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晴れと雨の境界に陽はさしますか?  作者: 夏みかん
第1話
5/27

入り交じる模様 4

自分でも最低な行為だとは理解しているし、してはならない行為だとも認識出来ている。なのにどうしてだろう、スマホの画面に見入っている自分がいた。あれほどショックで落ち込んだにも関わらず、スマホを見つめたまま、その画面の中で繰り広げられている行為から目を離せないでいた。運命だと思っていた。奇跡の出会いだと思っていた。それなのに、この画面の中の事実が簡単にその気持ちを崩壊させた。裸体をくねらせ、全裸の男と絡み合うその行為に没頭する事2時間、彼方は自己嫌悪と興奮によってその思考はマヒしつつあった。決して詮索すまい、検索もするまいと決めて3分、その決意は濡れた紙に穴を開けるより造作もなく崩れ去っていた。『氷雨あがる』で検索すること数分、2つの作品の閲覧を実施して今に至っている。少し髪が短いだけで、その女性は紛れもなく雨だと認識できた。画面に向かって微笑み、話しかけ、服を脱ぐその姿はまさに雨だ。失意と興奮の中、彼方は2つの作品を見終え、そのままゆらりと立ち上がって風呂へと向かう。興奮した証すらそのままにシャワーを浴び、そのまま、欲望のままに自我を崩壊させた。


「ありゃ、ヤらせてくれるかも・・・・」


その考えを肯定する自分と否定する自分がせめぎ合うが、答えは出ている。あの女はああいう女なのだ、だから大丈夫なのだ、と。


「安い女・・・・三級品」


晴人は見抜いていたのだろうか。だからこその三級品という言葉に納得しつつ、晴人は雨と既にそういう関係に至っているのだろうと勝手に決めつけた。ああ見えて晴人も雨も楽しんでいる、そんな歪んだ風に。



今日も1人で大学を後にした雨は、何故かふと周囲を見渡すようにしてみせる。朝から晴人とも、彼方も、日向とも顔を合わせていない。会いたくもない気持ちになっていたからそこは助かったと思っていたのに、何故か今は晴人の姿を探していた。きっと彼方は自分の過去を見ただろう。そして、きっと、それを餌に関係を迫ってくるはずだ。これまでの多くの、いや、自分の過去を知った男どもが皆そうだったように。ただ1つの例外になりうる存在を求めて、今、雨は晴人の姿を探している。会ってどうするのかなど考えずに。


「あ、あの・・・」


不意に背後から声を掛けられた雨は飛び上がるほど驚き、光速の速さにて3歩後ずさった。大きめの目をさらに大きくさせた雨が見つめる先には、今しがた声を掛けてきた男がそこに立っている。少し小柄な、気の弱そうな男が。


「あ、あの・・・・僕が、その、ストーカー行為をしていました」

「え?」


その告白に、雨はこれ以上ないほど目を見開き、思考がマヒしていくのだった。



大学から戻った晴人は今日はバイトもないため、釣り竿を手に部屋を出た。午後3時、あと2時間ほどはゆったりと出来る、そう考えての釣りだった。いつもの場所に行き、竿を準備して釣りを始める。成果などどうでもいい、こうして1人でのんびりする時間を満喫しているだけだ。いや、完全に1人で、何も考えない時間が必要なだけ。いや、考えてしまう、彼女のことを。失ってから知ったその大きな存在を。


『晴れてる場所とさ、雨降ってる場所の境界線ってどうなってるんだろうね?』


そう言っていた言葉を思い出す。あれは確か、久々のデートなのに雨が降っていた日のことだったか。晴人はそんなことすら忘れかけている自分に絶望した。こうしていつかは彼女の存在自体も忘れていくのかもしれない。それは悲しいことだ。


「よう」


不意に横に立った男には気づいていた。こうしてぼんやり考え事をしていても、そういう気配には敏感だ。持って生まれた才能のせいか、それとも物心がつく前から修練を重ねてきたためかはわからないが。だからこそ晴人は横に立って水面を見つめている彼方を見なかった。人との馴れ合いは捨てた、はず。


「どうした?」


なのにこうして彼方の来訪を気にする発言をした。その発言に驚いたのは彼方の方だ。あの他人との関わりを最小限に留めている晴人にしては珍しい言葉だったからである。付き合いは長いと感じているがこういうことは本当に滅多にない。


