4.初授業、緊張と共に
温かく静かな空間、凪いだ海を漂っているかのような穏やかな空気の中、連続した電子音が私の耳を突いた。
耳障りなその音を叩き止める。そして、虚ろな意識の中で目を刺す眩い光に私は目蓋を開いた。カーテンの僅かな隙間から光が差し込み、狭い私の部屋を少しだけ照らしている。
そうか。私、修道院に入学したんだ。
そんな事を今更になって実感した私は寝返りを打って仰向けになるとブランケットを捲りあげて起き上がる。
まだ重たい目蓋を擦りながら乱れた髪を手で解く私はベッドから立ち上がってカーテンを開けた。相変わらずどういう原理か分からない外の景色が見える窓で日の光を浴びた私は自室を後にする。
すると、ジュウジュウと何かを焼く音と共に香ばしい香りが私の鼻をくすぶる。その香りに誘われるように私はゆっくりとした足取りで階段を下りると、キッチンにエレナが立っていてフライパンを手に朝食を作っていた。
私の熱烈な目線を受けてなのか気配に気付いたエレナはこちらへ振り返り爽やかな笑顔を見せて言う。
「おはよ、あかり!朝食、あとちょっとで作り終わるからもう少しだけ待ってて。」
「あ、ありがとう。でも、朝食くらい自分で作ったのに。」
「いいのいいの!私こういうの好きだから。それに一人分作るのも四人分作るのも手間は変わらないでしょ?」
優しく笑ったその表情に心が温かくなるのを感じた。何だか今は亡き母を見ている様で私は懐かしさとほんの少しの寂しさを覚えてしまう。
そんな優しいルームメイトの言葉に甘えて私は朝の支度を始める。
「ありがとう、エレナ。」
「どういたしまして。それより紅茶とコーヒー用意できるけど、どっちがいい?」
「じゃあ、コーヒー頼める?」
「は~い。」
そう答えたエレナはカチャカチャと音を立てて朝食の準備を再開する。それを横目に私は歯磨きと洗顔の為に洗面台へ向かった。すると、洗面所でフレンダとすれ違いになる。
「おはよう、あかり。」
「おはよう、フレンダ。」
お互い挨拶を交わして台を交代すると私は諸々を済ませる。その後、私は一度自室に戻りいつもの服に着替えた。
姿見で自分の姿を確認して髪に花の髪飾りを付けて再びリビングへ戻ると、もう既にテーブルには四人分の朝食が並べられていた。
「ヘレン~、もう起きてくださいぃぃぃ・・・」
そう言って重そうにヘレンを抱えるフレンダがふらふらと歩いてテーブルに近づいていく。その様子に私は苦笑いしながらフレンダを手伝って二人掛かりでヘレンを椅子に座らせた。
「それじゃあ、食べよっか。」
そんなエレナの言葉を合図に私達は出されたご飯を食べ始める。
明るく楽しいエレナ達との朝食はあっという間に終わり、時間が危なくなってきたのを知ると学校の支度をして私達は寮の部屋を後にした。
修道院には学科が二つある。一つは魔女としての一般教養と魔法の使用に関する知識や危険性を学ぶ『普通科』、もう一つは普通科の教育内容に加え悪魔狩りとしてのより実戦的な魔女教育を受ける『専科』である。修道院のシスターはその二つのどちらか一方の学科を受講することになる。
どちらの学科も授業の種類は大まかに座学と実技の二種類あり、シスターの人数や授業の場所に制限がある事もあって両学科は、午前の部と午後の部の入れ替わりでその二種類の授業を行う。
あかり達が受講している専科は午前の部に座学の授業を受けて、午後の部で実技の授業を受ける事になっている。
そして、今は午前の部が終わり昼休憩中、昼食を済ませた私達はこれから実技の授業へ向かうところである。
「——やっぱり、実技も私達とは場所が違うね。」
一緒に昼食を摂ったエレナが歩きながらそう言った。
エレナとヘレンは振り分けられたクラスが私とは違うみたいで座学・実技共に違う場所で授業を受けるらしい。フレンダは私と一緒みたいだけど。
「何か寂しいね、みんな一緒に受けられたらよかったのに・・・」
寂しそうにフレンダがそう口にするとエレナも寂しそうな表情をして言う。
「そうだね。ちょっと残念。まあ、会えない訳じゃないし、授業終わったら喫茶店でも行こ?」
「いいね!そうしよっか。ね、あかりも行こ?」
目を輝かせて振り返ったフレンダが私にそう尋ねてきた。
