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晴れと雨の境界に陽はさしますか?  作者: 夏みかん
第2話
10/27

過ぎ去った時間 4

彼方はごきでんである。それもそうだろう、念願叶ってようやく雨とのデートなのだから。今日こそは自分の本当の気持ちを雨にぶつけるのだ。彼女の過去がどうであれ、関係はない。そう、過去は過去なのだ。だからか、いつにも増して饒舌だ。対する雨もまた自分の気持ちと向き合うためのデートということからかなりリラックスしている。彼方の話に相槌を打ち、返事を返す。よく笑い、よく話した。そんな雰囲気もあって、わずか4駅先のショッピングモールまでの短い乗車時間はより短く体感1分程度である。彼方は気取らず、普段の自分を晒すことを心掛けながら自然な会話を楽しんでいる。雨もまた同じだ。このデートの最後に打ち明ける気持ちが真逆なだけ。雨はその結果を知りつつ、彼方は何も知らずに目の前にあるモールのエントランスをくぐった。まだ出来て数カ月なせいか、かなり綺麗な状態だ。


「まずは雑貨、いい?」

「おうよ、俺も色々買いたいし」

「んー、じゃぁ、2階か」


エスカレーター横のモニターに映されたフロアガイドを見た雨に賛同し、そのままエスカレーターで2階へ上がった2人は色々な店を見ながら目当ての雑貨店に向かった。家族連れやカップルで賑わう様子に彼方は少しだけこれがデートであることを意識してしまう。だから、その意識を消すことを優先した。何故ならば、今日はそれを意識せず、素のままの自分を雨にアピールするのが目的だ。だからといって完全に自然にはいられない。美人な雨は周囲の男性の視線を引くのだ。そしてそれは彼方への羨望と軽い嫉妬も含まれている。そういう状況から調子に乗る性格を抑え込むと不自然になり、解放すると暴走する。自分でも難儀な人格だと悲観しつつ、今はデートを楽しむことを念頭に置いた。そうして雑貨店に入り、2人で見て回る。身の回りのものをメインに買うものを決めていく雨に対し、お揃いの物が欲しい彼方もまた色違いのものを手に取るが、自分を見つめる雨の視線に何故か耐え切れず、別の物を買うことになってしまった。


「無言の圧力、でもないのに・・・・俺って・・・・」


レジに並びながら心の中でそう愚痴るものの、それはそれで切り替える。まだデートは始まったばかりなのだ。雑貨を購入した2人はそのまま最上階である3階に移動し、ショッピングを楽しむ。雑貨以外は買わず、店に入っては商品を見ることを繰り返し、そのまま大きなゲームセンターに入った。


「対戦する?共闘する?」

「共闘だな。お前は俺が守るから」

「はいはい、期待してます」


素っ気なくそう言う雨が実に雨らしい。


『守れなかったんですよね』


不意に雨の頭の中で真宙の声が響いた。大切な人を守るために鍛え、技を磨いても、病魔に侵された愛する人は救えなかった。医者でもないなら当然だ。なのに彼は苦しんでいる、今も。


「どれにする?」


彼方の言葉で我に返り、とっさに指をさしたのは2人で車両の中に入り、ゾンビを撃ちながら街を進むシューティング式の体感ゲームだった。彼方はニヤリとほほ笑むとその車両に乗り込み、雨も続く。思ったよりも狭い空間に肩が触れ合うが、雨はさほど気にもせず、彼方は少々興奮した。そしてお金を入れてゲームがスタートすれば、揺れる車両によって密着度が増し、彼方は意識が散漫になりつつも雨をフォローしてゾンビを倒しまくるのだった。



結局どのゲームでも雨を守るどころか足手まといになった彼方は自己嫌悪に陥りながらトイレに行った雨を待っていた。ため息ばかりが出るがまだお昼だ。決戦の夜まではまだ相当時間がある。この後はもっぱらショッピングを楽しむのだが、せめてお揃いの何かは欲しいと考えていた時だった。


