35.ケンカはダメです!
私があかりとそのお姉さんというエリを連れてエレナ達の元へと帰ってくると、さっきよりも騒ぎが大きくなっていてエレナ達を取り囲むように大きな人だかりができていた。
「結構な騒ぎね。」
驚いたエリの声を聞きながらその合間を縫って騒ぎの中心へ向かうと問題のエレナとヘレン、そしてラウラとその友達の姿があった。両者との間にはピリピリとした空気が漂い、まさに一触即発といった状況だ。
「本当に五対二でいいの?」
笑みを浮かべてそう言ったラウラに対して明らかに不機嫌な表情をしたエレナが冷たく言う。
「ええ、そう言ってるでしょ。」
「ボコボコにされても文句言わないでよ~?」
「ヤッパリゴタイイチナンテヒキョウダヨ~、なんてね。」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと来なさいよ。」
冷たく怖いエレナをラウラの友達が必要に煽る。あんなに怒ったエレナはこれまで見たことが無い。その傍にいるヘレンも、何も言わないけれど顔を歪ませて鋭くラウラ達を睨んでいる。
「あらら。」
緊迫した状況を目の当たりにして真っ先にエリがそう漏らした。心成しか深刻そうに聞こえない声で——
そんな緊張感の無いエリの事は気にも留めずあかりは冷静に私に状況を尋ねる。
「なんでこんな事になってるの?」
「それが、ラウラがあかりの悪口言ってたのを聞いちゃって。それで今まで我慢してたのが爆発しちゃって、エレナが・・・」
「エレナが、何?」
私が理由を言い淀むとあかりが若干怖い声で問い詰める。その威圧に圧倒されながら私はしどろもどろに答えを返した。
「その・・・ラウラを殴っちゃって・・・それで・・・」
それを聞くとあかりは急にため息を吐いて頭を抱えた。その反応の意味は私には分からないけど、ケンカを止められなかった事をあかりに謝罪すると私の言葉を遮ってあかりが言う。
「フレンダが謝る事じゃないでしょう?勿論、エレナ達が悪い訳でもないけれど・・・」
「まあいいじゃない。面白そうだし。」
呆れた様子を見せるあかりに反して隣に立つエリが楽観的にそう言った。その反応にため息が増えるあかりはその彼女を睨みつけて言葉を返す。
「他人事だからって・・・反感買いかねないわよ?あれ。」
「大丈夫じゃない?証人がいる訳だし。それに、ここじゃ力が全てだよ。」
そう言ってエリは指を鳴らしてエレナ達の方を指差した。それに導かれるようにエレナ達の方へ視線を戻すと嘲笑を零したラウラの友達がこれ見よがしに魔法を発動している。
「やっちゃいな。」
ラウラのそれを合図に友達二人がエレナ達に攻撃を仕掛ける。どちらも自然系魔法、一人は水の魔法でもう一人は煙?の魔法みたい。生成された水と煙がそれぞれ矢と拳の形に成形されエレナ達を威圧する。
すると、急にエレナがヘレンの前に腕を出して身構えるヘレンを制止させた。かと思えば、彼女は何かを握る様に軽く握った拳を胸の前で下向きに構える。
「アロンダイト。」
そう彼女が口にするとエレナに向かって強い風が吹く。その風は彼女の手の中に集まり、やがて実体となってその姿を現す。
「あれは・・・」
私がそう漏らすのも束の間、危険に思ったのかラウラの友達二人は形成した魔法を放つ。二つの魔法は真っ直ぐエレナ達に迫り襲い掛かる。
その瞬間、エレナは胸の前で構えていた腕を力強く振り上げた。すると、二人の魔法がエレナの目の前でかき消される様に飛散する。水の矢は水に、煙の拳は靄に——
周囲の野次馬は二人の魔法を容易くかき消したエレナに騒然とした。そして、その手に握られた物にも野次馬の間に動揺が漏れる。
エレナが魔法に向かって振り上げた物の正体——それは、剣だった。
それもロングソードともいえる様な大きな剣。刀身にまで細やかな装飾が施され、魔法によって精製された物だという事を忘れるくらい綺麗なものだった。
でも、それは少しおかしい・・・エレナは自然系魔法の魔女だ。あんな剣を出す事は本来出来ないはず・・・
エレナが見せた矛盾する魔法に首を傾げているとエリが感心した様子で言葉を漏らす。
