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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
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52.魔法の杖、私だけの杖:後編

 変わらず第六区画の技術研究室。そこで変わらず(シュエ)の新しいおもちゃの様に言い様に遊ばれている(フレンダ)は、数えきれないほどの杖のレポートをさせられている。


 その理由は杖に使う木の種類を決める為。だって雪は言うけれど、正直、個人的には既存の物を用意してくれればよかったんだけどなぁ。


 なんて私が思う一方で、雪の要望としてはオーダーメイドで一から作りたいらしく、喜々とした表情で私に事細かく要望を尋ねてくる。いやまあ、一から作ってくれるのならそれに越したことはないけれど。ただ一つ、不安なのが———


 ・・・これ、お金って・・・・・


 そんな嬉しさ半分不安半分な気持ちを抱えながら私が小一時間にも及ぶ大量の雪の質問に一通り答えると、雪は疲労困憊の私を余所に机に向かってメモしていた要望と照らし合わせながら構想を練り始めた。紙の上をペンが走り杖の設計図を組み立てている。


 いろんな音が響く部屋の中で楽しそうにペン先を鳴らしている雪の姿を眺めながら、私は固い丸椅子を座り直した。そして、傍らの木箱に刺さっている杖を取り出しては訝しげに話す。


「でも、さ。どうして杖を使うと魔法が使いやすくなるの?」


「・・・・・」


 何気なく零した私の言葉にカチューシャが何も言わずに呆れた視線をこちらに向けてくる。その何とも馬鹿にした様な視線に不快感を覚えつつ彼女に言葉を返す。


「いや、当たり前の事だけど。いざ考えるとどうしてかなって。」


「アナタねぇ・・・」


「確かに、どういう仕組みか知らないなぁ。」


 呆れた声を漏らすカチューシャの横であかりも私と同じ事を口にする。それを聞いてカチューシャは引きつった顔で「あかりまで。」と声を漏らした。その顔にあかりがからかう様に仄かな笑みを返すと彼女は嫌そうに睨み返している。


 そんな二人のやり取りを余所に机に向かっていた雪が私を見て疑問に答えた。


「むしろ、杖を使わない方が魔法って使いにくいんだよ?」


「どういう事ですか?」


 二人の様子を横目に私が雪に尋ねると彼女はキィと音を立ててデスクチェアにもたれ掛かり得意気に話し始める。


「実を言うとね。杖を介さない魔法って効率が悪いの。魔力って基本的に指向性を持たないから。だから、杖を使わないと魔力が霧散して疲れやすかったり魔法自体の威力も落ちやすかったりするの。」


「えっ、じゃあなんで杖を使わないのが普通なんですか?」


「それはね———」


「単純な利便性と魔法の多様化による弊害。そして、美学。ですわ。」


 気分が乗ってきた雪の言葉を無慈悲に遮りカチューシャが良いところを掻っ攫ってそう言う。そのあんまりな言動に雪は頬を膨らませて不満を口にする。


「む~。チェリーちゃん、それ私のセリフ~」


「知りませんわ。」


「ひっど~い!」


「え・・・と?」


 二人の言い合いの傍で理解の追い付かない私がそう漏らすと、雪の不服そうな視線を受けたカチューシャが肩を落としながらその理由を話し始めた。


「利便性は言うまでもないとして、確かに杖を介した魔法は制御が楽な上に魔法の威力も上がりますわ。ですが、その反面。魔法は単純化しやすくなるんですの。」


「単純化?」


 私の怪訝の声に応える様にカチューシャが自分の胸の前で徐に手を広げる。そして、魔力を流し手の平の上に光の円環を出現させて言葉を続けた。


「そもそも魔法は使用者が独自に意味を定義付けるんですの。それは言葉としてだけではなく、身振りや手ぶり、感覚や想像、理想といった言語化できない物に至るまで。そうでなければ、光の魔法はその名が示す通りただ光を放つだけの魔法でしかありませんもの。」


 そう語る彼女の手には、彼女の言葉を示す様にその意志に従って光がその形を変えている。


「魔法に様々な意味を与え武器足りうる力を与える。それが、私達の言う『魔法』なんですの。そして、その魔法が内包する意味の数が多ければ多いほど、魔法はより強くより複雑になるんですわ。」


