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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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09 失敗を経て

09 「あなたと一緒に行けば、私は魔物を守る立場になれる」 ――アルヴィア・ラインベルフ

 やっとの思いで森まで逃げてきた。一本の木に手を当て、走ったわけでもないのに息切れを起こす。村から結構な距離まで来たはずなのに、彼らの訴える声が耳から離れない。


「ニンゲンは、わかってくれない」


 ついてきていたゴブリンの親玉が突然そう言って、もう一言付け加えてくる。


「オレたちは、オマエもシンヨウできない」


 きっぱり言い切られた瞬間、自然と目頭が熱くなった。親玉は勝手に森の中へ歩き出し、他のゴブリンたちもボクを横目に親玉へついていく。ボクはそこに、たった一人残された。


 何が駄目だったんだろう? どうして上手くいかなかったんだろう?


 どうしてボクは、こんなに悲しくて苦しいんだろう?


「――大丈夫?」


 そっと、背中に手を置かれた。それは前にも頭に感じたあの感触で、そのまま上下に優しく動いてくれると、余計涙が込み上げてきた。


「……悔しかった」


 言葉を発した瞬間、ひっくと嗚咽が出てきて、いよいよ涙が溢れだした。「そっか」と、アルヴィアの柔らかい声が返ってくる。


「ひっく……別に、人間が悪いわけじゃない。ボクがあいつらのこと、何も分かってなかったんだ……」


 あれはボクの失敗だ。人間を理解しようとしなかった。ゴブリンたちのことをちゃんと考えていなかった。


 全部、ボクの失敗なんだ。


「私は、分かってるから」


 ふと、頭が上がる。


「あなたがやろうとしたこと、ちゃんと分かってる。今回は失敗だったけど、あなたなりにどうにかしようとしてた姿は、私がちゃんと知ってるから。だから――」


「うう、うえーん、アルヴィアァ……」


「ちょ、ちょっと!」


 くるっと回って衝動のままひしっと抱き着いた。胸の中に顔をうずめて、赤子のようにわんわん咽び泣いて、途中、「しょうがないわね」と呟くのが聞こえた。彼女はただ、ひたすらに鳴き続けるボクの頭を、彼女はよしよしと撫でてくれた。




 顔を離した時には、もう涙が涸れたんじゃないかというくらいだった。きっと顔も涙跡でグシャグシャで、明日には目がパンパンになっていそうだ。


「ちょっとは楽になった?」


 アルヴィアの質問に、ボクは声を出さず小さく頷いて答えた。よかった、と呟いてから、彼女は話を続ける。


「あの時、まさか謝罪の言葉が出るなんてね。私はてっきり、ダンジョンでやったみたいに村を焼き尽くすのかと思ってたんだけど」


 目元をゴシゴシしてから、ああ、あれはと口を開く。


「お父さんを返してって叫びが聞こえたんだ。それを聞いた時、もしもボクのお父さんが人間に殺されてたら、きっと同じように彼らを憎んでたんだろうなって思って。そしたらつい、怒りが引っ込んで、あいつにも悪いことをしたなって……」


「そうだったの。……なんだか不思議ねぇ。自分のことに関しては怒りっぽいのに、誰かのことを思うと急に優しくなるなんて」


 人に言われて、そうなのか、とボク自身気がつく。思えばアルヴィアに同情していた時も、何か言葉をかけたような気がする。昨日のことなのに何を言ったかはっきり思い出せない。案外、その場の感情に流されやすい性格なのかも。


「お前はどこにいたんだ? というか、いつの間に消えてたんだ?」


「村が見えた辺りで離れてたわ。きっと村人には受け入れられないって思ってたから、下手に顔を出したくなかったの」


「もしかして、村に行く前、お前が言い淀んでいたのってそういうことだったのか?」


「そうね。でも私の場合は、直接魔物に被害を受けたことがなかったから、上手く言葉が見つからなくって」


 こうなることは容易に予想ついたってことか。今思えば確かに、一歩引いて冷静に考えれば誰でもすぐに分かることなのに。


「はあ、バカだなぁ、ボク」


 なんとなくそう呟くと、アルヴィアは子を見る親みたいな微笑を浮かべた。また舐められてるような感じだったけど、さっきの今では反抗する気力が起きない。


「誰かを助けるとか、守るとかって、とても難しいことよね。私が元いたギルドから追放された理由、分かる?」


「ギルドマスターにお荷物だって言われたからだったな」


「詳しく言うとね。自分しか守れないから、だって」


「ん?」


 アルヴィアは自分の右手を見つめ、例の無敵になる魔法ルシードの、赤い水面のような障壁を浮かばせる。


「この魔法は自分にしか使えない。自分は完璧に守れるけど、他の仲間に付与したりして守ることができないの。そんな時に、ギルドマスターが新しい仲間をどこかで見つけてきて、私の代わりになるからお前はいらないって見限られたわけ」


