33.交流と予感
「箒はいきわたりましたか?」
錬金術の講義室から移動して第五区画第二屋外演習場、箒片手に先生がシスター達に箒の有無を確認する。その配られた箒を握りしめたフレンダとエレナは浮かれた表情で今か今かと講義の開始を待っている。・・・その一方で、ヘレンは箒を支えにフラフラとうたた寝をしている。
「では始める前に一つ、箒の飛行は便利ですが使い方を誤れば危険な物です。その事を留意して授業を受ける様に。さて・・・飛行講習、始めましょうか。」
そう言って先生は簡単な挨拶を済ませると箒の飛行運転にあたっての諸注意や交通ルール、危険性などの説明を始める。とはいえ、箒の飛行方法や箒の飛行ルールというのは中学校でも習う為に大部分は確認程度にしか説明しない。それ程、魔女にとって箒とは身近にあるものである。私を除いて——
それはそれとしてどうでもいい事なのだが、今回授業を担当しているあの先生、入学前の騒動で現場に駆け付けた人だ。私を怒鳴りつけた方ではなく優しく注意してくれた方ではあるのだが、あの時の事を思うと——
何だか気まずい・・・
そんな私の些細な息苦しさなんて関係なく授業は進行されていく。内容は順番に演習場に設けられた遮蔽物や表札などに注意しながら順路を回っていくというもの。内容自体、小学校で受ける自転車講習とそう大差はない。
ただ、中学で受けた箒の講習は安全面の観点から机に座って説明を聞くだけの気だるい座学と地面から数十センチ浮かぶだけの浮遊訓練に止まっていたのだが、修道院では十分な安全設備と飛行に長けた先生達がいる為に、実際に箒での飛行を行い交通のルールを学ぶ事になる様だ。
そんな万全の態勢の下、先生の号令と共にシスター達は開始地点に集まり順番に飛行講習を始める——のだが、流石というべきか、皆一様に手慣れた様子で箒を操り快調に順路を巡っていく。多少、一時停止などで注意を受ける者もいるが、飛行が不安定なシスターはいない。そう簡単なものではないはずなんだけどな・・・
順番待ちの列で一人呆気に取られていると、とうとう私達の順番が回ってきた。何故か今回参加人数がやたらと多いお陰で、私のすぐ隣に立つエレナが疲れた様子で言葉を漏らす。
「はあ、やっと私達の番・・・順番回ってくるの結構かかったわね。」
「そうだね。」
「ねむい・・・」
「まだ言ってるの?ヘレン。」
相変わらず箒を杖にフラフラしているヘレンにフレンダが呆れた口調でそう言った。授業開始からしばらく経ったがどうにもヘレンは眠気が覚めないらしい。・・・まあ、いつもの事だが。
そこへエレナの腕がゆっくりと上がりヘレンの頭を目掛けて振り下ろされる。その時ヘレンの頭から結構な音がして彼女は痛そうに頭を押さえた。
痛がるヘレンとそれを心配するフレンダを余所にエレナは楽しそうに箒に跨って私達に声を掛ける。
「さ、行こ。」
その言葉を合図にエレナの箒はふわりと浮かび上がる。彼女の重みを感じさせない滑らかな動きで宙へと浮かび上がったそれに私が密かに感心していると、次いでフレンダと気だるげなヘレンが箒に跨り同様に浮かび上がる。三人とも箒に乗る事に慣れている様子だった。
「あれ?あかり、どうしたの?」
なんて、三人の飛行に見惚れてなかなか飛び立たない私を不審に思ったのかフレンダが怪訝そうに私にそう尋ねた。
私は、返す言葉に困惑する。
「え~と、その・・・」
「ん?」
言葉を濁す私に首を傾げるフレンダ。エレナも私が飛び上がらない様子に気付いて「どうしたの?」と訊いてくる。その二人の眼差しに返答を言い淀んでいた私は言い訳も惨めだと思い諦めて事実を話した。
「え~っと、実は・・・・・箒、乗れないんだよね・・・」
私は、箒に乗れない。それは決して高所恐怖症とかそういった類のものではなく、ただ純粋に箒が浮かび上がらないのだ。原因は不明。エリに教わって飛行練習は何度かしたのだが、そんな練習も虚しく私の箒が浮かぶ事は一度として無かった。