「あ、いや・・・気分転換に、な」

「聞いてほしいことでもあるのかと思ったよ」


一旦釣り針を引き上げ、餌を確認して投げ入れる。その動作中に発したその言葉もまた彼方を酷く驚かせた。見抜いている、その驚きと、またも自分を気にしているその発言に。


「あー、まぁ、そのな・・・・・その、好きな女の過去がこう、常識的に受け入れられない場合だな、その場合はその、どうすりゃいい?みたいな話をだな・・・」


いつもの彼方にはない歯切れの悪い言葉に対し、晴人はそっと竿を置いて腰かけていた大きな石から腰を浮かせた。それでも彼方を見ず、視線は水面で揺れている浮を見ていた。


「お前はどうしたい?」


ここでようやく彼方を見やる。その目にあるのはどこか冷たいもの、そして、少しだけ優しいもの。


「どうって・・・・・それを聞いてる」

「宇都宮のことだろう?」

「おまっ!なんで・・・!!」

「俺も聞いた、過去のこと」

「そ、そうなんだ」

「お前にそう言ったこと、多少なりとも気にしてたんだろうな・・・自己嫌悪からか、俺にも話した」

「・・・で?」

「言ったろ?興味ないって・・・人の過去なんざ人それぞれ。それが騙されてしたことでも、自分から進んでしたことでも、それは事実で変えられない。だったらそれはその人の人生だ、他人がどうこう言うこっちゃないんだよ」


そう言い切り、晴人は遠くを見つめるようにして見せる。こうまで話をしたことは初めてで、だからこそ彼方は戸惑った。晴人の言い分は正しい。でも、自分は無理だ、気にしていまう。現にすぐに検索して、その作品を見ているのだから。そして邪な考えを抱き、2人の関係を勝手に想像して負の感情を暴発させた。けれど、朝になって自己嫌悪に陥りつつ考えのだ。晴人もまた自分と同じように検索し、作品を見たのかと。おそらく、いや、きっと晴人はそういうことをしなかったのだろう。現に今、本当に興味がない、そんな感じが出ていたし、そう思えるものが晴人にはある。


「人は個々に色があるってお袋が言ってた。似た色、違う色、様々だけど決して同じ色はない・・・だからこそ人と人が付き合って、交じり合って新しい色を作り出すんだと・・・暗い色か明るい色は別にして」

「つ、つまり?」


脳まで筋肉で出来ているのかとため息をつく晴人も珍しかった。今日の晴人は初めて人間らしさを見せている。


「お前がそれをどう受け止めたかで交じり合う色は変わるんだ。今のままだと、黒にしかならない、それはもう、色じゃない」

「そう、だな・・・・でも俺はもうダメだよ・・・検索までして、それを見て・・・それで・・・・」

「最低だな」

「だな」

「最低ついでに謝ればいい・・・・全部見ましたごめんなさい。それでも君が好きだと」

「言えるわけねーだろ!」

「拒絶されるのがオチだ・・・・だからこそ宇都宮はお前にそれを告げた」

「離れるために?」

「あの女もややこしいんだよ、俺と同じで」

「お前と?」


そこで一旦黙る晴人。少ししゃべりすぎたと思ってのことだ。


「ややこしい女が他人を拒絶し始めた・・・・だったら出来なくしてやればいい。拒絶しても拒絶しても俺に話しかけてくるお前なら出来るだろ?」


この時、晴人の口もとに淡い微笑が浮かんだ、気がした。気のせいなのか、それとも本当に微笑んだのかはわからない。だが、その言葉と表情は彼方の中のわだかまりにヒビを入れた。考えるより行動する、それが自分なのだと再度認識した彼方は晴人に背を向けた。


「俺は最低なんだ・・・その事実を餌に、彼女に関係を迫ろうと考えた」

「でも踏みとどまった、そしてここへ来た・・・・単純なお前にしちゃ上出来だ」


こういう皮肉を言えるのか、そう思うが、それが嬉しい。


「ようやく俺に心を開いてくれたな?」

「いいや、めんどくさいから一度で済ませたかっただけだ・・・後は勝手にしろ。報告もいらない」


そう言い、晴人は石に腰かけて釣り竿を握った。引きはない、いつものことだ。そんな晴人を見て微笑んだ彼方は足場の悪さも気にせずに駆け出していた。その気配を感じる晴人は1つ大きなため息をつく。


「お前の、璃維の・・・・」


何かを言いかけた晴人はそこで口をつぐんだ。彼女はもういない、その喪失感を抱えて生きているからこそ他人を拒絶している。自分は死にたいのだ、死んで彼女の元に行きたいのだから。だが、彼女の最期の言葉がそれを許さない。むしろ、彼女は今の晴人を拒絶しているだろう。彼女が望んだ自分はこうではない。いや、さっき彼方を諭した自分こそ、彼女が愛した自分なのだから。自己嫌悪の理由もわからない晴人はしばらく動かない浮を眺めていたが、釣りをする気を失って早々に帰る準備をするのだった。



川原を後にした矢先、ばったりと雨と出会った晴人は心の中で大きなため息をついた。今日は色々とめんどくさいことに巻き込まれる、そんなため息だ。にこやかな笑みを見せる雨を見て、昨日のことは吹っ切ったのだなと理解しつつ、そこには触れず、無表情のまま歩みを進めた。そんな晴人に並ぶ雨。


