32.錬金術とか分かんない。
「それで?どうするの?これ・・・」
先生から渡された鉄の塊と陣が描かれた紙を前に私はそう言葉を漏らした。その反応に向かいに座るエレナが呆れた顔で私に言う。
「先生の話聞いてた?この鉄のインゴットを錬成陣に置いて別の形に錬成するの。」
そう言って錬成し終えた鉄をいじりながらエレナはヘレンを起こす。エレナが今チラッと言った通り、今は錬金術の授業の最中、珍しくエレナ達と一緒の授業なんだけど今日は錬金術の基本となる物質の変形をやるみたい——なんだけど、簡単な説明をされて渡されたこれらに私の思考は完全に停止した。
「それはそうだけど、いざやれって言われると・・・・・どうすればいいの?」
諦めた様に首を傾げてそう言うと隣のあかりが優しくやり方を教えてくれる。
「錬成陣においたインゴットに魔力を送りながら作りたい形をイメージするの。そのイメージが鮮明であればあるほどより精密に錬成できるわ。」
「そういうこと?あ~あ、あかりは優しく教えてくれるのに、それに比べてエレナは・・・」
「優しくないっていうの?」
私の言葉にエレナの顔が一気に険しくなった。静かだけど恐ろしいその顔に私は血の気が引くような感覚を覚える。普段優しいけどこういうところは怖いんだよね・・・
気を取り直して目の前の鉄のインゴットに向き直った私はあかりに教えてもらった通り陣の上に乗った鉄に魔力を送り込みながら完成像をイメージする。こんな鉄の塊なんかじゃなくてもっとかわいい形になる様に——
すると、私の手の中で鉄が粒子となってその形を変え始め別の形へと成形される。そして、粒子は一ヵ所に集束していき、思いのほかイメージ通りに鉄は錬成された。
「あ・・・できた!」
「うん、上手。」
錬成された私のインゴットを見て微笑みを浮かべたあかりは囁くように私を褒めてくれた。その声に身体が解ける様な快感と愉悦感が私を満たしていく。やっぱり、あかりの声は綺麗で聞いてて心地が良い。
「やた~!」
自然と出た喜びの声と一緒に私は大きく両手を上げるとあかりの表情が優しい笑みに変わる。その表情に私の表情も綻んだ。
こうして近くで見てると常々思う、あかりって美人だなぁって。整った顔立ちに長いまつ毛、そこから覗く宝石の様に綺麗な赤い瞳、切り揃えられた艶のある黒い髪、白く細い身体。どれを取っても非の打ち所がないと言ってもいいほど綺麗・・・
なんて、私が一人あかりに見惚れていると、私のインゴットを見て眉を寄せたエレナが怪訝そうに尋ねる。
「ところでフレンダ。それ何?アザラシ?」
急に頓珍漢な事を言い出すエレナに私は頬を膨らまして否定する。
「リスですぅー。ていうか、耳も手もあるのにアザラシって言うのはおかしくない⁈」
「えっ。だって、そんな太ったリス見た事ないし。」
「ひどい!」
辛辣なエレナの言葉に私は思わず声を上げた。確かにちょっと丸く作っちゃった感はあるけど、だからってアザラシは無くない?
