50.水族館にて
「ねえ、どれにする?あかり~」
綺麗に陳列された魚のキーホルダーを前にしゃがみ込んだフレンダが眺めながらそう口にする。右も左も魚に関する商品で囲まれたここはイギリス・ロンドンにある国立水族館、その売店に私達は来ている。
そんな楽し気な彼女のすぐ後ろで私は前屈みになって言葉を返す。
「そうね・・・先ずは刺激の少ないところからやるのが無難だから、写真とか良いと思うけど・・・———それよりさ、フレンダ。」
「ん?なに?」
怪訝な表情をしてこちらへ振り返るフレンダに私は呆れた表情をして今まで抱えていた当然の疑念を彼女に尋ねる。
「こういう売店って中を見終わった後じゃない?」
そう、私達はまだ施設の醍醐味というかそもそもの水族館の存在意義である館内を一切見ずにこの売店にいるのだ。もっと言えば、入場に必要なチケットすら買っていない。
この前代未聞な事態に流石の私も困惑を隠せない。そして、そんな私の困惑を当てられてフレンダは不機嫌そうに口をとがらせて私に言う。
「なに言ってるの?元々ここに来たのはカチューシャの苦手克服の為なんだよ。遊ぶのはそのついでなんだから。」
そう。何故急にこんな所へ私達が来ているのか。その理由は、難航しているカチューシャの苦手克服の糸口を見つける為だ。と言うのも、カチューシャ曰くどうにもタコのあのぬらぬらとした光沢と、うねうねとした不可解な動きがダメな様で、なかなか克服の糸口を掴めないでいる。
そこで生ものでの克服が難しいのならと、先ずデフォルメされた物で慣らしていった方がいいのではないか、という事になり現在に至る。
———というより、そもそもこれを口実に単に遊びたいだけな気もするが・・・
まあ、こうして真剣に探している辺りその限りでもないのだろう。実際、遊びに行くのを我慢してここにいるのだから。それに、協力すると言った手前、何かしなければいけないという気持ちもきっとあるのだろう。
「だったら、どうしてカチューシャを連れてこなかったのよ。」
私はフレンダの優しさに肩を落としつつ屈めていた上体を起こしてフレンダにそう尋ねた。すると、フレンダは途端に苦い表情をして露骨に視線を逸らして声を漏らす。
「・・・その・・・露骨に嫌な顔されて、それで・・・」
「・・・・・」
「しょうがないじゃん!本当に嫌そうな顔されたんだもん‼それに、今日はなんか家に呼び出されてるとかでどっちにしても来られなかったんだよ。」
そんな彼女の答えに私は再び肩を落とした。まあ、彼女が居なくてもさほど問題はないだろう。むしろ一番の問題は同伴している二名のルームメイトの方だろう。
「まあ、何にせよ。早く決めちゃいましょう。エレナ達が一周してくる前に決めちゃわないと、二人が暇してしちゃうわ。」
「・・・だってぇ、遊んだ後じゃ絶対忘れると思って。」
私の言葉にフレンダがしょんぼりとした様子でそう言葉を漏らした。不貞腐れにも似た縮こまった彼女の姿に思わず笑みが零れる。
エレナ達は私達が水族館に行くと知った途端、あの二人は楽しそうに付いていくと言って半ば強引に同行する事になった。のだが、私達の目的と更にはフレンダが売店を先に見たいと言ったが為に二人には先に入場してもらっている。
流石に水族館にまで来てこんな買い物に長々と付き合わせるのは気が引けたから・・・・
まあ尤も、フレンダが言った様に私達がここに来た本来の目的はカチューシャの為なのだ。それを知らず勝手に付いてきた方が悪いと言えば、それまでなのだが。
「それよりさ、どれにする?やっぱりこのキーホルダーかなぁ?」
私がエレナ達の事を気に掛けている横で一つのキーホルダーを手にしてフレンダがそう尋ねてくる。それはタコのイラストが描かれた五センチ程度のアクリルキーホルダーで、イラストがかなりデフォルメされていてかわいい感じになっている。
