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晴れと雨の境界に陽はさしますか?  作者: 夏みかん
第1話
6/27

入り交じる模様 5

にこやかな顔をして佇んでいるのは間違いなく美少女だ。ポニーテールの髪形も似合っているし、出るとこも出て実に女性らしい体つきをしている。雨が美人系なら、彼女は可愛い系といったところか。そのため、雨に告白をしていたはずの彼方も彼女から目を離せない。そんな美少女は軽い会釈をし、雨もまた無表情のままで軽く頭を下げた。それから2階にいる晴人へと顔を向けた。何故ならば、美少女の視線は自分を見つめている彼方を無視して晴人の方に向いているからだ。だから直感が告げている。あの日、佐々木杏珠との会話の中で出てきた『りい』なる人物が彼女ではないのかと。


「やっほー」


片手を軽く挙げてにこやかにそう言った美少女の相手は晴人だ。雨に続いてこんな可愛い子にまで好かれているのかと睨む彼方を無視し、晴人は小さなため息をついた。


「頻繁に来るなって」

「月に一度の偵察、だよ。待てよ、監視?観察?まぁ、変わりないか、調査だよ、女性関係とか」

「・・・・ついこの間、杏珠も来たぞ」

「杏ちゃんは仕事のついで、でしょ?」


彼女の言葉の大半を無視した晴人にそう返す美少女は笑顔を崩さない。彼方は両肩をわなわなと震わせ、それから2階に立つ晴人に向かって勢いよく振り仰いだ。その目に宿るのは怒りか、嫉妬か。


「お前ぇっ!こんな可愛い彼女がいたのかよ!他人に興味がないフリしやがって!」


涙目に近い状態でそう絶叫した彼方に対し、晴人はため息すら出さずに侮蔑の表情をし、雨もまた呆れた顔をしてみせた。


「あー、2つ訂正してもいいですか?」


そう言うと美少女は彼方と雨との距離を詰めるようにして近づいた。近くで見るとやはり可愛い。テレビに出ているアイドルや若手女優にも勝てる、そんな容姿にスタイルだ。だからドキドキを増す彼方と違い、雨は冷静に彼女を分析、観察していた。


「1つは、可愛いじゃなくって、物凄く可愛い、です。んで、もう1つは、彼女じゃなくて嫁です」

「妹だよ」


彼女の最後の言葉に対して間髪入れずにそう言った晴人はゆっくりした動きで階段へと向かった。呆れた、そんな感じの歩き方に雨は心の中で苦笑する。対する彼方はそれでも嫉妬の視線を外さなかった。こんな美少女が妹とはけしからん、そんな目つきだ。階段を下りた晴人は大きなため息をつき、それから雨と彼方を見た。


「妹の真宙まひろだ」

「えへへ・・・嫁というのは冗談でした」


紹介された真宙は頭を掻きながら漫画であるような笑い方をして見せた。それはあざとさのない、可愛らしさが出た自然な仕草だ。きっと癖なのだろう。


「木戸真宙です。高校3年生の17歳。見ての通り超可愛い女子高生」


自意識が高いのか、それともこういう性格なのか、とにかくそう自己紹介した真宙に彼方はメロメロ、になりかけた意識を引き戻した。横に立つ雨の冷たい視線を感じたからだ。それはもちろん、雨の嫉妬ではなく軽蔑のまなざしであるが。


