30.大会を終えて、すれ違う。
「・・・・・・・」
会場が、また彼女によって静まり返る。白熱した雰囲気は一転して、霜が降りそうなほど凍てついた空気へ入れ替わる。高らかに響く実況の声も空しく、辺りにはどよめきが広がるばかり。
何が起きたのか説明すると、あかりがルーナとシャルロッテを、エカチェリーナがイグレインを倒して二人の一騎打ちになった決勝戦。エカチェリーナはイグレインを倒した途端、一人になったあかりに全力攻撃を仕掛けた。
ステージには光が雨の様に降り注ぎ、瞬く間に廃墟群は消滅した。当然、廃墟の中にいたあかりは外に追い出されてエカチェリーナの攻撃の的になった。でも、彼女はその攻撃を二本の帯で難なく受け止めて防いで見せた。
その事にも衝撃を受けたが、問題はこの後の行動だ。
これから、二人の激しい戦闘が始まる・・・誰もが期待した矢先、あかりは腰の帯を自分の首にあてがうと——
そのまま、振り下ろした。
途端に彼女の肉体保護は音を立てて崩壊し、彼女の身体は光と共に消失した。ステージ上にはエカチェリーナただ一人が取り残され、標的を失った円環が虚しく宙に浮かぶだけだった。
そうして、会場から激しい戦闘を期待された二人の一騎打ちは、あまりにもあっけなく幕を下ろした。
「・・・首を、切った・・・?」
未だ、状況が呑み込めない私が虚ろにそう漏らすと同じ様に動揺するモニカが困惑した声で私の言葉に同意する。
「私も、そう見えた。・・・でも、何で?」
「・・・・・」
「・・・分からない。でも、理由も無しにあかりがそんな事するとは思えない。——と思うんだけど・・・」
モニカの疑念に私が言葉を詰まらせているとエレナが不安気にそう言った。一見落ち着いている様に見えるけど、エレナもあかりの突然の自害に理解が追い付いてないみたい。
そりゃそっか。こんな事、誰も予想してなかった。よりによってあかりが、まさかあんな事をするなんて。
周囲の観客も口々に自分の憶測を漏らす。「優勝を諦めたんじゃない?」とか、「カチューシャと戦うのが怖くなったのよ。」とか、いろんな憶測がいろんな場所から木霊の様に聞こえる。
「とにかく、あかりのとこ行こう。ここにいたって埒が明かない。」
徐に発したエレナの言葉に私達は静かに賛同して客席を後にした。売店が立ち並ぶ広い通路を足早に通り過ぎ、関係者エリアの入り口に立つ。入り口の警備員に許可を取って扉を越えた私達は選手控室へ足を運ぶ。
——どうして、あかりはあんな事を。その疑念が頭の中をぐるぐると廻る。私がいくら考えてもその答えには辿り着かないけど、モヤモヤとしたもどかしい感覚に襲われる。
私達が足早に控室へ向かう最中、突然廊下の奥から耳を劈く怒号が響く。
「どういうつもりですの!梅沢あかり‼」
その声に導かれ私達は廊下の角を曲がると小さな人だかりが出来ていた。ピリピリと緊迫した空気に集まった人達は困惑した様子で周囲を窺っている。そんな人達の間をすり抜けて人だかりの中心へ入り込むと、そこに居たのはさっきまでステージ上に居たあかりとエカチェリーナだった。
「なに?エカチェリーナ。」
少し不機嫌そうにあかりがそう答えるとその態度にエカチェリーナは更に不機嫌になって語気を荒げながらあかりに問い詰める。
「なに?も何も無いですわ!どうして自害なんてつまらない真似をしたんですの⁈」
「どうしてって、戦える状態じゃなかったからよ。」
「嘘を仰らないでくださる⁈アナタはまだ戦えましたわ!魔力にも余裕がありました。戦闘継続は十分可能だったはずですわ!」
エカチェリーナは強く拳を握りしめ言葉を荒立てる。まるで自分が優勝した事が不服であるかの様にこの結果を否定してあかりに強く当たる。
——でも・・・そうだ。これほど困惑が広がった理由はおそらくエカチェリーナの言う通り、あかりがまだ〝戦える状態だった〟からだ。私から見てもブーストも問題なく発動していたし、魔力も消耗はしてたけどそれでもそれなりの量を確認できた。あの状況で彼女が自ら首を切る必要があったとは思えなかった。
興奮するエカチェリーナとは対照的に不機嫌ながら落ち着いた様子のあかりは彼女の言葉に冷たく答える。
「いいえ。あれ以上の戦闘継続は無理だったわ。——というより意味がなかった。」
「意味がなかった、ですって?」
あかりの挑発的とも取れる言葉にエカチェリーナの顔が更に険しくなっていく。彼女の感情に釣られて魔力が高まりチリチリと嫌な音を立て始める。周囲の空気も見る見るうち険悪になって雰囲気はどんどん重くなる。
