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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
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41.二人の夜

 魔力は、大災害テンペストが与えた唯一の恩恵といえる。半永久的に持続させる事が可能な莫大なエネルギーであり、この地球上全ての生命の源であるとされている。この星の上で生活する全ての生命、我々は魔力によって生かされていると言っても過言ではない。

 しかしながら、この魔力が人体並びに生命に与える影響というものは未だに解明されていない事が多い。

 その一例が『悪魔化』である。

 悪魔化とは一般的に生物が悪魔になる事という認識をされているが、ではこの『悪魔になる』という事はどういう事なのか。

 悪魔化によって生じる一番の大きな変化は、膨れ上がった魔力によって肉体の性質が変化する事だ。有害化した魔力によって肉体は本来の性質から逸脱し、物理的干渉を受け付けない驚異的な肉体と異常なまでの再生力を得る事が出来る。これにより、魔力が付与されていない通常兵器での攻撃は悪魔の体表面上で弾かれ傷を付ける事は出来ず、また、干渉力を有した魔力を付与した攻撃であっても、心臓部である核を破壊しなければ傷を付けられても即座に再生してしまう。

 だが、悪魔化によって肉体の性質が変わったとしても肉体が本来持つ肉体構造が変化する訳ではない。その証拠に、被検に用意した悪魔の身体を様々な検査機器に掛けたところ、内臓の配置、形状、構成物質、その機能に至るまで従来の生物と何も変わらない事が判明している。

 つまり、有害化した魔力が生物の肉体にもたらすのものは魔力による物理的干渉の非干渉性質と欠落しても即時再生する驚異的な肉体再生能力及び生命維持能力だけであり、生物学上のどの生物にも属さない神話生物紛いな物を生み出す事はない。これは——




「ん?」


 卓上電気によってオレンジ色に照らされた自室。そこで修道院の図書室から借りてきた本を読んでいた(あかり)はリビングへと繋がる扉の向こうから人の気配を感じて振り返った。


 薄暗い空間にある部屋の扉。その向こう側からはっきりと感じる一人の人間の気配——だが、身体が悪寒づく様な、そんな嫌な気配はしない。それどころか少し怯えた様な弱弱しい気配だ。


 それに、この気配・・・


 私は読んでいた本にしおりを挟んで閉じると椅子から立ち上がって部屋の扉を開けた。


「どうしたの?フレンダ?」


 私の予想した通り扉の向こうにはフレンダがおり、自室から持ってきたのであろう枕を抱きかかえて立っている。どうやら彼女はノックをする直前だった様で軽く握った右手を挙げながら驚いた表情を浮かべた。


 だが、その表情もすぐに曇り、怯えた様子で目を伏してたどたどしく言葉を漏らす。


「いや、その・・・えっと・・・・」


 ただそう言って言葉を詰まらせるフレンダに私は小さく肩を落とした。


「とりあえず入って?」


 一先ずの事情は置いておいて私は怯えるフレンダを部屋に招いた。すると、彼女は私の顔を伺いながら恐る恐る部屋の中に入っていく。


 自分とは違う私の部屋。置いてある物の違いからかフレンダは一層委縮してしまい、小さく肩を竦めて部屋の中心に立つと困った様に振り返った。


 そんな可哀想な姿のフレンダに苦笑を浮かべながら私は空いたベッドに彼女を座らせて散らかった机の上の物を片付けた。広げたままのノートを閉じてペンをペン立てに差し込む。


「そういえば、ごめんね。」


「え?」


 唐突に出てきた私の言葉にフレンダは驚いた表情をして声を漏らす。そして、何の事か分からないと訴える様に眉をひそめて首を傾げた。


「服、私の血で汚しちゃって。綺麗な服だったのに、ごめんね。」


「あ、いや・・・そんな・・・こと・・・・」


 目を伏して弱弱しくそう答えた彼女は抱えた枕を強く抱き締める。依然として、怯えた表情を浮かべるフレンダは恐怖からか僅かに肩も震わせている。


「それで、どうしたの?」


 机の物を片付け終えた私は改めてフレンダに分かり切った来室の理由を尋ねる。すると、彼女は枕に顔を埋めながらゆっくりと答える。


「えっと・・・その、眠れなくて・・・」


 やっぱり。昼間の戦闘が尾を引いている。まあ、そうなるのも無理もないか。あんな大量の流血を見るのはそれこそ生れて初めてだろうし・・・


「そう。・・・ホットミルクでも持ってこようか?」


 私のささやかな提案にフレンダは静かに首を横に振った。


「・・・そっか。」


 そう漏らして私は何も言わずに椅子に座る。


 こういう時、なんて声を掛ければいいのだろう。『怖がらなくても、もう大丈夫だよ。』なんて言うのは無責任だろうし、かといって『そんなに怖い?』って訊くのも無神経だし。だからって何も言わないのは・・・・