「だけど、魔力の指向性はそれを邪魔しちゃうの。具体的には魔力制御に制約ができて、魔法に付与できる意味の数に制限が掛かっちゃうから。だから、結果的に魔法の威力は上がっても、高度な魔法は形成しにくくなっちゃうんだ~」


 カチューシャと雪の話にポツリと溢れ出る様に「なるほど・・・・」と私が口にすると、あかりが苦笑交じりに「分かってる?」と私に尋ねる。それに対して私は小首を傾げて有耶無耶に「なんとなく?」と返した。


 正直、半分も理解できてない。


 カチューシャの話は小難しくてちょっとニガテ。魔法に意味?単純化?そもそも指向性って何?要は、杖にも長所と短所があるって事だよね?それくらいは流石の私でも分かる。意味って言うのもたぶん効果を付けるって事だよね?で、杖を使うとそれが難しくなると。


 でもさ。それじゃあ、なんで司教は杖を使ってるんだろう?聞いた限り、デメリットの方が大きい様な気がする。純粋に威力が上がるからなのかな?


 なんて事を一人悶々と考えていると、背もたれにもたれ掛かった雪が不意に笑みを零しながら肩を竦ませて言う。


「な~んて。これだけいろいろ言ったけど、一番の理由はそこじゃないんだよね~」


「それが、最期に言ってた美学ってやつですか?でも何です?その美学って。」


 私が訝し気にそう尋ねるとカチューシャが逆に私に尋ね返した。


「分かりませんの?先ほどアナタも言っていたではありませんの、『杖なんてカッコ悪い』と。」


「あ・・・」


「そう。これこそ杖が軽視される主な理由ですわ。『杖を使わない』。それこそが魔女の魔法であり、強さであり、魔女のあるべき姿。杖を使う魔女は魔法を操れない未熟者。そんなどこか歪んだ考えが私達魔女の根底にあるからこそ、杖は軽蔑されるんですの。それが優れた物であるにも拘らず。」


「・・・・・」


 カチューシャの話に私は思わず言い淀んだ。返す言葉もない。だって、カチューシャの言う通りなんだから。


「まあ尤も、そもそもの問題として杖の手入れもありますし、私達の様な自然系の魔女ならまだしも、あかりの様な武装系の魔女にはそれほど恩恵がないと言うのも一つの要因ですけれど。」


「そうね。見た事ないかな。」


 口籠った私を気に掛ける様に口にしたカチューシャの言葉に、あかりが虚ろに天井を眺めながら思い出す様にそう言う。


 更に、その二人の話を補う様に雪が設計図作成の片手間に言葉を付け加える。


「武装系はそもそもが完成された魔法だからね~。杖の魔力補正を必要としないの。まぁ、杖を持ってたら純粋に邪魔っていうのもあるかもだけど。召喚系は・・・50:50(フィフティー・フィフティー)かなぁ。」


「と、まあ。そう言った理由から杖を使う魔女は極端に少ないんですわ。」


「ふ~ん・・・」


 そう漏らして私は手にしていた杖を見つめる。私は今までただの偏見でこんな便利な物を避けてきたんだ。そう思うと、なんてもったいない事をしたのかとじわりじわりと後悔が湧いてくる気がしないでもない。


 そんな深い様な浅い様な後悔を私が密かに思っていると、それを悟ったのか雪が優しく私に語り掛ける。


「逆に杖を使う魔女はね、確実性と精密性に重点を置いている人がほとんどだよ。かの司教もそれが理由だって言う噂だし。実際、杖を使えば魔法の威力もだけど精度も格段に上がるからね。それに、魔法の単純化もある程度技術で補う事もできるし。」