けど———
「うーん。でも、それ。デフォルメされ過ぎじゃない?苦手を克服するなら、やっぱりこういう実物に近い物じゃないとダメじゃないかな。」
「えー。それじゃあ、あまりにもリアル過ぎない?」
「そう?」
フレンダの不服そうな言葉に私は意味も分からず首を傾げた。リアルじゃないと特訓にならないでしょうに。
でもまあ、あんまりリアル過ぎてもそれはそれで特訓にならないのか?まったく、カチューシャが居ればどの程度がいいのか確かめられるのだが・・・・そんなタラレバを言っても仕方がないか。
なんて事を考えていると陳列された品々を眺めるフレンダが憧憬の眼差しで言葉を漏らす。
「それにしても、すごいね。カチューシャって。」
「どうしたの?急に。」
「だって、パートナーの為に苦手を克服するなんて、普通しないでしょ?最悪、パートナー変更だってあり得る事だよ。なのに、カチューシャはそこまでしてクレアのパートナーを続けようとしてる。私なら絶対しないなぁ。って。」
「そうね。私もそこまでしないかな。———でも、それはカチューシャだって同じだったと思うわよ。」
「おなじ?えっ?じゃあ、なんで?」
「さあ?そこまでは私も訊かなかったし。魔眼の事で見放せないとは言っていたけれど、それだけが理由じゃないでしょう。きっと、そこまでする理由が彼女にはあるのよ。そうじゃなきゃ、あそこまでクレアに執着したりしないわよ。」
「理由か・・・何だろう?」
私が立てた推測にぼんやりした様子でフレンダはそう漏らした。その気の抜けた横顔を見つめていると不意にいつかのカチューシャの顔が重なる。
クレアと向き合う。そう決めたあの時の彼女は真剣そのものだった。中途半端な感情ではない事は訊かずとも分かる程に。
一体何が、彼女をそこまでさせるのか私には解らないけれど、きっと彼女にとって何か意味のある事なんだろう。
そして。きっと私には———
「カチューシャはクレアが好きなのかなぁ・・・」
私の思考をかき乱す様にフレンダが唐突にそんな事を口にする。突然のフレンダの問題発言に私が慌てて「まさか。」と言葉を返すと彼女は怪訝な表情で言葉を続ける。
「でも、それぐらいじゃない?そこまでする理由って。」
「でも、二人は女の子同士だよ?」
「え?」
「え?」
私が漏らした言葉にフレンダが驚いた表情を見せる。しばしの静寂。その後にフレンダがおどけた笑みを浮かべて私に尋ねた。
「私が言いたかったのは友達としてって意味だったんだけど・・・あかり?どんな想像をしたのかなぁ~⁇」
「ナンノコトカナー。」
「ねぇねぇ、どんな想像したの?ねぇ、どんな?」
「どんなもなにもないわよ。『友達として』それ以外ないでしょ?」
「ふーん。・・・・まあとにかく、うまくいくと良いね。」
「・・・・そうね。」
「あっ!あれ可愛い!」
「・・・ナニソレ?」
たっぷりと一時間ほど熟考してエレナ達と合流した私達だが、会って早々に困惑気味のエレナにそう尋ねられた。
いやまあ、無理もないとは思う。なにせ、彼女の前に立つ私は今、八十センチ近くあるタコのぬいぐるみを抱きかかえているのだから。ルームメイトが売店からそんな物を抱えて回ってもいない水族館に入ってきたら、そりゃあそんな反応にもなる。
「今回の主目的。」
「カチューシャへのプレゼント~。かわいいでしょ?」
そう。これが私達の探し求めた今回の目的物、カチューシャへのお土産。というよりも最早嫌がらせに近い何かだ。この後、これを渡されるカチューシャが愉快なのやら。憐れなのやら・・・
そんな優しさなのか嫌味なのか分からない何かを見てエレナ達は微妙な顔をして口々に率直な感想を口にする。
「絶妙に可愛くない。」
「えーー・・・」