 う~ん・・・・


「あかりは、すごいね。」


 私が独り悩み込んでいるとフレンダがポツリと言葉を漏らした。その意味を尋ねる様に私が首を傾げると、羨望の眼差しを向けたフレンダは今にも消えてしまいそうな声で言葉を続ける。


「あんな怪我しても冷静で。平然としてて・・・なのに、私なんて。怖くて・・・」


「そんな事ないわよ。」


 彼女の言葉を私は否定する。


 あの時の私は、はっきり言って冷静とは言い難かった。後になって考えてみればもっと聡明な判断ができたはずだし、もっと積極的に戦闘に加担していればフレンダを、延いては市民を危険に晒さずに済んだかもしれない。


 それも、私の中にあった驕り。あの程度の悪魔なら問題ないと高を括った結果であり、エカチェリーナの愚行に対し呆れ、責任を押し付けようなどと・・・浅はかな考えに至った自分の身勝手さが招いたもの。


 結果的に真面なものに転がったが、あれはかなりお粗末な戦闘だった。


「私、狩り人向いてないのかな・・・」


 突然、フレンダはそんな事を言い出した。急に出てきた諦めの言葉に私は少し困惑しつつ顔を埋めた彼女に慎重に言葉の意味を尋ねる。


「どうしてそう思うの?」


「だって、何もできなかった。避難誘導も真面にできなくて、私の所為であかりに怪我させて。なのに、あかりの治療も私はできなかった。」


「・・・・・」


「私、ただの足手まといだった。」


「そんな事はないわよ。断じて。」


 はっきりと私がそう言葉を掛けると彼女は埋めた顔を上げて私を見つめる。


「市民を無事避難させられたのは間違いなくフレンダの活躍よ。まあ、多少の手際の悪さとか反省すべきところはあるけど、貴女はちゃんとやるべき事をやってた。足手まといなんかじゃなかったわ。」


「でも、私がぼーっとしてなければあかりが怪我なんてしなかった。あかりの怪我だって、私・・・」


「・・・そうね。確かに、戦場であんな無防備になるのは良くなかったかな。」


 苦しそうに言ったフレンダの言葉に私がそう優しく指摘すると彼女はバツが悪そうに視線を逸らして沈み込む。少し辛いだろうが事実は事実だ。それを考え無しに擁護するのは彼女に良くない。しかし——


「でも、あれは貴女だけじゃなくエカチェリーナの失態でもあるわ。悪魔と戦闘をする以上、その攻撃を決して市民に向けさせてはいけない。——それを、彼女は怠ったの。フレンダ一人だけの問題じゃないわ。」


「でも・・・」


「怪我の事だって、あれだけ大量の血を見れば例え医師であっても動揺するわよ。」


「・・・・・・」


「勿論。フレンダに非がない訳じゃないわ。もし攻撃が市民に飛んでいったら誘導する狩り人や魔女がその攻撃を防がなきゃいけない。———でも、あれを防ぐのは流石に無理でしょうね。」


「・・・どうして?」


 フレンダは逸らしていた目を私に向けて怪訝そうにそう尋ねた。私は向けられたその視線に一瞥して困った様に肩を竦めてそれに答える。


「ああいうのは下手に弾けばどこに飛んでいくか分からないわ。相当な技術があれば別だけど、周囲に人がいる以上そういった危険は冒すべきじゃない。かといって避けるなんて論外。なら後はもう受け止めるしかないけど——なんて、あの一瞬でそれを判断するなんて無理でしょう?」


