のオークの大きな腹に同時に発火させる。ヤツらはそれに驚き、手に持っていた肉や動物の死体を落として炎を払おうとし始め、それでアルヴィアから完全に気が逸れたのを確認して開いていた手を閉じて炎を消した。


「こっちを向け、オークども!」


 大きくそう叫ぶと、三体のオークはむっくりとした動きで首を動かしてきた。武器はなく、ボクと大して背丈が変わらない。ボクが人間の言葉で話しかけたのに対し、彼らはオークの言葉で、妙にブヒブヒと言う音を鳴らして話してくる。


『ジャマするな、ニンゲン』


 人間の言葉を話せるほどの知能がない。さっきもアルヴィアは彼らのことを下級と呼んでいた。でも、さっきの村人は確か、上級に襲われたと。ここではないどこかにいるのだろうが、ひとまずはこいつらだ。


『ボクは人間じゃない。魔王の力を受け継いだ、次代のボスだ』


 右手を空に向けて高く上げ、竜の心臓から流れる魔力をありったけに集めていって、そうしてからボクは、魔力をフレインに変えて一気にすべて解放した。


 竜は目の前のものすべてを灰にすると言われるが、その力はボクにも備わっている。人間や魔物はおろか、一つの街だって消し炭に出来てしまうほどの火力。


 昨日、ゴブリンの巣屈で知ら閉めた威力をもう一度発動した。空を見上げるオークたちはアホ面を晒していて、その瞳に鮮やかな色で燃え盛る一筋の炎が映っていた。


『……これで、己の立場を理解したな?』


 ボクが腕を下ろすと、オークたちはパッと身を翻して逃げ出してしまった。「あ!」と声が出てしまう。


「そんなに驚かせるつもりじゃなかったんだけど……。でもいいや。今はアルヴィアだ」

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