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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
54/64

48.覚悟を以って。

 〈ドカーン‼〉


「何ですの⁉」


 突如として響いた爆発に似た破壊音と大きな振動に(カチューシャ)は思わず声を漏らした。ここ修道院で爆発音など最早珍しい事ではありませんけれど、講義も始まっていないこんな時間に響くのは流石に異常だと分かりますわ。でも、どこから———


 などと、私が音の正体を探すより早くあかりがその答えを口にする。


「一人、シスターが暴れてる。しかもあれ、貴女のお友達じゃないの?」


「何ですって⁈」


 あかりの言葉に驚いて声を上げた私はあかりの視線を追う様に欄干に手を突き通路の下を覗く。すると、確かに眼下の演習場の奥にカトラス剣を携えたスーの姿があった。


「スー⁈どうして、彼女が・・・」


 動揺した私の声が修道院の空気に消えていく。私の信じられない心情とは裏腹にあかりの言葉通り、スーの背後の壁にはたった今開けたのであろう大きな穴が出来ている。


 でも、どうしてですの。スーは比較的温厚な子でこんな暴力的な事をするような人じゃありませんわ。なのに、あんな事・・・・


 突然の状況を私は飲み込めず思わず硬直してしまう。思考が止まり、ただその光景を呆然と眺めてしまった。


 そんな私を置き去りにして冷静なあかりが欄干から身を乗り出し躊躇なく飛び降りる。


「ちょっ、ちょっとあかり⁈待ちなさい!」


 その向こう見ずなあかりの行動に動揺しつつ、困惑が残る私も半ば強引に引っ張られて欄干から飛び降りた。途端に身体が新たな地面に向かって落ち、空気の壁を押し開ける。


 吹き上げる風、それにたなびく髪を抑えながら自由落下の速度を魔法で落として私は難なく着地する。そして、呆然と立ち尽くすシスター達をかき分けてあかりに次いでスーの元へ駆け寄った。


 けれど、そこにいた彼女はまるで獣の様で、剝き出しにした歯を揺らして唸り声を上げる。その姿は悪魔だと言われても仕方ない様なものだった。


「やめなさい!スー!」


「ヴアアアアアアアアアア‼」


「スー‼」


 幾ら私が呼び掛けてもスーの元に私の声が届かない。傍から見ても異常な一人の魔女の姿、魔女の目で見るまでもなく暴走している魔力。完全に我を忘れた彼女の姿を目の当たりにして私は呑まれる様にただただ立ち尽くしてしまった。


「どうしてこんな・・・・」


「どうしても何も、これが禁断症状じゃないの?」


 不意に漏れた私のそんな言葉にあかりが静かに答えた。その意味を私が訊き返すまでもなく彼女は徐に答える。


「『我を忘れて、ただ求め続ける。』その言葉通りじゃない。・・・彼女は、クレアの魔眼に魅了されているんでしょう?」


「————。」


 ———あぁ、そうか・・・・


 これが、クレアが恐れていた事。ブルー・ロータスの呪い———香りを求める為なら自分の身はおろか、悪魔になる事すら厭わないって言うんですの・・・


「・・・・・」


 覚悟を、決めたつもりでしたわ。


 それを知っても尚、彼女を知ろうと思った。けれど、こうして現実を目の当たりにすると、そんな覚悟も薄れていく。


 この先、スーの様な事案を引き起こさないなどと、断言できますの?それはおろか、もっと甚大な被害を起こす可能性だってあり得ますわ。


 触らぬ神に祟りなし。その言葉通り、きっとそれが一番良いのでしょうね。


 ———けれど、私は変わらない。———


「それで、どうするの?あれじゃあ抑え込むのも一筋縄じゃ行かないわよ。」


 気だるそうなあかりが目の前で暴れるスーの対処を私に尋ねた。そんな私の覚悟も知らない彼女の表情に途端に気が抜けて私は肩を落とした。


 でも、そんな顔になるのも無理はありませんわね。


 ただでさえ暴れた魔女を取り押さえるのも苦労しますのに、暴走した魔力を振りまく彼女を抑え込まなければならないんですもの、確かに骨が折れそうですわね。下手に近づけば負傷するのはこちらでしょう。