「そうなんですか?」


「うん。あくまで形成しにくいだけだから、工夫次第でどんな魔法も使えるよ。」


「まあ、フレンダは精度どうこう以前の問題ですけれど。」


「うっ・・・・」


 唐突に飛んできたカチューシャの言葉の槍が胸に突き刺さる。確かにそうだけど、確かに!そうだけど!いざこうキッパリハッキリと言われると結構刺さるよ。


 そんな傷心の私を慰める様にあかりが気楽な声で言う。


「でも、いいんじゃないかな。フレンダにはサポート役を頼む事になるだろうし。回復も含めて精度が求めれる役回りになるだろうから。」


「あかり~」


「その代わり失敗できないともいえるけどね。」


「あかりぃぃぃ・・・」


 優しい助け船かと思ったら、上げて落とされた。期待を裏切られた。辛すぎる・・・・


 思わぬ仕打ちに涙が出そうになりながらも、ガヤガヤと私の杖製作の話は深まっていく。




 あの話し合いの後、何度か打ち合わせをして正式な杖制作依頼を雪に頼んだ。———んだけど、それから一週間を迎えようしていた頃、その雪から杖が出来上がったと連絡が来た。


 その思いの外——というか驚異的なまでに早い完成に私達四人は動揺を隠せなかった。カチューシャも顔を引きつらせてた。


 でも、完成したのなら受け取りに行かない理由はなくて、どこか浮きだった心を胸にたまたま居合わせたエレナ・ヘレンと一緒に私達六人は改めて研究室へ訪ねた。


 すると、到着早々いつも以上に上機嫌な雪が出迎えてきて、颯爽と私の目の前に迫ると強引に私の手を引いてこれ見よがしに赤い布を掛けた机へと連れていく。


「ささ、開けてみて~」


 興奮を抑えられないのか雪は急かす様に私の肩に手をかけて嬉しそうにそう言う。彼女の興奮に当てられて若干緊張してきた私がゆっくりとその布をめくると、そこにあったのは杖・・・ではなく、一つの指輪だった。


「・・・・え。」


 思わずそんな声が漏れ出て高鳴った興奮が徐々に冷めていく様な感覚が襲ってくる。でも、そんな私の落胆を見透かしたかの様に雪が即座にこの状況を説明する。


「心配しないで、携行状態になってるだけだから。」


「ケイコウジョウタイ?」


「そ。ほら、この間の話し合いで杖は長杖にしようってなったでしょ?でも、それだと携行が難しいから、それを解消するのに長杖タイプはこういったアクセサリーにするのが一般的なの。」


「アクセサリーにするって言うか、アクセサリーそのものなんですけど・・・」


「まあまあ、とにかくはめてみて?」


 雪の声に圧されながら私が指輪をはめると雪は「そしたら、指輪に軽く魔力を流してみて。それで杖にできるから。」と教えてくれる。その指示通りに私が指輪に魔力を流すと身に着けた指輪が光りだしその形を変えていく。


 いや、元に戻っていくと表現した方が正しいのか。


「・・・・綺麗。」


 元の形へと戻ったそれを目にしてエレナが声を漏らした。


 それは私の身長と同じくらいある先の湾曲した長い杖。焦げ茶色の木できた杖には所々に金属製の花の装飾があしらわれていて、特に湾曲した先端には小さな白い花の装飾がその花弁を開かせている。


「いいでしょ~?数ある木材の中でも飛びぬけて魔力伝導性の高い『アリス』を主体に魔鉱石の装飾をあしらってフレンダちゃんの強い魔力に耐えられる様に設計したの~それでいてね織り込んだ魔術で魔力効率も限界まで上げちゃって~でもでもデザインも———」


「雪。そのあたりで。」


 興奮のあまり早口で語る雪の言葉をカチューシャが呆れ声で制止する。その声でようやく我に返ったのか雪は気を取り直す様に咳払いをして私に促した。


「んんっ!と・に・か・く!さ、試してみて。」


 私よりも楽しそうな雪にそう言われて私はドキドキと落ち着きのない心臓を抑えながら杖を構える。そして、ゆっくりと魔力を流して魔法を形成した。


紫陽花の移り気ハイドランジア・チーティング。」


 その声に応える様に魔法は具現化する。


 それは、黒く長い髪の少女。独特の黒いセーラーワンピースを着て腰に蝶々結びをした赤い帯を巻く少女は、閉じたその瞼を開けてルビーの様な瞳を露わにする。


 なんて。いかにも意味あり気に表現したけど、そこに現れたのは他ならないあかりの分身。私の得意な魔法で生成された彼女は、本物に比べて生気と可愛さが欠けているけれど姿形は本物そっくりに成形されている。