「で、でも、可愛いでしょ?」
と、せめて造形だけでも良く言ってもらおうと私が苦し紛れにそう言うとエレナは眉を寄せて「そうか?」と首を傾げた。その反応に余計私は傷付けられた。
そんなやり取りの一方であかりはクスリと笑いながら「私は可愛いと思うけどな。」と優しく言ってくれる。やっぱり、あかりは私の味方だぁ。
「あら、随分と楽しそうですわね。私も混ぜてほしいくらいですわ。」
そこへ嫌な声が聞こえ私の身体が委縮する。高圧的で高飛車な声に身体が拒絶反応しているのが分かる。もう振り返らなくても声の主が誰なのか分かってるけど、ここで見ないのもそれはそれで怖いので私は恐る恐る声のする方へ振り返った。
「ですけれど、人に教える暇があるのなら先ず自分の課題をするべきではなくて?梅沢あかり。」
案の定、そこに立っていたのは取り巻きを連れたエカチェリーナだった。彼女は錬成し終えたインゴットを携えて嫌そうにあかりに言葉を吐き捨てる。・・・そんな嫌そうな顔をするなら関わらなければいいのに——
なんて思っていると隣であかりが何食わぬ顔で頬杖を突いてエカチェリーナに言葉を返す。
「そうね。エカチェリーナ。これが鉄に見えるのなら、そうかもね。」
そう言うとあかりは手元にあったインゴットをエカチェリーナに向かって投げた。見た感じは先生から渡されたままの形をしているけど、それを受け取ったエカチェリーナは眉を寄せて動揺の声を上げる。
「・・・軽い。」
「当たり前でしょう。アルミなんだから。」
呆れた口調でそう答えたあかりにエカチェリーナは不服そうな表情をしてあかりを睨みつける。
「アルミ、ですって?」
「ええ。錬金術の神髄は卑金属を貴金属に変える事。つまり、分子構造だけじゃなく物質を構成する元素その物さえも変換させる魔術が錬金術なの。鉄をアルミに変えるなんて簡単な事よ。」
「え。でも、それって結構難しくない?」
話を聞いていたエレナが怪訝な表情をしてそう尋ねるとあかりはキョトンとした表情をして答える。
「あれ?言ってなかったっけ?私、錬金術は結構得意なんだよ?これくらいの事、どうって事ないわ。」
「きいてない。」
机に突っ伏したままのヘレンが不満そうな声でそう漏らした。それに釣られるように私も「そうなんだ」と漏らすとあかりは照れ臭そうにはにかんだ。
「くだらない。」
見るからに不機嫌なエカチェリーナがあかりのインゴットをあかりへ投げ捨ててそう言った。そして、あかりが慌ててそれを受け取るとエカチェリーナは吐き捨てる様に言葉を続ける。
「たとえ別の物質に変えられるというからなんですの?それを意味のある物にするからこそ、魔術を使う意味があるんですの。その程度の事で調子に乗らないでくださる?」
そう言って彼女は甲高く足音を鳴らしながら立ち去った。結局、何が言いたかったのか、よく分からなかった・・・
「拗ねちゃった。」
虚しい彼女の後ろ姿にヘレンがそう呟く。結果的にただの言いがかりを言いに来ただけのエカチェリーナの反応に頬杖を突いたエレナが呆れた口調であかりに言う。
「あからさまに嫌われたね。」
「いいのよ、好きにさせておけば。」
「でも、いいの?ほっといて。」
敵意を向けられたあかりも平気そうな反応を見せるから私が心配で彼女にそう尋ねるとあかりは少し物悲し気な口調で徐に答える。
「彼女は、少し・・・生真面目なのよ。だから、いい加減な私に憤りを感じてるの。どうしてアナタはそんな態度なのか、ってね。」
そう言ってあかりは先生の元へと向かったエカチェリーナの背中を見つめる。その表情は悲し気——というか心配に近いものを私は感じた。
私があかりの表情に視線を奪われていると不意に授業終了の鐘が響いた。それを聞いて先生が課題提出を促すと大勢の生徒が立ち上がり先生の元へ課題を提出しに教卓へ集まる。少し前まで静かだった教室が一気に騒々しくなる。
「さて、さっさと課題出して、行こ?」
