34.敵意を向けられ
「これは・・・酷いね・・・・・」
そう漏らすエレナの目の前にはズタズタにされた私の教材とノートが広がっている。昼休みの講義室、そこで私達はそれを見つけた。どれもページが切り裂かれたり、ありとあらゆる罵詈雑言が内容を覆い隠す程に書き連ねられたりしている。
典型的、だな・・・
「いつから?」
私の隣でフレンダが私の顔を見て深刻そうに尋ねる。それと一緒にエレナとヘレンの視線も私に向けられた。
「大会が終わった後から軽いものがちらほらとは・・・でも、ここまでのものは流石になかったわね。」
それほど深刻に捉えてほしくはない私は平気な声で淡泊にそう答えた。しかし、それが逆効果だった様で三人は一層深刻な表情に変わっていく。
「一体、誰がこんなこと・・・」
「大方エカチェリーナでしょ。あかりにあんな態度取ってるんだから。」
「えぇ?エカチェリーナはお嬢様なんでしょ?こんな過激な事するかな?」
エレナの言葉にフレンダが怪訝な表情でその予想を疑うような事を言う。だが、エレナはそれを一蹴して断言する。
「お嬢様だからこそ過激なのよ。」
「そうかなぁ?」
「そうよ。それで、自分はやってませんって善人面するに決まってるわよ。」
「たぶん違うわよ。」
言いくるめられそうなフレンダを止める様に私は肥大化したエレナの考えを否定した。正面切って私に挑戦を申し出てくるような人だぞ?エカチェリーナはむしろこんな事はしない。あの一件以来、軽蔑はしているだろうが。
すると、エレナは不機嫌そうに私に尋ねる。
「じゃあ誰よ?」
「・・・・さあ?」
「・・・あんた、さては誰か分かってるな?」
エレナにそう言われ私は不意に目を逸らす。——まあ、大方ラウラなんだろうな。箒の飛行講習での前科もあるし・・・いやまあ、エカチェリーナの取り巻きという可能性も十分にあるが——
なんて思っていると、それが疑いの確信になったのかエレナは私の腕を掴むとそれをねじって関節技を決める。
「言いなさい!お姉さんが懲らしめてあげるから!」
「痛い痛い痛い‼言ったって何にもならないわよ!物を見せてもシラ切られるだけだろうし、やめてって言って止まる様な人ならいじめなんてそもそもしないでしょう?」
手加減してるとは言え酷い痛みに耐えながら私がそう訴えるとエレナは渋々技を解いて不服そうに言葉を漏らす。
「そうかもしれないけどさ・・・黙ってられないよ。」
その悔しそうな表情に私は心が温まる感覚を感じながら彼女に優しく言葉を掛ける。
「ありがとう。気持ちだけもらっておくわ。」
「でも、本当に大丈夫?」
それでも心配気にそう言うフレンダに私は大丈夫だと伝えて教材の亡骸を集めた。いじめ自体は別にいいのだが、あまり激しくならないといいのだけれど・・・
なんて、思っていてもいじめは更に過激になっていく。
今までは教材のイタズラだけに止まっていたものが、鞄や生徒証の紛失へと広がり、最終的には水が降ってくるなどの私への直接攻撃にまで至った。そう頻度は高くないものの、私の願いとは裏腹に色々と面倒な展開になってきた。
「明らかに激しくなってるわね。」
激化するいじめの現状を目の当たりにしてエレナがそう言う。私にとってはいじめなんてどうだっていい事なのだが、エレナ達はこの事態を深刻に捉えているらしく、皆揃って暗い表情をしている。
そこへからかう様に微かに笑い声が聞こえてくる。
「やっぱりちょっと行ってくる。」
それを聞いた途端、エレナは鈍い眼光を光らせながら憤りの混ざった声を漏らして動き出す。その今にも暴れかねないエレナの腕を私は咄嗟に掴み思い止まらせる。
「エレナ、いいの。」
「でも!」
「いいの。」
私の強い眼差しにエレナは不服そうに引き下がる。だけど、そんなエレナと同様にフレンダやヘレンも現状何も出来ていないこの状況にやきもきしている様だ。
その気持ちは素直に嬉しくはあるが、だからといって感情に身を任せて暴力沙汰にでもなったらそれはそれで面倒な事になる。
こういう時程、冷静に対処しなければ——
「彼女達はね、暇なのよ。こんな事に時間を費やしてしまうくらい、退屈で、退屈で、退屈で仕方がないの。だから、そんな事に付き合ってしまうのは余りにも馬鹿らしいわ。平静を装って彼女達の気が済むまで待つ方が幾分か賢明よ。」
私がそう言うとエレナは目を伏せ歯切れ悪く漏らす。
「でも・・・」
「でもじゃない。相手をしたらそれこそ調子に乗るだけよ?」
私の言葉に全員納得はしないまでも素直に受け入れてくれた。
——それに、恐らくこれはラウラだけじゃない。多分、ラウラに便乗して別の子も関与している。それが誰かなんて詮索するつもりは毛頭ないけど、これ以上好き勝手やらせない為にもそろそろ対応を考えないと。このままじゃ、エレナ達が何をしでかすか分からない。
