31.Envy.お祝いは放課後に。
物々しい店内、客の話し声や食器が鳴る音が木霊の様に響き渡り、甘い香りが辺りを包み込む。放課後の和やかな雰囲気がここにはある。しかし、その和やかな雰囲気からは不釣り合いな刺さる様な視線を周囲から感じる。まあ、その理由は明白なんだが・・・
あかりの自害という前代未聞の事態により優勝者が決まった新人大会、その熱りが冷めきらないまま数日が経ったある日。ヘレンとフレンダ、それと私は遅蒔きながらあかりの準優勝の祝賀会を開いた。場所はまあ、例の如くHexeなのだけれど・・・
周囲からはまあ色んな事が言われているが、私は〝一応〟納得している。予想外の事だったけど、あの時あかりが言った事も筋は通ってるように感じるし、彼女が決めた事に文句は言わないし言うつもりもない。だから、私はこの結果自体に不満はない。
でも、思うところはある——
それはそれとして散々言われている当の本人はというと、少し前に店員が持ってきた——なんか・・・・黒い豆が混ざったソースに包まれた塊を嬉しそうに見ている。
「あかり、ホントにそんな物食べるの?」
私が若干引きつった声でそう尋ねると彼女は怪訝な表情をして不思議そうに言葉を返す。
「え?ええ。おいしいよ?」
彼女はさも当然の様にそう言うけど私の目から見るにとても美味しそうには見えない。見た限り豆を使ったお菓子なんだという事は分かるけど、私にはそれが泥の塊の様にしか見えない・・・
「何それ?泥?」
「そんな訳ないでしょ。」
思わず吐いた私の言葉にあかりは真顔で食い気味に否定する。呆れた様子の彼女から向けられる冷たい視線に私は悲しさと寂しさを覚えてしまう。そんな食い気味に言わなくても——
密かにそんな事を思っていると相変わらずあかりの隣を陣取るフレンダがキラキラした顔でこれの正体を話す。
「私これ知ってる!おはぎって言うんでしょ?日本のお菓子!」
「そう、おはぎ。一口食べる?」
「食べる!」
嬉しそうにそう言ってあかりの提案に乗ったフレンダはあかりに向かって口を開ける。あかりがその口に小さく切ったおはぎを運ぶとフレンダは一層顔を輝かせてそれを頬張った。その様子はまるでえさを求める雛鳥とそれを与える親鳥の様で見ていて微笑ましい。
——のだが・・・・
「おいしい~」
「でしょう。」
「えぇ~・・・」
二人の反応に尚の事、私の身体はあの食べ物を拒絶する。どうにも私はあれが生理的に無理らしい。いや、食わず嫌いは良くない。良くないけど——どうにも私には、おはぎというやつは受け入れられない様だ。
「あかり。」
あかりのおはぎに嫌悪感を抱いていると背後からあかりへ声が掛かる。その声につられるように振り返るとそこに居たのは新人大会決勝戦であかりと熾烈な戦いをしたルーナ・ベルッチだった。
「ルーナさん。どうしたの?」
食べていたおはぎを呑み込んだあかりがそう尋ねるとルーナは不機嫌そうに答える。
「新人大会・・・あ、あれで勝ったと思わないでよね!次は絶対、私が勝つから!」
どうやら新人大会でのことが相当悔しかったらしい。小さな口を尖らせて彼女はそう吐き捨てた。そんな彼女にあかりは若干引きつった顔で言葉を返す。
「そ、そう。期待してるわ。」
「何よ、その反応。まさか私は足元にも及ばないって言いたい訳⁈」
「そんな事ないわ!貴女は強かった、とても。そして・・・凄く、戦い辛かった。」
「・・・・・そう?」
あかりの褒め言葉に不機嫌だったルーナは一変して顔がにやける。彼女にはポーカーフェイスというものが欠如してるらしく、どうにか冷静さを装おうとしているもののどうにも口角が上がってしまって何とも情けない顔をしている。
「今はそうでもないんだけれど、戦闘中、貴女から悪い気配を全くと言っていいほど感じなかった。普通は、誰かを攻撃しようって思うと殺気と言うか悪意を感じるものなんだけど・・・とにかく本当に戦いにくかった。」
