36.チーム分けで一波乱
「あかりと同じチームなのは万歩譲って妥協するとして、クレア・ベルとパートナーなんて私は御免ですわ!」
「ちょっと!流石にそれは——」
「いいよ、別に。私だってあんたみたいなの願い下げだし。」
「随分な言いぐさですわね‼いいですわ。どなたか代わってくださる⁈」
興奮したエカチェリーナがクレアに向かって強い言葉を浴びせて叫ぶ。ピリついた二人の剣幕に圧倒されてフレンダが私の背中に隠れて怯えた様子を見せる。
どうしてこうなってしまったのか・・・・
時は遡る事、数十分前——
「チーム分けか・・・」
第六区の第三屋内演習場で授業の開始を待つ最中、隣で上の空のフレンダが何の脈絡も無くそう漏らした。フレンダが言った通り、この後の授業はチーム分け。後期の野外実戦に向けてチームとパートナーを決めるらしい。
さっきまで話していたクロエが横で怪訝な表情をしているのを尻目に私がフレンダに今の言葉の意味を尋ねると彼女は不安そうに答える。
「いや、あかりと違うチームになったらどうしようかなって。」
「そんな事?心配しなくても大丈夫よ。フレンダなら。」
「そんなことってなに~?やだ~、一緒がいい~」
そう言ってフレンダは私の腕にしがみつく。途端に彼女からフローラルな香りが私の鼻をくすぐってきて私は少し動揺する。それだけでも私としては色々と一杯いっぱいなのだが、そのフレンダに嫉妬してかクロエまで私の腕に抱き付いてきて私の顔を覗き込んで私に言う。
「私も、あかり様と一緒のチームになりたいです!」
「うん。なれるといいね。」
「なんですか?あかり様、私と一緒は嫌ですか?」
「まさか、そんな事ある訳ないでしょう?」
これぞ、両手に花か・・・と我ながら思ったが、傍から見ればただ女子がイチャついてるだけなんだよなと、ふと我に返る。
それに、こうも密着されると・・・ちょっと、気まずいというか、むず痒い。こういうのは未だに慣れないんだよな・・・なのに、フレンダ達は平然とやるから余計に調子が狂う。
なんだか、意識しているのは自分だけだと思うと余計に恥ずかしくなってきた。
などと一人密かに悶絶していると演習場の扉が開き、そこから大きな箱を抱えたサリーが入室する。抱えた荷物の印象とは裏腹に軽やかな足取りで入ってきた彼女は、手に持ったその箱を教卓の上に置くと授業の開始を簡単に伝えて本題を話し始めた。
「じゃあ、伝えてた通り、後期の実戦に向けてチーム決めとパートナーを決めたいと思います。決め方は・・・まあ色々考えたけど、くじで決めま~す。」
軽い口調のサリーの発言に若干周囲がどよめく。——なるほど、くじの箱だからあんなに軽そうだったのかと私が勝手に納得するその一方で、周囲の不満の声が次第に大きく漏れだし演習場に良くない空気が漂い始めた。
だが、そんな空気も気にせずサリーはパンパンと手を叩いて話を進める。
「はいは~い、文句を言わな~い。じゃあ、順番にくじ引きに来て~」
少し強引な進行から周囲から不平不満が垂れる中、それでも意外と皆素直にくじを順番に引いていく。
そんな従順なシスター達を眺めながら私達もその波に乗ってくじを引きに向かう。そして、くじを引き終えると元いた場所に帰ってくる。引いたくじはクラスの席替えの様な小さな四つ折りの紙で、開くと青色の文字で『4』と書かれている。
「一度引いたくじは交換とかしない様に。分かるからね。」
そんなサリーの注意喚起を聞きながらその紙に目を落としていると私の後に引いたフレンダが帰ってくる。その彼女に「どうだった」と私が尋ねると開いたくじを見せてくれた。そこには私と同じ青文字の4が書かれている。
「くじを開けると中に数字があると思うんだけどー・・・取りあえず同じ数字同士で集まってくれる?」
サリーのその指示を聞くとシスター達は気だるげに移動を始める。だが、その一方フレンダが私に抱きつき嬉しそうな声を上げる。