「私もそう思う。」
「えーーーー」
思いの外不評の二人の声にフレンダは不機嫌そうに頬を膨らませた。でも、当の二人は当然の反応だと言わんばかりに顔を見合わせて首を傾げる。その反応にフレンダは余計に頬を膨らませた。
「それより、どこまで回った?」
そんな子供じみた反応をするフレンダに苦笑を浮かべながら私が待たせてしまった二人にそう尋ねる。すると、肩を竦ませたエレナが「全然?すぐそこの水槽くらい。」と予想外の事を平然と口にした。
「なんだ。回ってきても良いって言ったのに。」
気が引けた様子でそんな事を口にするフレンダに対して、当のエレナは呆れた表情を浮かべて言葉を返す。
「何言ってんの?みんなで一緒に回った方が楽しいに決まってるでしょ。」
エレナの言葉にヘレンも隣で同意する様に頷く。
ここで一時間も・・・・よく持ち堪えたものだ。
いや、確かに目の前には大きな水槽があるにはあるが、それも一時間も見続ければ流石に飽きるだろうに・・・
これは、本当に悪い事をしたかもしれない・・・
「じゃあ!行こ!」
そんな私の心配も余所にエレナが楽し気にそう言った。そして、ヘレンと手をつなぎ意気揚々と水槽に囲まれた奥へと進んでいく。そんな二人に私達は後ろめたさを感じながらもその楽し気な後ろ姿に続いた。
外から見ていて分かっていた事だけれど、いざ入ってみれば中はかなり広く、見上げる程の大きな水槽から覗き窓の様な小さな水槽まで所狭しと敷き詰められている。
そんな水槽達の間を三人は目をキラキラと光らせながら駆け回る。その様子はまるで遠足に来た子供の様で、分かりやすくはしゃいでいるそんな三人の姿に私は思わず顔が綻ぶ。
久しぶりにこんな所に来たけれど、意外と楽しいものだ。生きた魚を眺めるのもだが、はしゃぐ三人の姿を眺めるのも、それはそれで楽しい。なんだか肩の力が抜けて心がスッと軽くなる感覚を覚える。
本音を言ってしまえば、先日エレナから聞いたあの一本角の悪魔の事を調べたかったのだが、物をねだる子犬の様な表情をしたフレンダの誘いに押されに押され断れず、私は首を縦に振る事しかできなかった。
一刻も早く、これが事実なのか確かめたいのに・・・・
まあ、尤も。その調べものもだいぶ行き詰っていたのだが。
「・・・・・・」
水族館なんていつぶりだろう・・・
四年前のあの事件以来、こういった場所とは疎遠になっていた。決して嫌いだった訳ではない。だが、あれ以降こういう場所が苦手になった。
だって、ココには幸せの空気しかないから。
家族、友達、恋人。そんなありふれたつながりを持った人達しかここにはいなくて、そんなありふれた人達が一様にこの場所を幸福そうに楽しんでいる。
極普通の事だ。それが、この場所の存在意義なのだから。
————でも、それが私にとっては。失ってしまった私にとっては・・・・とても息苦しい。
あの事件が無ければ、私もあんな風にただ無垢に楽しめただろうか。あの時、家族を・・・全てを失っていなければあんな風に笑えたのだろうか。
「・・・・・」
———考えてはいけない。そんなの、不毛なのだから。どれだけ願っても、私の何を差し出しても、過去を取り戻す事なんて出来ない。そんな蛮行、赦される筈もない。
失ったものを取り返す事など、出来る訳ないのだから————
「楽しくない?」
不意に背後からエレナの声が掛かる。完全に自分の世界に入り込んでいた私は突然の事に驚いて思わず身体を強張らせた。
気付かなかった。なんて、私は密かに思いながら上がった肩を落として振り返ると、エレナは後ろ手を組みその長く細い眉を下げてこちらを覗き込んでいた。
どうやら、私は余程物憂げな表情でこの水槽を眺めていたらしい。彼女の憂いた表情が酷く目に焼き付く。
「そんな事ないよ。どうしてそんな事訊くの?」