「でも、あかりはやった。」


 痛いところを突かれ、私は言葉を詰まらせる。


 確かに私は、それだけの事をやった。でもそれは、多少の経験と多少のズルがあったからだ。だが、経験の浅いであろうフレンダにそれができたかと言われれば・・・


「こう言ったらあれだけど、それは多少の実戦経験があるからこそよ。私は今までいろんな失敗を経験して、そこから学んだだけであって初めからできてた訳じゃないわ。」


 私がそう言うとフレンダは再び目を伏せる。枕を抱き締める腕に力が籠り、どんどん枕がくの字に曲がっていく。


 実戦に対する経験が少ないが故の、挫折と自信の喪失。どれだけ訓練しようとも、本物の悪魔の前ではその結果が発揮されるとは限らない。


 現場で自分が無力である事をまざまざ見せつけられ、目標を見失う事はどの世界でもよくある事だ。かく言う私にも、その手の経験はある。


 だからこそ——


「フレンダはね。これからなんだよ。」


「・・・・これから・・・」


「ええ。これからいろんな失敗をして経験していくの。怖い事も。辛い事も・・・そうして、身を以って学んでいくのよ。戦い方とか、処置の方法とかね。」


「・・・・・」


 フレンダは口を噤んでしまう。恐らく、抱いた憧れを覆い隠してしまう程の強い恐怖と今必死に戦っているんだろう。


 でも、この子はきっと——


「むしろ私は、フレンダの方が凄いと思うな。」


「・・・わたし?」


 私の言葉にフレンダは意味が分からないと言う様に眉をひそめた。私は膝に腕を突いて前屈みになると彼女の顔を覗き込みながらその意味を話す。


「ええ。だって、あの時フレンダは私の言った事をちゃんと実行くれた。本当は凄く怖かっただろうに、必死に責任を全うした。」


「———。」


「やった事は決して華やかなものではないわ。でも、それはとても重要な事。フレンダには、恐怖に立ち向かえる強さがある。今日の事もそうだし、グリゴリの時だってそう。どんなに怖くてもそれに立ち向かおうとする勇気がある。それは、誰にでもできる事じゃない。」


「でもそれは、あかりが居たからで——」


「関係ないわ。誰が居ようと行動を起こすのは自分自身だもの。戦うのか、戦わないのか。それを決めるのはいつだって、自分自身・・・貴女は誰よりも戦ってた。市民を必死になって守った。そんな貴女が、狩り人に向いてない訳ないわ。」


 すると、フレンダはじわりじわりと涙を零し始める。抑えていた感情が溢れ出て彼女の顔はくしゃくしゃになっていく。


 そして、遂に我慢できなくなった彼女は抱えていた枕を捨てて徐に私に近付き縋る様に抱き着いた。


 突然の抱擁に私は思わず動揺して身体が硬直してしまう。だが、私の胸で子供の様に泣く彼女を見て私は抜ける様に肩を落としそっと彼女を抱きしめて優しく頭を撫でた。


 静かな夜の部屋にフレンダの声だけが聞こえる。




 一頻り泣いて落ち着きを取り戻したフレンダは埋めていた顔を上げて私の胸の中から離れた。


「大丈夫?」


 私がそう尋ねるとフレンダは小さく頷いて「うん。」と消えそうな声で答えた。まだ少し弱弱しいが私の部屋に訪ねて来た時に比べて抱えていた恐怖は大分薄れた様に見える。心成しか顔色も明るい。


 一先ず、落ち着いたみたいで良かった。突然部屋に来た事もそうだが、泣きながら抱き着かれた時はどうしようかと思った・・・


 ——いや、決して嫌という訳ではないが、元男の立場として反応にも対応にも困る。


 とはいえ、少し長話をしすぎた。もう日付が変わって一時間以上経っている。流石にそろそろ彼女を——


「ねえ、あかり。今夜、一緒に寝てもいい?・・・」


「え・・・」


 急にフレンダの口からそんな言葉が飛び出してきてようやく落ち着いた私の思考が強制停止させられる。


 ・・・一緒に・・・寝る?・・・・私と⁉——元男のこの私に、彼女は一体何を言っているんだ⁇


 そんなの・・・・え⁉・・・・


 なんて、頭の中がこんがらがっていると私のハチャメチャな心情を察したのかフレンダは顔を曇らせて申し訳なさそうに言葉を漏らす。


「・・・ごめん。私、部屋に戻るね。」


 そう言って苦しそうに微笑んだ彼女は私に背を向けて持ってきた枕を拾い扉の方へ歩き出した。小さくなったその背中が枕を強く抱き締めながらゆっくりと薄暗い部屋の扉へと近づく。


