56.魔女が奪ったもの
そんな事を思っていた次の瞬間、第三区画では先ず聞く事のない爆発音と地響きが届いた。途端に図書室にいたシスター達から動揺の声が上がる。
私も、思わず座っていた椅子を倒して立ち上がった。
「なんですの⁉」
「・・・爆発だね。方角からして管理局の方かな。」
騒然となる周囲に反して奇妙なほど冷静なあかりが静かにそう言う。その不気味なほど落ち着いているあかりを目にして、私は逆に動揺が冷めていく。
襲撃を予測していたとはいえ、示し合わせたかのように発生した緊急事態にあかりは微塵も動揺してない。まるで今この瞬間に起こる事を知っていたかの様に、平然と椅子にもたれ掛かっている。
その、もう明らかに不気味なあかりに気を取られつつも、私は彼女の言った管理局の方へ意識を向けた。
すると、確かに不自然に密集した人の魔力を感じ取る。数はおよそ三十名、魔力の量からして非魔女の様だけれど個々が奇妙な魔力を纏っており、明らかに普通じゃない。
ほぼ間違いなく、反魔女派のテロリストでしょう。
「確かに、妙な魔力がありますわね。」
あかりが言った場所で探知した事を私がそのまま口にすると、あかりは気だるそうに肩を落として言う。
「・・・はぁ。どうやら、嫌な予感が当たったみたい。」
そして、徐に立ち上がり机の縁を指先でなぞりながら彼女は歩き出す。それを見て私は咄嗟に彼女を引き留めた。
「どこに行くんですの?」
「決まってるでしょ。」
「——っ、ちょっと!」
呼び止める私の声など気にも留めず、あかりは黒い髪をなびかせて高い本棚の陰に消えていく。その小さな背中を私もすぐに追いかけた。
だが、私の胸には小さな苛立ちが湧き上がる。
私が言えた義理ではないけれど、彼女も大概厄介事に首を突っ込みたがる。この間の一件といい、何時ぞやは私にあんな事を言っておいて、今はこうしてあの時の発言を否定する様な行動を取っている。
その一貫性のない二重基準に私は納得がいかない。——と、そう思ってしまう。
そんな私を差し置き、あかりは足早に図書室から教団情報本部棟の廊下へと抜け、人の隙間を縫って管理局の方角へ駆け抜ける。
私も静かに燻る苛立ちを隠しつつそれに続いて廊下へと飛び出した。そして、あかりの隣に並ぶと彼女に思っていた事を尋ねる。
「余計な事には首を突っ込まないんじゃないんですの?」
「そうなんだけどね、少し嫌な予感がするのよ。」
「嫌な予感?」
「ええ、嫌な事が起こりそうな予感。」
「答えになってませんわ。」
返ってくる不明瞭な答えに私の苛立ちは更に膨らんでしまう。やっぱり二重基準だ。他人には厳しく自分には甘い。
とはいえ、隣を走る彼女の真剣な横顔と冷たい眼差しを見れば、それが単なる興味から来る無闇な詮索ではない事くらい明白だ。だから、きっと本当に何かが起きるのでしょう。彼女の言う『嫌な事』が。
そして、それは余りにも想像するに容易い事・・・・
「・・・はぁ。」
私は諦める様に肩を落とした。結局、彼女に苛立ちを覚えようと私にはそれを止める理由がない。そう思うとなんだか、勝手気ままな彼女に転がされている様で少し癪に障りますわね。
掻き立てられた苛立ちがまだ収まらない中、私があかりを睨みつけていると急に曲がり角からクレアを連れたフレンダが現れる。
「あかり!」
出会い頭に名前を叫んで抱き着く彼女をあかりは優しく引きはがして怪訝そうに尋ねた。
「フレンダ、どうしてここに?」
「あかりが図書室にいるって聞いて。それより今の爆発何⁉」
そう言い明らかに動揺しているフレンダに対してあかりは呑気に「さぁ?」と言って肩を竦めて答える。
その余りにも危機感の薄い彼女にフレンダも思わず顔を引きつらせた。
「さぁ?って・・・」
「だから、それを今から確認しに行くの。」
「そっか。・・・えっ、か、確認⁉」
「それより、クレアと一緒なんて珍しいね。」
予想外の答えに更に動揺するフレンダを差し置いてあかりは露骨に話題を替えた。その余りの露骨さに私も思わず苦笑が漏れる。
——確かに気になりますけれど、それは今訊く事ですの?