「凄いわね、彼女。あの歳であれだけ緻密な系統変化ができるなんて。」
それを聞いてあかりがエリに系統変化の事を確認する様に尋ねる。
「系統変化って確か、魔法の系統を一時的かつ部分的に変化させる魔術だっけ。でも、そんな驚く様な魔術じゃないでしょう?エリ姉も出来るし。」
「話聞いてた?そりゃ私も出来るけど、あそこまで緻密に構築しないわよ。」
あかりの反応にエリが呆れた口調でそう答えた。それに対して「そうだっけ?」と呑気な様子であかりは言葉を返していてエリはさらに呆れた表情をする。
それはそれとして視線をエレナ達に戻すと、変わらずエレナは魔法の剣を携えて真っ直ぐとラウラ達を睨みつける。その姿はまるで王に仕える騎士の様でカッコいい・・・
じゃなくて!——依然として緊迫した状況が続く。エレナの余裕そうな態度にラウラの顔は険しくなり、呆気なくエレナに魔法が防がれた二人も苦虫を噛み潰した様な顔をしながら新しく魔法を生成して攻撃姿勢に入る。
「甘く見ないで。あんたらみたいな奴に負けるほど、私達は弱くないわよ」
「うい。」
挑発じみたエレナ達の発言にラウラ達の表情が一層歪む。既に構えていた二人は感情に任せて彼女達を攻撃するけど、エレナには届かずまたアロンダイトに薙ぎ払われかき消された。
だけど、その隙をついて今まで動かなかった残りの友達二人が動き出した。二人はエレナ達を挟み込むように位置取りお互い武装を展開し己が武器を振りかぶる。一人は背丈程ある巨大な扇子、もう一人は大刀だ。
「今更後悔しても——」
「知らないからね!」
そう言って二人はエレナ達の頭目掛けて力強く、風を切り裂いて二人に迫る。
「危ない‼」
そう私が叫んだその時、突然雷鳴のような音が響いて襲ってきた二人が吹き飛ばされる。二人はそれぞれ別の方向へ飛ばされ、野次馬数名を巻き込んで倒れ込む。
あまりに一瞬の事でよく分からなかったけど、二人をやったのはあのヘレンだ。彼女はあの一瞬の間に目にも止まらぬ速さで動いて二人を殴り飛ばしたんだ。
普段の彼女からはそんな事が出来るなんて想像できなかったけど、目の前の彼女はバチバチと身体から電気を発していて、いつものだらけ切った姿は見る影もない。
・・・・本当にヘレン?
「何やってんの⁉」
優勢だと思っていたのに、たった二人に無惨にやられた友達にラウラが声を荒げた。
予想以上の二人の強さにラウラ達も流石に焦り出して攻撃の手が更に激しくなる。あの手この手を尽くして四人がかりでエレナ達を襲うけど、二人はそれ以上の力でねじ伏せる。エレナは剣で、ヘレンは速さと拳で。
見せかけの強さなんかじゃない。本物の、力の強さ・・・
二人相手に四人がかりで苦戦する友達にラウラも見かねて戦闘に加勢する。だけど、それでも状況はあんまり変わらない。ラウラ達は数的有利な立場にいるはずなのに、エレナとヘレンの二人のコンビネーションに五人は簡単に翻弄されている。
「すごい・・・」
うわ言の様に私は声を漏らした。普段の二人からは想像できない雄々しい戦闘姿に、私はただただ見とれるばかりだった。
あっという間に友達四人は戦闘不能になり、生き残るはラウラだけになってしまった。
よろよろとよろけ地面にぺたんと腰を落としたラウラは剣の切先を向けるエレナを一点に見上げる。その可哀想な彼女にエレナは冷たく言う。
「私達にさえ勝てないような奴らが、あかりの事を偉そうに語らないで。不愉快。」
そして、エレナは剣先を向けたままゆっくりと剣を引き、静かに突きの構えを取る。その切先を目で追っていたラウラは引かれ切った剣を前に恐怖から目を閉じて身構えた。
「アロンダイト=フェアリーズ——」
「はーい、そこまで。」
その時、突然あかりが二人の間に現れた。
「え、ちょっ!あかり⁉」
呑気な様子で急に現れたあかりにエレナは酷く驚き声を上げた。だけど、剣は既に刺突動作に入っていて慌ててエレナは剣の軌道を無理やり捻じ曲げる。
辛うじて軌道を捻じ曲げられた剣はあかりの前方ギリギリをすり抜け、何も無い虚空を突いて切先から強烈な突風を発生させる。その所為で悲惨にも射線上にいた野次馬が視界の片隅で吹き飛ばされている。
———でも、どういう事?
