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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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105 空が反転する日

 強烈な臭いが近づいていく度に強まっていく。よだれを垂らしてるような汚らしい野良犬が好んでいそうな、自然に溶け込んだとんでもない異臭。ほのかに感じられることからこれがトロールの肉なのは確かで、実際、眷属を追いかけメレメレの元までたどり着くと、そこには腐った肉が複数個、雑多に並べ置かれていた。


「こんなに用意する必要があったのか?」


 第一声を質問から入った。腐肉の前で背を向けていたメレメレがボクらに振り返る。


「これはこれはクイーン様。まさかこんなところで出会ってしまうとは」


「それ、トロールの腐肉だろ?」


「はい。魔物の中でも高級肉であり、香りも特徴的なもの。これを腐らせることにより、遠くのものまでここに集められるはずです」


 隣についてきたゼレスおじさんが「なるほど」と口を開く。


「セルスヴァルア王国にいる魔物は、そのほとんどが飢餓状態に陥った腐肉喰い(スカベンジャー)。王都からずっとしていた臭いの理由はそれだったのか」


「既に控えの山や沼には魔物を潜ませており、その数もそろそろ一万を越えようとしております」


「一万!?」


「大層な数字だ」


 ボクの驚愕とはまるで温度差のある冷静さ。昂った気持ちに押されて早速ボクはメレメレにこう言う。


「今すぐ魔物たちを撤退させるんだメレメレ。取返しのつかないことになるぞ」


「これも魔王様のご命令ですから」


「お父さんは本当にお前に命令したのか? いつもお城にいて、滅多にこの王国へ入ろうとしないんだ。ちゃんとお父さんの顔を見ながら話したわけじゃないだろ?」


「いいえ。魔王様とは直接話し合いましたよ。それもこの場所で」


「え!?」


 お父さんが直接ここに来た? にわかに信じられない話だ。だって、お父さんが普段いるのは城で、外に出る時だって魔王国の範囲内まで。それは、人間に不用意にやられないためだって言ってたこともあるんだ。


「……嘘だろ。お父さんがここまで来たって」


「私も少し腑に落ちない」


 ゼレスおじさんが横から口出ししてきた。


「ディヴォールは比較的争いごとが苦手な魔王だ。変に揉め事を起こしたくなくてセルスヴァルア王国に行くことも避けているようなヤツなのに、それが今、どうしていきなりこんなところまで」


「私も詳しくまでは。ですが、可能性の話でしたら一つ」


「……ラーニのことだな」


「ゼレス様!? クイーン様の前でその名前は――」


「もう話してある。そうしなければ今回の騒ぎも納得できないだろう」


「……左様ですか」


「それで。可能性の話とはなんだ?」


 神妙な顔つきだったメレメレが空を見上げる。


「一ヶ月の周期で一度訪れる満月。ですが今宵は例外。二度目の満月が訪れる日、『空が反転する日』なのです」


「空が反転する?」


 初耳だったボクにメレメレが説明を始める。


「この世界で四年に一度起こる現象です。本来、月が満ちることは一ヶ月に一度しかありませんが、空が反転する日は満ち欠けの周期が逆転し、二度目の満月が浮かびあがるのです」


「そんな現象があるんだ」


「かつて王都の悪夢が起きた日も、その二度目の満月が浮かんだ時。今日はその日とまるで同じ空になるのです」


「あの時と同じ周期がやってきて、それでお父さんがラーニのことを思い出した……。そんな単純なことなのか?」


 難しそうな顔して腕組みをするゼレスおじさん。


「私のかつての愛人に、孤児だったのを拾われて育てられた女性がいたのだが、そいつは自分の誕生日を知らなかった。義理の母親は拾ってあげた日を誕生日に定めてあげて祝っていたそうだが、彼女はその誕生日が来る度、自分の存在が負担になっていないかと考えてしまう節があった。我々からしたら大したこともなく忘れてしまうようなことでも、本人からしたらそれが近づいてくれば嫌でも思い出してしまうことがあるわけだが、ディヴォールも例外じゃなければ、メレメレの理論は通る」


 本人からしたら、か。何気なく胸を軽く握って、ここに深く突き刺さった言葉を。アルヴィアのことと、それよりもっと前の、初めての村での言葉を思い出した。


 確かにそうだ。痛みや不安を受けた者からしたら、その時と近い状況がやってきたら嫌でもその瞬間が呼び覚まされる。かけられた言葉は忘れられても、ここに残った傷跡はそり落とせない。


「メレメレ。空が反転する日は今日なんだな?」


 ボクがそう訊いた。


「間違いありません。魔王様もこの日に進撃を開始しろとおっしゃられてました」


「戦闘の指揮はお前が取るのか?」


「それも魔王様からのご指示です。執事ではありますが、一応の戦闘指揮の心得はございます」


「なら今すぐ魔物たちを全員撤退させろ。これは次期魔王の命令だ」


わたくしにそうすることは出来ません」


 否定されてもボクは食い下がる。


「お父さんにはボクから話す。お父さんが近くにいるならボクが直接話して説得する」


「生憎ですが、魔王様は今どちらにいらっしゃるのか私には分かりません。指示を出した後、一人になりたいと申し、以来顔を見ておりませんので」


 捜す手間が入り込んだか。でも眷属とゼレスおじさんがいる。


「だったらすぐ見つける。だから、撤退は出来なくても、せめて一日だけ時間を置いてくれないか? 必ず今日中に話をつけるから」


 必死に訴え続けていくと、メレメレは腐った肉に一度振り返ってから、真剣に悩みこむように首を傾げた。きっと万いる魔物をどうここらにとどめておくか。肉の数を照らし合わせて誘導する術を模索しているのだろう。