あかりにそう言われると更にルーナの表情が綻んでいく。最早それは笑顔なのでは?と言いたくなるほど緩んでいるその顔に私達は若干の困惑を覚える。流石に単純すぎない?可愛くはあるが・・・
そんな視線を感じてかルーナは咳払いをして表情を戻すとさも冷静そうな声で話を逸らす。
「で、でも、あなただって私の剣を折ったじゃない。ちゃんと着物から露出した首を狙ったってのに。」
「あー、あれは・・・・・」
ルーナにそう言われてあかりは変に言葉を濁した。明らかに様子がおかしいあかりに私が理由を尋ねると彼女は苦い顔をして渋々話す。
「正直に話すとね、私の着物って着物を纏ってない部分も防御効果があるのよ。」
「は?・・・・はあ⁉」
ここにきて更なる予想外の事実にルーナが声を荒げた。防御効果——つまり、あかりは全身に防御魔法を纏っていたって事になるのか。じゃあ、首が切れなかった事にも説明が付くけど・・・何と言うか、デタラメな魔法ね。
「だから、無防備に見えて実は結構ガチガチに守られてたのよ。それに、直前で増幅魔術を掛けて硬度強化してたから、あの時は相当な強度があったでしょうね。だから——」
「なによ、それ・・・じゃあ、あなたって——」
「鎧類、という事でありますか。」
あかりと若干引き気味のルーナとの会話に、更に新しい声が加わる。その声の正体を私達が認知する前にルーナがその答えを明かした。
「シャルロッテ⁈」
その言葉通りに声のする方へ視線を向けると決勝進出者のシャルロッテ・ロンメルがそこに立っていた。大会の時と変わらず堅苦しい軍服に身を包んだ彼女はあかりに向かって一礼すると男じみた低い声であかりに声を掛ける。
「御歓談中失礼、あかり殿に伝えたいことがありまして伺ったのでありますが、気になる発言に思わず口を挿んでしまいました。」
「な、歓談なんてしてないわよ!」
何気なく漏らしたシャルロッテの言葉にルーナが声を荒立てて反論する。しかし、そんな彼女の反応には目もくれずシャルロッテは話を続けあかりに尋ねる。
「それはそれとして、先ほどの発言は誠でありますか?纏ってない部分も守られていたというのは。」
視線をあかりに戻すと彼女は困った表情をしながらシャルロッテの質問に答える。
「ええ。今貴女が言った通り、私の魔法は鎧類に分類されるから。」
「なるほど。」
「ほんと、気に食わないわね。あなた。」
そう言ってシャルロッテとルーナの二人はあかりの意味不明な言葉に急に納得する。つまり、どういう事なのか・・・それが分からず私は反応が一変した二人に思わず声を上げた。
「なるほど。って、それで納得するの⁈」
「え?・・・ああ、そっか。私達以外は全員自然系なのか。」
思い出した様にあかりがそう言うとその脇で仕方ないといった表情をしたシャルロッテが優しく補足を話し出す。
「なら、説明いたします。我ら武装系には、自然系でいうところの属性に類するものがありまして、展開する武装の形状によって多岐に分類されているのであります。ルーナ殿は剣を展開する事から、刀剣類。小官は銃を展開する為、銃器類といった具合に。」
「その中でも私の鎧類っていうは、その名前の通り武装の形状が鎧に似た物の事を言うんだけど——」
「え、でも着物って・・鎧って言えるの⁇全然違うでしょ?」
みんながみんな思っていたであろう事をフレンダが代弁してあかりの言葉を遮りながら口にした。すると、あかりは困った様に肩をすくめてフレンダの言葉に答える。
「そう。でも、教団が定める定義では『武装の形状が衣類であり、かつある程度の防御力を有し、その効果範囲が全身に及ぶ物』って事になってるの。だから、着物の魔法は必然的に鎧類に分類されるんだ。」
「それでその鎧類っていうのになるんだ。」