「ここにいると思ったんだよね、予感的中」


外れろよと思う晴人だが表情に変化は出さない。


「今日ね、ストーカーさんが謝りに来たよ」


そう言い、何の反応も見せない晴人を見抜いてそのまま話を始める。結局、ストーカーは雨の過去を知り、作品を見た上で興味を持ち、あわよくばそれを餌に関係を迫ろうと考えた。ところがそこまで行動できずに見つめる日々を繰り返した結果、それこそが自分の愛情表現に思えてしまった、ということだった。それを晴人に見つかって諭され、その結果素直に謝りたいと思って行動したとのこと。だから雨は二度とそういう行為はしないと念書を書かせた上で彼を許したのだ。全てを明らかにして謝罪をする、それがどれだけ大変で勇気がいる行動かを知っているからだ。そう、あの元カレにはないその勇気こそ、雨が認めた結果だ。


「あなたの名前は出さなかったけど、特徴があなただったし、昨日のことでしょ?」


晴人は視線さえ雨に向けない。それでも雨は微笑みを消さなかった。


「まぁ、お礼といっちゃなんだけどさ、今日、ウチでご飯どう?」

「断る」

「言うと思ったけど、まぁ、おすそ分けはするよ。お礼はしたいし」

「いらない」

「勝手にするだけ」


そう言う雨に何も言えず、黙り込む晴人にさらなる笑みを見せた。


「今度は、あんたの過去も聞かせてよ」

「ヤだね」

「あんじゅ?りい?って人のことも」

「・・・・杏珠は幼馴染って言ったろ?」

「じゃ、りいは?」

「元カノ」

「へぇ」


意味ありげにそう言い、微笑む雨の表情はさっきまでの笑みと違っていた。横目でそれを確認した晴人は鼻でため息をつくしかない。それを見た雨は嬉しそうに微笑むと何かを言いたそうにしつつも何も言わなかった。晴人にすればそれは不気味でしかない。


「おう、2人でお帰りか?」


アパートの階段の前に立っていた彼方を見て、晴人は意味ありげな視線を向けた。それを視線で返す彼方。


「雨・・・・ちょっとだけ、いいか?」


そう言う彼方を見つつ、晴人は階段を上がり、雨は立ち止った。先程までの笑みはもう消えている。


「俺、お前の告白を聞いて、検索して作品見て、それでその・・・・・」


その言い淀みが意味することを知り、雨はため息をついた。対照的に部屋の前に立った晴人の表情は心なしか緩んでいるような気がする。そしてそのまま部屋に入った。


「でも、やっぱ俺はお前が好きだ・・・・そりゃショックだったし、最低な行為もした。でもそれでも、俺はやっぱお前と仲良くしたいし、好きだし、その・・・彼氏になりたいし」

「私が許すと思う?」

「お、思わない・・・・だから、だからこそ、俺はお前に誠意を見せる」

「どうやって?」

「毎日好きだと100回叫ぶ」

「・・・・・・新たなストーカーか」

「え?」


雨のつぶやきに反応する彼方だが、言いたいことは言えたと思う。


「結果は同じ、私はあなたを好きにならない」

「あー、まぁ」

「でも、友達には戻れる」

「え?」

「そこまで素直に謝ってきた人、いないもの」


雨の微笑みは複雑に見えた。怒っているようにも呆れているようにも、そして嬉しそうにも見えたからだ。だから彼方はどれが正解かわからずに困惑するのみだった。


「お隣さんとして、友達としては接するけど、恋愛感情は絶対ない」

「言い切るなぁ」


悲しい告白を受けたが、それは自業自得だ。でも、それでも恋愛感情が芽生える可能性はゼロではないはずだ。そう思っていた。次の雨の言葉を聞くまでは。


「私はたぶん、木戸に惹かれてる」

「え?はぁ?」


あの不愛想で、無表情で、いや、しかし、理解できるかもしれない。今、自分をこう行動させたのは晴人なのだから。あのアドバイスが出来るのだ、人として彼は一級品なのかもしれない。彼をよく知らない自分でもそう思うのだから、雨の過去を素直に受け止めた晴人に惹かれるのも必然だと感じる。だからといって認められないが。


「でも、自分もよくわからない・・・・この気持ちが本当なのか、優しい言葉を掛けられたからか、だからゆっくりでいいから、それを確かめたい」

「・・・・そうか」

「そういうこと」

「だったら俺も焦らないぜ・・・ゆっくりでいいからお前の気持ちを俺に向けさせる」

「無理だと思うけど」

「そういう不可能を可能にしてきた。絶対にそうなるって決めて実行してきた!」

「まぁ、頑張って」


そう言い、雨は右手を差し出した。それをあっけに取られた顔をして見つめていた彼方はハッとなって右手をズボンで拭い、その右手を握りしめた。そのまま数秒、数十秒、雨が手を揺すっても振っても離さない。


「もうね、これ、マイナスすぎてキモイ」


そう言われて手を離した彼方はにこやかにしつつ雨の横に並ぶとそっとその肩に手を置きかけた。


「またマイナス喰らうぞ」


頭上から降り注いだ声にハッとなったのは彼方か、雨か。冷たい目で自分たちを見下ろしていた晴人の視線が2人の後ろに注がれた時だった。


「おー、これは楽しそうな人間関係」


可愛らしいその声に2人が振り返れば、そこに立っていたのは赤いシャツに短めのスカート、ニーハイを履いたポニーテールの美少女であった。

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