「お待たせ」

「おー、雨じゃんか」


2つの声が重なり、彼方はトイレから出てきた雨を見て、その雨が青ざめながら見つめる先へと視線を移した。そこにいるのはいかにもな感じのチャラそうな赤い髪の男だ。ニヤニヤした顔が元々垂れがちの目をさらに強調している。青ざめる雨を見て困惑する彼方だったが、すっと雨の横に並んだのは彼女を守るという決意がさせた自然な振る舞いだった。それを見た男はニヤニヤを消し、タレ目ながらも鋭い目を雨に向けた。


「新しい男か?いいガタイの男じゃん!やっぱAV男優が忘れられないってか?」


わざとそう言ったのだろう。彼方が何も知らないとふんでの言葉に、彼方はずいと一歩踏み出した。


「そうじゃねーなぁ・・・元カレが貧相だったみたいでな、その裏返しだよ」

「はぁ?」


ここで男は表情を変え、怒りの目を彼方に向ける。だが彼方は動じることなく男を睨み返した。雨はガクガクと震える足を何とか抑え込み、過去の悪夢がフラッシュバックする脳を切換えようと努力する。優しい言葉、態度に惚れ、やがて彼の上手い口車に乗ってお金を渡すようになり、それでも借金で首が回らなくなった彼のために、彼の嘆願もあって自らAVに出演してお金を稼いで借金を補填した。そう、それは洗脳に近かったとはいえ、自分から出演した事実がある。だから自分で責任を負うと決めていた。それでもその過去は消えず、その傷の大きさをここ1年ほどで知った。その結果が他人の拒絶、いや、男性の拒絶だった。そう、晴人に出会い、自分の過去を受け入れる覚悟をくれたあの言葉に出会うまでは。


「かっこいいこと言ってるけど、あんたもこいつに稼いでもらってんだろ?雨よぉ、また金が入り用でさぁ、復帰して稼いできてくれよ、マジで」


男はそう言うが彼方は一切表情を変えない。再びガクガクする足を堪える雨は振り返った彼方の表情を見て怯えた顔をしてみせたが、それはすぐに変化する。彼方は表情こそないが、その目は暖かい。まかせろ、そんな自信すら宿っている。


「男が女に稼いでもらう?カッコわりぃわ・・・・あんたはどうせ、借金でも返してもらったんだろ?彼女の稼いだ金でさ、ヤだねぇ」

「何とかならないかなって呟いたら、こいつが進んで稼いできただけだ」

「普通止めるけどな」

「俺への愛だろ?」

「寒いわ、それ」


彼方はそう言い、今にも殴りかかってきそうな男に対していつでも反撃できるようにしてみせる。幸い、周囲に人がいない。


「なるほど、あいつのこと、全部知っているわけね」

「全部を受け入れている、からじゃないか?」


そう返して彼方は雨を振り向いた。その優しい目に雨の震えは止まった。


「綺麗ごとをほざいてるけど、お前もそれを知って雨のAV見たんだろうが?」

「そりゃ見るさ、男だからな。そうさ、俺は最低だよ、いや、最低はお前だから、俺は底、だな」

「てめぇ!」


わざと感情を煽るような彼方の物言いと表情、その挑発に乗った男は渾身の一撃を彼方の顔面に浴びせ、そのまま胸倉を掴んで数発のパンチを叩きこむ。何故か反撃せずにそのままでいる彼方を見て悲痛な叫びをあげようとした雨の目の前で、攻撃をしていたはずの男が崩れるように両膝をついた。焦点の定まらぬ目で宙を見つめ、口からはだらしがなく涎を垂らしている。


「正当防衛でしょ?」


少し赤らんだ顔を向けた彼方のその言葉の意味を理解し、さっきまでの行動の真意を悟った雨は男をトイレ入り口のベンチに横たえる彼方を見て小さく微笑んだ。歩み寄る雨の気配を感じつつ、ようやく焦点が合った目をした男を覗き込むようにした彼方はその胸倉を掴んで顔を近づけた。