潔く私が自白すると、三人は口を揃えて動揺の声を漏らす。その反応も実に心外なのだが、更に失礼な事に箒に跨るエレナがこの上なくあり得ないと言いたげな表情で徐に尋ねてくる。
「えっ、冗談だよね?」
「この状況で嘘を吐く訳ないしょう?」
「えっ、じゃあほんとに・・・?」
エレナに次いでフレンダまでそんな事を口にする。むしろ、私からすればそこまで自然に乗れている事の方が不自然だと言いたいところなんだが——
「本当に、よ。だから、受けるつもりなかったのよ。どうせ飛べないから。」
私がこの授業をサボろうとした理由は正にこれだ。先ず、受ける意味がない。箒は私を空へと運んではくれないのだから。だから、受けるつもりなんてなかった。たとえ受けたところでこういった反応が返ってくるだけ。そして、次に来る言葉は——
「でも、練習すれば飛べるようになるんじゃないの?」
予想通りの言葉をエレナが口にする。その言葉に辟易する。それが出来たらどれほどよかったか。
「これでも練習したの。でも、飛べる兆しすら見えないから自ずと諦めたわ。」
と、私はお決まりの台詞を返した。・・・・私だって、貴女達みたいに——
これだから、図書室で調べ物をしていた方がよっぽど有意義だったのだ。私の身体の事も調べられるし、家族を殺したあの悪魔の事も何か分かるかもしれない。例え、その所為で多少評価が落ちても私には些末な問題でしかない。まあ、エレナに捕まってしまった以上、後悔しても仕方がないけれど。
「それじゃあ、先生に事情を説明してくる。」
飛ばない箒を片手に三人にはそう伝えると私は先生の元へ向かう。同情の視線を背中に感じながら先生に事情を説明して見学させてもらえるように説得すると先生は快く引き受け見学を許してもらえた。
さて、先生からの許可も取ったことだし私は端の方でのんびりとしますか。そう思いながら私は演習場の端に座り込むと鞄から本を取り出した。日に焼かれ黄色くなった紙に少しばかりの埃と古紙特有の匂い、厚い皮の表紙から感じるズシリとした重みがまるで記されてる情報の重さを表している様だ。
・・・しかし、この本にも私の身体に関するこれと言った手掛かりは見つからない。これでも私なりに身体の事を多岐にわたって調べているのだが、前例がないが故にその糸口すら見えないのが現状・・・その現実がまた精神的に堪えるものがある。どういったものはおろか、どの系統に属するものなのかさえも分かっていない。これだから、変に魔術の知識ばかりが増えていく——
「なぁに?飛べないの?」
憂鬱な気分で魔導書に目を落としていると高い位置から声が掛かる。その自信家で高圧的な声に私は視線を向けずに言葉を返す。
「そうよ、ラウラさん。」
声を掛けてきたのはラウラだ。以前、自分を晒しものにした私が授業を受けずに端で座り込んでいるのを見て面白がって来たのだろう。全くもって面倒くさい。できる限り穏便に済ませたいところなのだが。
などと思った矢先、私の言葉に反応して彼女の取り巻き二人が同情の声を上げる。
「なにそれダッサー。」
「箒に乗れないなんてありえなくない?」
何とも偉そうな言葉を少し棘のある言い方で私に投げつける。箒に乗れるからと言ってなんなのかと・・・
「惨めね。あんなに大口叩いといて箒にも乗れないなんて。」
取り巻きに釣られてラウラも私を煽る様にそんな言葉を吐く。そうは言われても乗れないのだから仕方がないだろうに。なんて、思いながらもラウラの機嫌を損ねない様に私は言葉を選んで返答する。
「別に乗れなくても問題はないでしょう?狩り人の役目は沢山あるんだから。」
「問題ない、ねぇ・・・」
ラウラが不気味にそう言葉を漏らす。なんとなく嫌な予感がした私がラウラの方へ視線を上げるとラウラは俊敏な動きで私の手の中から魔導書を奪い取った。
そして、挑発的な声で私に言う。
「これでもそんなこと言える?」
「・・・返してくれる?」