「・・・はあ。分かった、正直に話すわ。」
周囲からの突き刺さる疑いの視線にあかりは諦めた様に肩を落としてそう漏らすと気だるそうに言葉を続けた。
「結論から言って、私はひっっっっっっじょぉぉぉぉぉに、燃費が悪いの。」
あかりの口から出てきた予想外の言葉にエカチェリーナも私達も、周りの人達もみんな凍り付き困惑の声を漏らした。誰も彼女の言葉の意味が理解できない、そんな様子で首を傾げながら縋る様に彼女の答えを求める。
「私の魔法・・・というか、私の帯はその性質上、操作が複雑なのよ。その動き、形状、硬度、様々な要因が全て任意に操作できるから。」
「それが、何だって言うんですの?」
変わらず険しい表情をしているエカチェリーナがそう尋ねるとあかりは呆れた様子で肩をすくめて答える。
「単純な操作なら私の脳でも処理できるわ。だけど、戦闘となれば話は別。その状況に応じて繊細かつ精密に、柔軟かつ複雑に帯を操作する必要がある。だから、私は戦闘中常に演算魔術を展開して戦うの。」
「それが何だって言うんですの?それだけでは然程障害にはならないでしょう?」
「演算魔術だけならね。でも、私はそれに加えて処理能力向上と帯の最適化の為に並列思考魔術も展開——」
「ですから!——」
「それだけじゃないわ。そこに、更なる最適化と状況判断能力を上げる為に思考加速魔術、そもそもの大前提である肉体強化魔術。更に、今言った全ての魔術を統括及び補助する為に増幅魔術や同調魔術も展開するの。」
「・・・・・・・」
周囲にどよめきが広がる。彼女の発言に誰もが信じられないといった様子で顔を見合って困惑する。それもそうだ。あかりはさも当然の様にさらっと口にしたけど、それはとんでもない事だ。
そもそも、『魔法』と『魔術』は正確には少し違う。
私達が普段使う魔法は魔女や悪魔が持つ本能的な能力に対して、魔術はあくまでその魔法の再現でしかない。魔術方式と呼ばれる魔法的手法を用いて再現する為、そもそもその発動自体それなりの技術がいる。だから、魔術の同時展開というのは当然ながらかなり高度な技術が必要になる。なのに、あかりはそれができるって言ったんだ。それも、六つも同時に——
「私は、これを勝手に統合して『戦闘術式』なんて呼んでるけど、これがまあ、ひたすらに魔力を食うの。私の魔法以上にね。そこへ更に着物なんて展開すれば当然その展開魔力も必要になるわ。」
こっちの困惑なんて気にせずにあかりは表情一つ変える事なくそう続ける。だけど、正直言って誰も彼女の話についていけてない。
だって、次元が違い過ぎる。だって、私はブースト一つ展開するのもやっとなんだよ?それも、この前あかりに教えてもらってようやく真面な形になったばかり。なのに、彼女はそれ以上の事やっていた。
あんな、平気な顔をして——
「つ・ま・り、私は戦闘における消費魔力が著しく高いの。」
「じゃあ、あかりって・・・」
脇に居たモニカがそう漏らした。すると、驚いた様にさらさらな髪を振りながらあかりは振り返る。そして、私達を見つけると優しく微笑みを見せ素直に答える。
「ええ。恥ずかしい話だけど、私は『超短期決戦タイプ』。全力戦闘はおそらく五分も持たないでしょう。」
だから、あんなに頑なに着物を着なかったんだ。少しでも消耗するのを避ける為に、少しでも長く戦っていられる様に。
・・・って事は——
「だからあかり、最初この大会には出ないって・・・」
「うん。どんな大会になるか分からなかったけど、長期戦ないし消耗戦になるのは目に見えてたからね。私には元々不向きだったのよ。」
私の言葉にあかりは困った表情をして渋々そう答えた。その表情は年相応の少女そのもので、あんな大魔女的技術を持った魔女には欠片も見えなかった。
「だから、当初の予定では決勝まで極力戦闘は避けて体力を温存させるつもりだった。バトルロワイアルなら最悪、戦闘する事なく勝てる可能性があったからね。・・・なのに、貴女のとこのカウガールが私の事をしつこく追いかけまわすし、サラがあんな爆発を起こすしでそんな事も言ってられなかった。」
あかりがそう話す傍ら、エカチェリーナの傍でキアラが小さな声でエカチェリーナに謝罪する。でも、エカチェリーナは沈み込んだ表情のキアラを冷たく一瞥するだけで何も言わない。そんな二人の冷たいやり取りをあかりは遠くから見つめながら呆れた様子で肩を落として更に言葉を続ける。