「ただ、衣類状の武装だからって必ずしも鎧類になる訳じゃないのよ?」
腰に手を付いたルーナがあかりの話に付け加える様にそう言った。段々とややこしくなってきたこの話に首を傾げながら私は言葉の理由を尋ねるとあかりが頬杖を突きながら答える。
「ここで紛らわしいのは、鎧類とは別に防具類っていう別の分類もあるのよ」
「え。何が違うの?」
「先ほどあかり殿が申し上げた鎧類の定義に当てはまらない物が防具類に相当します。中でも、最も誤解されやすいのは、定義の最後に申し上げた『防御力の効果範囲が全身に及ぶ』というところであります。」
「つまり、身体の一部分を守るだけの物じゃ、いくら鎧や衣服の形状をしていようとも防具類になるの。」
そう言ってあかりは行儀悪く頬杖を突きながらおはぎを食べた。
そういう・・・だから、余計に判別が難しいのか。いくら全身に纏っていても、その全部を守ってなかったらその防具類ってものになるから・・・
「なんか、ややこしいわね。」
「だから、ルーナさんも間違えたんだ。」
「あんなの分かる訳ないでしょ⁈明らかに防具類だと思うじゃない!」
フレンダの何気ない言葉が余程深く刺さったのか、まんまと騙されたルーナが声を荒立てた。そのルーナをなだめる様に「鎧類だと思ったら防具類だったってなんていうのはよくあるんだけどね・・・」とあかりがフォローしているところからして、どうやら、あかりの様なケースは稀らしい。まあ確かに、あれを鎧と思うには無理があるな。
なんて私が思っていると思い出した様にあかりがシャルロッテの方へ向き直って彼女に尋ねる。
「話が大分逸れたけど、最初に言ってた私に伝えたい事って?」
「そうでありました。あかり殿。先日の大会での腕前、見事でありました。貴殿との戦いで学ぶことも多く実に充実した時間でありました。ですので、周囲の妬みなどお気になさる事はありません。どのような事情があったにせよ、貴殿の強さは直接戦った我々がよく分かっています。」
その言葉に傍らのルーナも気恥ずかしそうに頷く。やっぱり決勝へ上がった者同士通ずるものがあるのか二人ともあかりの強さを素直に認める。実際、客席から見ていた私達も尋常ではない印象を受けた。ステージで直接戦えばそれ以上のものを見ただろう。
決勝戦で戦った二人の率直な称賛の言葉にあかり少し驚いた表情を見せると素っ気ない口ぶりで言葉を返す。
「気を使わせたわね。大丈夫、気にしてないから。」
「・・・失礼しました。要らぬ心配だった様で。」
「いいえ。貴女達の称賛の言葉、ありがたく頂戴するわ。でも、貴女もとても強かった。シャルロッテさん。射撃技術ももちろんだけど、状況に対する適応力も高かった。上手く状況が運ばなければ私はあっけなくやられていたでしょう。」
あかりがシャルロッテの戦いをそう評価すると当の本人はこう返す。
「御評価、光栄であります。しかし、それはあり得ないでしょう。」
その意外な言葉にあかりは驚いた表情を見せる。そして、ルーナもシャルロッテと同じ様に「ええ、不本意だけど同意見ね。」とあかりの言葉を否定した。その反応に全く理解ができないといった表情をするあかりが理由を改めて訊くとルーナとシャルロッテが次のように話す。
「あんな防御力があって、あんな曲芸じみた物を見せておいて、もしかしたらやられてたなんて、あり得ないでしょ。」
「小官の狙撃を全て防いでおいてそれはあり得ません。」
「そんな事ないわよ・・・本当に危なかったんだから。」
「あり得ない。」
「あり得ないであります。」
「なんでよ!」
二人に真っ向から否定されてあかりは思わず声を上げた。それでも二人は首を横に振ってあり得ないと訴える。そんな三人のやり取りに自然系魔女の私達は笑みを零した。
でも、本当のところはどうだったんだろう。
あれは・・・本当に瀬戸際の戦い、だったのだろうか?