何気ないいつもの表情をして私がそう言葉を返すと、エレナは肩を竦めて彼女らしからぬ物静かな様子で私の問いに答える。
「あかり。今、ムズカシイ顔してたから。」
「そう?」
「うん、してた。」
「気のせいだよ。」
心配気なエレナを安心させようと私は穏やかにそう口にする。そして、内に抱えた気持ちを誤魔化す様に目の前の大きな水槽に目を戻した。
照明の光が差し込む仄かに青色を混ぜた様な水の中、そこを多数の魚の群れが悠々と泳いでいる。まるでこちらの事など知らないと言った様子で、彼らは私の目の前を通り過ぎていく。そんな彼らを眺めながら私は静かに息を吐く。
すると、それを傍らで見つめてたエレナが私に詰め寄って尋ねる。
「何か、悩み事?あるなら、相談乗るよ?」
彼女が余りに真剣そうにそう言うので私は不意に笑みを零す。
「ふふっ、ないよ。そんなの。」
「ほんとに?」
「ほんと。」
「・・・そう?でも、もし何か悩んでるなら遠慮なく言って。友達なんだから。」
そう言ってこちらを探る様な素振りをするエレナに対して私は軽く肩を竦ませて「ええ、そうするわ。」と淡泊に答えた。
きっとそんな日は来ないよ。なんて言葉が頭をよぎっては消えた。
そんな他愛もない問答を終えて私が次に行こうかと徐にエレナに伝えると彼女は唐突に神妙な面持ちで言葉を漏らす。
「この子達には自由が無い。この限られた空間の中で生かされてるだけ。」
「えっ?」
余りにも脈略も突拍子もない話に動揺で思わず声が漏れ出た。彼女は一体何を言い出したのか、唐突過ぎて理解が追い付かなかった。
そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした私をエレナは面白げに笑う。そして、目の前の水槽を眺めて言葉を続けた。
「昔ね。十かそこらだったかな。ヘレンが水族館に来てそんな事を言ったの。ここにいる魚達はみんな、人間の勝手な都合でここに閉じ込められている。それを見てると、何だか悲しくなるってね。」
「ヘレンが、そんな事を?」
私が困惑気味にそう尋ねるとエレナは静かに同意する。急に何を言い出したかと思えば、ヘレンとの思い出話だったのか。でも、どうして急にそんな事を・・・?
そんな密かな私の疑問も置き去りにエレナは懐かしそうに話を続ける。
「何言ってるんだろうって、正直思ったわ。そんな事考えるのなんてあんたくらいでしょって。・・・でも、声には出せなかった。だって、その通りだなとも思ったから。人がこんな場所を作らなければこの子達が連れてこられる事もなかったってね。」
「・・・・」
「でも、逆に言ってやったの。どんな経緯でここに来たとしても、この生き方を受け入れてるのなら、それは悲しむべき事じゃない。そんな考えこそ余計なお世話だし、ただの傲慢だよ、ってね。そしたら、ヘレンったら急にキョトンとした顔して『たしかに。』なんて真剣そうに言うのよ。もう可笑しくって!」
「十歳そこらの子が、なんて会話してるのよ・・・・」
「変でしょ~?今にして思えばとんだませたガキだなって思うよ。でも、今でもその通りだなぁって思うの。この子達が可哀想だなって思う気持ちも、そんな考え自体ただの驕りだって考えも。きっと、こういうのを哲学って言うんだろうなって。」
そう語る彼女は柔らかな笑みを浮かべて懐かしそうに目を細める。その表情は傍目に見ても幸せそうで、親友というより家族に向ける様な穏やかな表情だった。
「———って。なに急に語ってるんだろうね、私。ごめん。なんか、水槽の前で黄昏てるあかりを見てたら急にそんな事を思い出しちゃって。」
不意に我に返ったエレナは気恥ずかしそうにそう言って頭を掻いた。
