40.責任と最適解
長い事情聴取の後、呼び出した狩り人に延々と説教攻めに遭い、こってりと絞られた私は拘束されていた職員室から退室すると深くため息を吐いた。
辛かった・・・・本当に、延々と何度も同じ話をされた時には終わらない無限説教を覚悟した。——いや、無限説教ってなんだ・・・・ああ、駄目だ。疲労の所為で頭がおかしくなってる。
というのも、あの騒動から随分な時間が経っており、その証拠にもうすっかり日は暮れてしまった。手元の時計を見れば針はもうすぐ九時を刺そうとしている。騒動が起きたのはおおよそ正午過ぎだったから、約九時間の拘束・・・余りに酷い現実を目の当たりして改めて私は拘束されていた時間に呆れかえる。
私の吐いたため息が吸い込まれてしまう程、静かで薄暗い修道院。僅かな明かりが照らす長い長い廊下はお化けが出てもおかしくない雰囲気を醸し出していて少し不気味だ。
そんな不吉な廊下を独りとぼとぼと歩いていると、私の行く先に何故かサリーが待ち構えている。
そこはかとなく嫌な予感がしたが、その予感は見事に的中し彼女は私の事を見つけるなり呆れた様な笑顔を浮かべて言う。
「嘘は良くないな~」
「・・・何の事です?」
サリーの言葉をはぐらかす様に私がそう尋ねると彼女はまるで全てを知っているといった口調で本題を話す。
「昼間の戦闘、仕掛けたのはエカチェリーナらしいわね。」
「・・・・はぁ、誰がそんな事を?」
「本人が。あかりは自分の尻拭いをしただけだって私に報告してきたわ。」
そんな事を彼女はわざわざ律儀に報告したのか。ご苦労な事だ。
しかし、つくづく彼女は融通の利かない生真面目というか、嘘を吐けないというか・・・そんなものを正直に報告したって何も変わらないというのに——
「駄目だよ?本当の事言わなきゃ。」
視線を逸らす私の顔を覗き込んでサリーは私の報告漏れに言及する。そんな彼女に少しの煩わしさを感じながら私は逸らしていた視線を向けると、観念した様に目を伏せて静かに答えた。
「嘘を言った覚えはありませんよ。現に、あの時私が取るべき最善策はあんなものではなかった。」
「そうだけど、包み隠さず話してくれないとあなたの評価に傷が付くでしょう?」
「別に構いませんよ。事実、フレンダ達に命令したのはこの私です。そしてそれは、エカチェリーナ達も例外ではない。だから、多少事実に違いがあっても、何も変わりません。」
サリーの正当な言葉に私がきっぱりとそう答えると、彼女は急に驚いた表情をして黙り込んだ。眉をひそめて固まった表情が私の顔を一点に見つめてくる。
そして、徐にサリーは言葉を漏らした。
「・・・あなた。まさか全部わかってて・・・」
静かに漏れたサリーの言葉。でも、私は何も答えなかった。だって、わざわざ答えなくてもきっと分かるだろうから。
だから私は、ただ困った様に柔らかく微笑んだ。僅かに口角を上げて目を細める。すると、彼女は全てを察した様に目を見開く。
「では、私も寮に戻ります。」
硬直するサリーを置いて私はそう言葉を残すと軽く一礼をして彼女の脇を通り抜ける。その間サリーは私を引き留める事はなく、ただただそのまま立ち尽していた。
再び独りの夜の修道院。
木霊する足音、細く伸びる私の影。幾重にも入り組んだ階段を下り、騎士の石像が飾られた大広間を抜けて月明かりに照らされた回廊をゆっくりと渡る。
夜空には小さな光を放つ無数の星々と二つの月。吹き抜ける冷たい夜風が私の肌を撫でて長い髪をなびかせる。
私は広がる髪を押さえた。少し肌寒いけど見上げた夜空には雲はなく、月が綺麗に見える。
ついさっきまで不気味だった修道院の姿がいつの間にか幻想的なものに変わり、落ち込んだ私の心が少しずつ晴れていく気がした。
だが、その晴れていく心を一気に突き落とす人物が私の前に現れる。
「私の記憶が正しければ、寮に戻ってる様に命令されたんじゃなかったかしら?」