「う、うん。」
少しモヤっととした感覚を抱えつつもあかりに促されるまま私達はインゴットを手に座っていた席を立ち、それを先生に提出して私達は教室を後にした。広く長い廊下は授業終わりの生徒達がごった返しに溢れている。
「それにしてもすごいね。あんなに魔術が使えるのに錬金術もあんなに上手なんて。」
賑やかな廊下を歩きながら私がそう言うとエレナも煽る様に「確たる才能ってやつなのかねぇ~」なんて口にする。だけど、あかりは眉をひそめて私達に言う。
「何言ってるの?私に魔術の才能なんかないわよ。まあ、錬金術は唯一自慢できるかもしれないけれど。」
「またまた~あれが才能以外の何だって言うのよ。」
否定的なあかりの言葉を否定して茶化す様に言ったエレナの言葉にヘレンも「けんそん。」と言った。実際私もそう思ってしまったし、それを否定できないくらい彼女は多様な魔術を使っている。そう思われても仕方ない。
だけど、あかりは変わらず毅然として皮肉な言葉を返す。
「才能も謙遜もないわよ。元より私にそんな才能なんてない。事実、私が行使する魔術はそのほとんどが演算魔術と増幅魔術で展開に掛かる負荷を誤魔化してる。当然、回りくどいやり方だから効率も燃費も悪い上に、魔力も持ち合わせてないからすぐに魔力が底をつく。なんとも惨めで、醜いやり方・・・」
「そんな事——」
「あるの。否定しようのない事実なの。こればかりは、とても人に自慢できる様な事じゃないわ。——だって、考えてもみてよ。井戸から水を運ぶとして、一人はバケツで、もう一人は小さなカップで運ぶとしたら?どっちが優秀かなんてすぐに分かるでしょう?」
私の否定も遮ってあかりはそう言う。そして、私たちの方へ向き直って改めて彼女は——
「何度も言うようだけど——みんなが思ってるほど、私は何も持ってないのよ?」
そう言って悲しくはにかんだ。ここまで謙遜されると逆に嫌味に聞こえてきそうだけど、彼女の暗く諦めたような表情がそれを否定する。
きっと、この言葉に嘘はない。
でも、エレナとヘレンの二人は半ば半信半疑みたいであかりの言葉に呆れた表情を見せている。
そんな二人を横目に私があかりの方へ視線を戻すと、あかりは私達じゃないどこか別のところを見てどこか気の抜けた表情をしていた。何を見ているのかと視線の先が気になって私が首を回したその時、彼女は急に声を上げる。
「クレアさん!」
あかりはそう言って私達の脇を通り抜けると私達の後ろを一人歩いていたクレアの元へ駆け寄る。
「なに?」
面倒くさそうなにクレアの声を尻目にあかりは持っていた鞄を漁り出す。
「通り魔事件のお礼、ちゃんとできてなかったでしょう?・・・はい。これ受け取って?」
そう言ってあかりは鞄の中から丁寧に包装紙に包まれた箱を取り出しクレアに差し出す。どうやら事件の時にクレアに助けてもらった事へのお礼をあかりは用意してたみたい。
だけど、クレアは差し出されたお礼の品から視線を逸らして静かに言う。
「要らない。」
クレアの口から出たまさかの言葉に私は内心驚く。お礼にってあかりが差し出してるのにそれを『要らない』なんて・・・流石にちょっと失礼じゃ——
だけど、あかりは諦めずクレアに品を差し出す。
「そんな事言わないで、受け取って。」
「要らないって。」
「まあまあ、ちょっとしたお菓子だから、変なものじゃないから。」
「だから!要らないったら!」
クレアの怒鳴り声が廊下に響く。瞬間、廊下に居合わせた生徒達の視線が一斉に二人へ集まる。生徒達の刺さる様な困惑の視線にクレアは被っていたフードをより深く被ってあかりから逃げる様に立ち去っていく。
二人のやり取りを静かに見ていたエレナが残されたあかりの元へ近寄ると、語気に怒りを混ぜて言葉を漏らす。
「なによ、あれ。あかりが折角お礼にってあげようとしてるのに。」
「ちょっと、あれはヒドイね。」