そうか。さっきはどうして急になんて思ったけれど、幼い時のヘレンと今の私を重ねていたのか。きっとその時のヘレンもこんな風に水槽の前で立ち尽くして難しい表情をしていたのだろう。
「それはいいけど、だとしてもなによ?その尖った思い出。とても十代の思い出話には聞こえないわよ。」
「だから言ったでしょ。とんだませガキだって。」
私の呆れた反応に対してエレナは困った様に笑ってそう口にする。そんな彼女に私はささやかな妬ましさを覚えた。
さっきの穏やかなエレナの表情、柔らかなあの声。ヘレンとは、血のつながりなんてない。極端に言えば二人は他人でしかない筈なのに、エレナはヘレンの事をまるで血のつながった家族の様に思っている。その様に接している。
それはきっと、ヘレンも同じ。
・・・・・汚い感情だ。こういうのを〝嫉妬〟と言うんだろう。
どうしてそれほど強く、思い、つながれるのか。私にはとても分からなくて。だからこそ、それほどまでの強いつながりが、そんなものを作れてしまう彼女が、彼女達が。少しだけ・・・ほんの少しだけ———
「・・・うらましい。」
「羨ましい?」
怪訝な表情を向けてエレナが私にそう尋ねる。けど、私はエレナのその反応の意味が分からずしばらく彼女の事を凝視してしまった。変わらず怪訝そうな表情を向けて首を傾げるエレナ、それを呆然と見つめていると私はようやく状況を理解し始めた。
「えっ?あ・・・声に出てた?」
「うん、しっかりと。」
平然とした様子で口にするエレナの言葉に私の顔が次第に熱くなる。———私とした事が、迂闊だった。まさか、心の声が漏れ出てたなんて・・・
「えっ、あ。いやぁ、その・・・」
「なにぃ?嫉妬ですか~、あかりさん。」
「———っ・・・・ある意味では。」
茶化したつもりで言った言葉に素直な反応を返されエレナは意外そうな表情を浮かべる。そんなエレナを私は一瞥して大きく肩を落とす。
もう隠し通せない、そう悟った私は火照る顔を冷ましながら情けなく自白した。
「なんだかエレナとヘレンって家族みたいだから。」
「ん、そう?」
「ええ。二人が悪態を吐き合ってる時とか、今みたいに思い出を話してる時とか。まるで血のつながった姉妹みたい。」
「そっか。まあ、小さい時からの付き合いだしね。確かにそういうとこあるかも・・・それが羨ましいの?」
「ええ。」
———だって、私には決して作れないものだから。———
そんな言葉を私は静かに呑み込んだ。
意味のない言葉だ。この胸が抱く憧憬も妬みも同様に。いつかは消えてしまうものを望み、思い焦がれたって空しいだけなんだから。
それが、叶わない夢ならば尚更———
私は、湧き上がる複雑な感情を隠してエレナに再び次の場所へ行こうかと伝える。その誘いの言葉に彼女は快く応えると不思議そうな顔をしてこう続けた。
「それを言ったら、あかりとフレンダだって同じだと思うけどな。」
その言葉に私は目を見開き、首を傾げる。そして、虚ろに声を漏らした。
「私と・・・フレンダ?」
「うん。」
「・・・まさか。私とフレンダはそんなんじゃ———」
私の否定の言葉をエレナはすぐに遮って隣で楽しそうに訂正する。
「そんな事ない。二人ともいっつも一緒にいるし、何するにしても二人一緒でしょ?それに、あかりもフレンダも二人でいる時が一番楽しそうで、一番幸せそうな顔してる。本人たちは気付いてないみたいけど。」
そう言って彼女は不敵な笑み浮かべて私の顔を覗き込んだ。その憎たらしい笑顔はまるで私の心まで覗き込んでいるかの様で、本当にいやらしい。
しかし・・・・そうか、エレナから見れば私達二人はそう見えるのか。私はそんな風に感じた事は無かったけれど———そっか。そう、見られてるんだ。
・・・幸せそうな顔、か。フレンダが・・・ね。
「・・・・・ん?」
あれ?エレナ、今。『私も』って———
「ねえ、あかり!みてみて!」