しかし、あかりに訊かれた以上、困惑しながらもフレンダは素直に答える。
「え。ああ、うん。たまたまそこで会ってね。一緒に来ちゃった。」
「無理やり連れてきたんでしょ。」
フレンダの言葉にクレアが嫌そうな顔をしてそう言う。けれど、フレンダはそれを茶化す様に続ける。
「えー、でも。クレアだって、カチューシャのこと探してたでしょ?」
「探してないから。」
「でも、私に———」
「訊いてない。」
「・・・素直じゃないなぁ。」
「なんか言った?」
「なんにも。」
「・・・仲が良いですわね。」
私の知らない所でいつの間にか打ち解けている二人に、私は思わず言葉が漏れ出る。それは羨望や嫉妬ではなく、ただ純粋にそう思った。
けれど、そう漏らした私に対してクレアは「話聞いてた?」と心底嫌そうな顔をして私を睨んだ。
魔眼の事があるとはいえ、そこまで嫌がる事もないでしょうに・・・・
〈タタタタタンッ!〉
和やかなやり取りの最中、突如として渇いた音が遠くで響く。続けざまに悲鳴のような人の声が微かに聞こえ、その声を再び渇いた音が覆い隠す。
途端に、凍る様な嫌悪感が背筋を駆け抜けた。
今の音は、間違いなく銃声———それも、機関銃の様な連続した銃の音・・・そして人の声。何が起きているのか、嫌でも理解できる。
「え、何今の音・・・」
そんな私の動揺が伝わってか、突然響いた不審な音にフレンダが不安そうにそう言う。その隣に立つクレアも険しい表情をして音のした方を見つめている。
私は冷静に指示を二人に与えた。
「フレンダ、クレア、戦闘態勢。普通科の子を含めシスターの避難誘導を。極力交戦は避けて。」
「えっ?えっ?ど、ど、どうゆう事⁇何が起きてるの?」
「いいから、周囲の人を奥へ誘導して。出来るだけ慎重にね。」
「わ、分かった。」
動揺しながらもフレンダはクレアと一緒に周囲のシスター達を誘導し始めた。突然の事で周囲の人間もかなり困惑しているが素直に彼女達の指示に従っている。
徐々に周囲から人気が無くなるのを感じつつ、私があかりの元へ近寄ると彼女は徐に話す。
「こっちに来てるのは三人だね。動きからしてやっぱり魔女じゃない。」
その言葉通り、銃声がした方向に三つの非魔女の魔力を感じる。先程感じた魔力の一部で間違いない。それらが蛇行しながらこちらへと向かってくる。
「アナタの推察通りになりましたわね。ここを襲うなど俄かには信じがたいですけれど・・・」
「私だって当たってほしくはなかったわよ。」
「・・・ともかく、応戦しますわよ。」
招かれざる事態に顔をひそませる彼女を横目に、私はその魔力の元へ走り出した。その矢先、再び銃声が響き渡り先程よりも鮮明な悲鳴が聞こえてくる。
その音に近づくにつれ周囲の混乱は更に強まり、いつしか周りはテロリストから逃れてきた人達で溢れかえっていた。それでも、私は人の波をかき分けて進み、標的が目前に迫った通路の角を勢いよく曲がる。
「———っ!」
だが、突然あかりが私の腕を掴み私は元の道へと引き戻す。それによってバランスを崩した私はあかりに覆いかぶさる形でその場に倒れ込んだ。
「——っ、ちょっと!何するんですの⁉」
乱暴で強引なあかりの行動に私はつい声を荒げて激昂する。しかし、彼女はそんな私を差し置きある場所を指差して「見て。」と言う。
何処までも奔放なあかりへの殺意をどうにか抑えながら、私は彼女が指した方向に目を向ける。
すると、そこにあったのは彼女の魔法の和傘。それが開いた状態で床に落ちており、テロリストからの強い銃弾の雨を浴びている。
・・・それだけなら、私も何とも思わなかったでしょう。けれど、目の前のそれは私の思考を見事にかき乱す。
「———っ・・・」