 けれど、近くにクレアがいる様子はない。この状況を唯一止められそうな人物がいない現状、このまま放っておけば被害は広がる一方なのも事実ですわ。


 ・・・まあ、尤も。こんな所でブルー・ロータスを使う訳にもいきませんけれど。


「はぁ・・・」


 私はため息と共に再び肩を落とした。


 ———これも全て、私の管理責任ですわね・・・あの時、彼女を止められていれば、呪いを受けた彼女を気に掛けていれば、こんな事態を招く事も無かったんですわ。


「アナタは下がってなさい。ここは(わたくし)が収めますわ。」


 覚悟を決めた私がそう口にするとそれを壊す様にあかりが心配そうに「できるの?」と確認してくる。その失礼な言葉に苛立ちさえ覚えそうな私は鋭い視線で不躾な彼女に向き直り断言する。


「私を、誰だと思っているんですの?私は創始者が子、エカチェリーナ・クラミナ。そんな物、造作もありませんわ。」




「・・・・・・」


「・・・・・・」


 先程の喧騒とは打って変わって静寂に包まれた空気。周囲に私達以外の人間はおらず、薄暗く閉鎖された空間しかここにはない。


 先程から場所は移り、第十六演習場。あの後、暴走したスーを取り押さえた私は空室だったこの演習場にスーを閉じ込め、全ての扉と窓を閉鎖して急ぎクレアを呼びつけた。


 そして、今に至る。


 必要最低限の明かりで照らされた演習場、その中心に腰を下ろしたクレアとその膝に横たわるスーの姿。穏やかな表情を浮かべ膝に顔を埋めるスーに反して、眼帯を外し、魔眼を露わにしたクレアの表情は暗く沈み込んでいる。


 彼女の心情を考えれば当然でしょうけれど、その何とも言えない悲しい表情に私の顔も曇る。


「あれが、噂のブルー・ロータス。綺麗ね。」


 悲愴漂う二人の姿を遠巻きに眺めている私の隣で同じ様に見守るあかりが呑気な声を漏らす。


 本来であれば、あかりも他と同様にこの部屋から追い出すつもりだったのですけれど、いずれ自分にも関わる事だと彼女はそう言って出ていこうとしなかった。


 それは彼女なりの覚悟なのか。はたまた興味本位なのか・・・どちらでも構いませんけれど。


 そんな、頼もしいのかただ呑気なのか分からない彼女の言動に気が抜けそうになりながらも私は仕方なく言葉を返す。


「綺麗なのは認めますけれど、毒ですわよ。あれ。」


「分かってるわよ。それより、本当にこんな物で防げるの?」


 そう言って彼女は口元に付けたガスマスクに触れる。それはクレアを呼びつけた時に一緒にキアラに持ってくる様に伝えた物だ。


「これって市販の物でしょう?」


 私の言葉を待たずに不安そうなあかりがそう続ける。


 けれど、そう。今あかりが口にした通り、これは一般に販売されている物と同じ物。作りは組み立て式で至極単純。ですから、こんな物が本当に魔法に適応できるのかそう彼女が疑うのは当然の事でしょう。


 私は疑念の視線をこちらに向ける彼女を一瞥して言葉を連ねる。


「魔法によって生成される物とはいえ、あの花の花粉は物質的な質量を持っているはずですわ。なら、これでも問題なく防げます。・・・・恐らく。」


「・・・・本当かなぁ。」


 不明瞭な私の言葉を疑う様に彼女は顔を歪める。私も同様に同じ物を付けていますけれど、それでも彼女は不安らしい。とはいえ、その顔の奥に不信感はない。きっと、分かっててこんな事を言っているのでしょう。