ため息混じりに私がそう声を掛けた先に居るのは、明らかに不機嫌な表情をしたエカチェリーナ。彼女は嫌そうに私の顔を一瞥すると、回廊の柱にもたれ掛かった身体を起こして強い語気で私に尋ねる。
「どうしてあんな事したんですの?」
貴女も、ですか・・・
そんな、最早聞き飽きた質問への密かな私の疲れも彼女には通じないらしく、顔をしかめたまま私の言葉を待っている。その余りにも健気な彼女に頭を抱えながら、私はその分かり切った言葉の意味を尋ね返すと彼女は急に声を荒立てた。
「とぼけないでくださる⁈どうして私の所為にしなかったんですの⁉」
「・・・・・・」
「私が始めたものなんですから私に責任を取らせればよかったではありませんの!それをあんな——あんな事で私を庇ったつもりですの?私に恩を売ったつもりですの?ふざけるもの大概にしてくださる⁉」
彼女の怒鳴り声が修道院に響き渡る。それも、よっぽど気に食わなかったのか彼女は大声の出し過ぎで息が上がってしまっている。・・・間近で聞く私の鼓膜を少しは労わってほしいものだ。
だが、それでもエカチェリーナの怒りは収まらない様で鋭い目つきで私を睨む。私は彼女の声で悲鳴を上げる耳を擦りながら、もう何度目かも分からないため息を吐いて彼女に言う。
「自惚れないでくれる?」
「は?」
「私が、たかだか貴女なんかの為に責任を被ったとでも?・・・そんな下らない妄想をしている暇があったら反省文を書く時間にでも当てたら?」
「何ですって⁉」
まだ何も分かってない様子のエカチェリーナに次第に呆れを覚えながら私は腕を組んで修道院の壁にもたれかかると彼女に尋ねる。
「そもそも、あれはどうすれば最適だったと思ってるの?あの状況をより安全に、より確実に治める為にはどんな行動を取るべきだったのか。」
「それは・・・私が迅速に——」
「違う。」
真剣な言葉を遮った私にエカチェリーナが不機嫌な目を向けた。だが彼女は、私の問い掛けに対する明確な答えを持っていないからか少し言葉を詰まらせる。
多少静かになった彼女を横目に私は組んでいた腕を背中に回し、柱の隙間から覗く夜空を見ながらその答えをゆっくりと答えた。
「そもそも————」
私が口にした言葉に彼女は納得した様に視線を落とした。まるで、最初から分かっていたかの様に——
「・・・でも、貴女はそうはしなかった。」
「・・・・・・」
「そして、それは私も。この意味が、貴女なら分かるでしょう?」
私の言葉を受けてエカチェリーナは全てを理解した様に顔を逸らして黙り込んだ。だが、それでも容認できないという様に眼だけは瞳の奥から鈍い光を発し僅かに揺らいでいる。
それは、彼女の中の葛藤を窺える様だった。
そんなエカチェリーナに多少なりの同情を抱きながら私は壁にもたれかかっていた身体を起こし落とした声で彼女に言う。
「・・・もういいかしら。疲れてるの。話ならまた今度。」
心の底から溢れた本音を漏らした私は彼女の脇を通り抜ける。視界の端で動揺したエカチェリーナの俯いた顔が小さく歪み、諦めた様に力の入った彼女の白い肩が落ちた。
再び、静寂に包まれた修道院。未だにズキズキと痛む肩を気遣いながら私は寮へ向かった。
誰もいない静かな夜道を歩いて自分の寮へと辿り着いた私は鍵を開けて玄関をくぐった。ようやく家に帰ってきたと実感すると今まで蓄積した疲労がどっと帰ってきて急に身体が重くなる。
今すぐにでもベッドに横になりたい。そんな欲求を抑えながら私はよたよたとリビングに向かうと現場で別れたフレンダ達が揃ってソファーに座り込み私を待っていた。
だが、明らかに空気が重い。
一人椅子に座ったフレンダは椅子の上で膝を抱えて俯いているし、ヘレンも珍しく体を起こしてソファーに座っている。そして、残ったエレナに至っては腕も足も組んで見るからにご立腹な表情でヘレンの横に座り待っている。
「ただいま。どうしたの?」
私が探る様に徐にそう皆に尋ねるとそのご立腹なエレナが低い声で言う。