銃声を伴って放たれるテロリストの銃弾が、明らかにその和傘をすり抜けていたのだ。
貫通しているのではない。銃弾は和傘に触れた瞬間、小さな魔法陣を現出させ和傘の生地をすり抜けて地面に着弾している。
その、想定外の現象に私は動揺のあまり硬直してしまう。
「前に私が喰らったものと同じだ。防御をすり抜ける魔導兵器———というより、魔導弾なのかな。ともかく、考えなしに受けてたらヤバかったよ。」
混乱する私を余所にあかりは冷静にそう言い、通路の壁に身を寄せて陰から彼らの様子を窺う。
防御魔法をすり抜ける銃弾——いや、そういった現象を可能にする魔術がある事自体は知っている。けれど、知識としてそれを知っていても、こうして実際に目の当たりにすると、分かっていても困惑する。
むしろ、彼女はどうしてこうも冷静なのか。銃弾の事を事前に知っていたとしても、もう少しくらい動揺してもいいでしょうに・・・
突然の不意打ちと異様な友人に心を乱されながら私は冷静さを取り繕い、あかりに倣う様に曲がり角の陰から向こう側を覗き込んだ。
真っ先に目に入ったのは、大量に血を流して横たわる人々。夥しい数の弾痕と、それに伴う様に広がる無数の血痕。
そして、その人々をまるで踏みつける様に立つ男が三人。彼らは両手に短機関銃を抱え、逃げ惑う人々に対し銃を掃射している。
男達の位置は私達がいる場所から三十メートルほど離れた場所。私達と同じ側の壁際に二人と、反対の壁際に一人。三人とも壮年くらいの男性でタオルの様なもので口元を隠している。
私は覗かせていた顔を戻してあかりに言葉を返す。
「なるほど。何の対策も無しに襲撃した訳ではないと。しかし、そうなると厄介ですわね。防御をすり抜ける銃弾となれば、余り強硬な手段は取れませんわよ。」
「そうでもないんじゃない?」
「どういう事ですの?」
私が怪訝そうに尋ねると彼女は辛辣に答える。
「見た感じ相手は殆ど素人だよ。最低限の知識と訓練しか受けてない。そういった人達は大抵、突発的な事に対応できない。」
「・・・なるほど。」
つまり、こちらが何かで気を引けば彼らの動きを鈍らせれる。と・・・。であれば、それほど難しい状況ではありませんわね。
問題は、彼らが非魔女であるという事。当然、攻撃魔法は使えない。銃が無ければ強引に格闘戦に持ち込んで制圧も考えられますけれど、銃弾が防御をすり抜ける以上そういう訳にもいかない。
さて、どうしたものか・・・・
「カチューシャ、隙を作って。その間に私が制圧する。」
私が攻め方に悩んでいるとあかりが静かに提言した。その言葉に私もすぐに反応する。
「できますの?」
「どうにかするわ。それに、貴女にやらせる訳にはいかないでしょ?自然系の魔法は人体への魔力汚染度が高いんだから。」
「・・・そうですわね。」
確かに、あかりの言う様に私の様な自然系魔女と、彼女の様な武装系魔女とでは、周囲への魔力汚染度には明確な差がある。
その理由は、両者の魔法の特性の違い。
自然系魔法は、その汎用性と応用力の高さから事実上魔法能力の制限がない。望めば望む形、望む力を生み出せる。その特性上、要求される魔力量の変動が大きく、使用する魔法によっては多くの魔力を消費する。
対して、武装系魔法は決められた武装を魔力によって生成している為、要求される魔力量の変動が少なく。消費する魔力も、生成時に瞬発的に上がるものの、総合的にみれば自然系に比べてかなり少ない。
これが両者の特性の違いと魔力消費の差。そして、魔法によって消費する魔力の量は直接周囲への魔力汚染にもつながる。
消費魔力が多ければ、それだけ周囲への魔力汚染度も高いという事。当然、人体にも影響を及ぼす。
結果として、武装系魔法も勿論魔力汚染はあるが、自然系に比べたら遥かにマシなのだ。
