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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
61/64

53.復讐

『一本角の悪魔が。ロンドンの近くで。』


 (シュエ)の言葉に胸がざわつく。


 それはもう、目の前の事がどうでもよく思えてしまう程に、(あかり)の心が狭まっていくのを感じる。


「それで?」


 そう、訊かずにはいられなかった。


 きっと、ただの噂話だ。裏付けも確証もない。期待しても、きっと裏切られるだけ。分かってる。・・・でも、少しでもその可能性があるというのなら、私は———


「あかり!」


 不意に掛けられたエリの声に私は振り返った。静かな休日の朝、修道院の寮から出ようとする私の元へエリが駆け寄ってくる。


 その姿は物々しく、スーツケースまで携えて彼女は私の目の前までやって来ると上がった息を整えてから私の目を見て懇願する。


「一人で行かないでよ、あかり。」


「何の事?」


 私が気だるげにそう返すとエリは私の両肩を掴んで「とぼけないで」と口にする。そして、立て続けに言葉を重ねた。


「あんたの考えてる事くらい分かるよ。あの悪魔のとこに行くつもりでしょ。最近、ロンドンに現れたっていう。」


 エリの歪んだ顔が目の前に迫る。その顔が私の肩に蹲りかすれた声を漏らした。


「行くな、なんて言わない。ただ少し待って。私はこれから任務だから2、3日修道院にいないけど、その後だったら付き合うからそれまで待ってて。」


「・・・・・・・」


 私が何もせず言い淀んでいるとエリは顔を上げ肩から腕をなぞって私の両手を握る。そして、その手に力が篭り「お願いだから。」とそう言う。


 僅かに震えるその手を私は解いて「大丈夫だよ。」と仄かに笑みを零して答えた。


「エリ~~!行くよ~~~~?」


「は~~い!今行く~~~!」


 遠くからエリのチームメイトの声が聞こえ、それにエリが答えるとこちらに振り返って私に声を掛けた。


「じゃあ、あかり。行ってくるね。」


 無理して作った優しい笑顔を残して彼女は立ち去っていく。その後ろ姿を私は見送って踵を返した。


 ———ごめん、エリ姉。そういう訳にはいかないの。


 私の人生を狂わせた仇がすぐそこにいるかもしれない。手が、届くかもしれないんだ。なのに、待って、なんて。できない。


 すぐにでも確かめないと。本当に、本当にあいつがそこに居るのなら、私が、この目で。


 そんな揺るがない意思を胸に私はエリの忠告を無視してストレガを後にした。


 ガタゴトと音を立てて進む電車。高い空にうっすらと掛かった雲。混みあったその客室に座り車窓から外を眺めていると、逸る私の気持ちを置き去りにしている様な鈍重な電車の足にじわりじわりと苛立ちが積もっていく。


 早く。早く、って。


「・・・・・・」


 私は力の篭った手を開いた。


 無意識の内に手首を強く握りしめていたらしく、手首にくっきりと痕が残り赤くなっている。その痕を擦りながら再び車窓の景色へ視線を戻した。


「・・・・・」


 相変わらず鈍行な景色の流れ、電車の足音、人の声。そんなものに塗れて私はただ静かに到着を待つ。


 もし、本当にあいつなら・・・・


 ようやく、終わる。


 ようやく———




 一時間かけて電車はようやくロンドンにたどり着いた。ホームに近づくにつれ電車はゆっくりと足を止め、完全に停止すると乗降口の扉が開き雪崩の様に乗客達が次々と降車する。私も、それに続いてこの煩わしい列車を降りた。


 そして、駅を抜けて足早にロンドンの街へ踏み入り人の波をかき分け煌びやかな街を通り過ぎる。冷たい風も構わず足を進めていく内にすれ違う人の数は疎らになり、街並みも繁華街から住宅街へと変化していく。