「どうも、江戸彼方です。大学生です。木戸の、あ、いや、お兄さんの2つ隣の部屋に住んでます」

「お!江戸彼方さんって、あの元高校空手世界チャンプの?」

「おお!ご存じでしたか?あー、いや、やっぱ俺、有名じゃん!ここの連中がそういうのに疎いだけかぁ」


調子に乗った感じで高笑いをする彼方を無視して同時に腕組みをする晴人と雨を見て、真宙はニヤリとした顔をして見せた。


「そちらの美女はお兄ちゃんの彼女?」

「お隣さんだよ」

「彼女候補のお隣さんです。宇都宮雨と言います」

「誰が候補にしたよ」

「・・・・まぁ、あれですね、微妙な仲だけどそれなりに仲良くはある、そんなお隣さんですね。兄がお世話になってます」

「夕食のおすそ分けはお世話されてる、程度の付き合いですけどね」

「いいんじゃないですか?兄にとって武術以外の唯一の特技ですからね、料理は」

「武術?」


雨だけでなく彼方もそう言葉にし、その反応を見た真宙が晴人を見るが、相変わらずの無表情だ。それも仕方がないと思う真宙は意味ありげな顔を2人に戻した。


「まぁウチが受け継いでいる武術ですので、そこは気にしないで下さい。とにかく、今後とも、兄をよろしくお願いしますね」

「それはお互い様だけど、さっきの言い方からちょくちょく来てるの?」

「ええ、月に一度は様子を・・・両親がうるさくって」

「え?月に一度?俺、今が初対面だけど?」

「タイミングが合わなかったんですかね?1階の日向ちゃんとは2度会いましたよ」

「あいつ、そんなことは一度も俺に!」

「なんでお前に伝える必要があるんだよ?行くぞ、真宙」


呆れたようにそう言い、さっさと階段に向かう晴人はこれでますますめんどくさくなったと内心で舌打ちをしていた。主に彼方が、であるが。いや、雨もだろうか。


「じゃぁ、雨さん、彼方さん、また」

「今度ゆっくり話をしましょう」


きりっとした顔をしてそう言う彼方に営業スマイルを残し、真宙は晴人に続いて階段を上がると部屋に入っていった。


「それにしても、妹さんか・・・」


意味ありげにそう呟く雨を見やるがその意図はわからない。雨としては『りい』なる人物が気になっているだけに、真宙がそうであってほしかったのだ。だが、情報を仕入れる先が現れたことはいいことだ。あとは彼女と連絡先を交換できれば色んなことが優位に運べるはずだと思う。晴人に惹かれている、そんな自分を自覚した今は彼のあの状態となった元凶であろうその存在を知りたい欲求が大きいのだ。


「武術、か」


そう考えている雨の横で唸るように彼方がつぶやいた。


「空手家としては気になる?」

「まぁ、木戸なんて流派は聞いたこともないし、そこまでは。でも真宙ちゃんも習っているならお手合わせ願いたいってところかな?」

「組み合って触れ合いたいってことね・・・サイテー」

「空手は打撃だよ!立ち技で組み技はない!」

「美少女を殴るんだ?サイテー!」

「試合だよ!」

「告った相手の前で可愛い女子高生に鼻の下を伸ばしたサイテー男の言うことは信用できないけど」


そう言いながら部屋に戻るために階段に向かう雨を慌てて追う彼方。


「違うって。あ?ってか嫉妬?」

「・・・・・かもね」


もう相手にしたくなくてそう言ったが、言われた彼方はそれをいいように受け取って高笑いをしていた。



部屋の中は1ヶ月前と何の変化もない。男の1人暮らしなのにきちんと片付けされ、洗濯物も洗い物も全て綺麗にされていた。こういう性格なのはわかっていたが、そこは安心できる。そんな真宙に座るよう促し、ジュースとお菓子を用意した。これも毎月のことなのでもう習慣になっている。


「毎月来なくていいって言ったろ?」

「お母さんがうるさいんだもん」

「杏珠もそうだけど、ほっといてほしいよ」

「杏ちゃんはまたお兄ちゃんと戦いたんだよ」

「知るか」

「だって杏ちゃんや私と戦える人って、もう従妹の紗々音ちゃんぐらいだけど、紗々音ちゃん相手じゃ絶対に勝てないし、つまんない」


だろうな、そういう言葉を飲み込んだ。木戸紗々音は叔母さんの娘であり、真宙の1つ下の女子高生だ。その武術の才能はけた違いであり、またかなり好戦的な性格をしているため、あらゆる格闘技の世界レベルの選手であってもまともな戦いが出来るかどうか不明なぐらいだ。そう、目の前に座っている晴人以外は。


「明日斗がいるだろ」

「たまに覚醒しちゃうから、つまんない」

「お前も紗々音同様、好戦的すぎるんだよ」


木戸明日斗は紗々音の兄で、晴人の2つ下、真宙と同じ現在は高校3年生だ。昨年、地元のお家騒動に巻き込まれたという話を聞いていたが、その時の精神状態がボロボロだった晴人は詳しい話を聞いていない。聞く気にもなれなかったし、聞きたくもなかったからだ。真宙は紗々音と仲が良く、しょっちゅうやり取りをしているのでそこは詳しい。その明日斗は武術家系の木戸家にあって闘争本能が欠落した珍しい男だった。だが、練習では無類の強さを見せ、時々は覚醒状態と言われる無我の境地に至り、長い歴史を持つ木戸の継承者がたどり着けなかったその境地に至ることでありとあらゆる攻撃を意識することなく回避し、反撃に転ずることが出来る唯一無二の存在となっていたのだった。今はお家騒動の後始末をするべく奮闘している、としか聞いていない。


「彼方に相手してもらえ」

「所詮はアマチュアだし、膝を壊した元チャンプに興味ない」


さっきは感激していたように見えたが、会えたことに感激をしたのであって戦いたいとまでは思わなかったようだ。つまり、知名度以外に興味はないということか。さすがに苦笑する兄を見つつ、真宙はため息をついた。