「任せますわ。」
私は潔くそう言って手の平に小さな円環を生成する。
「天使の円環———」
そして、その円環を道の角から彼らの方へ軽く投げつけた。
「天使の光輪!」
すると、円環は眩い光を発する。忽ち彼らは声を上げて腕で目を覆い悶えだす。そこへすかさずあかりが仕掛けた。
あかりは道の陰から飛び出すと、向こう側の壁を駆け彼らの頭上へ飛び上がる。遅れて彼らは銃を乱射するが、闇雲に撃っても当然あかりには当らない。その間に、彼女は空中で身体をひねり、しならせた帯を振り降ろして彼らの銃を弾き飛ばした。
そして、手慣れた動作であかりは彼らを昏倒させる。意識を失い力なく倒れ込む彼らを、あかりは帯やその細い腕で器用に支えゆっくりと寝かせた。
彼らが無力化したのを確認した後、私はゆっくりと道の陰から出て彼女に近づく。
「お見事ですわ。」
そう声を掛けると彼女は少し呆れた顔をして私に言葉を返す。
「お世事はいいから、縛るの手伝ってよ。」
彼女にそう言われ苦笑を浮かべながら私も男たちの拘束作業に加わった。
男たち三人を手早く拘束した後、私達は周囲に倒れた人達の治療を行う。幸い、撃たれた人達は全員魔女で、出血や謎の毒に侵されてはいるものの何とか致命傷は免れている。
私はすぐにフレンダを呼び戻し、あかりと共に彼女達の治療を要請する。ついでに近くにいた神官に怪我人の搬送と拘束したテロリスト三人の身柄を引き渡した。
その最中、いつの間にか目を覚ましていた彼らは、聞くに堪えない言い訳を騒ぎ、往生際悪くも暴れまわって神官の手を煩わせていた。
それはさておき、ふと視線をあかりに向けると、彼女は残り少ない怪我人の治療をフレンダに任せ、男達が使っていた魔導兵器を手に取り何やら調べている。
微妙に職務を怠慢しているあかりに私が呆れを覚える中、彼女は銃から弾倉を引き抜きぽつりと漏らす。
「なるほど。そういう事。」
「何がですの?」
一人で勝手に納得している彼女に対して私がそう尋ねると、彼女は弾倉から銃弾を一つ抜き取り私の方へ投げ渡した。
受け取ったそれは九ミリ弾の実包。だが、弾頭の中心に空洞が設けられており、その空洞内部と弾頭外周に魔術式が彫り込まれている。
「ホローポイント弾の弾頭外周に非実体化魔術が刻みこまれてる。だから、防御魔法をすり抜けるんだ。放たれた銃弾は防御魔法に着弾したのと同時に、その魔力に反応して非実体化しすり抜ける。その後、実質二回目の着弾でようやく弾頭が膨張して空洞内部に仕込まれた毒の魔術が起動する仕組みなんだ。」
怪我人を侵していた謎の毒はそういう事ですの。・・・それより、仕組みなんだ。って、簡単に言いますわね。
でも———
「・・・考えましたわね。拳銃弾程度の質量であれば、非実体化に必要となる魔力量は少ない。だから、これで十分機能するという訳ですの。その上で、内部の毒によって私達魔女を無力化させる、と。弾薬がホローポイントである事といい、まるで殺意の塊のような代物ですわね。」
しかし、これはかなり滅茶苦茶な術式だ。通常、魔導弾は弾頭に込められた魔力を用いて魔術を発動する。それを、弾頭が接触した魔法の魔力を利用して魔術を発動させるなんて・・・
突飛すぎる発想もそうだが、それを銃弾に刻み込めてしまう技巧も、それで問題なく機能してしまう事も驚きだ。実物を目にしていなければ私は机上の空論だと笑っていた事でしょう。
少なくとも、私はそんな物を見た事も聞いた事もない。
「・・・・・。」
とはいえ、肝心なのはそこではなく。そもそもどうして、こんな物を非魔女である彼らが持っているのかだ。
原理や構造から考えるに、これは余程魔術に長けた魔女によって製作された物に違いない。その上、効力からして明らかに魔女を標的とした銃弾。