「2度と彼女の前に現れるな。もし見かけたら、彼女からお前に会ったと報告を受けたら、ただじゃすまさないからな?」


すごむ彼方に圧されつつも睨むことは忘れない。彼方はそんな男に侮蔑の視線を浴びせて手を放し、雨に向き直った時だった。


「シュー、どうしたの?」


女性の声に2人が振り向けた、そこには高そうなブランド品に身を包んだ美人がいた。どうやらこの男の彼女らしい。女性は倒れている男に近づき、心配そうにしている。


「なんか気分が悪くなったみたいですよ」

「そうなんですか?って、あれ?江戸君?」

「高橋じゃねーか」


驚く2人を見てきょとんとする雨に対し、シューと呼ばれた男は嫌な汗が噴き出している。そんな男をチラッと見た彼方がニヤリと微笑んだ。


「ちょっといいか?」

「えー、あ、うん」

「彼は診てます」

「じゃぁ、ちょっとなら」


そう言い、彼方と高橋と呼ばれた美女が少し離れた場所に移動する。その様子を見て慌てる男だが、彼方が腹部に放った重い一撃が回復しないために身動きが取れない。


「じっとしてなさい」


冷たい目でそう言われてはもうおとなしくするしかない。じっと2人を見つめる男の視線を遮るように雨が瀬を向けたまま立つ形をとった。


「お金持ちのお嬢様をカモにしてもまだお金が必要なんだ?」

「うっせーよ」


悪態をつくその態度にもどこか焦りが見える。


「付き合って間もない、感じかぁ・・・・お金の無心をする前段階ってとこね」


そう言われて黙る男に図星かと思う雨は、自分もここぐらいまでは楽しかったと思いを馳せる。あの頃は幸せだった。優しく、気遣われ、そして愛されているという自信に満ちていた。


「今更あんたにあれこれ言われても何も思わない。あんたの言った通り自分でやったことだもの。それに、今、私のそばにいる人はみんなそれを知ってる。彼はそれなりに気にしてるけど、今、私が好きな人はそんなことを気にしない人。本気で気にしない、そんな人だから、何を言われても無駄」


自分に向かってそう告げる雨の言葉と目に、男はただ沈黙をするしかなかった。


「それに、彼、元高校空手世界王者。私が好きな人も武術を会得してるから、腕では絶対に勝てないよ」


どうりで、そう思う男の耳に2人が戻ってくる足音が聞こえてきた。雨が横に動いたため、近づく彼女の表情が見えたが普段と変わりがないように思える。心配そうにする彼女に大丈夫と答えた男が身を起こした。


「じゃぁな」

「うん、ありがと」

「失礼します」

「ありがとうございました」


そう言い、2人は去っていった。ほっとした男は横に座る彼女に対し、あいつと何を話していたのかと問いかけた。実に平静に、いつも通りに。


「急に具合が悪そうになったって聞いたのと、あとは、あの人が元カノで、ちょっと・・・ってことをね」

「ちょっとって?」

「お金でこじれて別れたって聞いたから、心配してくれたみたい。大丈夫って言っといた」


お金でこじれたという言葉に心臓の音が大きくなるが顔には出さない。彼女の方もそう変化はなかった。そう、表情は。彼方のざっくりした説明で、彼がお金の話を持ち出して来たら別れ時だという風に心に決めつつ、どこまで自分がその決意通りに動けるかは疑問だったが、それでも彼を信じてみようと思っている。


「さぁ、行きましょ?」

「ああ、そうだな」


そう言われ、立ち上がったがまだダメージは残っている。たった一撃を腹部に受けただけでこれだ、実力は本物だと思う男は雨に対するちょっかいは止めることにし、今はようやく付き合い始めたこの金づるを攻略することに専念するのだった。