「あかり、座って。」
見るからに嫌な予感しかしないが、とても断れる様な雰囲気ではなく私は素直に彼女の近くの椅子に座った。すると、彼女は座った私を睨み憤慨した顔で本題を話し始める。
「なんで責任を取るなんて言い出したの?」
「あー」
もう、聞き飽きた。
「あれは明らかにエカチェリーナが悪いでしょ?勝手に悪魔狩りを始めた挙句、戦闘を長引かせて一般の人達を一層危険に晒したんだから。騒動の責任はあいつが取るべきしょ。それなのに何であんな事・・・いくらあかりに自己犠牲癖があるからって、あんな奴の責任まで被る事なんかないわ!」
勝手に変な癖を付けないでと言いたいところだが、彼女は私の事情を知らない事をいい事に私を責め立てる。もう、ウンザリする程訊かれたそれにも辟易するが、それ以上に、事情をすべて話さなければいけないこの雰囲気が堪える。こっちはすぐにでも休みたいのに——
「皆、疲れてるのね。ちょっと待ってて、ココア入れるから。」
話を逸らそうとそう言って私は席を立ちキッチンへと向かう。だが、私の心情を全く察しないエレナが「座りなさい、あかり!」と声を荒立てて私を制止する。そして、その声に応える様にヘレンも私の前に立ちはだかる。
いい加減、鬱陶しく感じ始めた私は肩を落としながら邪魔なヘレンを帯で包んでそのまま無理矢理ソファーに座らせた。その余りの早業にヘレンは成す術なく手足を縛られ、その状態のままソファーの上でキョトンとした表情で固まっている。
「待ってて。良い子だから。」
そう彼女達に伝えると私はキッチンに立ち食器棚を開いた。
「それで?何だっけ?」
棚から人数分のマグカップを取り出しながら私がそう尋ねると、怒ったエレナが机を殴って私に怒鳴る。
「なんで、あんな奴の責任を取ったのかよ!」
怖い顔をして立ち上がった彼女に私はまた肩を落とした。手に持ったカップをキッチンに並べ、コンロに置いたままのやかんに水を入れて火に掛ける。
「別に、私がそうすべきだと思ったからそうしたまでよ。他に理由なんかないわ。」
「なんで?あかりに責任なんかないじゃない!あかりはあの騒動を上手く取りまとめてた。怪我人が出ない様に身を挺してまで守って。それのどこが悪いっていうの⁉むしろ悪いのは、その発端となったエカチェリーナの方でしょ‼」
「そうかしら。」
エレナの言葉にテキトーに相槌を打って私は棚から出したココアの袋を開けた。開けた口から濃縮されたココアの甘い香りが広がり私の鼻に突き刺さる。ココアは割と好きだけど、これだけは苦手。
「それなのに、なんであかりが責任を取らなきゃいけないのよ!おかしいでしょ‼」
なんて下らない事を考えながらカップにスプーンで移しているとエレナの話が終わった様なので、今度は私が彼女に尋ねる。
「じゃあエレナは、エカチェリーナが悪くて。私は正しい事をしていたと。そう思ってるんだ。」
「事実そうでしょ。」
「本当にそんな風に思ってるの?」
ココアを落とすスプーンの音が、空気を切り裂く様に部屋中に響いた。私の低い声も相まってかなり威圧的に響いたその甲高い音は興奮したエレナの口も黙らせる。
僅かな静寂。ここにきてようやく口を閉ざした彼女に対して、私は手にしていたスプーンを置いてリビングへ戻ると理解の足りない彼女に、一から、丁寧に、順を追って説明する。
「エカチェリーナが起こした行動は確かに悪手だったわ。あんなに大勢の人がいる中で戦闘なんて始めたら市民に攻撃が及ばない訳がない。」
「なら——!」
「なら、何故誰も止めなかったの?」
私がそう尋ねるとエレナは急に声を詰まらせる。さっきと打って変わって明らかに動揺したエレナは必死に反論の言葉を探す。
だが、そんな彼女の事など構わず私は話を続けた。
「危険なのは目に見えていた。それが分かってて何故、誰一人として彼女を止めるっていう発想をしなかったの?」
「それは——っ」