そんな物が、所有権の持たない非魔女に——それも、こうも都合良く反魔女派のテロリストの手に渡るものだろうか———
これは、否応にも良くない思考に至ってしまう。・・・本当に、彼女が推察した通り。教団内部に内通者がいるのではないだろうか———
「あかり!」
私が一人考えに耽っているとそれを遮る様にフレンダがそう声を上げて駆け寄ってくる。そして、勢いよくあかりに抱きつき彼女に尋ねる。
「あかり、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。フレンダは?」
「大丈夫。怪我人も全員治療して神官に預けてきた。それより、これからどうするの?」
「まだ避難が間に合ってない所がある。避難誘導や怪我人の治療をしつつ、可能ならテロリストを鎮圧する。」
「分かった。クレアに伝えてくる。」
あかりから離れクレアの元へ向かうフレンダ、その後ろ姿を眺めながら私は思った事をそのまま口にする。
「どうしてアナタが仕切っているんですの?」
すると、あかりは私におどけた表情を向けて首を傾げた。一応、チームリーダーは私なのだけれど、そこのところ彼女は分かっているのかしら。
なんて事を思いながらそのわざとらしい彼女の反応に私がため息を吐くと背後からエレナの声が響いた。
「あかり!」
振り返ると彼女はヘレンを引き連れてこちらへ駆け寄ってくる。それはいいのだけれど、エレナは私には目もくれずあかりに近づき、肩を掴んですぐに彼女の安否を確認する。
その異様な過保護さに『アナタは母親ですの?』と私は思わず言いたくなる。
そんな私を余所にあかりが素直に無事を伝えると、エレナは安心したように肩を落として項垂れた。
過保護なエレナはさておき、後ろに立つヘレンも今は珍しく真剣な表情をしている。普段マイペースな彼女でも、流石に今は深刻な事態が起きていると理解している様で、落ち着かない様子で周囲を見回している。
そんな二人にあかりが怪訝そうに尋ねた。
「それより。エレナ、ヘレン。二人とも何してるの?」
「何してるのじゃないよ!あかりとフレンダが図書室に行ったって聞いてたからこっちに来てみれば、爆発音やら銃声が聞こえて———」
「でも、神官や職員から避難命令が出てるでしょ?勝手な行動は駄目だよ。」
「あかりがそれ言う⁉」
「アナタがそれを言いますの?」
諭す様なあかりの言葉に不意にエレナと私の声が重なる。エレナと意見が一致するのはどこか不本意ではあるけれど、こればかりは同意せざるを得ない。
本当にどの口が言っているのか、呆れてものも言えない。尤も、今更と言えば今更ですれど。
一方でそのあかりはというと、呆れ返る私達を前に指摘を誤魔化す様に「仲良いね、二人とも。」と言って仄かに笑っている。
その顔を見て私はもう何度目かも分からないため息を吐いた。
などと、私達が場違いで呑気な事をしていると近くから銃声が聞こえ、続きサリーの叫び声が響く。
「やめてください‼」
「うるせえ‼近づくんじゃねえ!!!」
私はあかりに目配せをして静かに声のする方へ向かう。すっかり人気のなくなった通路の先、怒号にも近いその声に近づいていく。それにつれて通路は開けていき、私達は教団情報本部のロビーへと辿り着いた。
日はまだ高く、明るい陽光が差し込むそこには、盾を携えた神官達とそれを従えるサリーの姿、そして、拳銃を片手に髪の短い少女を人質に取って抵抗する男の姿があった。
私達はすぐに柱の陰に身を潜める。その甲斐あって、男はこちらの存在に気づいていない。が、サリーは魔力でこちらに気づいている様で、何もしないでと言いたげな視線を必死にこちらに向けている。