「ありがと」


並んで歩く雨の言葉に薄く微笑む。もし、あの時に人が来ても言い訳が出来るようにと考慮しての一撃だ。それ以上に高橋に対する助言であの男の動きはいくらか封じられたと信じたい。


「いいって。さて、どこ行く?」

「そうね・・・彼方の行きたいところで」


名前で呼ばれることの嬉しさを噛みしめつつ、さっきの状況が味方したと心の中でガッツポーズを作る。これで好感度が増したとほくそ笑む彼方だったが、並んで歩く雨は彼方のことよりも晴人のことを考えていた。晴人だったらどうしただろうか。きっとそれとなく追い払ったか、それとも彼方同様のことをしたか。


『守れなかった』


その言葉が再度頭を過るが、今は彼方とのこのデートに集中すべく意識を変えるのだった。



ポスターからしておぞましい。無数のゾンビをバックに重火器を持った屈強な男2人と可憐な女性が1人。ごくりと唾を飲んだ晴人は彼女もまたこういう映画を好んでいたなと思いだしていた。


「え、と、ポップコーンキャラメルのセット」

「お2つですか?」

「んー・・・・セット1つと、どうする?」

「コーラ単品で」

「かしこまりました」


店員が準備に忙しくする様子を見つつ、晴人は再度ため息をついた。そんな晴人を見つつ小さく微笑んだ日向は苦手なジャンルなのに何も言わずにここまで来た晴人に敬意を抱きつつも何も言わない。


「日向?」


セットを受け取って入場まであと5分だとモニターを眺めていた日向の横からそう声をかけてきたのは中年の女性だ。その人を見た日向はびくっと身を震わせつつもぎこちない笑みを浮かべて見せている。


「あら、デート?」

「あ、うん、そんなとこ」


横に立つ晴人を値踏みするような視線でねめつける女性だったが、晴人の冷たい視線に一瞬たじろいだ。視線だけではない、何か鳥肌の立つような感覚に見舞われたからだ。


「映画の後、時間あったらどう?久しぶりに話したいし」


女性は日向を見てそう言う。見た目は派手な衣服を身に着けている。手に持ったブランドバッグもどこか年季が入っている。繕った感じが否めない、そう思う晴人は身動きが取れない日向の腕を掴むとずいと前に出た。


「デートなんで、無理っス」


素っ気なさに断固たる意志が宿っていた。だから女性は引きつった笑みを浮かべるしかない。晴人から滲み出ているなんとも言えないオーラのようなものに圧されている、そんな気がする。


「そう、じゃぁ、また・・・・連絡するわね」

「あ、うん」


そう言うと女性はそそくさと歩いて行ってしまった。


「母親、か」

「離婚したんだ、ウチの両親・・・・・」

「父方に引き取られたのか?」

「ううん・・・どっちでもない・・・・ま、色々あって」


言いにくそうな日向は笑みを浮かべている。だがそれは偽りの笑顔だ。額に汗もにじんでいる。空調の利いた映画館で露骨に汗を見せる日向を見た晴人は入場アナウンスを聞いて日向の持つトレイを受け取り、そこに自分のコップも置いた。


「あ、いいよ、持つよ」

「何か持ってないと、落ち着かないんだよ。ゾンビは苦手でな」


相変わらずの素気なさだが、そこに優しさが隠れている。だから日向は作り笑いを苦笑に変えた。ここ最近の晴人はこういう面を見せつつある、それを知っていたからだ。


「怖かったら手を握ってあげよっか?」

「・・・・・最悪の時は、頼むよ」


その本気の言葉に噴き出しながら日向は前に進んで行く。


「映画終わったらさ、人生相談、いいかな?」

「俺の体調次第だけどな」

「やっぱ最初から手をつなごう」


そう言って笑う日向に対し、かすかな笑みを浮かべる晴人。それは彼方に恋をしている日向であってもドキっとするような、そんな優しい笑みだった。

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