私の思考をかき乱す様にフレンダの声が響く。その声に誘われて私が彼女の方へ視線を向けると、フレンダはヘレンと一緒にとある水槽の前に立っている。
「むー!」
「むー!」
そんな声と一緒に二人は揃って頬を膨らませる。そして、頬を膨らませながらフレンダが舌足らずな声で「いっひょ~!」と言って笑う。どうやら、水槽の中のフグの真似をしているらしい。
「なにやってんの?」
完全に浮かれている二人にエレナが呆れた様な声でその行動の意図を二人に尋ねた。すると、フレンダは何か期待したような声で意気揚々と答える。
「フグのモノマネ!似てた?」
「似てない。」
「え~~」
余りにも辛辣なエレナの言葉にフレンダは不服そうな声を漏らした。それでも、フレンダは諦めず「じゃあこれは?」とモノマネを続ける。
けど、変わらずエレナは辛辣に「似てない」と繰り返した。その度にフレンダは不服そうに頬を膨らませて異議を唱える。
「・・・ぷっ。」
そんな下らない二人のやり取りに思わず私の口から息が漏れ出る。そして、ついには抑えきれなくなって私は大きな口を開けて笑った
「ふふふっ、あはははははははは!何してるの?ふふふっ!」
考えていた事を忘れてしまう程、私はお腹を抱えて笑った。子供の様に無垢なフレンダと大人で辛辣なエレナ、その対比がなんだか可笑しくって。何より、ただただ純粋なフレンダの姿が可愛らしくて。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「あー、可笑しい。・・・ん、何?」
涙を拭いながら一人笑う私を何故か三人がぽかんとした表情で不思議そうに見てくる。その意味不明な三人に私が怪訝な表情をすると、フレンダが意外そうな表情を返して言う。
「いや、あかりがそんな風に笑うの、初めて見たかもと思って。」
「なにそれ?」
「いや、なんというか。あかりってそんな風に口を開けて笑ってるイメージが無いっていうか・・・」
「うん、わかる。なんか引いたところでお上品に笑ってるイメージあるよね。」
「ある。」
フレンダが言った事にエレナとヘレンも当たり前の様に同意した。そして私も、三人の言葉を聞いてその事実を静かに納得する。
そっか。そういえば、こんな風に純粋に笑ったのって・・・・あの日以来なんだ。
「・・・そんな事ないわよ。」
そう一言だけ言って私は三人の元に駆け寄った。
———いつからだっただろう。これが日常になったのは。
いつの間にか私の周りには人が集まる様になった。私の事を友達だと言って慕い、笑顔を向けて手をつないでくれる、そんな人達が今の私の傍には沢山いる。良くも悪くも、私の事を受け入れて同等に接してくれる。そんな人達が。
ここに来る以前とはかけ離れた、余りにも輝かしい現実———
それが、いつしか当たり前になっていた。
ありふれた事なのだと。これが普通なのだと。どこか心を許して、うっかり素の自分をさらけ出してしまう程に。
私は、この日常を受け入れてしまっている。
「・・・・・」
・・・・一体、何を考えているんだか。彼女達が私の秘密を知れば、こんな関係も仮初の日常も終わってしまうというのに・・・
元より、私達の関係に価値など無いというのに。
こんな下らない事を考えついてしまうのは、ついこの間、あんな夢を見たからかな。
「どうしたの?あかり。」
「ううん。何でもない。」
こんな感情も、願いも、きっと環境の変化から生まれた気の迷いだ。彼女達は私が普通である事を証明する為の、ただの〝舞台役者〟に過ぎない。
それは、私だって。
いつか必ず終わりを迎えるのだから、こんな気の迷いに絆されていては駄目なんだ。
忘れてはいけない。
見失ってはいけない。
———私は、私の目的を果たさなければならないんだから———