その指示に素直に従いつつ、私は視線を男に戻した。
男との距離は直線でおよそ二十メートル。一方でサリー達はそこから更に二メートルほど離れた位置にいる。
男の背丈は、百六十センチくらいだろうか。細身の中年男性で、顔立ちからしておそらくアジア人。武装は、右手に持った拳銃型の魔導兵器とナイフを一本、予備弾倉一つを懐に隠している。
とはいえ、男はサリー達によって壁際まで追いつめられており、それ取り繕う様に腕に抱えた人質の少女とサリー達に銃を交互に向けて抵抗している。
「とにかく、冷静に。その子を放して、投降してください。」
「それ以上近づくんじゃねえ!こいつがどうなっても良いのか!」
サリーが必死に男をなだめようとしているが、男は全く聞く耳を持たない。その間にも人質にされた少女は銃に怯えていて震えながら涙を流している。
それにしても、こんな状況になってもまだ抵抗するなんて、彼も随分と往生際が悪い。魔女と神官達に囲まれ、既に逃げ場はない。これ以上彼が抵抗しても状況は何一つ打開できないでしょう。
それでも抵抗を続けるのは単に諦めが悪いからなのか。
・・・・それとも、自らの死期を悟っているからなのか。
彼が手にしているのは他ならない魔導兵器、魔力を内包した銃であり。当然、非魔女が手にすれば魔力汚染は免れない。
最初の爆発からもう随分と経っている。魔導兵器の使用時間もそうだが、携行している時間も含めれば、身体に重度の魔力汚染が起きていてもおかしくはない。
そして、魔力抵抗の低い人間男性の場合、汚染が進めばその先は———
「・・・お前らが悪いんだ。」
両者膠着した状態の中、不意に男が語る。
「お前ら魔女が全部奪っていくから。俺達は立ち上がるしかなかった!武器を取るしかなかったんだ!お前らはずっと俺達を騙してきたんだ‼」
「何を言ってるの?あの人。」
彼の蒙昧した言葉にエレナが呆れた声を漏らした。けれど、本当にその通りですわ。
教団が騙した?奪う?感情のままに発する彼の意味不明な言葉に、私も思わず困惑してしまう。そして、エレナに同意する様に私は「理解に苦しみますわね。」と静かに相槌を打った。
そんなやり取りの最中、私の横で妙に静かだったあかりが小さく口を開く。
「・・・・あの人・・・」
「知ってるんですの?」
「・・・・いや?」
神妙な面持ちで返す彼女の歯切れが悪い言葉に私はもどかしさを感じる。だが、それを彼女に問いただす間もなくサリーの声が響いた。
「落ち着いてください。一先ず、その子を放して。」
だが、男はサリーの提案に耳も貸さず彼女に向かって銃を撃つ。
「黙れ!もうお前達の事は信用しない!これはお前ら魔女が招いた結果だ!お前らが真実をひた隠しにし、世界の癌となった果ての末路だ。これがお前らの報いだ。」
「待ってください!あなたに何があったか分かりませんが、その子は関係ないでしょう⁈その子はこの学校に通っているだけのただの生徒です!」
「同じことだ!魔女は全員殺す!魔女の傀儡となった教団諸共、一人残らず!俺が受けた絶望も苦痛も思い知らせてやるんだ。お前らがずっとそうしてきたように!」
男は一切態度を変えず怒鳴り声をあげてサリー達に抵抗する。
「・・・・・まるで会話になりませんわね。」
「最初っから聞く耳なんて持ってないでしょ。」
そのイタチごっこの様な押し問答に私もエレナも流石に辟易する。
まるで、壊れた玩具の様に同じ言葉を繰り返す。交渉はおろか会話すら成り立たない醜悪なテロリストの姿———
・・・・憐れとすら思った。
現実から目を背け、事実を嘘だと歪曲させる歪んだ思考。捻じ曲がった真実を妄信し、犯罪行為にまで手を染める軽率さ。彼らにとって魔女は何においても敵で、何を差し置いても打ち倒さなければならない悪そのものだと思い込んでいる。