———時間は遡って新人大会閉会式後———
新人大会が終わり寮に帰る最中、あかりとフレンダは立ち寄る所があるとの事で私はヘレンと二人で町中を歩いていた。煉瓦造りの家が立ち並ぶいつもの帰り道。なのに、いつもと違う雰囲気を感じるのは今日の大会に納得がいかないからだろうか。
「どう思う?」
「なにが~?」
「あのあかりの強さよ。」
私は何気なくヘレンに尋ねた。今日の大会の事、あのあかりの底知れない強さの事を。そして、思い返す。この大会で彼女が起こした奇跡の事——
「予選のあれ。あかりは偶然だって言ってたけど、偶然でもあれだけの事が出来るって事は、それだけのポテンシャルがあかりにはあるって事だよね?」
「そーだね。」
「あと決勝戦もそう。かなり消耗してたって話なのに決勝進出者を二人も抑え込んでそのまま倒しちゃうし、その後にエカチェリーナの猛攻をすり抜けて彼女の一撃を防いだ。あれがギリギリの戦いだったなんて、正直思えない。」
「そーだね。」
「もしかしなくとも、あかりの実力はシスターの範疇には収まらないんじゃないの?それこそ一流の狩り人として成立してしまう程に、彼女は強いんじゃないの?」
「そーだね。」
真剣に話してるのに私が何を言っても一貫してヘレンはテキトーな言葉を返す。そのあんまりな反応に私は語気を荒げて問い質す。
「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ?」
感情的な私とは対極的に素っ気ない口ぶりでヘレンはそう言った。本当にわかってるのかと私が疑いの目を向けるとヘレンは頭の後ろで手を組んで自身の考えを話し始める。
「もしもあかりが本調子だったなら、あのエカチェリーナとも互角に戦えたとは思うよ。魔法の技術、戦闘の技術、その両面から見ても彼女は群を抜いてる。それこそ彼女がその気だったなら優勝だって取れたはず。」
「そうよね。」
「だけど・・・」
「・・・・?」
「あかりは本調子だったとしても優勝しなかったと思うなー」
そう言ってヘレンは気の抜けた笑みを零した。急に変な顔をして変な事を言い出したヘレンに私は眉をひそめてその理由を尋ねる。
「どういうこと?」
「わかんない。ただそんな気がしただけ。」
「なによそれ・・・」
結局、ヘレンの言葉の真意は分からず私達は寮へと帰った。思い返せば、あの時はそんな事は無いって思ったけど・・・どうなんだろう。
決勝後の口ぶりからしてあかりは自分の力を隠したがっているのは伝わってきたし、力を見せびらかす事を嫌ってるのも今までの言動から分かる。だから、ヘレンが言った事もあながち間違いじゃない?
それに、後になって考えてみれば、グリゴリ事件で彼女が生き残った本当の理由も。あの時は単に彼女の運が良かったなんて思ってたけど、元々一流狩り人並の実力を持っていたって考えたらあの生還も偶然なんかじゃないんじゃ・・・
そう考えれば、力を隠すのにもそれなりの説明が——
「エレナ?」
「へ?」
考えに耽り過ぎて周りが見えなくなっていた私は急に聞こえたあかりの声に驚いて声を漏らした。あかりの声に引かれる様に彼女の方を見れば、あかりは怪訝な表情をして私の顔を覗き込んでいた。
「な、なに?」
「いや、なんか険しい顔してたから。」
「・・・何でもないわよ。」
「そう?」
そう言ってあかりは小さく首を傾げた。その可愛らしい仕草に惑わされて今まで考え込んでいた疑念が曖昧になっていく。
——こんな子がそんな大魔女みたいな強さを持ってる訳・・・ない、か。——
とはいえ、いくら考えても答えなんか出てくるわけないし、だからって訊くのも野暮だし、彼女がそれほどの実力を持っていようと私達の関係は変わらない。考えるだけ無駄か・・・
視線を再びあかりへ戻すとあかりはルーナとシャルロッテにもあのおはぎを勧めていた。勧められた二人は顔をしかめながらおはぎを覗き込むと嫌そうに首を横に振る。やっぱり、日本人でもないとあれは受け入れがたいわよね。