「やった~!あかりと一緒だ~!わ~い‼」
「ふふっ、よろしくね。」
私と一緒だったのがそんなに良かったのかフレンダが子供の様にはしゃいで喜びの声を上げる。しかし、その横で紙を開いたクロエが気落ちした様子で声を漏らす。
「私は、8・・・残念です、一緒になりたかった・・・」
どうやら彼女は違う数字を引いた様で、気になって私が隣から彼女の紙を確認するとそこには緑文字で『8』と書かれている。
なんだか可哀想になって私は彼女に声を掛けるが、見るからに肩を落としたクロエは私達の元から離れ、同じ数字のシスターの元へ力なく歩いていく。
その背中がまた可哀想ではあるが、私達二人も同じ番号のシスターを探し始める。
周囲の既に集まったチームを見るにチームは四人一組で組まれているらしく、四人組の固まりがあちらこちらに形成されている。その中には、和気藹々としているチームもあればお通夜の様な沈み切った空気のチームもあり、色々と凄惨だ。
なんて事を思っていると残りの二人が私達の前に現れた。・・・・のだが——
「え・・・」
「あ・・・」
「げっ・・・」
「・・・・」
4番の紙を持って私達の前に現れたのはエカチェリーナとクレアの二人で、エカチェリーナがあからさまに嫌そうな顔で嫌そうな声を漏らした。
「えっと。今、集まってもらった四人が今後のチームとなります。みんな仲良くする様にね。」
と、分かりきったサリーの言葉を聞き流して私はさっきエカチェリーナが漏らした言葉について彼女本人に尋ねる。
「『げっ』って・・・随分な反応ね。」
「どうしてアナタと一緒なんですの?」
「いや、どうしても何もくじだから。仕方がないでしょう?」
「全く、どうしてくじなんですの。他にもっと合理的な決め方もありますでしょうに。」
そんな不満を垂らすエカチェリーナに私とフレンダには苦笑が漏れる。早速、先行きが不安だ。
「とにかく、これからよろしくね。エカチェリーナ、クレア。」
そう言って私は彼女達に手を差し出すが、クレアは何の反応も示さず、エカチェリーナに至っては「願い下げですわ。」と言ってそっぽを向かれた。
これは・・・先行きどころかチームにすらならないまである。
——と、既に打ちのめされそうな状況の中、更にサリーが今になって取って付けた様に新たな情報を開示する。
「因みにくじに書いてある数字に色が付いてると思うけど、その色が同じ人とパートナーを組んでもらいます。」
「あ。じゃあ、私はあかりとパートナーだね。」
「そうね。」
そうフレンダが華やかな笑顔で喜ぶ傍ら、急にエカチェリーナが声を上げる。
「即刻の変更を要求いたしますわ。」
突然のエカチェリーナの発言にシスター達の視線が私達の方へ向けられる。その痛い視線に当てられフレンダと私が委縮する。すごく嫌な予感がする・・・
「あかりと同じチームなのは万歩譲って妥協するとして、クレア・ベルとパートナーなんて私は御免ですわ!」
「ちょっと!流石にそれは——」
私の背中に隠れながらフレンダが声を上げるが、そんな言葉も遮って標的になったクレアが無表情に言葉を返す。
「いいよ、別に。私だってあんたみたいなの願い下げだし。」
「随分な言いぐさですわね‼いいですわ。どなたか代わってくださる⁈」
攻撃的なクレアの言葉にエカチェリーナも熱くなって声を荒立てた。魔力の高まりも感じ今ここで乱闘が起こってもおかしくない状況に陥る。
——とまあ、こんな感じでこの緊迫した空気が完成した訳だが、この状況に私はどうしたらいいのだろうか。同じチームになった以上、チームメイトとして彼女を止めるべきなのだろうか。それとも、関わるべきではないとして傍観すべきなのか。・・・・非常に悩ましくある。
正直言って、誰がチームメイトになっても私はどうだっていいのだが——
などと、我ながら失礼な事を思っているとサリーが苦笑を浮かべながら事態の仲裁に入った。