「イヤよ。ほら、取りに来てごらん。箒に乗れないあかりさん?まあ、取れないと思うけど。」
いや、それ、図書室から借りている物だから、もし何かあったら全部貴女達の責任になるんだけど・・・・というか、そもそも無理やり奪われてるんだから強盗罪で・・・・・なんて、そんな事言ったらラウラはどんな顔するかな。
とはいえ、それで万が一にも本に傷がついて況してそれが私の責任だと押し付けられては堪らない。ここは知的好奇心よりも本の安全を優先するべき、か。
私は嫌々ながらも帯を伸ばして本を取り返そうとする。だが、箒に乗って自由に動ける彼女はそれを巧みに避け更に挑発する。
「ほらほら、こっちこっち~」
そう言うと彼女は手にした貴重な魔導書をあろう事か取り巻きに投げ渡す。更にはその取り巻きももう一人の取り巻きに投げ渡し、その取り巻きもラウラへと投げ渡す。まるでキャッチボールの様に彼女らは雑に本を投げ合い、ケタケタと悪趣味な笑い声をあげる。
一体、何を考えているのか。その魔導書一冊にどれほどの価値があるのか彼女達は分かって・・・・ないか。じゃなきゃこんな馬鹿げた事をしようとは思わないだろう。
彼女達の言動にはほとほと呆れかえりつつ、これ以上好きにさせるのも借りた本が危ないので、仕方なく私は現在本を手にしているラウラに向けて手を伸ばし引き寄せの魔術を発動する。
「ほら~、どうしたの?」
「あれれ?もしかして泣いちゃった?」
「や~だ~」
詠唱省略。魔導書を私の手中に——
その瞬間、ラウラの手にあった魔導書が私の手の中へと引き寄せられ、私はそれをしっかりと受け止める。瞬間、手には本のズシンとした重みが伝わり右手が腕ごと後退した。戻って来た本をすぐに確認すると、見た感じ破れたり折り目が付いたりといったところは見受けられない。何とか無事なようだ。しかし・・・全く、酷い事をする。
あまりにも呆気なく本を取り返されて気に食わないのかラウラが声を荒げる。
「この——」
「何やってるの?」
すると、良からぬ雰囲気を感じて来た先生がラウラの憤る声を遮って彼女にそう尋ねた。それに対してラウラは薄らと苦い表情を浮かべる。その様子に先生は呆れた反応を見せると彼女らを律する様に言葉を掛けた。
「教習が終わったら飛行練習をしていて良いとは言ったけど、いじめを許容した覚えはないわよ?」
先生にそう言われてラウラ達は不機嫌そうに舌打ちを漏らしながら飛び去って行った。これで少しは懲りてくれるといいけど、期待は出来ないだろうな。
なんて思っていると先生が私に向き直り眉を寄せた困り表情で私に言う、
「あなたも。見学しててとは言ったけれども、授業に出席する以上よそ事をしてもらっても困るのよね。」
「すみません。つい・・・」
「もう。勉強熱心なのは良い事だけど、一応今は授業中なんだからその事忘れないでよ。」
「はい、気を付けます。」
私がそう返すと先生は言いたい事を伝え終えたらしく教習へ戻っていく。その背中を追いかけながら教習の様子を私は眺める。——そうは言われても、他にすることが無いのも事実なんだよな。まるで自転車教習なのに自転車を忘れたような状況・・・これじゃあ本末転倒もいいところだ。
なんて思いながら不意に出た大きなあくびを手で隠していると、遠くからまた面倒な声が聞こえてくる。
「ちょっとカチューシャ、あんな奴に関わる事ないです。カチューシャ!」
嫌がるキアラの制止を聞かずにまたも箒に乗ったエカチェリーナが私の下に近づいてくる。今日は本当に、退屈しないな・・・・
「何をしてるんですの?」
私の目の前に来て早々に彼女は呆れた口調で態度的にも物理的にも見下してそう言った。そのなんとも偉そうな態度に嫌悪も呆れも通り越して悲しみすら感じながら箒を横向きに乗る彼女に、私は差し障りない言葉を掛ける。
「今日はよく話すわね、エカチェリーナ。どういう風の吹き回し?」
「質問に答えてくださる?」