「それどころか私達は彼女の行動を補助した。何も知らない市民達を巻き込んでまで、彼女が戦いやすい様に戦場を用意した。」
「だってそれは、悪魔がいたから——」
「でもその悪魔は、決して好戦的ではなかったわ。エカチェリーナが戦闘を始めるまで、市民に危害を加えるつもりも無かったでしょう。」
現に、戦闘が起きるまであの悪魔からは明確な殺意を感じなかった。戦闘中も、殺気こそ感じるものの、それよりもいきなり襲われた事に対しての焦りの方が強かった。比較的危険性の低い悪魔。討伐を急ぐ必要性なんか無かった。
「断言するわ。刺激しなければ戦闘は起こり得なかった。これでも貴女達は、あれを『正しい事』だと、本当に言えるの?」
「それは・・・」
「無理でしょうね。だって、やっている事自体はエカチェリーナのそれと何も変わらないもの。」
「・・・・・・」
私の言葉に遂に黙り込んでしまったエレナ。ばつが悪そうに私から顔を逸らし悔しそうに唇をかみしめる。
その可哀想な彼女に追い打ちを掛ける様に私は結論を言う。
「つまり、あの場で私達が取るべき最適解はただ一つ。彼女を止める事。そうすれば戦闘が起こる事もなければ、当然怪我人なんて出るはずもない。トチ狂ったシスターのボヤ騒ぎ程度にしかならなかったでしょう。——でも、私達はそうはしなかった。むしろ、その戦闘に加担した。その時点で私達も彼女と同罪なのよ。無駄に市民を危険に晒した馬鹿なシスターでしかない。」
「それは違うわ!あかり——」
「何が違うと言うの?人々の都合を無視し、避けられたはずの危険な戦闘を行った。これのどこに間違いがあると?」
「——っ・・・・・・」
言葉を詰まらせるエレナを他所に沸かしていたやかんの音が鳴り始めた。注ぎ口から勢い良く湯気が上がりカタカタと音を立てて蓋が踊る。
私は話を中断してもう一度キッチンに戻ると、火を止めて沸いたお湯をカップに注いだ。湯気の上がるカップ。注いだお湯にココアを丁寧に溶かし、出来上がったカップを順に配膳用のトレイに載せる。
それを人数分終えると私はトレイを持ってリビングに戻り、ソファーの前の低い机の上に置いた。
「後出しで物を言っている事は分かってるわ。でも、その事を一切伝えず一方的に命令したのはこの私。なら、その責任を私以外の誰が取ると言うの?」
そう言って私は自分のカップを手に取るともう一度皆に尋ねた。
「他に何か質問は?・・・・無いならもう何も言わないで。私だって疲れてるの。」
私は立ったまま入れたココアを一口飲むとそれを持って階段を上がって自室の扉を開けた。そのまま片手間に扉を閉めて私は部屋の奥へ入ると、カップを机の上に置き机の一番下の引き出しに手を伸ばす。
「秘密を明かす。隠した物は変わらず此処に在る。」
私の声に応える様に音を立てて引き出しの鍵が開く。私はその引き出しから緑色の液体が入った小瓶を取り出しガラスの栓を引き抜くとそれを一気に飲み干す。薬臭い甘さが舌の上を転がり喉の奥へ流れ込む。
これ、決して不味くはないんだが、この味が少し苦手だ。
なんてことを思いながら私は傾けた小瓶の中身を全て飲み終えるとその瓶を引き出しに戻し戸を閉める。
「隠した物は此処には在らず。秘密は常しえに閉ざす。」
しっかりと鍵が閉まる音を確認した私は椅子を引いて泥の様に座り込む。腕をだらりと下ろして天井を仰ぎ、ゆっくりと息を吐いた。
・・・・あれで、良かったはず。
状況を見れば、あの選択は悪手の悪手。・・・だけど。あれとは別に、違う悪寒を感じた。何か良くない事が起きる様な、そんな嫌な予感——
それがなんだったのか結局最後まで分からなかったが、あの場でエカチェリーナを止めるのは・・・選択肢として違う気がした。
結果、何も起こらず終わった訳だが・・・・
「本当に、あれは何だったんだろう。」
とはいえ、考えたって答えが出る訳もない。あの悪寒の正体がなんだったにせよ、最早私には関係のない事だ。
とにかく、今は休もう。今日は少し、無茶をしすぎた。