 普段の私なら足を止めて眺めていただろうそんな変化も、今の私は気にも留めずロンドン郊外の厳重に張られた規制線の前まで行き着く。そして、躊躇いなくそれを潜り抜けた。


 何十人もの神官や狩り人が巡回しているその傍らを私は通り抜けて更に奥へと進む。たった一つ、朧気な気配を頼って街さえ抜けて保護生活圏内の森の中へ。


 乱立する木々の隙間を縫い、奥へ、奥へと。


 進むにつれて次第に私の足は早まり、いつしか私は全力で森の中を駆け抜けていた。そして、奥に進めば進むほどに濃くなるその気配に私の気持ちが高ぶっていく。


 もうすぐだ。もうすぐ会える。あの忌まわしい奴に————


 ・・・でも、森を進むにつれて気づく。違和感に。嫌な予感が、這い寄ってくる。それらが一歩進む毎に鮮明になると、高まった気持ちが一気に冷めていった。


 最期に、目の前に現れたそいつの姿を目の当たりにして、私は落胆する。


「何が、一本角の人型悪魔よ。ただの人狼型(ヴァルフィー)の変異種じゃない。」


 私の、目の前に立つそいつは、私が探し求めたあいつには程遠く、取って付けた様に角と翼が生えた黒い毛皮の人狼という何とも馬鹿げた姿だった。


「はぁ・・・期待して損した。」


 いいや、違うか。ただ、私が勝手に期待してただけ。不確かな情報で舞い上がり、これでようやく、恨みが晴らせるって。


 私が、もっと冷静に調べていればこんな事にはなっていない。


 間違ってなんかない。


 ———私が、馬鹿だっただけだ。


「・・・・くだらない。」


 黒人狼の悪魔が遠吠えを上げた。更にそれに応える様に木々の間から、草むらの中から他の人狼の悪魔達が顔を出し、牙をむき出しにして私に襲い掛かる。


「くだらない。」


 木々の間を吹き抜ける一陣の風と共に、迫る二体の悪魔を帯が両断する。真っ二つに分かれた躯体から血液が溢れ出し、それらが草木に被る前に灰燼に帰す。


 その悪魔達が灰になるのも待たず、帯は後方四体の悪魔も同時に縦に切り裂いた。たちまち悪魔達は力なく崩れ落ち、明確な力の差を見せつけられた黒人狼も流石に動揺を見せて後退りをする。


「くだらない。」


 だが、それでも私を殺そうと黒人狼の悪魔は部下達に命令を下す。


 その恐喝紛いな命令に躊躇いつつも襲い来る部下の悪魔を、帯は全て一刀両断する。腕を切り、胴を切り刻み、首を切り落とす。どれ程の力を持っていようと、どれ程束になろうと、その全てが無力だと見せつける様に、容赦なく、例外なく、帯は切り伏せる。


「くだらないくだらないくだらないくだらないくだらない‼」


 私は、感情のままに帯を揮った。行き場のない怒りと、恨みと、後悔をぶつけて。跡形もなく、すりつぶすみたいに。


 ・・・ああ、本当にイライラする。


 私だって、必死に探してるんだよ?塵の様に僅かしかない手がかりを手繰り寄せるみたいに。藁にもすがる思いで、必死に。必死に・・・・その結果が、これ?こんな、こんなバカみたいな見た目の紛い物の為に、こんな物の為に、私はこんな所に来たって言うの?一秒だって惜しい貴重な時間を無駄にして。


 こんな、こんな・・・・


 ああ、本当に————


「下らない・・・」


 部下が悉く全員やられ憤りを示す様に黒人狼の悪魔が遠吠えを上げて翼を広げる。威嚇のつもりなのか悪魔は角の切っ先を私に向けて翼を仰ぎ、咆哮を上げながら私に向かい襲い掛かった。


 迫りくる大きな体躯と鈍い光を放つ鋭い爪と牙、嫌でも伝わる強い魔力、耳を劈く嫌な咆哮に私は———


 何の感情も抱かず。ただ。


「花帯・柳。」


 と言う。


 私の言葉と共に帯が風になびく様に揺れる。その瞬間、目の前まで迫っていた悪魔の身体が音もなく四つに切り裂かれ地面に転がり落ちた。たった一瞬の、瞬きの様な攻撃に悪魔は切られた自覚もないのか、じたばたと暴れて納得がいかないと言った様子で声を上げている。


 その頭を私は乱暴に踏みつけて言う。


「うるさいな。もう、終わってんだよ。」


 苛立ちが篭る声を吐き捨てて私はこの口煩い頭を切り刻む。途端に悪魔から漏れ出ていた金切り音が途絶え、バラバラの血肉が灰となって消えていく。———残った物は、たった一つ。