さっきまでの寂しげな表情から打って変わって目を瞑りたくなるほど眩しい表情のフレンダに、私は笑顔で「いいよ。」と答えるしかなかった。
「それじゃあ、私達は向こうみたいだからまた放課後でね。」
エレナは手を振りながら睡魔で足に力が入らないヘレンを引っ張って私達と別れた。その危なげな後ろ姿を見送った私達も実技の講義場へと向かう。
だが、これがなかなか難しかった。
校舎は迷宮の様に入り乱れ、地図も複雑で見るのも難しく当てにならない。先ず自分がどの校舎に居るのかを探すのが大変だ。似たような図面が多過ぎる。その上、書かれた階段がどこに繋がっているのか見つけ出すのも——
・・・それでも、地図を片手に校内を巡り巡って何とか私達は授業場所に到達する。
「やっと着いた。はぁ、もう何なの?屋外授業なのに演習場に辿り着けないなんてどうなってんのよ・・・全く、複雑すぎて二、三回は同じ道を通った気がする。」
疲れ切った声で私がそう言うとフレンダは目を回して「私はもうよくわかんない。」と声を漏らした。
まあ、何であれ演習場へはたどり着いた。無駄に疲れたけど無事授業に出席できそうだ。
なんて、一人ひっそりと安堵していると、どうやら私達が最後だった様で演習場には既にシスター達が集結していた。
出席するシスターは座学のクラスと同じみたいだけど、見渡すとどの子も座学の時には感じなかったただならぬ気配を漂わせていて、彼女達の魔法を直接見なくても相当強いということが伝わってくる。
そんな気配をした国も人種も違う人達に囲まれて私は何だか胃がキリキリする。
「何だか、凄い雰囲気だね。」
隣にいるフレンダもどうやら同じ心境らしく、落ち着かない様子で言葉を漏らして私の服を掴んだ。不安気な表情を浮かべる彼女に私は短く「ええ・・・」と心許ない言葉を返した。
私が見た限り特に強そうだと感じるのは白いドレス姿の金髪の子と眼帯を付けたボーイッシュな子だろうか——
「いつまで駄弁っているつもり?休み時間は終わっているけど?」
私達の背後から突然そんな声が聞こえた。
どうやら私達が周りのシスターに気を取られている間に講師が到着していた様で、腰に手を当てて黒に近い濃い青色の髪を揺らしていた。
髪型はボブくらいの髪を少し巻いており、服装は紺色のレディースのパンツスーツ、同色のベストとジャケットを羽織っている。
「やる気がないなら、出てってくれる?目障りだから。」
冷たい口調でそう言った彼女はコツコツとヒールを鳴らしてシスター達の前に立つと鋭い目つきで私達を睨みつけた後、口調を変えずに言う。
「初めての授業だから気持ちが浮かれるのはいいけど、これからやる実技授業は実際に魔法を使う。だから、緊張感を持ってやらないと怪我をするのはあなた達よ。」
厳しい彼女の言葉に引っ張られるようにシスター達の間に緊張が張り詰める。
そうだ。今まさに彼女が言った通り、これから私達は実際に魔法を使うんだ。
魔法とは何かを学び、その正しい使い方と戦い方を修得する為の授業。だから、生半可な気持ちで受けては危険な目に遭うのは明白だろう。
講師の言葉に真剣な面持ちとなったシスター達を目にした彼女は授業前の点呼を始める。そして、それを終えた彼女は手に持っていた名簿を閉じて話し始める。
「——全員いるわね。では、これより授業を始める。けど、その前に一応私の紹介をするわ。私は総合戦闘術の授業を受け持つリン・フラン。武装系魔法で槍の魔法を使う魔女。・・・これくらい知って入れば十分でしょう。さあ、始めるわよ。」
随分とさっぱりとした自己紹介・・・なんて思いながら私は苦笑いをする。
彼女の話し方から何だか冷たい雰囲気の先生だな、と直感的に感じつつ私はリンの言葉に耳を傾ける。
「じゃあ、大まかでいいから三グループに分かれて。」
そう言ったリンの言葉に従ってシスター達は三つに分かれる。少し落ち着きがない私達も適当に固まった人達の中に紛れた。
おおよそ均等に分かれたシスターを見てリンが話を切り出す。
「先ず、この科目では魔法の系列に関係なく総合的な戦闘術について教えていく。当然実戦を交えて。でも、いきなり実戦に入ると怪我人が出かねない為、初回の今回はあなた達に障害物競走をしてもらう事にする。」
「「「「「「・・・・・・障害物競走⁉」」」」」」