「結局、決勝戦前に体力・魔力共にその大部分を消耗して決勝に臨む事になった。それでもどうにかしようって頑張ってはみたんだけど。流石に限度があった。」
「言い訳も甚だしいですわ。そんなの、余計な魔術を切ればいいだけでしょう?」
強い口調でエカチェリーナがあかりに反論した。鋭い目つきであかりを睨みつけ、今にも殴り掛かりそうなくらい強く拳を結っている。
「戦闘の為に魔術が必要だった。そう、アナタは言いましたけれども、そんなものはあくまで戦闘を補助しているだけでしょう?つまり、それは〝必須〟ではないという事。そんな魔術に頼らずともアナタは戦えた。戦闘を辞退する理由にはあまりに不適切ですわ。」
エカチェリーナは厳しい言葉をあかりに浴びせる。でも、認めたくはないけど実際はそうだ。
何度も言うけど、あの時のあかりはまだ戦える状態だった。ブーストの消失どころか、エカチェリーナの攻撃を防げてしまう程には魔力も残っていた。それなのに、彼女は自ら首を切って戦闘を辞退した。それで戦えなかったというには正直無理がある。
「私を、買いかぶり過ぎよ。」
黒い髪を僅かに揺らしながらあかりが静かにそう言った。エカチェリーナの主張を完全に否定した発言にみんなの視線が一気にあかりへ集中する。でも、彼女が漏らしたその声は、静かだけど少し怖くて、それでいて悲しそうだった。
「貴女が私の事をどう思ってるのかは知らないけど、私は貴女が期待する様な魔女じゃないわ。保有魔力は貴女より遥かに劣ってるし、特質した何かを持っている訳でも、貴女の様に名の知れた魔女でもなければ、魔法の才能がある訳でもない。私がこれだけ魔術をたくさん展開するのも、単に、そうしなければ私は真面に戦えないから。限られた力をどうにか見繕って誤魔化してるだけ。——だから、貴女が求めるようなものなんて、私は最初から持ってないのよ。」
あかりはそう言って肩を落とす。実に冷静な声で淡々と自分の力を卑下した彼女の姿は見るに堪えがたくて、とても痛々しかった。
だけど、納得のいかないエカチェリーナは反論を続ける。
「ですから、どうしてアナタはその実力を隠したがるんですの?あなたの力はあんなものではありませんわ!予選で起こしたあの奇跡だって・・・」
「言ったでしょう?エカチェリーナ。あれは——」
「それだけではありませんわ!アナタは自ら首を切る直前、私の魔法を防いで見せた。それも単に〝防いだ〟のではなく、魔法を〝破壊〟したんですの。魔法式そのものを破壊し消失させた。それも単なる偶然だって言うんですの?」
興奮したエカテリーナはあかりの言葉も遮ってそう話した。その話に私は思わず耳を疑う。——魔法を、破壊した?それもエカチェリーナの魔法を?そんな事が・・・できるの?
あまりにも突拍子もない話に私の頭の中はぐちゃぐちゃになっていく。
でも、あかりは至って冷静な強い口調で一言——
「ええ、偶然よ。」
と、答えた。
突き放す様に発せられたその言葉に私の混乱は一層増していく。
「普通に考えれば分かる事でしょう?そんなのはあり得ないって。シミュレーターを、いえ、防壁さえも破壊するほどの魔法を受け止めた?貴女の魔法を魔法式ごと破壊した?ふふっ、そんな馬鹿げた事が意図的に起こせるなんて、本気で思ってるの?」
あかりの言葉にエカチェリーナは言葉を詰まらせる。あかりから視線を逸らして今一度現実を見つめ直す。あれが本当に必然だったのかどうか。
・・・でも、そうだよね。あんな事が簡単に出来るはずはない。本当に、奇跡としか言いようがない事が起きた。そう・・・考えられなくもない。でも——
「ね?だから、あれは単なる偶然。本当に奇跡としか言いようがない事が起きただけ。だから、貴女の思い過ごし、壮大な勘違いよ。」
二人の主張の違いに周囲の人達は動揺を隠せない。どちらが本当の事を言っているのか。どちらが嘘を吐いているのか。二人とも深刻な表情で真剣に話してるから、本当はどちらなのか判別できない。
混乱と困惑とが入り乱れてざわざわとどよめく周囲を気に掛けながらあかりは深く息を吐くと隠していた真実の続きを話し出す。
「確かに、貴女が言った事は間違ってない。実際、多少の余力はあったし戦闘継続自体可能だったわ。でも、真面に戦える状態ではなかった事もまた事実。そんな状態で貴女と戦っても結果は目に見えてて意味なんかない。だから、私は自害を選んだ。わざと攻撃を受けるのは貴女に対して失礼だし、故意にブーストを解くのは大会規定違反だから。」