 私だけ。


「・・・・・。」


 ・・・・また、初めから。


 また振り出しに戻っただけ。もう一度。もう一度、やり直せばいい。やり直せば、きっといつか・・・・


「・・・・・・。」


 そんな理屈、気休めにもならない。


 いつもこう。散々、期待させるだけさせて。唐突に置き去りにする様に突き放される。人の気も知らないで、身勝手に。一方的に。


 もう四年も経つんだよ?この四年間、あぐらをかいて遊んでた訳じゃない。必死に、必死になって戦ってきた。いい加減いいでしょ、終わりが来ても。なのに、終わりはおろか始まりすら見えない。


 もうホント嫌。私は、あと何回、こんな事を繰り返せばいいんだろう。いつまで、続ければいいのだろう。


 もしこの世に運命の女神なんてものがいるのなら、今、この場で絞め殺してやりたい。


 ———そう、思ってしまうのは心が弱いからだろうか。


「・・・結局、ただ時間を無駄にしただけか。人伝の噂話なんてやっぱり信用ならないわね。そう思わない?フレンダ?」


 私が背後に向かってそう尋ねた。すると、少しの沈黙を置いて渋々と木の陰からバツが悪い顔をしたフレンダが杖を握りしめて出てくる。


「いつから、気付いてたの?」


 伏し目がちに言うフレンダの言葉に私は振り返り、気持ちを覆い隠す様に微笑んで答える。


「ずっとよ。私が寮を出た時からずっと。貴女達も、出てきなさい。」


「・・・・・・・」


「・・・・はぁ。黙ってれば気づかないとでも思うの?エレナ、ヘレン。それと、カチューシャ。」


 往生際が悪い三人に対して私が止めを刺す様に名前を呼ぶと、それぞれ観念して木々の陰から姿を現す。


 肩を竦ませて呆れ顔をするカチューシャ、その後ろで口角を下げ憤った顔をするエレナ。そして、珍しく真剣な面持ちをしたヘレンの三人がゆっくりと私の方へ歩み寄ってくる。


「魔力を消していてもアナタには意味がありませんでしたわね。」


「カチューシャ、貴女まで加担して何やってるの?」


「それはあかりの方だよ!何やってるの⁈」


 憤ったエレナの声が耳を衝く。不意に上がった煩わしいその声に私は辟易しながら分かり切った事を尋ね返した。


「何が?」


「何がじゃない!独断の悪魔狩りなんて危険な事はするなって、あんた自分で言ったよね!それなのに何してんの⁉」


「それが何?危険な事だなんて百も承知だよ。ここへだって無断で入り込んでるんだから。それにあれは、周囲の状況を見て行動しろって意味で言ったの。今とは状況も意味もが違う。」


「そんなの屁理屈よ‼」


 そう言って今にも掴みかかってきそうなエレナをカチューシャが制止する。でも、エレナはそれを振り切り興奮を抑えられない様子で私の元へ来て胸倉を掴んだ。


「どうして、こんな事・・・準上級相当だったんでしょ?その悪魔。それなのに一人で戦って、何かあったらどうすんの!」


「何も分かってない様だけれど、あれはそんな強い悪魔じゃないわよ。多分、噂の悪魔と違う奴をやったんでしょうね。あれはせいぜい中二級程度。本当に噂の一本角の悪魔なら、私はきっと生きてないわ。」


「だったら、尚更!なんでこんな危険な事・・・・」


 エレナに訊かれ私は言い淀む。彼女から視線を逸らして静かに息を吐く。


「・・・エレナには、関係ないでしょう?」


「関係あるよ!」


 強いエレナの声に私は視線を上げた。すると、目の前にあったのは細かく揺れて滲む黄緑色の瞳。私の事を一心に見つめ、八の字に曲がった眉を浮かべた顔を私に向けている。


 そして———


「友達でしょ?私達。・・・心配するよ。当然でしょ?」


 そう、弱弱しく漏らした。


 ———『友達じゃないよ』———


 私は、這い上がってきた言葉を呑み込んだ。


 私は貴女達を友達だなんて思った事なんてない。思っちゃいけない。だって、貴女達との関係はあくまで、修道院生活を平穏に過ごす為の協力関係でしかないのだから・・・それ以上の関係なんて・・・あり得ないんだよ。