エレナの言葉に私も共感の声を上げた。お礼を断るにしたって、もっと言い方ってものがあるでしょうに、あんな直接的な言い方・・・
そう思っていると、真剣な表情のあかりがクレアの方をじっと見つめていた。
「あかり?」
私が怪訝な声で彼女を呼ぶとあかりは再びクレアの元へ駆け寄り彼女を呼び止めてお礼の品を差し出す。
「受け取って。」
「あんたね——!」
「受け取って。」
あかりの低く真剣な声に、目に見えて不機嫌な表情を浮かべていたクレアも遂に根負けして渋々差し出された品を受け取る。それを確認するとあかりは堅い顔から一変して柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがとう。ここのお菓子、凄く美味しいから気に入ってくれると嬉しいわ。それだけ。じゃあね。」
二人の様子を遠巻きに見ていたエレナがため息混じりにポツリと呟く。
「あかりって、時々強引だよね・・・」
「・・・うん。」
それもあかりの良いところなんだけどね。——なんて、私は独り思う。
クレアに目的の物を渡し終えたあかりは私達の元へ帰ってくる。心成しか安心した様な表情をしながら。
「あんなの、ほっとけばいいのに。」
満足そうに帰ってきたあかりに腰に手を当てたエレナがそう言う。すると、あかりは眉を垂らして仕方なさそうな口調で答える。
「そういう訳にはいかないでしょう?実質、彼女は私の命の恩人なんだから。あんな物でお礼って事にもしたくないくらいよ。でも、本人が関わり合いを避けている以上、あれくらいが丁度いいのかなって思って。」
「優しいね。」
私があかりの顔を覗き込んでそう言うとあかりは照れ臭そうに「そんな事ないわよ。」と言って顔を背けた。その反応がかわいくて思わず私は笑みを零す。
そんなやり取りの横でエレナが私達の肩を掴んで呆れた口調で言う。
「はいはい、そろそろ次の授業行くわよ~」
そして、グイグイと私達の背中を押して次の授業へ向かおうとする。力が強いからちょっと痛い・・・でも、その手を解いてあかりが申し訳なさそうに切り出した。
「ああ、ごめん。私、ちょっと用事があって、みんな先に行ってて。」
「用事って——次の授業すぐだよ?」
あかりの言葉を不思議に思った私がそう尋ねると彼女は困ったような表情を見せて「ええ。でも、ちょっとやる事があって。」と答える。それならしょうがないかと私が思う一方で、そんなあかりに対して腕を組んだエレナが顔をニヤつかせながら冗談交じりに彼女に言う。
「そんなこと言ってぇ、授業サボる気じゃないでしょうねぇ?」
「え・・・」
「「え?」」
冗談のつもりで言ったエレナの言葉にあかりが不意を突かれたような声を漏らした。私とエレナも彼女から予想外な反応が返ってきて思わず困惑の声を漏らす。
「まっさかぁ、そんな事ないよ・・・」
見え見えの嘘を吐いたあかりにエレナは呆れた表情を見せる。そして、あかりの襟を後ろから掴むとお母さんみたいな口調で彼女に言う。
「授業はサボるもんじゃありません。行きますよ。」
「え、えっ?ちょ、ちょっと!離して⁉」
「ほぉら、暴れるんじゃありません。」
「待ってぇぇぇぇぇ・・・」
「・・・・・・連れてかれた。」
まるでマンガみたいにズルズルと引きずられて連れてかれたあかりに私は少しばかりの同情を覚えた。まあ、あかりの自業自得なんだけど・・・
どんどんと遠ざかって行く二人の姿を眺めながら私は立ってるのもやっとなヘレンへ声を掛けた。
「私達も行こ?」
「ふわぁぁぁ・・・ん、ねむい・・・・」
「さっき寝てたよね?」
「ねてたからねむいの。」
「そう・・・」
これでも成績はそこそこ良いのはなんでなんだろう。さっきも簡単そうに錬成してたし・・・・・・もしかして、睡眠学習⁉
——そんな訳ないか・・・・・・
なんて、そんな馬鹿な事を考えながら私達は二人の後を追いかける様に次の場所へと向かった。