寸前まで私の隣に居たはずなのに、まるで瞬間移動でもしたかの様に唐突に二人の前に現れた彼女は、一切の動揺も見せず両手を二人の前に立てている。
もう色々と無茶苦茶なあかりにエレナが声を荒立てる。
「ちょっとあかり!何やってんの⁉」
「それはこっちの台詞。ラウラと何してるの?」
「それはこいつが——!」
「私は気にしないって言った。問い詰めてもどうにもならないとも言った。」
「だけど・・・」
落ち着いてるけど少し怒ってるような口調で話すあかりにエレナは悲し気に肩を落とした。その様子を見て流石に悪いと思ったのかあかりは僅かに口元を緩ませるとエレナに優しく言葉を掛ける。
「貴女の気持ちは嬉しい。だけど、もう少し周りを見た方が良いわね。ほら、皆引いてるよ?」
「いや、それはあかりにでしょ・・・」
「え?」
エレナの言葉がそんなに意外だったのか気の抜けた声を漏らしたあかりは誤魔化すように頭を掻く。その仕草はすごく可愛いけど、エレナの言葉には激しく同意する。一歩間違えたらあかりにエレナの攻撃が当たってたかもしれない。
いやでも、あかりの事だから当たらないって分かってたかも知れない——だけど、それでもこの何とも言えない冷め切った空気は半分あかりが作ったものって言っていい。
そんな私達の心配も知らずにあかりはラウラの方に向き直り彼女を諭す様に優しく言う。
「ラウラも、あんまりお遊びが過ぎるとその内痛い目を見るわよ?」
「——さい・・・」
「ん?」
「うるさい‼」
ラウラの悲鳴じみた叫び声と供にラウラの火球があかりの身体に命中する。
「あかり‼」
爆発と同時に火があかりの服に燃え移り一瞬にしてあかりの身体は炎に包まれる。
「そうやって偉そうな事ばっか言って!ムカつくのよ‼」
逆上したラウラの声が無情に響く。その身勝手な言い分に憤りを覚えながら私はあかりの元へ駆け寄って叫ぶ。
「あかり!待ってて、今すぐ消すから‼」
「ヘレン水!それか消火器‼」
エレナの指示に従うヘレンを横目に私は着ていたカーディガンを脱ぎ、燃えるあかりの身体に叩きつける。エレナも協力してあかりの火を必死に消す。だけど、火はなかなか消えない。焦りがじわりじわりと湧き上がってくる。
「お願い!消えて‼」
「・・・ちょっとラウラ、流石にやり過ぎじゃない・・・?」
「大袈裟ね。少し肌を焼いただけじゃない。」
「だけど・・・」
周囲が騒然とする中、やっと消火器を抱えたヘレンが帰ってくる。ヘレンはあかりの元に駆け寄るとおぼつかない様子でピンを抜いて消火剤を吹きかける。途端にあかりの身体に白い煙がかかり、徐々に彼女を焼く火が消えて行く。
だけど、煙の中から現れたのは黒焦げになったあかりだった。彼女はとても静かで、少しも動かない。
私は膝から崩れ落ち、縋る様にあかりを呼ぶ。
「あかり?・・・お願い、返事して。あかり!あかり‼」
でも、返事は返ってこない。・・・急に、視界が歪んだ。
目から涙が溢れ、拭う手も追い付かずに涙が地面へと零れ落ちる。突然起きた衝撃的な結果に周りの人達から声が消え原因を問い詰める様に視線がラウラへ向けられる。
「ちがう・・・わたし、そんなつもりじゃ・・・・」
動揺した声で言い逃れようとするラウラ。でも、そんな事が許されるはずも無く、冷たい目が彼女に向けられる。
その時、異質なまでにはっきりと聞こえる不気味な声———
「ほら、言ったでしょう?ちゃんと節度を持てって。」
その声に驚いて逃げようとするラウラを誰かが背後から抱き付き抑え込む。掴まれたラウラの体はガタガタと震え、身体中から動揺と恐怖が現れている。