「……そうですね。月が浮かび上がる前にはここに戻ってきてほしいでしょうか。魔物たちを止めるのはそれが限界でしょうから」


 太陽の位置はちょうど真上に来たころ。ボクの眷属なら一日に五十里は歩き回れる。


「十分だ。それまでに必ず――」


 即決しかけたその時だった。


 ビリリッと強烈な電流音が背後から轟いて、瞬間人間たちの悲鳴がボクらの耳に小さく響いた。


「なんだ!? 誰かの悲鳴だったぞ!」


「電流の音……。まさか!?」


 ボソッと呟いてたメレメレがすぐさまボクらの間を通りすぎ、そのまま木々をスルスル抜けていった。ゼレスおじさんも走り出して、ボクもそれに続いていく。光の差す方向に向かいながら、脳裏に嫌な予感がひた走って、そしてそれは、林を抜けた先の平原に出た瞬間、勘違いなんかじゃなかったと知らしめられた。


「ンダァー! 邪魔するなダドー!」


 黒光りの体を持ったゴーレムが手を伸ばして広げ、そこから電気の筋を一直線に飛ばして辺りにいた兵士たちを一瞬で感電させる。十人いた兵士たちはみなしばらくビリビリと痙攣してから、あっけなくバタリと倒れていく。


「怯むなー! 絶対の正義は我らにあり! ヤツにかかれぇー!」


 兵士たちに指示を出す、髭を生やした上官のような存在。それに感化されて百はいる兵士たちが一斉にゴーレムに襲い掛かっていく。だが、彼らの中でゴーレムに有効な打撃系の武器、ハンマーや棍棒系を持っているのは十人もいない。鋼よりも固い体に剣や槍が通るわけがない。あまりに無謀な突進だ。


「性懲りもないダド。全員薙ぎ払ってやるダド!」


 ゴーレムが両腕をピンと広げると、なんと腰部分から下の体を固定したまま、上半身の岩だけが三百六十度回転を始めた。まるで皿の上でクルクル円を描いて転がるボールのように回り続け、その速度がグングンと増していくと、彼の周りに竜巻風が発生し始めた。その人力台風に電気の魔法が加わっていき、次第に電流が滝登りのような勢いで空へと舞い上がっていくのが、ボクらの目に眩しいくらいに映っていった。


「食らえダド虫けらども! ボルトタイフーン!!」


 遠く離れてるはずなのに、ボクの長い髪の毛がブワンブワンなびいている。気を抜くとボクらも台風に吸い込まれていってしまいそうで、彼に突撃していた兵士たちは全員、なすすべもなくその雷風らいふうに巻き上げられていき、誰もが電流を全身に浴びていく。ある者は泡を吐きだし、ある者は白目をむいて竜巻から外れ遠くまで放り出される。


 渦を巻いた電流の竜巻が人を処す。それはまるで、蛇の群れが回転しながら人々を食い殺しているような光景だった。


 やがて裏の木々のざわめきが収まっていくと、ボロボロと落ちる武器や外れた鎧と一緒に、気絶し肉塊となった人間がボタボタ辺りに降り注いだ。あっという間に仲間が死んでしまったことで、髭の指示だし兵士長の顔がぎょっと青ざめた。


「な!? ななな、なんだこの化け物は!?」


 氷を操るゴーレムがいるなら、電気を操るゴーレムもいる。この黒い体に電気をため込んでいるトルマリン種のゴーレムがそうだ。


「オラはドットマーリー。七魔人だってのを知らないで襲ってきたダド? お前、ばかダド」


「ひいぃぃ!? ち、近づかせるな!」


 情けない声で残った兵士に指示が出される。ドットマーリーは人間にムカついているのか、近づいていく足を止めようとしない。


「あの馬鹿。街から見えるこの平原には出るなとあれほど言っておいたのに」


 珍しく口調が崩れたメレメレだが、今はそれを気にしてる場合じゃない。


「止めないと! 戦争を始められたら駄目なんだ!」


 片手を振りかぶって横に薙ぎ払った。そうすると、ドットマーリーと兵士たちの間にイルシーの壁が焚きあがって、ドットマーリーの足が止まった。急いでボクはそこまで駆け出していって、ゼレスおじさんも黒い霧になってボクより先にそいつの前に現れでる。


「戻るんだドットマーリー。君の出番はまだ先だ」


「んダド? 先に襲ってきたのはあっちダド。やり返さないとむしゃくしゃするダド」


 子どもの駄々こねのような言動だったが、ゼレスおじさん伸ばした指先が、ドットマーリーの手首に当たった。そこから出た神経麻痺の魔法ソヌースが、彼の顔から一瞬にして剣幕を奪い取った。


「もう一度言う。今すぐメレメレの元へ戻れ」


「……出番が来たらまずお前から襲うダド」


 指先が動き出し、感覚が戻ったドットマーリーがボクと入れ違うように振り返って戻り始めた。


「ありがとうゼレスおじさん」


「厄介なことになりそうだ。早いことディヴォールを見つけなければ」

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