「おお~~~‼」


「すごい・・・本物みたい!」


 生成されたあかりの分身を見て雪とエレナが目を輝かせてそう漏らす。分身の周りをぐるぐると回って舐め回す様にそれを見ている。


 でもその傍ら、カチューシャは神妙な顔をして言葉を零した。


「これは・・・確かに凄いですわね。」


 そんなカチューシャのどこか希薄な反応にエレナが「本当に分かってる?」と彼女に尋ねるとカチューシャはエレナを睨みつけて不満げな声で言う。


「これを見て分からない方がどうかしていますわ。・・・これ、『ドッペルゲンガー』ですわよね。」


「なにそれ・・・」


「どっぺる・・・えっ?なに?」


 エレナも私もカチューシャの言ってる言葉が分からず虚ろに言葉を返した。その何も分かっていない私達の反応に、カチューシャがため息を漏らしながら呆れた表情でそれが何かを話してくれる。


「高位分身魔法『ドッペルゲンガー』。これは、あかりの完璧な複製体ですわ。厳密には、魔力・魔法に至るまで似せた分身。私も、目にしたのは初めてですけれど。」


「え。なにそれ、すごい!高位魔法だってフレンダ!いつの間にアンタそんなの使える様に・・・って、どうしたの?パッとしない顔して。」


 高位魔法という大それた言葉にエレナが興奮する一方で一人黙り込んでいた私に彼女が私の顔を覗く。


 高位魔法・・・確かに、それを使えた事への嬉しさは、ある。だけど、その反面。ふと内から湧き上がる疑問が一つ。


「・・・この魔法。こんな効果じゃなかったはずだよ?せいぜい視線を逸らすだけの幻を作るだけだったはずだけど。」


 私はふと湧き上がってきたそれをカチューシャに尋ねた。そう。これはただの幻を作るだけの魔法だった。実体も無く、声も出せない、叩けば消えてしまう程度の子供だましの様な物だったはずなんだ。そんな大層な物じゃなかった。


 カチューシャは私の言葉を聞いて口元に手を当てると、少しの間考えるそぶりを見せて徐に答えを返す。


「今まで不完全な状態で発動していたものが、杖によって完全なものに修正されたんでしょう。元々、アナタの魔力制御は大雑把なものでしたもの。そのくせ、魔力だけはありましたから不完全な状態で発動してもおかしくありませんわ。これなら他の魔法も同様に効果に変化が生じてるかもしれませんわね。」


「でも、杖を使うと高度な魔法は形成しにくくなるんじゃなかったけ?」


「よく覚えてましたわね。確かに、杖の指向性は魔法に制約を掛けますわ。そう、ですわね・・・・詳しく話すと少しややこしくなるのですけれど———」


「分かりやすくお願いします。」


「無茶言いますわね。うーーん、そうですわね・・・簡潔に説明するのであれば、極端な話、保有する魔力の量が多ければ多い程、どんな魔法も形成しやすくなるんですわ。」


「え、どんな魔法も?」


「ええ。」


「じゃあこれも?」


「間違いなくそうでしょうね。もちろん、魔法との相性もありますからある程度の限度がありますけれど、概ねどんな魔法も魔術も扱えますわ。ただでさえ、アナタの魔力量はバイカル湖並みなのですから。」