 ———なんて、そんな事を言えば今までの苦労が水の泡ね。


 私は呑み込んだ言葉を殺してエレナの手を払うと、ため息交じりに尤もらしい答えを返した。


「ただ、巻き込みたくなかっただけよ。もうしないわ。」


「ねえ、ちょっとあかり!」


 エレナの言葉を無視して私はその場を立ち去ろうとする。すると、背後から不意にカチューシャが私に尋ねた。


「誰を、殺されたんですの?」


 思わぬ言葉に私は引き留められて無神経な彼女に尋ね返した。


「・・・・なに?」


「ちょっとカチューシャ‼」


 カチューシャの返答を待たずフレンダが声を上げた。だが、カチューシャはそれに構わず私の返答を要求する。


「悪魔に執着する理由など一つしかありませんわ。」


「そう言う事を言ってるんじゃなくて!」


「理由も話さないと言うんですの?私達を差し置いてこれだけの事をしておいて、『巻き込みたくなかった』。ただそれだけ?それは余りにも、虫が良過ぎではありませんの。」


「でも・・・!」


 そこまで言ってフレンダは引き下がる。返す言葉が見つけられないのだろう。戸惑った様子で視線を落とし言い淀んでしまう。


 カチューシャは、更に続けた。


「あかり。アナタ先ほど言いましたわよね。あの時とは状況が違うと。確かにその通りですわ。あの時とは違い、ここは教団が規制線を張り立ち退きを命じた場所。つまり、ここに無断で足を踏み入れた時点で、これは明確な犯罪行為ですわ。」


「・・・・・。」


「こんな下らない犯罪行為までして、アナタは一体何をしていたと言うんですの?〝復讐〟以外の、何を?」


「あかり。理由を、言って。」


「エレナまで・・・」


「・・・・・・はぁ。」


 必要に問い詰めてくる二人に対して、黙秘を諦めた私は大きく肩を落とし、ため息を吐いた。


「あかり・・・?」


 私に不安そうな視線を向けるフレンダ。そんな彼女を尻目に私はゆっくりと言葉を続けた。


「・・・家族よ。」


「か、ぞく・・・」


「ええ、私の家族。両親と、三つ離れた私の弟。その三人が悪魔に殺された。十一になったばかりの頃だった。」


 私がそう告げるとフレンダが明らかにたじろぎ沈黙してしまう。分かり切っていた事だろうに、動揺した様子で言葉を探している。それも彼女の優しさなのだろうが、今は少しだけ気に障る。他の三人が、同情からか一様に顔をしかめているのも同様に。


 ———自分から訊いておいて、白々しい。


 所謂、私は悪魔孤児だ。悪魔の被害によって、また、家族が悪魔化してしまう事で身寄りを失ってしまう子供。今尚、悪魔の被害が少なくない現代において、悪魔孤児は然して珍しい話ではない。


 けれど、こういう話をするとみんな示し合わせた様にこんな顔をする。心にもない様な、希薄な顔を。


 何も知らないくせに。何も、解らないくせに。


 そんな重苦しい沈黙をカチューシャが徐に破る。


「その悪魔が、一本角の悪魔ですの?」


「ええ、そうよ。」


「・・・そう。」


「・・・あかり。こんな事を言うのはアンタにとって酷な事かもしれないけど、アンタのそれは———」


「エレナ。」


 エレナの言葉をカチューシャが遮る。制止されたエレナはもどかしさを訴える様にカチューシャを見るも、深刻な顔をして首を振る彼女に渋々口を閉ざした。


 ・・・エレナ。それを言ったら私は————


「空しいだけだよ。」


 けれど、その言葉の続きをヘレンが口にする。


「ヘレン。」


 カチューシャの呼び止めも聞かず彼女は言葉を続けた。


「悪魔に復讐なんて、空しいだけだよ。」


 その言葉に、無神経なその声に私は返答する。


「貴女に何が分かるの?ヘレン。」


「わかるよ。」


「分からないわよ。私の苦痛も、憎しみも。それは全て、私しか知り得ないもの。」


「分かるよ。」


「だから———」


「だって、私がそうだったもん。」


 いつもの雰囲気とは打って変わって語気を強めるヘレンが涙ながらにそう言う。そして、震える唇を抑えて続けた。


「私のママは、悪魔に殺された。殺した悪魔は、私のパパだった。」


「・・・・」


「どうしようもない気持ちでいっぱいになった。どうして、なんて言えなくて。殺したいほど恨んでも、殺せなくて。この苦しさをぶつける場所もなくなって、どうにかなってしまいそうだった・・・」