 しかし、理論上可能でもこれが正常に作用するのかは実践しなければ分かりませんわね。


「そんなに心配なら近づいてみればいいじゃありませんの。」


 冗談交じりに私がそう口にすると彼女は呆れた表情をして「本気で言ってる?それ。」と言葉を返した。その気楽そうな表情に私はスッと肩の力が抜ける。


 私は再びクレア達に視線を戻した。そこには変わらずクレアの膝に横たわるスーとそれをなだめるクレアの姿。傍から見れば和やかな二人の様子ですけれど、それとは裏腹に決して解ける事のない呪いが渦巻く支配の領域・・・・


 ———きっと、ここから一歩でも踏み出せばもう後には戻れないのでしょうね。


「・・・・・はぁ。」


 無意識に肩を落とす私は微かに息を吐いてクレアの元へ歩み寄る。瞬間、その行動にあかりが口を開く。


「どこ行くの?」


「クレアの所よ、すぐ戻りますわ。」


 そう彼女に言い残して私は変わらずクレアの元へ歩み寄っていく。


 一歩、また一歩と彼女に近づくにつれ周囲の魔力濃度が高くなり、ピリピリとした緊張が肌の上を走る。もしこの場でマスクを外そうものなら、たちまち彼女の支配に堕ちるのでしょうね。まさしく、目の前で恍惚の表情を浮かべるスーと同じ様に。


 今更ながら私の自我が保てる保障がこんな安価で簡素な物しかないなんて——よく考えなくともゾッとしますわね。


 でも、息は出来る。意識が朦朧とする事も、奪われる感覚もない。自分の自我を今も変らず持っている。


「・・・容体は?」


 クレアの傍まで辿り着いた私は俯いた彼女にそう尋ねた。すると、途端に動揺した様子のクレアが慌てて言葉を返す。


「ちょっ、あんた———」


「これがあるから平気ですわ。」


 不安を煽らない様に落ち着いた声で私がそう答えるとクレアは不審な視線を向けてマスクを凝視する。けれど、豹変していない私の姿を見て少し落ち着いたのかクレアは視線をスーに戻す。


 私はもう一度クレアにスーの事を尋ねた。


「——で、容体は?」


「だいぶ、落ち着いた。もう暴れない、と思う・・・」


「そうですの。」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 短い言葉と共にクレアも私も、互いに言葉を詰まらせる。その所為で微妙な空気感が私達の間に漂う。視線を合わせる事も私達はままならない。


 こういった場合、なんと声を掛ければいいんですの?


 あまり無責任な事は口にできない。けれど、何か言わなければ。その為に私は踏み出したんですもの。憔悴した彼女に何か一言でも———


 でも、何を?・・・・


「・・・・本当なら、こんなに早く症状は出ない。」


 気味の悪いこの静けさを割いてクレアが徐にそう口にした。その如何にも含みのある言葉に閉ざした口を開いて私が意味を尋ね返すと彼女は変わらず暗く沈んだ声で答える。


「多分、摂取した量が少なかったから、その分早く症状が出たんだと思う。」


 返ってきた言葉に私は再び口を閉ざした。


 それはつまり、摂取量に関わらず重度の中毒になってしまうという事ではありませんの?


 クレアから少量でも花粉を摂取した時点で彼女への服従が決定されてしまう。・・・本当に、おぞましい力ですわね。


 それでも、私の答えは変わらない———


「・・・なに?」


 知らぬ内にまじまじと見られていた事に気づいたクレアが私の顔を見て不意にそう声を漏らした。暗く沈み込んだ表情、光のない青い眼、それらを嘲笑う様に綺麗に咲く青色の蓮の花に私は気分が悪くなる。