遂には、身体から力抜けてしまい怯えるラウラは地面へとへたり込む。そして、彼女を捕まえるソレは彼女の背後からゆっくりと顔を出し彼女の耳元でからかう様に言う。
「何よ?まるで死人に遭ったみたいな反応しちゃって。」
出てきたソレは私の目の前で焼かれたはずのあかりだった。いやでも、でも、今も私の前には彼女の亡骸がある。焦げた嫌なにおいがある・・・なのに、なんで・・・・
わけが、わからない・・・・・
「なんでぇ?あんた、いま・・・・」
「そんな事、どうだっていいじゃない。生きていようが死んでいようが、私には貴女を恨む十分な理由があるんだから。」
「ひっ———!」
「どう?初めて人を殺した感覚は?さぞ、快感だったんでしょうね。目の上のたんこぶが晴れたんですから、この上ない快感に違いないわ。———そうでなきゃ、こんな愚行は赦されないものねぇ?」
「ちがっ・・・わたし——」
「ラウラ、私はね。貴女が私の事をどう思うとも、どんなぞんざいな扱いをしようとも私は構わないわ。でも、でもね。だからといって感情に任せて行動すれば、その結果は碌なものにならないわ。」
「あぁ・・・———」
「いい?自らが起こした行いは巡り巡って自分のところに帰ってくるの。良い事も、悪い事もね。」
「・・・・・・・」
「ラウラ・フレーニ。貴女は、たった一時の享楽の為にその人生さえも賭けられるの?」
あかりの不気味な語りにラウラは完全に怯え固まりつく。目には涙を浮かべ両足が小刻みに震える。突然のあかりの焼死から一変してジャパニーズホラーじみた突然のあかりの再登場に周囲の空気が別の意味で凍り付いた。
そんなあかりの元に呆れた表情のエリが徐に近づき彼女の頭を叩く。
「あいた!」
「そのくらいにしなさい。そろそろその子、壊れちゃうわよ?」
それを聞くとあかりは捕まえていた腕を解きラウラを開放する。そして、小悪魔みたいな笑みを浮かべながら立ち上がって申し訳なさそうに言葉を掛ける。
「ふふっ、ごめんなさい。流石にやり過ぎたわね。」
彼女はそう言うと燃えた自分の身体に向かって手をゆっくりと振り下ろす。すると、あかりの身体は花弁と共に消えてなくなり焼けた煤だけがその場に残った。
「でも・・・貴女達が悪いのよ?」
あかりはそう言ってラウラの前へ出ると彼女の方へ再び視線を向ける。そして、ラウラの前に座り込み覗き込むようにして彼女の顔を窺う。
「エレナ達は友達を傷付けられたの。どんな聖人でもそんな仕打ちを受ければ怒りもするわ。」
「・・・・・」
俯き黙り込んでしまったラウラを気に掛けながらあかりはゆっくり立ち上がると今度はエレナ達の方へ視線を向ける。
「ただ、エレナとヘレンもやり過ぎ。さっきも言ったけど、もう少し周りを見た方が良い。いくらムカついたからって感情任せに叩いたら、相手も、自分も、周りの人さえも怪我をする事になるわよ。」
「はい・・・」
「うぃ・・・」
珍しく真剣にあかりに叱られ、二人は落ち込んだ声を漏らす。そのあかりが本物かどうかももう正直疑わしくはあるけれど、その光景を見て私はようやくあかりの無事を実感して身体中から力が抜け出て行く。
良かった・・・ほんとうに・・・・
でも、そんな私の心配など知らないという様に呑気なあかりが私のところに来て声を掛ける。
私はこれまで溜めてきた言い表せない感情が溢れ出し声を荒立てた。すると、今度は驚いた表情で彼女は私に謝罪する。そして、困った様に笑みを浮かべた。
その表情がまた憎たらしいけど、不思議と愛おしく思えた。