「雨さんとはどういう関係」


不意にそう言われても反応のない晴人は飲みかけたジュースを口にするとコップを置き、それから返事をした。


「ただのお隣さん」

「あんな美人、付き合っちゃえばいいのに」

「・・・・ヤだね」

「璃維ちゃん以外はダメってことね、今でも」

「そうだ」


そう言い切った兄にため息しか出ない。それは叶わない、そう理解していてもこの答えはもう絶望でしかなかった。だからこそ、今こうしてここで生活しているのだから。


「死んだ人には会えないよ?」

「知ってる」

「璃維ちゃんは、そんなこと望んでないのに?」

「・・・・・それでも、だ」

「また泣かしちゃうんだ?」


そう言われてはぐうの音も出ない。だが、もうこのやり取りには慣れている。璃維は死んだ、1年も前に。いや、まだ1年だ。


「前を向けとは言わないし、さっさと誰かを好きになれとも言わないけどさ」

「さっき言ったろ?」

「あれは私の願望だよ。あんな美人が兄の彼氏だと自慢できるじゃん」

「元AV女優、でもか?」

「別に当人同士がいいならいいんじゃないの?美人には変わりない」


この兄にしてこの妹だ、雨が聞いたら泣くだろう言葉に対し、晴人は妹であっても雨に対して無神経で余計なことを言った自分を嫌悪した。真宙を諭すためとはいえ、他人の秘密を勝手に暴露したその嫌悪感は拭えない。そんな兄を見て微笑んだ真宙はかつての兄はまだ死んでいないと確信できた。璃維を亡くしたあの日から、兄もまた死んだのだ。かつての兄はもういないと思っていた。よく笑い、優しく、強く、尊敬出来た兄は、まだかすかにその一部を残している。それが知れただけでも今日来た甲斐があったものだ。そんな風に微笑む真宙に怪訝な顔をした晴人はお菓子の袋に手を伸ばした。


「そうだ!今日泊ってくからさ、雨さんや彼方さん、日向ちゃん誘って夕食食べに行こうよ!」

「ヤだね」

「懇親会だよ!」

「何の?」

「私の」

「お前さ、明日学校は?」

「土曜日で休み」

「部活は?」

「休みだから来た」

「・・・・泊まる気にしちゃ荷物が少ないな」

「あれ?知らない?あの押し入れの奥に私の服とか下着とかあるの」

「・・・・・・なるほど」


そういえば時々泊っていくが、気にもしなかったなと反省する。押し入れも引っ越してきてからろくに開けてもいない。


「じゃぁ、私、声かけてくるね」

「ちょっと待て!」

「止めたいなら、私を倒してみれば?」


立ち上がった真宙は自身が放った殺気を鬼気に変え、構えを取る。その強烈な気、隙のない構えは自分の知る真宙ではなかった。一瞬自分の中の血が騒ぐが、それはすぐに収まった。今の自分はもうかつての自分ではない。明日斗と同じで闘争本能を失ったのだ。


「ってことで、行ってくるね?」


それを感じてそう言う真宙に何も返さない晴人に対し、真宙はにこやかに微笑むとさっさと玄関を出て行った。


「なんで血が騒ぐ・・・・誰も守れや、救えやしないのに」


うなだれる晴人は独りそう呟き、今は亡き愛しい人の顔を思い浮かべるのだった。



「どうしたの?」


インターホンが鳴り、相手が真宙だと分かった雨は玄関を開けた。


「今日、一緒に夕食食べに行きませんか?泊まるので、懇親会をしようかなって」

「いいわよ。私もあなたに聞きたいことあるし」

「兄のこと、ですか?」

「そう。あの不愛想男のこと」

「そりゃ知りたいですよね」


苦笑する真宙に好感を得る。この子は人当りもよく、また感じもいい。だからこそこのチャンスをものにしたい雨にとって好都合だった。


「連絡先の交換もいいかな?」

「もちろん」


その提案もあっさり承諾した真宙と連絡先を交換した。これで色々前に進める、そう思う雨をじっと見ていた真宙のその視線を受けて雨は小首をかしげた。


「兄を好きなら、結構手ごわいですよ」

「知ってる・・・・何かあったこともわかってる、何かは知らないけどね」

「そこはおいおい、でいいですか?」


さすがにいきなり核心に迫る気はない。だから雨は頷いた。そんな雨を見て優しい笑みを浮かべた真宙は、この人なら晴人の壊れた心を修復できる可能性を持っていると感じていた。ヒビだらけのあの心を、ある程度まで修復してくれる、その程度までだが。


「きっと、彼を振り向かせるには色んな覚悟がいると思ってる。戦うべき相手が自分であることも」


その言葉に感心した顔をした真宙は満面の笑みに表情を変化させた。そうか、この地に来た意味はあったのか、そんな笑みだ。璃維が気を利かせたのかもしれないとも思う。


「バーサス自分、このフレーズどうです?」

「いいかも」


そう言って笑い合う2人の声を玄関先で聞きながら、晴人は大きなため息をついてみせる。


「バーサス自分、か」


今の自分には出来ないことだ。誰ともなれ合わないと決めた。誰とも関わりたくないと決めた。なのに、実行出来ていない現状どう思うのか。戦うことの意味すら失った自分に、何故こうまで響くのか。


「色が交じり合う、入り混じる模様、か」


そうつぶやき、璃維と交じり合ったはずの自分の色がここへきて少しずつ変化している気がする晴人はそれを嘆きつつ、玄関から離れるのだった。

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