 私は静かに肩を落とした。これから向き合う物、それに苦しむ者から目を背けない様に私は彼女の傍に腰を下ろし言葉を掛ける。


「クレア、改めてアナタに謝罪を。この前の森林公園での事、少し言い過ぎましたわ。ごめんなさい。」


「・・・・・え。」


「・・・何ですの?」


「いや、だって・・・」


 私の誠意に明らかに困惑するクレアの表情にただただ深いため息が漏れる。これならまだあかりの方が素直ですわ。


 そんな失礼なクレアに対して私は呆れた声で言葉を返す。


「自身に非があるのなら、それを認め謝罪するのは当然でしょう?」


「だとしても、なんで急に?」


 怪訝な表情でそう尋ねるクレアに対して、私は緩んだ気を改めて彼女の目を真っ直ぐと見つめると真剣な声で言う。


「私は、決めたんですの。」


「きめた?なにを?」


「アナタのその魔眼。その制御が可能となる方法を私も探しますわ。」


 私が口にした言葉にクレアは目を見開き言葉を詰まらせる。まるで予想してなかったと言う様に私を一点に見つめる。


 けれど、それはすぐに曇り彼女は強い言葉を私に返した。


「はぁ?なにそれ、同情?そんなの———」


「同情で命なんて懸けられませんわ。」


「————っ・・・」


 卑屈なクレアの言葉を遮りはっきりと答えた私に彼女は再び言葉を詰まらせる。けれど、そんな彼女に構わず私は言葉を続けた。


「この私が命を懸けるに値するとそう判断したからこそ、私はアナタに協力するんですわ。同情などという軽薄な考えで口にしているのではありませんわ。」


「で、でも、制御って・・・そんなのできる訳ないでしょ。」


「できますわ。それがどれ程強大な力であっても、それがアナタの内にある物であるならば制御できない訳はありません。」


「あんたはこの花の事を知らないからそんな事———」


「でしたら、教えてくださる?その魔眼で何が起き、アナタがどれ程苦しんできたのか。」


「————っ!」


 私の強い言葉にクレアは口を歪ませ視線をそらした。まるで見られたくない秘密を隠す様に伏せた目を合わせようとしない。


「抱え込むのは結構ですわ。その力を隠し、抑え込むのも私は間違いだとは言いません。けれど、それではアナタが報われませんわ。」


「・・・・」


「力を抑えて救われるのは周囲の人間だけ。それを隠すアナタは、強大な力を抱える恐怖と重圧に押し潰されそうになりながら苦しい日々を生きていく事しかできない。それは———」


「だったら何⁈それで私が押し潰されるくらいなら、この呪いを振りまいて生きろと⁉それこそ、災厄そのものじゃない‼」


 強引な私の思いに反発するクレアの鋭い声が講義室に響く。彼女の揺れる瞳が、憤った彼女の声が彼女の苦痛を物語り、無知な私の胸に深く深く突き刺さる。


 おそらく、こんな事を言われた事など今の今まで一度だって無かったのでしょう。誰もが魔眼の脅威に怯え彼女と関わる事を避けてきたのですもの。例え、寄り添おうとした者がいたとしてもその者は・・・・


「もう、たくさんなの。人の自我が捻じ曲がる様も、それを見る事しかできない自分も。私一人が我慢すればたくさんの人が救われるんだから。どんなに苦しても、それで誰も苦しまないならそれでいいじゃん!それの何がいけないの⁈」


「それではいずれ、アナタは魔眼に喰われますわ。」


「———っ!」


 私の毅然とした言葉にクレアは声を呑んだ。憤った表情から顔は歪み、憔悴した様な暗く沈み込んだ表情に戻ってくる。


 私は、私から逸らす様に顔を伏せる彼女に優しく言葉を掛ける。


「臭い物に蓋をしても、正しく蓋をしなければ匂いは漏れるばかりですわ。それは、アナタのそれも同じ。魔眼の事を正しく理解した上でその眼と向き合わなければ、いずれ必ず綻びが生じますわ。今回の様に。」


「・・・・・」


「何も、力を完璧に掌握しろなどとは言いませんわ。ただ、ある程度の制御や、状況に応じた対処法を模索する事くらい、今の私達でも出来るはずですわ。今回の様な事が再発しない様に。」


 そう私が口にする間もクレアは俯いたままこちらを見ようとしない。けれど、構わず私は続けた。


「自分勝手だとアナタはおっしゃるのでしょう。それでもいいですわ。例え、これが私のエゴであったとしても、今のアナタを独りにするべきではない。そう、私は思いましたの。」