「・・・・・」
「綺麗事を言っているのは百も承知よ。つまらない真似をした事も。でも、どちらにせよ私に勝ち目はなかった。この結果が覆る事は無かった。だから、分かってほしい。」
あかりはそう言ってエカチェリーナを真っ直ぐと見つめる。その姿、その言葉に嘘はない様に見えた。でも、エカチェリーナから零れた言葉は彼女のそれを真っ向から否定する。
「・・・いいえ。」
ゆっくりと上げられたエカチェリーナの瞳は、身体が震えるほど鋭くて冷たく鈍い光を放っていた。
「いいえ、何も理解できませんわ。」
「———っ。」
「アナタは、何も分かってない。そこにどんな理由があろうとも、アナタは戦うべき相手を目前にして自ら命を絶ったんですの。戦う事も守る事も放棄して。」
「なによ!結果的に優勝したんだからいいじゃない!」
エカチェリーナの言い分にモニカが反論の声を上げる。すると、彼女はあかりに向けていた鋭い目をモニカに向けて声を荒立てる。
「良くはありませんわ!戦闘を放棄するなど狩り人にあるまじき行為ですもの。」
エカチェリーナの低く強い声にモニカは身体を強張らせる。その怖い気迫に押されてモニカも含めて私達は口を噤んだ。
「狩り人は守り人ですの。人を守り、町を守り、世界を守る。悪魔という脅威を少しでも人々から遠ざける為に、悪魔と戦うのが狩り人の責務。それを、アナタは放棄したんですわ。たとえ、安全が保障された試合の場であろうと、この理念を放棄する事などあり得ません。」
語気を荒げてそう話すエカチェリーナとは対照的にあかりは変わらず静かに黙って聞いている。その姿に私は不気味ささえ覚える。
——どうして、何も言わないの——
「こんなに、不愉快でならない日はありませんわ。心底失望致しました。梅沢あかり、アナタに狩り人になる資格は無い。」
彼女は強い口調でそう言い残すと踵を返してこの場を後にする。近くにいたキアラも不機嫌な彼女の背中を慌てて追いかける。エカチェリーナのカツカツと威圧的な足音が通路に木霊し、ただただ重たい空気が残された。
「・・・はぁ・・・」
エカチェリーナが立ち去ったのを確認するとあかりは小さくため息を吐いて肩を落とした。そして、疲れた表情で私達の方へ振り返ると申し訳なさそうに言葉を掛ける。
「ごめんね、せっかく来てくれたのになんか騒々しくて。」
「いや、私達はいいけど・・・あかり、大丈夫?」
私が心配してそう声を掛けると彼女は気にしない素振りで答える。
「平気。それに、彼女の言い分も少しは分かるしね。」
「分かんないわよ。」
あかりの希薄な言葉に今までずっと黙り込んでいたエレナが急に不機嫌な声でそう言った。
「あんなのただの押し付けじゃない。あかりにはあかりの考えがあってやった事なのに、それを否定するなんて、そんな権利あいつには無い!」
眉を寄せて不満を漏らしたエレナにあかりは苦笑を浮かべる。でも、その反応を見て更に不機嫌になったエレナはあかりににじり寄る。
「あかりも!黙って聞いてないでしっかり言い返さないよ。考え方の違いはあるでしょうけど、彼女の言い分が必ずしも正しいとは限らないんだから。」
「えっ・・・・・ええ、そうね。」
真剣な表情のエレナに言い寄られてあかりはキョトンとした表情でそう漏らした。だけど、すぐに表情を戻して困った様にポツリと「ちゃんと、言えばよかったかな。」と零した。その言葉にエレナもそうだそうだと賛同してエレナの不満に拍車がかかる。
その後もエレナに説教じみた小言を言われながらあかりは私達を連れて控室へと向かう。あかり以上に白熱して不満を漏らすエレナを横目に私はあかりの表情を見ると、彼女はあんな侮辱ともいえる事を言われたのに不思議なくらい穏やか顔をしていて、怒りの感情なんて欠片も感じなかった。
それが少し——私には不気味に感じた。
廊下ですれ違う人達全員に冷たい視線を受けながら無事に控室へ辿り着いたあかりは「じゃあ、あとで。」と口にしてドアノブに手を掛ける。私は、彼女の袖を掴みそれを止めると彼女の目を見て小さく尋ねた。
「ねえ、ほんとにあれは奇跡だったの?」
すると、彼女は僅かな間を挿んで——
「ええ、自分でもビックリしたわ。」
そう言って柔らかに微笑んだ。でも、その微笑みにはどこか・・・嘘を感じた、気がした。