「まあまあ、そんなこと言わずに。一旦チーム組んでみてどうしてもと言うなら変更手続きをしましょ。ね?」
すると、エカチェリーナの矛先は仲裁に入ったサリーへと向かう。
「大体、このチーム分けにも疑問がございますわ。今後の野外実戦に向けてチームを組むのでしたら戦力の均衡化を図るのが教師の務めではありませんの?こんな、くじなどという非合理的なもので決めるのなんて、余りにも杜撰ではなくて?」
エカチェリーナの主張に同じ様に不満を抱えていたシスター達の声が漏れ始める。総じて皆、この決め方に納得がいかないらしい。
「それはー・・・まあ、そうなんだけど——」
「でしたら——!」
「その程度の誤差で戦えなくなるほど、あなたは〝弱い〟の?」
強気のエカチェリーナに押され気味だったサリーの声色が急に一変した。
普段の物腰柔らかそうな優しい声ではなく、底の見えない深い水底の様な怖く冷たい声・・・その異様さにエカチェリーナを含め不満を口にしていたシスター達が一斉に口を噤んでしまう。
「あなた達が狩り人として現場に出る様になったら、図らずとも様々な人とチームなりパートナーなりを組む事になるでしょう。その度に「この人とは相性が合わないから」と、「この人の事は嫌いだから」と駄々をこねるつもり?」
「そんな、つもりで言った訳では・・・」
「そんな幼稚な考えじゃ、いつまで経っても現場には立てないよ。」
「・・・・・・」
「まあ、それでも本当にどうしてもダメ、って言うなら私もその意志を組みましょう。どう?エカチェリーナ。チーム変更する?」
怖い雰囲気からやっといつもの雰囲気が戻って来たサリーに、すっかり静かになったエカチェリーナは苦しそうに言葉を返す。
「・・・・いえ。結構ですわ・・・」
弱弱しく引き下がったエカチェリーナを目の当たりにして他のシスターも静まり返る。彼女の他に反感を抱いていた子も納得はしないまでも大人しくなる。
——だがまあ、その通りだろうな。そんな事を言い訳に失敗されたら堪ったものじゃないだろうし。
それに、狩り人は組織的には『軍隊』というより『派遣戦闘員』という方が近い。
というのも、狩り人になる魔女はほぼ例外なく修道院所属となるのだが、その修道院と直接の指揮を執る教団との関係は言わば派遣契約の関係に近く、狩り人は本人の適性や実力などに合わせて担当地域や配属が割り当てられ仕事を与えられる。
その為、割と簡単に配属場所が変わったり、シスターの間は無いがチームやパートナーもその都度代わったりもするらしい。正しく、派遣社員の様なもの。
おかげで、エリ姉から何度その愚痴を聞いた事か・・・・
だから、余計にそんな我儘を言えば仕事にありつけないのは自明だろう。まあ、その態度に足り得る実力があれば話は別なのだろうが、シスターにそんな馬鹿げた事が到底できるはずもない。
このくじがそれを学ぶ為のものなのだとしたら、サリーの主張は筋が通っていると言える。
それでも、幾分か屁理屈っぽさはあるが・・・
さっきの騒ぎが嘘のように静まり返った空気の中、不釣り合いなくらい明るい雰囲気のサリーが軽く手を鳴らして話を授業へ引き戻す。
「さて、無事チームも決まった事だし。残りの時間は親睦を深める為の自由時間とします。各自、自己紹介とかして自由に過ごして?——あーでも、チームの中で一人、この紙を取りに来てくれる?チームメンバーの名前とチーム名を記載して授業が終わるまでに私に提出してください。じゃあ、私からは以上!」
そう言ってサリーは演習場の片隅にある机に座った。それを遠巻きに見届けたシスター達は各々周囲を窺いながら徐々に徐々に話し声を漏らし始める。
親睦・・・・親睦、とは言っても・・・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
既にこれ程凍り付いているこの空気感でどう親睦を深めろというのか。
・・・はあ、先が思いやられる・・・・