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ダンスホールの中央に残されたリチャード殿下とサンドラ様は手を取り、一礼をすると、楽団に合図をする。
先程の出来事が嘘のように華やかな雰囲気を醸し出している。
奏でられる音楽に会場中が息を呑む。
リチャード殿下がサンドラ様に向かい、跪いていらっしゃるわ。
「サンドラ・ボルドー公爵令嬢。貴方は太陽の様に私に愛を降り注ぎ、月の様に静かに私を見守るその姿、出会った時から私の心は貴方に捕らわれています。誰よりも貴方を慈しみ、惜しみない愛を注ぐ事を誓います。どうか、我が妃とおなり下さい。」
リチャード殿下は愛の言葉をサンドラ様に投げかけた。サンドラ様は恥ずかしそうにしながらもリチャード殿下の手をとっている。
なんて最高のプロポーズなのかしら。
リチャード殿下とサンドラ様はダンスを始めたわ。微笑みながらダンスをしているのを見て感嘆の息を漏らす。
卒業生達はリチャード殿下とサンドラ様のダンス後から婚約者達とダンスを始めた。
聖女様の取り巻き達は壁際で謝っている人も居れば、ホールを出て帰る令嬢を追いかけている人もいる。
前途多難ね。
そういう私も同じだけれど。
「姉上。せっかく俺が贈ったドレスを着ているのだし、一曲私と踊って頂けますか?」
「私こそ宜しくお願いします。」
ポールが差し出した手を取り、ダンスを始める。こんなに苦い思いをする卒業だとは思わなかった。今頃彼は聖女様の魅了が解けて少しは私の事を考えてくれているのでしょうか。
「姉上。卒業したら領地に帰ってゆっくりしましょう。俺も休みだし。」
「そうね。王都に残っていてもやる事は無いし、領地へ帰りましょう。」
私達はダンスを終えてそっと会場を後にする。馬車に乗り込もうとしていると、久しい声に呼び止められる。足を止め、振り向くとそこにはロン様の姿があった。
「・・・ロン様。」
「ファナ。すまない。聖女様の魅了が掛かっていたとはいえ、君を傷つけた。謝って済む事では無いと思っている。婚約破棄を口にしてしまったけれど、俺はファナともう一度やり直したい。」
私に一歩近づくロン様の前にポールは間に入り、ロン様を睨み付ける。
「ロン義兄さんは勝手だね。ロン義兄さんに掛かった魅了を軽くする魔法を使ったのを覚えていないの?
その時に魅了魔法の事を忠告したにも関わらず、何度も聖女に抱きつかれて拒まなかったよね。聖女の事が好きなんでしょ?」
抱きつかれていた?
「ロン様、ポールの言っている事は本当なのですか?」
「ち、違うんだっ。彼女が私を気に入っていたからだ。」
「聖女とクラスの違うロン義兄さんが聖女を避ける事は可能だったよね。聖女の事が好きなんでしょ。はっきり言いなよ。」
「ファナ、これには理由が。」
「どんな理由だよ。こっちが聞きたいね。」
ポールは食ってかかるようにロンに言う。
「そ、それはっ。」
ロン様は慌てているわ。ロン様とポールの不毛なやり取りを耳にする。
・・・そう。
やはり私は選ばれないのね。
「ポール、もう止めて。もういいの。魅了があっても無くてもロン様にとっての私は雑草だという事を改めて認識したわ。
仕方がないの。私は何処にでもいる令嬢の一人で聖女様は異世界から来た可愛くて守ってあげたくなる人だもの。婚約破棄をされたのは仕方のない事だわ。
ロン様。では、失礼します。」
これ以上、この場にいると心が潰れてしまう。
ロン様は私を引き留めようとしているけれど、振り向かず、馬車に乗り込む。馬車から見える景色は霞み、ドレスに一粒の涙が零れ落ちる。
「姉上。ごめん、黙っていれば良かった。でも、皆の前で聖女に抱きつかれてアイツが喜んでいる姿がどうしても許せなかったんだ。婚約者の姉様を大切にしない浮気者を許せなかったんだ。」
「ポール、いいの。ありがとう。」
それから邸に戻ったのは朧気ながらも覚えている。
もう、疲れた。
何も考えたく無い。
部屋に籠り、数日が経過していたと思う。ようやく起き上がれるほどには回復した頃、一つの決心をする。
シャナは私が動けない間、甲斐甲斐しく世話をしてくれていたのを朧気ながらにも記憶はある。
「シャナ。ありがとう。私、お父様の所へ行きます。」
私はシャナに手を引かれ、お父様の居る執務室へ入る。
「ファナ、起きて大丈夫なのか?無理はしないんだ。」
「お父様、私、教会へ行きます。聖女様の件で婚約破棄された令嬢なんて貰い手も居ません。それに私はもう18歳になりました。これから相手を探すにも行き遅れになります。」
「分かった。少し環境を変えた方がいいだろう。教会へ3ヶ月ほど行っておいで。禊としてもそれで十分だ。あとは領地で過ごすといい。結婚はしなくても大丈夫だ。」
私はシャナに荷物を纏めて貰い、翌日の朝、教会へとひっそりと旅立った。