「勝手なギルドマスターだな」


「階級とかにこだわる人だったからね。今までにも何人か追放してたけど、それがとうとう私にお鉢が回ってきたってことよね」


 ルシードの魔法が音もなく消える。


「アルヴィアの魔法は、ボクは魅力的だと思ってる。ボクのレクトに近い能力だけど、レクトが受けられる威力には限度があるから」


「あなたはそう言ってくれるのね。でも、所詮私じゃ、元いたギルドのお荷物にしかならない。だからこうして追い出された。私たち人間の世界っていうのは、表では平和で平等な世界を、て言ってても、その実態は弱肉強食なのよ。弱い人間は、決して強い人間に抗えないようにできてる。どれだけ街が栄えたって、私たちの暮らしが豊かになったって、その自然の摂理は変わらないの」


 あのゴブリンたちが魔王国にいるゴブリンたちに追い出されたように、人間も人間で自分たちの居場所のために他者を追いやる。人間も魔物と変わらない。彼らが魔物を敵だと言っていおうが、本当は周りの人間だって敵として見ているし、なんなら魔物以上に厄介なものだと思っているのかもしれない。


 そして、蹴落とされた者はどこか別の居場所を求めてさまよう。新しい景色があるはずだと放浪する。苦しいはずの生活に涙を我慢して、悲しいという感覚を麻痺させていきながら。


 ――虚しい世界だ。


「だからさ。私、あなたのこと、凄いなって思ったの」


「え?」


「私たちは敵同士。だけどあなたは、人間と魔物でも一緒に生きていけるって言った。そんな発想、多分あなたくらいしかできないと思う」


「だけど、見ての通りそれは失敗した。ボクたちの間にあった溝は、深海のように深くて大きかった」


 慰めの言葉は嬉しい。でも、ボクのやろうとしたことは、地中深く根を張った木が、空に浮かぶ太陽まで飛ぼうとするくらい無謀なことだった。


 ボクのできることには限界がある。そして、ボクでは魔物と人間の共存できる道を示すことはできない。絶対に。


「……どれだけ深い海でも、沈んだ先には必ず底がある」


 突然のセリフに頭を上げると、アルヴィアとばっちり目が合った。


「完全に元に戻すのは難しいけど、埋められない部分がないわけじゃない」


 夕焼けの空と全く同じ虹彩。たぶんボクはその時、初めてアルヴィアに真っすぐ見つめられた気がする。


「ねえクイーン。魔王の城に行く途中まで、私も一緒に行ったら駄目かしら?」


「え? どうして?」


 それは、唐突な誘いだった。


「私たちの周りにいる魔物たちはみんな、居場所を失って仕方なくここに来た。ダンジョンの中でも人間にバレないようにって肩身の狭い思いをしている。そんな魔物の事情を知って、これから魔物を討伐しろなんて酷な話でしょ? だから、あなたと一緒にいけば、私は魔物を守る立場になれる」


「魔物を、守る?」


 思いもしなかった展開だった。


「あなたに足りない人間の事情とか知識とか、私が協力すれば多少はどうにかなると思う。それに多分、慎重に動いていれば、今回みたいな結果はもう起こらないと思う。悪くない話だと思うけど、どう?」


「それはそうかもだけど……。でも、どうして? お前は人間で、ボクは魔物。ましてや次代の魔王だ。敵同士一緒に行くなんて……」


「そんなの今更でしょ? それに、私はあなたのこと敵だと思ってない。魔物だとしても、私の心に寄り添ってくれたんだもの。人間よりも、温かい気持ちにさせてくれた」


 彼女は立ち上がって、陽ざしの逆光から手を伸ばしてくる。


「私って多分、目に映ってるものは守りたい主義なんだと思う。クイーンも、一人で泣きそうになった時に誰かがいた方が楽になるでしょ? だから、一緒にいきましょ?」


 見知らぬ地に、たった一人にされたボクに差し伸べられた人間の手。木陰に覆われた自分の手を伸ばすと、その手は繭のように柔らかくてほんのり温かい。そのまま引っ張ってもらうと、顔に夕焼けの陽ざしが当たった。


「ありがとうアルヴィア」


「あなたが一人だと、私が心配しちゃうのよ。魔王の娘だとしても、あなたってやっぱり子どもっぽいから」


「んな! ボクは子どもじゃないって! お前なんかよりよっぽどお姉さんだ!」


「五十はおばあさんじゃないかしら?」


「うるさーい! お姉さんったらお姉さんだ!」


「はいはい。ふふっ」


 アルヴィアが笑い出すと、ボクもなんだかおかしくなって思わず吹き出した。


 きっと世界の根本そのものを変えるとか、深い溝をすべて直すとか、そういうことはボクにはできない。だけど、こんなに一緒になって笑ってくれる人間がいるんだ。魔物と人間が。敵同士の種族が、お互いを許し合って認め合った時、こうして笑い合えるんだ。


 ――この光景だけは、城に戻ってからも忘れたくないな。


 そんなことを思いながら、ボクはしばらく彼女と笑い続けた。

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