なのに、エカチェリーナは冷たく質問の答えを要求する。その冷たさに心傷つきながらも私はめげずに言葉を掛ける。
「そんな冷たいこと言わないで、少しくらい世間話くらいしてもいいじゃない。こういう機会はあまりないんだし。」
「答えなさい。」
私の雑な気遣いなど気にも留めずエカチェリーナは変わらず容赦ない冷酷な言葉を返す。今までの言動から考えて、恐らく彼女の感覚としては『授業も受けずここでサボっているのはどういう了見ですか?』って意味なんだろうけど、もう少し言葉を選んで柔らかくしてくれると誤解を招かないと思うんだけどな・・・
そんな心情を内で嘆きながら私はサボりの理由を諦めた様に答える。
「愛想のない人ね。何って、私は飛べないの。何度か飛ぼうとはしたんだけど、箒がピクリとも浮かなくてね。しょうがないから隅で大人しく本を読んでるの。」
すると、彼女は愕然とした様子で言葉を返す。
「・・・・それ、本気で言ってます?」
「本気も本気よ。この状況でそんな馬鹿な嘘を吐くわけないでしょう?」
「・・・・・・」
「・・・ふふっ、幻滅した?」
黙り込んだエカチェリーナに私がからかう様にそう尋ねると彼女は憐れみ視線を私に向けて落ちた声で言葉を返す。
「いいえ。ただ憐れだと。アナタは魔女が当然の様に持っている力を使えないんですもの。」
当然の様に・・・か。
「そう・・・でも、そう言う貴女は箒なんて使わなくても空間歩行とか浮遊魔術とかで空なんか簡単に飛べるじゃなくて?」
「それとこれとでは勝手が全く違いますわ。出来ますけれど。それに、それはアナタだって出来ますでしょう?」
冗談交じりに言った私の言葉にエカチェリーナは呆れた様子でため息を吐きながらつまらなさそうにそう答えた。そして、彼女から思わぬ返しが飛んできくる。それに私は思わずぎょっとして目を丸した。でもすぐに表情を戻し、肩をすくめて彼女の言葉を否定する。
「まさか、そこまでは出来ないわよ。似たような事は出来るけど。」
「似たような事・・・・」
「まあ、そんなもの。使う機会なんて滅多にないでしょうけれど。」
「・・・・」
諦めた様に言った私の言葉に神妙な表情を浮かべるエカチェリーナ、その反応に私は首を傾げた。
彼女は、一体私に何を期待しているというのか。正直、彼女がなぜ私をこんなにも評価するのか理由が分からない。そりゃあ、新人大会で行き過ぎた防御力を見せてしまったが、本当に〝それだけ〟だ。戦闘能力が極めて高い訳でもなければ魔力が高い訳でもない。使う魔術も高度な物は一つもない。・・・はず。
彼女が、一目置く様な才能なんて私には——
だが、私を気に掛け声を掛けてくるという事は、私に何かしら期待を彼女はしているという事なのだろう。全く、変な事になったものだ。
「なにしてんの?」
そこへ教習から帰ってきたエレナが声を掛けてきた。その後に続いてフレンダとヘレンも私の元へと近寄る。エレナはまだエカチェリーナが気に食わないらしく冷たい視線を彼女に向け、フレンダは箒から降りて私の隣に座り込み心配気な表情を私に向けた。ヘレンは・・・一人上の空でふよふよと浮いている・・・
エレナ達が来た事で居心地が悪くなったのかエカチェリーナは私を一瞥した後、キアラ達の元へ戻っていく。その後ろでエレナが彼女の後ろ姿に向かって小さく舌を出した。
「なに話してたの?」
エレナのべーに苦笑しているとフレンダが不安気に尋ねてくる。私は心配させない様に柔らかな笑みを浮かべて答える。
「他愛もない世間話よ。」
「ホントに?」
「ええ。」
私がそう言っても不安げな表情が抜けないフレンダに私はそっと頭を撫でる。すると、フレンダは気恥ずかしそうに顔を伏せた。
とはいえ、ラウラの事といいエカチェリーナの事といい、どことなく嫌な予感がするのが嫌だな。二人とも嫌な意味で私に興味があるみたいだし、今後どこかで何か良からぬ事が起こらないといいんだけど・・・
念の為、用心しておいた方が良いかもしれない。
はあ・・・面倒だな・・・・