「ヘレン・・・・」


 エレナが声を漏らす。幼馴染の彼女はこの事を知っていたのだろう。だからさっき———


「だから。だから、あかりの気持ち。分かるよ。家族を殺されて、どうしようもなくなる気持ち。でも———!」


「だから?」


「———っ!」


「だから、納得しろって?この苦痛も、憎しみも。すべて受け入れて忘れろって言うの?」


「っ、ちが———」


「それを傲慢って言うのよ、ヘレン。」


 だとしても、貴女は何も分かっていない。


「例え意味が無くとも、この先が虚無であったとしても復讐以外の選択肢なんて無い。残された者として、生かされた意味を、示さなければならない。」


 そう。それが———


「それが、私の定めなんだから。」


「あかり・・・・」


 誰も彼もが口を閉ざす。鈍重で、ヒリ付いた空気が辺りを包み、へばり付く様な沈黙が続く。同情、憤り、後悔。そんな物が入り混じったこの気色の悪い沈黙に、私の苛立ちは余計に沸き立っていく。


 ———ああ、もう・・・


「・・・分かってるわよ。これがどれ程の愚行で、中身のない行為かぐらい。そもそも、あの悪魔が今も生きている保証はない。例え生きていたとして、私が殺せる保証もない。何もかもが不確定で、雲を掴む様なもので、後にも先にも、何も残らない事ぐらい。分かってる。・・・理解している。」


 ヘレンも、エレナも、フレンダも、カチューシャも。見るからに暗い表情で私を見ている。その目の奥にある彼女らの心情を理解できない程、私も馬鹿ではない。


「でも・・・だとしても。納得なんかできないのよ。私の家族を、私から全てを奪っておいて、こんな苦痛を与えておいて!あいつがのうのうと生きているなんて、そんなの許されるはずなんかない‼私が受けたこの苦しみを、この怒りを!あいつに思い知らさなければ、殺さなければ!私は一生、この苦痛に囚われ続ける。復讐は何も生まないって?そんなもの知った事か!そんな言葉で治まるほど私の憎悪は浅くなんかない!」


 怒りのままに、憎しみのままに、声を荒げた。髪を掴み、服を握りしめて。ただ、ただ・・・


「死んでいるのならそれまでよ。例え、この気持ちが晴れなくても、その事実さえ知れれば・・・それで・・・・・それできっと、諦めもつく・・・・でも、でも!私はあいつの生死さえも知らない。もし、あいつが生きているのなら殺さなければ。私が!この手で‼それを知る権利すら私には与えられないって言うの⁉そんなの———・・・・」


 そこまで言って私は急激に冷静になる。私は、一体何を口走っているのだろう。こんな感情を彼女らにぶつけたところで意味なんかないのに・・・・


「ごめんなさい。少し、冷静を欠いていたわね。忘れてくれる?」


 私はそう言い残してこの場を立ち去ろうとする。・・・・駄目だ。このところ、感情を表に出し過ぎている。もっと、殺さないと。感情的になれば私の秘密も危うくなる。要らない事まで口走ってしまう。


 殺さなければ———


「止めはしませんわ。」


 命じる様に胸の中で同じの言葉を繰り返す私の背後でカチューシャがポツリと言う。彼女の不意の言葉に私が足を止めて振り返ると、彼女は私を一瞥して続ける。


「それが、あなたの生きる意味なのでしょう?今も尚あなたを、現世に留めている要なのでしょう。でしたら、そもそも(わたくし)達が口を出せる話ではありませんわ。」


「・・・・・」


「でも、ただ一つ。これだけは守ってくださる?」


 カチューシャはそう前置くと私に向かい合い真っ直ぐと見つめて言う。


「今後一切、この様な無謀な真似はやめてくださる?」


 そして、一歩。また一歩と私に近づき続ける。


「これは、あなたの為だけに言っている訳ではありませんわ。他でもない、ここに居る者達は皆、あなたの身を案じたんですわ。あなたの事を思い、心を痛めてここにいる。それも全て、偏にあなたを失いたくないからですわ。あかりというたった一人の友人を。あなたの苦痛も、憎悪も尤もでしょう。けれど、それを理由に私達を差し置いて死地へ赴くのは違いますわ。」