「・・・・・・」


「ですから———」


 私はクレアに手を差し出し真っ直ぐと彼女に向かって言う。


「改めて、よろしくお願いしますわ。クレア・ベル。チームのリーダーとして、何よりパートナーとして、あなたを導きます。だからあなたも、私を支えてくださる?」


 ようやく言えた私の言葉にクレアは意外そうな表情をこちらに向ける。けれど、彼女はすぐに顔を逸らして負け惜しみの様に私に吐き捨てる。


「なによ、あんた。私の事、嫌いじゃなかったの?」


 彼女のあんまりな反応に私は呆れた様に肩を落とすと言葉を返した。


「何を言ってるんですの?アナタが嫌いだなんて私は一言も言った覚えはありませんわ。」


「はあ⁉だって組決めの時、そう言って———」


「あの時はアナタと組むのは願い下げだと言ったんですの。」


「一緒でしょ!」


「全く違いますわ!」


「なにが違うって言うのよ!」


 クレアの当然の追及に私は思わず言葉を詰まらせる。・・・言えない。言いたくない。それは、あかり達にも隠した秘密。あまりにも無様で身勝手で醜い言い訳ですもの・・・


 けれど、私の苦い表情に追い打ちをかける様に迫るクレアの強い視線に、私は耐えられず観念して言い訳を答えた。


「私は、ただ・・・・・・が嫌だっただけですわ。」


「ほらやっぱり、私の事が嫌いなんじゃない!」


「違いますわ!私は、私は・・・・・」


「・・・なによ?」


 言い淀む私を見てクレアは眉間にしわを寄せる。その不機嫌な表情に私は渋々言葉を絞り出す。


「・・・な、軟体動物が、嫌いなんですわ。」


「・・・・・・・・は?」


 呆れた声がクレアの口から漏れ出る。それはもう、全く理解できないという様にポカンとした表情を彼女は私に見せつける。


 その私の決心を嘲笑う様なクレアの反応を受けて余計に恥ずかしくなった私は慌てて言葉を吐き連ねた。


「軟体動物ですわ!アナタ、魔法でタコの魔物を呼び出すでしょう?それがどうしても嫌だったんですわ!もちろん、アナタは召喚系ですもの、そういう魔法なのは重々承知していますけれど、あのうにゅうにゅの気持ち悪い物とこの先ずっと一緒だと思ったらゾッとして・・・だから———!」


「・・・ま、まさか、そんな事で?」


「そんな事ではありませんわ‼私にとっては死活問題ですの!」


 必死な声でまくし立てて訴える私と相反して引きつった顔をしたクレアは、次第に開いた口を綻ばせて楽し気に言う。


「ふふっ、ばっかじゃないの?」


 そう言ってクレアは私の葛藤などつゆ知らず肩を震わせて笑う。その姿はいつもの少年じみた固い雰囲気とは違い、普通の少女の様な可憐さを私に見せる。


 そんな愛らしい彼女の表情に私の興奮も恥じらいも徐々に薄れていく。


「・・・・・」


 私は抜ける様に肩を落とした。


 まったく。知ってしまえばなんて事はなかった。悩んでいた時間が阿保らしく思えるほど、目の前にいるのは普通の少女。普通に悩み、憤り、そして笑う。なにも、特別な事はない。


 ただ普通に生きていたいだけの一人の少女。なのに、背負う重荷(のろい)がその生き方を拒んでいる。


 ・・・ああ、ようやく理解した。私がこの子を見捨てられない理由は———


「ほんと、アナタって・・・・」


 不意に漏れ出た私の言葉に笑い声が残るクレアが怪訝そうに尋ねる。


「何?」


「———いいえ、何でもありませんわ。」


「なによ。」


 伏し目がちに言葉を濁した私にクレアは不服そうにそう言ってじっとりとした目でこちらを見つめる。けれど、すぐに私は誤魔化す様に咳払いをして強引に話題を変えた。


「とにかく。これからよろしくですわ。クレア。」


 そう言って私は改めてクレアに手を差し出す。急に切り出した真剣な私の言葉に彼女は一瞬だけ目を見開くと仄かに笑って肩を落とした。


「・・・・はいはい。」


 仕方なさそうにそう漏らしてクレアは差し出された私の手を取った。

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