「カスピ海じゃなくて?」


「そんな化物、いるはずがないでしょう?あかり。」


「何を以って、何が違うの?それは。」


 途中から話に加わったあかりとカチューシャのやり取りにエレナが困惑した様子でそう言う。そんな彼女に二人はキョトンとした顔を返している。


 真面目なのか、それともおどけてるのか分からない二人に対してエレナは余計に眉をひそめる。でも、すぐにその表情は戻りため息交じりに肩を落とした。


 そして、彼女は思い出した様に分身の方を見ると驚いたというか感服した様な声を漏らす。


「でも、本当にそっくり。容姿だけじゃなく魔力まで・・・・どうやってるの?」


「・・・さあ?」


「さあ?って・・・」


 何も分かっていない私の様子にエレナは呆れた顔を私に向ける。その顔に私も思わず顔が歪む。


 ・・・・だって、しょうがないじゃん。本当に分からないんだもん。


 なんて、行き場のないモヤモヤが湧き上がってくる私に代わって肩を竦ませたカチューシャがその原理を答えてくれる。


「魔力は幻惑系魔法でそう知覚させているんですわ。恐らく、魔法も同様の方法で模倣が可能なはず。それがドッペルゲンガーという魔法ですもの。容姿も魔力も魔法に至るまで模倣して人を欺く分身、それがこの魔法の真価であり恐ろしいところですの。フレンダは全く分かってないでしょうけれど。」


「ねぇ、カチューシャ?それって褒めてるの?貶してるの?」


「褒めてるんですわ。一応。」


「一応って言った!」


 辛辣なカチューシャの声に私が声を上げると、それを見ていたあかりが朗らかに笑みを零した。その可愛い表情に私の心は余計に複雑になる。腹立たしい様な、哀しい様な。あかりの笑顔が見れたならそれはそれで良かった様な・・・・


 そんな不毛な考えが私の中で巡る中、不意に雪が私に尋ねる。


「どう?使った感じは。違和感な~い?」


 小首を傾げて私の顔を覗き込む雪に私は杖をしっかりと握りしめて高鳴った心のままに言葉を返す。


「はい!変な感じはしません。むしろ、今なら何でもできそうな気します!」


 すると、突然カチューシャに頭を叩かれた。


「いたっ!」


「調子に乗らない。」


「ぶぅぶぅ。」


 なんて、カチューシャの突然の暴力に異議申し立てをしていると、それを見ていた雪が笑みを零しながら徐に私に近づいて言う。


「ふふふっ。でも、少しブレがありそうだから最終調整もして良いかしら?」


「はい!」


「にしても、すごいね。杖一本でここまで変わるんだね。」


 私が魔法を解除しながら雪に杖を預けたのを見ていたあかりが不意にそんな事を漏らした。でも、その言葉に私も激しく同意する。ここまで自分の魔法がパワーアップするとは私も思わなかった。