「・・・・・」


「やるなら私達も巻き込みなさい。一人で全てを背負わないで。それともあなたは、自らが受けた苦痛を私達にも与えるつもりですの?」


「・・・・・」


「あなたの代わりなど、いませんのよ。」


 黙り込んだ私の肩をカチューシャは優しく掴む。その手の温もりから彼女の思いが流れ込んでくる。暖かい優しさと、不安と、寂しさ・・・


 私は、何も言い返せなくなった。カチューシャの言葉を聞き、カチューシャの顔、その後ろのフレンダの、ヘレンの、エレナの顔を見て、自分がどれだけ惨めなのかを思い知る。


 そこにある彼女達の顔は、純粋な私への憂いだけ。疚しく秘密を抱え、嘘を吐き連ねる惨めな私とは違う。綺麗で、清廉な姿・・・


 ———彼女達の様に、裏表のない真に本心で語り合えたのなら、どれ程幸せなのだろうか。


「・・・・・ごめん。」


 絞り出す様に私はそう言って俯いた。


 ———ごめんなさい。私は、ずっと貴女達に嘘を吐いている。決して明かす事のできない禁断の秘密。それを知ったらきっと、きっと、貴女達は私に幻滅するだろう。


 だからね。貴女達が思う程、私は真人間じゃないんだよ。


 それでも。もし、叶うのなら———


「まあ、それはそれとして。ある意味、よかったですわ。アナタにも少しは人間らしいところがある様で。」


「・・・・どういう意味?」


 安心したように肩を落としたカチューシャの意味不明な言葉に私が力なく尋ね返すと、彼女は肩を竦ませながら呆れた表情をして率直に返す。


「だって、日々の言動が余りにも達観していてそろそろ人間かどうか怪しかったですもの。」


「なんてこと言うのよ・・・」


「ごめんあかり、正直わかる。」


「・・・・」




 森から街へと戻り密かに規制線を抜けた私達は、教団に事がバレない内に夕暮れ時の列車へ逃げ込んだ。オレンジ色に染まった二等列車の車内、向かい合わせに並ぶボックスシートに私達は腰を下ろしてやっと一息吐く。


 押し込まれる様に窓側の席に座った私は、緊張や疲弊から泥の様に席に座り込む彼女達を他人事の様に眺めながら窓の外へ視線を向けた。既に動き出している電車は早くもロンドンの街並みを抜けて、そろそろ保護生活圏外へと突入するところだった。


 流れゆく、その景色をただ呆然と眺めながら私は窓ガラスに頭を突いて徐に口を開く。


「あれから、もう四年も経つ・・・・・あの日の事を、私は片時だって忘れた事なんかない。辺り一面が火の海で。目の前には父さんと、弟と、腕だけになった母さんの亡骸があって。それらが・・・全部、赤色に染まってた。・・・・何も分からなかった。夢とさえ思った。意地の悪い夢だって、思いたかった。」


 言葉にした途端、鮮明に浮かび上がる当時の記憶。鼻を突く様な木々が焼ける匂いと焦げる様な熱さ、変わり果てた家族、首を絞めつけられる様な酷い喪失感。そして、凍てつくような奴の威圧と死の恐怖。


 ———あれから、全てが始まった。


「・・・・・・」


 四人は、黙ったまま私を見つめている。


 何してるんだろう、私。こんな事を話すつもりなんてなかったのに。彼女達はただの舞台役者で、こんなにも心を許すつもりなんか、なかったのに———


 溢れ出た涙を拭って私は話を続ける。


「私の家族を殺した悪魔は、一本の角を生やした女性の悪魔だった。黒いドレスを着ていて背中には蝙蝠の様な羽根が生えていて、見た目だけなら人間のそれとほとんど変わりはなかった。」


 絞り出す、とまではいかないものの弱々しい私の言葉にエレナが恐る恐る反応する。


「じゃあ、ほんとにあの記事に載ってた悪魔と同じ。」


「同一かどうかは分からないけど、その可能性が高いとは思う。」


「でしたら、俄然一人で戦おうなどと考えない方がいいですわ。」


 一人溢れて隣のボックスシートに座っているカチューシャが深刻そうにそう口にする。そして、私達の方を一瞥してその続きを話した。


「あの悪魔が噂話だと言われる所以は、信憑性が乏しいのもそうですけれど、そもそも話、人型の悪魔はほぼ例外なく準上級以上と想定されるからですわ。それほど強い悪魔が人間を襲わない訳がありませんもの。」