実に、愚かだと思った。
彼がどんな主張を掲げようとも、テロを起こし、人に危害を加えている時点で彼は紛れもなく犯罪者だ。断罪されるべき罪人に他ならず、掲げた主義主張も犯した罪にかき消される事でしょう。
そこに至るにどんな経緯があろうとも、彼には同情も擁護の余地もない。
そんな理解不能な男の主張を聞き流してエレナが私に尋ねる。
「それより、どうする?意識が向こうに向いてるなら奇襲できそうだけど。」
「馬鹿おっしゃらないで、サリー先生が何もするなと言っているでしょう?それに、彼に近づこうにも周りに遮蔽物がない。人質もいる。これじゃ隙を見て飛び出しても、近付く間もなく人質が撃たれますわ。」
「遠距離からの攻撃は?」
「本当に馬鹿ですの?それとも彼を悪魔化させたいと?」
「魔力消費が少なければ、汚染も低いでしょ?」
「ええ、そうね。それでどうやって人質を解放して、彼を無力化するんですの?」
「・・・、じゃあどうするのよ。先生だって動けないでしょ、あれ。」
「それもそうですけれど・・・。・・・?」
エレナと口論に近い話し合いをしていると、どこからか投げられた小石が私の近くに落ちる。振り返ると、通路の角にクレアを連れたフレンダが隠れており、怪訝な表情をしたフレンダが状況の説明を求めて囁いている。
それを見たエレナが男の隙を見計らい、素早く彼女達の元へ駆け寄って二人に状況を伝えた。・・・尤も、伝えるほど複雑な状況でもありませんけれど。
・・・途端に二人の顔が引きつっていく。
困惑するフレンダ達の事はエレナに任せ、私は視線を男の方へ戻した。すると、必死に説得を続けてきたサリーが彼に尋ねる。
「どうしてそこまで・・・何があってあなたをそうさせるんですか。」
すると、今まで一方的に叫ぶだけだった男が一変する。
「どうして?・・・・どうしてだと?・・・・俺から何もかもを奪っておいて、お前らがそれを言うのか。」
絞り出す様な声を漏らして彼は目を見開く。そして、奥歯を噛みしめて徐に語り始めた。
「・・・・二年前、俺の妻は魔女に殺された。悪魔になったからだってな。」
凍る様な冷たい声、顔を歪め憎悪と殺意が篭った視線に私は思わず身が竦んだ。
「昨日までそこにいたんだ。そこで、ただ普通に笑ってたんだ。そんな妻が、その日突然悪魔になったと聞かされた。俺が仕事に行ってる間に、ほんの数時間離れた間に、妻が殺された。魔女は、俺から妻を奪ったんだ。余りにも、理不尽に、唐突に・・・俺は、妻の亡骸を前に、どうにかなってしまいそうだった。」
そう語る彼の姿に私は目が離せなくなった。胸に締め付けられる様な痛みが走り、息が詰まる。
「——っ、でも・・・それは、本当にお気の毒だけれど。悪魔化したら殺す以外に方法はない。それは、あなたも知っているでしょう?」
「違う!妻は悪魔じゃなかった!ほんの数時間前まで普通に話してたんだ!いつもと何も・・・何も変わらなかった!悪魔なはずはない!」
サリーの懸命な声も彼の憎悪の前では漣の様に消えていく。向き合うべき現実から目を逸らし、内に抱えた絶望の捌け口を必死に探している。
「———それに、お前らの悪行はそれだけじゃない。」
男は、更に続ける。
「お前らは、妻だけじゃなく娘まで俺から奪っていきやがった。」
「———っ!」
「———っ・・・」
「妻の死からまだ数日も経たない内に、教団の魔女が俺達の家に突然やって来て、娘を連れて行きやがった。悪魔の可能性があるだなんだと言って、強引に‼——娘は必死に否定したんだ!自分は悪魔じゃないって。普通の人間だって!——なのに、お前らは無理やり娘を連れ去った。『お父さん助けて!』って泣き叫ぶ娘を・・・・・・・その日の夜、娘は変わり果てた姿で帰ってきた。」