「あかり様~?」
そこへ廊下からクロエが顔を出して私を呼ぶ。エレナ達を気にしつつ私はそのままクロエに用件を尋ねる。
「どうしたの?」
「あかり様にお客さん。」
誰だ?私を訪ねてくる人なんてエリ姉ぐらいだが、エリ姉なら自分から顔を出しそうなものだが・・・
半ば不審に思いながらクロエの元へ向かうとそこには三人の女性が立っていた。見た限りの雰囲気からして上級生だと思うのだが、私に一体何の用だろうか。
突然訪ねてきた彼女達に疑念の目を向けていると、真ん中の如何にも自信家な彼女が口を開く。
「あんたがあかり?」
「ええ、そうだけれど。私に、何か御用?」
私がそう尋ねると彼女は一呼吸置いて堂々と答える。
「私と決闘しなさい!」
「・・・・えー・・・」
そんな事を抱えながら迎えた久し振りのエリとのお茶会、机に突っ伏した私は疲労に満ちた声で弱音の様に漏らす。
「どうしてこうなったのよ・・・」
「どうしてって、あかりが考え無しに行動するからでしょ?」
両手に抱えたカップを傾けながらエリが呆れた様子でつれない反応を返す。傷心の私に対して冷たい姉の対応に私は一層深く腕に頭を埋めて訴える。
「考えてたもん!考えてたもん・・・そしたら、こうなったんだもん・・・・」
「だったら、あんたの自業自得。」
「うう・・・・」
そりゃあ、考え無しに動いた節もあるけど、ちゃんと考えてた事も事実だもん。だから、少しくらい私の事——
・・・いや、結局成り行き任せだったか。
つくづく自分の無能さに嫌気が差す私を差し置いてエリは驚いた、というか呆れた様に言葉を漏らす。
「にしても、大会の影響力とは凄まじいものね~。ここまで波紋が広がるとは。」
呑気なエリに冷たい視線を向けながら私は上体を起こすと気落ちした声で言葉を返す。
「同じクラスのいじめ程度なら予想してたけど、まさか上級生にまで目を付けられるとは思わなかった・・・」
「そうね。私のクラスでもちょくちょく話題に上がるもの。話題性で言えば優勝したエカチェリーナよりも高いと思う。」
「そんなに?」
「ええ。一年に着物姿で戦うめちゃめちゃ強い魔女がいるってね。でも、こうなるとエカチェリーナは可哀想ね。折角優勝したっていうのに、人気は全部あんたに取られてるんだから。」
そう言ってエリは笑った。その笑顔が何だかむず痒くて私は歯切れ悪く「ほしくて取った訳じゃないっての。」と言って頬杖を突いた。そんな私にエリはまた笑う。
・・・その笑顔に心成しか苛立ちを覚えるのは気のせいだろうか。
「・・・何が悪かったのかしら。」
私が不意にそんな事を漏らすとエリは少し考える素振りを見せて徐に答える。
「そうねぇ・・・強いて挙げるなら、あの大会中極端に攻撃を受けなかった事。あの爆発を完全に防ぎ切ってしまった事。そして——最後に自害した事。かな。」
「そう、だよね・・・・はぁ・・・」
全ては自分の軽率な考えが招いた事。分かっていた事だ、自業自得だって事くらい。それなのに、私は何を期待していたというのか。
「ねえ、なんで自害したの?最初の二つはまあいいとして、あかりなら最後まで普通に戦えたでしょ?」
揺れるコーヒーの湖面に視線を落とした私に、口元で手を組んだエリが怪訝な表情をしてそう尋ねた。私は彼女の目を一瞥すると少しの間を置いて静かに答える。
「もしあのまま戦ったら、あれが出てきたかもしれないから。」
「・・・まさか。安全は充分に保障された会場だったんだよ?」
「でも、あの時の私は魔力の大部分を喪失してた。」
「・・・・・」
それ以上、エリは何も訊かなかった。私も、それ以上は何も言わない。
ただただ不自然に、そして不気味に静かな空間が私達二人を包み込む。
——気にし過ぎ、なのかもしれない。だが、もしあれが出てしまえば、私は・・・
「あかり!」
二人の沈黙を切り裂く様に私の名前を叫ぶフレンダの声がした。
「フレンダ、どうしたの?」
血相を変えて私の元へ駆け付けたフレンダに要件を尋ねるとエリが怪訝な表情をして「だれ?」と言って首を傾げた。
「ああ、友達のフレンダ。フレンダ、私の姉のエリ。」
「どぅも~」
気の抜けた声でそんな事を言いながらエリはフレンダに小さく手を振る。フレンダはそんな剽軽な姉に困惑しながらも軽く会釈をする。
「どうも・・・じゃなくて‼大変なのあかり!エレナが・・・」
そう言ってフレンダの表情が深刻なものへと変わる。どうやらふざけた姉の言動を言及している場合じゃないらしい。
急いで私はエリと一緒にフレンダに付いてエレナの元へ向かった。