「理屈は分かるけど、でもさ。そもそも、人型ってどうしてそんなに強いわけ?」


 真剣に話すカチューシャにひじ掛けにもたれ掛かったエレナが怪訝そうにそう尋ねた。すると、カチューシャは一つ呼吸を置いて丁寧に説明する。


「生物の姿形っていうのは自ずとその生き方を表すものですわ。動物も、植物も、魔物も。悪魔だって、その例外ではない。生きていく上で身体は理想的な形へと変化していくんですわ。」


「・・・う、うん。それで?」


「けれど、悪魔の生存において人間の身体はその理想の姿からは最も遠い。事実、私達には鋭い爪も牙も、強靭な肉体だってありませんでしょう?その理由は言わずもがな、そんな物が無くとも私達は生きていけるからですわ。つまり、悪魔がその姿をしているという事は、その悪魔は肉体的かつ直接的な『武器』を持たなくとも、問題なく生存できる程に魔力が高く強い事を証明しているんですの。」


「そんなに強いの?」


「強いなんてものじゃありませんわ、フレンダ。準上級悪魔の討伐には第一級狩り人、或いは教団最高戦力の『黒魔女』が任命される。上級ともなれば黒魔女を主軸とした討伐大隊が編成されますわ。それでも勝てるかどうかは五分五分。文字通り、命が幾つとあっても足りませんわよ。だからこそ、人型の悪魔というのは目撃報告が上がるだけであれほど大規模に規制線を張るんですわ。想定される被害規模は軽く町一つを吞み込むでしょうから。」


「——っ。そんなの化け物・・・本当に倒せるの?」


 若干引きつった声色のエレナが痞えた様にそう言う。他の二人もエレナと同様に信じられないと言う様な表情を浮かべている。


「だとしても、よ。」


 伝えられた真実と強大な敵を知り四人が言葉を失う中、私がその沈黙を破いて口にする。揺るがない決意を示す様に。自分に言い聞かせる様に。


「到底敵わなくとも、私は———」


「ダメだよ。」


 すると、不意にフレンダの優しい声が私の言葉を遮った。その声に引き寄せられる様に私がフレンダを見ると、隣に座る彼女は私の目を見て真っ直ぐに言う。


「死んでも復讐するとか。敵わないとしても戦うとか。そんな考え、しちゃダメだよ。憎いんでしょ?何が何でも殺したいんでしょ?だったら、そいつに敵うくらい強くなればいいんだよ。今は無理でもこれから強くなればいつかは敵うかもしれない。」


「いつかって?」


「いつかはいつかだよ。」


 純真な心でそう言う彼女に私が力なく「簡単に言うのね。」と言うと彼女は至って真剣な顔をして言葉を返す。


「だってそうでしょ?死んじゃったら、それまでだよ。未練を、残していく一方で誰も救われない。だったら、少しでも勝てる可能性に懸けた方が良いに決まってる。どれだけ時間が掛かっても、どれだけ苦しくても、誰よりも強くなって、意地でも『生きて』勝つの。そういう戦いをするの。その方がずっと報復的だよ。そうでしょ?」


 そう訴えて彼女は首を傾げた。


「・・・・それも、そうね。」


 彼女の予想外の言葉に肩の力がスッと抜けて、私は身体を彼女にゆだねた。


 ———ああ、本当に。駄目な所まで堕ちてしまった。後戻りできない領域まで、踏み込んでしまった。


 分かってたのに。絆されてはいけない、だなんて決心したばかりなのに。居心地がいいからと、私は、怠惰になっていた。


 ずっとここにいたい。ずっと、ずっと。この優しい人達の中に。このままずっと、彼女らの優しさに、この温もりに浸っていたい。と、思ってしまう。


 ———そんな事は、決して許されないのに———


 ・・・・でも。


 これが夢だとしても。いつか儚く、いつか来る終わりが分かっていても・・・それでも。


 今は、今だけは彼女達の言葉を信じよう。ほんの少し、心を許そう。


 これはきっと、必要な事だから———


「ありがと。」


 フレンダの肩に頭を乗せて私はそう言う。彼女はそれを拒まず、寧ろ私に身体を寄せて頬を私の頭に乗せた。彼女から肌を通して伝わるこの心地のいい温もりを、この先もずっと忘れないでいたいと、私は密かに思った。


「皆も。」


「私らはついでかよ。」

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