 その姿が、余りにも可哀想で私は思わず彼女を引き留めた。


「フレンダ!」


 強く響いた私の声にフレンダは立ち止まり振り返る。小さな灯にほんのりと照らされた暗がり。そこに佇むフレンダの、その表情はまだ・・・曇ったまま——


 すぐに私はフレンダの元に歩み寄り、その白く細い手を優しく握ってさっきの彼女の誘いに応じる。


「いいよ。一緒に寝よ?」


「え、でも・・・」


 そう漏らす彼女の手はまだ少し震えている様に感じた。薄れたとはいっても、心に僅かな余裕ができただけでまだ戦闘の恐怖が残っているんだ。


「いいから。おいで。」


 そう言って私はフレンダの手を引く。引かれた彼女は私の手に導かれるまま部屋の奥へと戻り、再びベッドの上に帰ってくる。そして、持っていた枕を抱えたまま遠慮がちにベッドに横たわると彼女は居心地悪そうに身体を縮こませて抱えた枕に顔を埋めた。


「・・・・・・」


 フレンダが、私を見つめる。不安と恐怖、謝罪。複雑に絡み合った感情を秘めるその視線に、私は微笑みを返しながら縮こまった彼女の身体にブランケットを掛けて点いていた灯りを消した。


 唯一の光を失って真っ暗になる部屋。暗闇に包まれた真っ黒な視界の中で私はフレンダのいるベッドに潜り込んだ。ブランケットに包まれる身体。決して彼女の身体に触れ過ぎない様に、慎重に、私は彼女の隣に横たわる。


 彼女の熱が、彼女の吐く息が私の身体に直接伝わってくる。


 流石に、シングルベッドに二人は狭い。どれだけ気を付けても所々お互いの身体が触れ合ってしまってかなり身動きが取れない。


「流石に窮屈だね。」


 肩を竦ませて苦笑いした私がそう言うとフレンダは小さく「うん。」と返した。


 縮こまった細い身体、伏せがちの目と表情に閉ざされた唇、それに掛かる赤茶色の髪。シャンプーの匂いだろうか、年頃の少女らしい甘い香りと温かな体温を感じて私は改めてフレンダの美少女具合を知った。


 だが、それを認識してしまうと途端に恥ずかしくなってくる。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 静かな空気が部屋を流れる。いや、これが本来あるべき深夜の静けさなのだが、今はその静けさが物凄く重たく感じる。


 やっぱり、嫌だったかな・・・一応同姓とはいえ同じベッドで寝る、なんて。


 昔、似た様な事をエリ姉にしてもらったから、フレンダもこれで安心すると思ったんだが———


 いや、そもそもあの人を参考にするのは少しマズいか・・・?


「ありがとう。」


 悶々と私が思い悩んでいると徐にフレンダがそう言った。まだ少し曇った表情で彼女は不器用に私に笑みを浮かべる


 そんな彼女の姿に私は思わず手を伸ばして彼女の頭を撫でた。柔らかくてさらさらとした彼女の髪——だが、泣き付かれたさっきとは違って二人とも落ち着いている所為か、頭を撫でていると何だか少し背徳的な感情が込み上がってくる。


 私はそれを誤魔化す様にフレンダに優しく微笑んで言葉を掛ける。


「いいわよ。私はフレンダのパートナーなんだから。フレンダが辛いなら私が支えるし、怖いなら私が傍に居てあげる。」


 それを聞いて今度こそフレンダは自然な笑みを浮かべた。


「・・・ありがとう。あかりは、やっぱり優しいね。」


「そう?それより、もう寝ましょう?明日——というより今日も休日だからって夜更かしは余り良くないわ。」


 そう言って私は頭を撫でていた手を彼女の肩に回して目を閉じた。閉じられた視界の中で鮮明に聞こえる彼女の緩やかな呼吸、委縮した彼女の身体から力が抜ける感覚を感じて私は少し安心する。


 そう思った矢先、急にフレンダが空いている私の手を握り締めた。


 驚いた私が思わず目を開けると、文字通り目の前にいるフレンダが恥ずかしそうに瞳を閉じる。


 思わぬ彼女の不意打ちに不覚にも私はしばらく硬直してしまった。だが、その彼女の顔にはもう、恐怖の色は無かった。

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