「・・・・・。」
「・・・・。」
「なあ、俺が何をした・・・・俺は今まで誠実に生きてきた。真摯に生きてきたはずだ。なのに、どうして俺がこんな目に合わなきゃいけない。どうして、妻どころか娘まで失わなきゃならない!俺が何をしたって言うんだ‼」
「あなたの苦痛は尤もでしょう。でも、こんな事をしてお二人が喜ぶとでも⁈」
「黙れ‼お前に俺達の何が分かる!妻も娘も、悪魔じゃないのに殺された。理不尽に奪われた!お前ら魔女の手によって。お前らが言う、『多くの人の為』とかいうあやふやな名目の為に、俺の家族は一方的に殺されたんだ!なのに、周りの奴はみんな揃って言うんだ。『お気の毒』だってなぁ‼」
「・・・それ、は・・・・」
「おかしいだろ!なんで、しょうがない事だって、諦めろって言われなきゃならない!運が無かったんだって憐れまれなきゃならない⁈間違っているのはお前らの方だろ!二人は、間違いなく人間だった。これからたくさん生きていく筈だった。色んな思い出を、積み重ねていく筈だった。それなのに、魔女は二人を殺した!俺の大切な家族を奪っていったんだ。悪魔と何が違う‼」
「・・・・」
男の言葉にサリーは返す言葉がない。彼の過去に触れ、通すべき意思が揺らいでいる。
無理もない。かくいう私も言葉が出なかった。つい先程は同情の余地などないなどといっておいて、彼の話を聞いた途端に彼に同情してしまった。彼がああなってしまうのも、無理は無いのかもしれないと・・・
けれど、これがこの世界の現実でもある。彼に限った事ではない、この世界では〝よくある事〟だ。家族が悪魔に殺されることも、家族が悪魔になる事も。それによって家族を失う事も。
なにも、特別な事ではない。
男に感化され一様に言葉を失う私達に男は溢れ出す怒りのままに叫ぶ。
「おかしいんだよ、何もかも!結局殺す事しか能がない魔女も、それをおかしいと思ない世界も!だから、俺達が目を覚まさせてやるんだ。この『人殺し』の魔女共から、みんなを!」
「『人殺し』だなんて、そんな・・・狩り人が理由もなく人を殺す事なんてありえません!」
「じゃあなぜ二人を殺した‼」
「それは———!」
「悪魔だったからですよ。」
悲痛な彼らの口論に割り込んだのは、さっきまで私の横にいたはずのあかりだった。
「え、ちょ。あかり⁉」
「あかり⁉何してるの!下がりなさい‼」
エレナとサリーの動揺も余所に彼女は男の方へゆっくりと近づく。
「誰だお前!」
憤った男の声に応じる様にあかりは不気味なほど落ち着いた様子で答える。
「奥さんと娘さん、二人を奪った狩り人への復讐。そして、それを良しとした教団と、この世界への怒りと警鐘。それが貴方の目的という訳ですか。」
「だったら何だ?間違っているものを正す。それの何が悪い!」
彼の意識があかりへと向けられる。
「そう。だとすれば、貴方は銃を向ける相手を間違えているわ。」
「・・・なにが言いたい?」
そして。彼女は一言、彼に言う。
「二人を殺したのは、この私よ。」
もう何も言いません。
ただ、その・・・すみませんでした。
また半年ぶりとなりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
私は、家の洗濯機が初期不良で水漏れを起こしてました。丸ごと交換になったので特に問題は無いのですが、何だか少し悲しいです。
次回の投稿は・・・いつになるか分からないですが。せめて、前の三か月間隔ぐらいまで戻したいですね。
では、次回もお楽しみに。
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