 そんな私達の疑問をため息交じりのカチューシャが晴らしてくれる。


「フレンダが規格外なだけですわ。大抵の場合、魔法出力が少し上がる程度で魔法が変わるレベルの事はそう滅多に起きませんわ。」


 そう話してくれるカチューシャの横で私は唐突にある事を思い出した。


「あっ。そう言えばお金!これ、いくらになりますか?今、持ち合わせそんなにないですけど必ず払います!あと、登録費用とか。」


 カチューシャの説明も余所に半ば忘れていた金銭的な事を雪に尋ねると彼女は何食わぬ表情でサラリと答える。


「ん~?登録費用だけくれればいいよ~」


「え?いや、流石に悪いですよ。こんな凄い物を作ってもらっておいて登録費用だけなんて・・・」


「いいのよ。出世払いでもらうから。この杖であなたが狩り人になれたら、その時にもらう。なれなかったらもらわない。そういうポリシーなの。」


 私を見て優しくそう口にする雪に、私は胸の奥が熱くなるの感じながら彼女を真っ直ぐと見て固い意志を以って言葉を返す。


「払います。必ず。」


 その言葉に雪は柔らかな笑みを浮かべた。それを見て私もこの思いに答えようと、強く思った。


 けど、そんな笑みも束の間で雪は思い出した様に私達に尋ねる。


「そういえば、みんな一年生よね?そろそろ校外実戦が始まる時期じゃない?」


「はい、そうですね。私達は・・・まだですけど。」


「え?なんで?」


 気恥ずかしそうに答えたあかりの言葉にエレナが不思議そうにその意味を尋ね返した。すると、あかりが困った顔して言い淀む。


「えっ・・・と。フレンダの魔法制御と、カチューシャが、ね・・・・?」


「あー・・・ぷふっ。」


 状況をすべて察したのかエレナが口元に手を当てて笑みを零す。その反応にカチューシャが青筋を立てて彼女を睨みつける。


「良い御身分ですわね。エレナ?」


「ナンノコトカナー?」


「私はこれから良くなるから!」


 私が必至にそう言うとエレナは楽しそうに私を抱きしめて私の頭を撫でながら言う。


「そうね~、フレンダはこれから良くなるもんね~。でも、カチューシャさんはどうなんですかねぇ?」


Ладно(Okay).  歯を食いしばりなさい。一撃で葬って差し上げますわ。」


「やめなさい。」


 ボキボキと指を鳴らしてエレナに向かっていくカチューシャをあかりが諫める。でも、エレナは構わずカチューシャを煽っていてあかりが辟易した様に肩を落とした。


 そんな三人を尻目に預かった杖をいじる雪が私達に忠告する。


「それはそうと、校外実戦の依頼だけどロンドン周辺のものはやめといたほうがいいよ。」


「どうしてですか?」


 私がそう尋ねると雪は唐突に暗い表情をして徐に言う。


「・・・・出たらしいの。」


「え・・・な、何がです?」


「一本角の悪魔が。ロンドンの近くで。」


 意味あり気にそう口にした雪の言葉を聞いて私は途端に身構えた身体から力が抜ける。そして、気の抜けた声を私は漏らした。


「・・・なぁんだ、その悪魔かぁ。私てっきりお化けでも出たのかと・・・」


「それはそれで反応としてはどうなの?」


 安心しきった私の言葉にエレナが呆れた様な反応を返してくる。———が、それに反して表情を強張らせたあかりが深刻そうに低く怖い声で「・・・それで?」と、短い言葉で雪に尋ねた。


 豹変したあかりに雪も含めて私達が戸惑いを隠せない中、戸惑いながらも雪が続きを話す。


「えっと。今、ロンドン教会支部の神官が捜査してるんだけど、なんでもロンドンの一部市街地に非常線が張られてるみたいなの。ホントかどうかは分からないけど、修道院の狩り人も現地に赴いてるみたいだから、あながち嘘じゃないと思うのよ。よっぽど支障は出ないと思うし、そんな危険そうな場所の依頼は受けられないとは思うけど、一応避けた方がいいと思うな。それに———」


 そう言って雪は言葉を切ると周囲を気にしながら口元に手を当てて続ける。


「噂じゃその悪魔、階級は準上級相当だっていう話だから。」


「そんなに強いんですか⁉」


 予想以上に大きかった雪の話に私が声を上げると彼女は困った様に「あくまで噂だよ?」と予防線の様にそう付け加えた。


 でも、それがもし噂話じゃなかったとしたら、それは一大事じゃないの?


 準上級と言うと階級としては上から数えて三番目。一般的にその強さは戦艦や戦闘要塞などと言った大型兵器に例えられる。


 詳しい強さはともかく教会が非常線を張ってるなら只事じゃないだろうし、修道院から応援が行ってるなら雪が言った悪魔の階級もなんか・・・間違ってない気もする。


「とーにーかーくー。気を付けてねって話。先生達もそんな所を校外実戦の場所にしないと思うし、近付かなければ大丈夫だと思うけれど。」


 そんな事を言って雪は作業に戻った。けど、私の胸には少しばかり引っ掛かりが残る。


 つい数週間前にロンドンの方へ出向いてたばっかり。だから、少しだけ恐怖が襲ってくる。


 もし、あの時に・・・って・・・


 なんて、ありもしない過去の恐怖を頭の中から追い払って視線を上げると、妙に黙り込んだあかりが自分の腕を爪が立つほど強く握りしめている事に気が付く。


「あかり?」


 気になった私が名前を呼んでも、彼女は暗く虚ろな目をしたまま何も言わない。


「あかり!」


「ん?」


 ようやくこっちを見たあかりに私は改めて尋ねた。


「どうしたの?」


「どうもしないよ?」


 私の心配も余所にあかりはいつもの声色で短く返された。でも、その言葉はとても冷たく。そして、とても怖かった。

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