29.決勝へと至る.後編
「大人気ですわね。」
少し、いや大分憎たらしい声が私の耳に届く。誰のものが分かりきってるがゆっくりと振り返ると廃墟の屋上の縁に随分と余裕な表情でエカチェリーナが座っている。彼女は私の前でその細い脚を組むと向き直った私に尋ねる。
「本当に、アナタは何がしたいんですの?この期に及んでまだ力を使う事に躊躇いを持っているなんて。」
「別に躊躇っているわけじゃないわ。ただ、他の選手の力を推し量っているだけよ。」
「どうかしら。実のところ、傲慢な理由で魔法を使いたがらないだけではありませんの?」
この大会から始まってからずっとそうだが、彼女は何をそんなに気に食わないというのだろうか。確かに、真剣勝負という事に関して言えば私は真剣ではなかったかもしれない。しかし、それでも傲慢と言われるほど相手に対して礼儀を欠いた覚えはないし、驕った覚えもない。
彼女の言い掛かりとも取れる言葉に私は少しばかり憤りを覚える。
「そう言う貴女はどうなのよ?私の目には随分と楽をしている様に見えるけど?」
「失礼ですわね。私はアナタの様にそんな不敬な事は致しませんわ。」
「はあ、じゃあ何してたのよ?」
「私は待っていたんですの。」
「・・・・何を?」
そう私が尋ねる背後で爆発音が響き、チリチリと熱を帯びた風が私達の方にまで吹き付ける。その風に当てられながらエカチェリーナは静かに、そして冷たく答えを返す。
「アナタを。」
そう言うとエカチェリーナは手を高らかに上げた。途端に空には無数の円環が輝き出でる。だが、その数が尋常ではない。最早、閃光弾紛いの輝きを円環は放ち、私は目がくらみそうだ。
「天使の円環。」
それを合図に円環は一斉に光を放った。忽ち光線は廃墟を貫き、地面のコンクリートさえ融解させていく。私はその光から逃げる様に廃墟から飛び降りた。そして、別の廃墟の壁へ帯を延ばし、掴むと同時に引き寄せ一気に移動する。
だが——いいや、おおよそ予想通りだけど、エカチェリーナは私の動きを予測して私に光線を当ててくる。壁を掴んでいた帯はすぐに断ち切られ、壁へ伸ばす事も許さない。更に廃墟の外壁ごと私の身体を溶かそうと光線を私に撃ってくる。反撃の隙が無い。今のところはまだ帯とブーストで何とか耐えられているが、このままだとジリ貧だな。
おまけに、何故かルーナの剣まで私のところに飛んでくる。
・・・やめた。見苦しい延命処置なんてやるだけ無駄だ。処理が追い付かなくなって惨めにやられる未来が見えた。もう潔く力を使おう。素早く数を減らせられれば、多少余力ができるはず。
——花衣・梅花、展開——
その瞬間、光が私の身体を包み込む。凝縮された魔力の塊が形を成し成形され着物姿へと固定化される。長く黒い髪は結い上げられ打ち付ける風の音と一緒に簪の装飾の擦れる音が耳に入る。
「花帯・桐!」
その言葉と共に私はエカチェリーナの気配のする方へ二重螺旋状に展開した帯を伸長させ廃墟を貫いた。廃墟には綺麗に円形の穴が開き向こう側の景色が窺える。しかし、肝心の手応えはない。それなりに狙ったのだが、たぶん外れた。遮蔽物越しの狙撃には少し自信があったのだが、流石に彼女には当たらないか。
一抹の不満を抱えつつ私は身体を翻して地面に着地する。カランと下駄が軽やかな音を鳴らすと途端に脚が沈み込み、私は身体の重みを思い出す。よくよく考えてみたら私、地に足付けてる時間より、滑空してる時間の方が長いのではないだろうか?・・・そんな事は無いか。
なんて下らない事を考えていると十字剣の追加が飛んでくる。いい加減彼女に鬱陶しさを覚える私はため息を吐きながら帯でそれを弾き飛ばす。
とにかく頭数を減らさなければ、このままではいつまでも平行線だ。どういう訳か、決勝進出者の大部分が私を標的にしているらしく、私ばかりに攻撃が飛んでくる。全く持って、理解に苦しむが・・・
それはともかくとして、都合よく今はエカチェリーナの攻撃が止んでいる。その理由は頭上を飛翔するドラゴンと空を隠すかの様に放射状に放たれる光線からすぐに分かる事だが、今はイグレインと交戦中らしい。飛翔するドラゴンの羽ばたきによって発生する突風が私の髪と着物を激しくはためかせる。
さて、イグレインがエカチェリーナを止めているこの隙にルーナだけでも倒す。そうすれば多少戦況が変わるはずだ。というか、変わってもらわなければ困る。
私は踵を返して目標を視認する。そこには相変わらず不気味なくらい気配のしないルーナが静かに立っており、真紅のマントをなびかせながら右手に携えた十字剣を鈍く光らせている。そして、新たに十字剣を大量に展開し、その切先を私に向ける。
その威圧感に私が身構えると彼女は一斉に放つ。銃弾、とまではいかないが弓から放たれた矢の様な速さで飛んでくる十字剣を私は帯で防ぐとすぐに残りの帯で反撃する。だが、ルーナは素早い動きで帯を躱し、手に持った剣で私に切りかかる。
「——ッ!」
咄嗟に私は和傘を展開してルーナの十字剣を受け止める。閉じた和傘の骨に十字剣が押し付けられギリギリと嫌な音を立てる。私は展開する帯の内、二本を収縮させて帯の端をルーナへ向けた。
「花帯・萩!」
帯が衝撃波を伴いながらルーナに向かって直線上に伸びる。障害となる物全てを砕いてルーナの身体の中心へ——
しかし、攻撃は完璧に読まれた。
萩の攻撃と同時に和傘が握られた腕に重みが掛かる。構わず私は帯を延ばすが、そこにはもう彼女の姿は無く帯は虚しく虚空を貫き廃墟の空へ伸びていく。私はすぐに追撃を試みるが巧みに躱されてしまい、お返しと言わんばかりに十字剣が返ってくる。
・・・さっきも思っていた事だが、改めて対峙して分かった。私とルーナは相性が悪い。
彼女と戦ったのはこの大会が初めてだが、今まで感じた事の無いくらいやりづらい相手だと断言できる。そう思うのは単純な魔法的な相性とかではなく、他でもないその気配から一切の殺気も敵意も感じない事だ。
私は相手の気配や私自身の直感で相手の行動を読む。だけど、彼女からはそれらが感じられない。——いや、違うか。人の気配はする。なのに、そこから嫌な気配が一切しないのだ。だから、最初に遭遇した時に接近に気付かなかったんだ。悪意が彼女から感じないから。
まるで、仁徳を説く聖女を相手にしているみたいだ。
・・・やりづらい。・・・なんか、調子が狂う。この状況を無理やり言い例えるなら、耳を潰して無音の中で戦っている様な、無重力の宇宙空間で戦っている様な、そんな気色の悪い感覚だ。
完全にルーナのペースに呑まれながら調子を取り戻そうと奮闘していると殺気と共に銃弾が撃たれ帯の上を跳ねまわる。そして、僅かに遅れてライフルの銃声が私の耳に届く。
また彼女か。と、私はため息を漏らす。どうして私はこんなにも狙われるのか。やっぱり予選で目立ち過ぎたかな・・・?それとも、私が人を寄せ付けやすい体質なのか。
なんて、また下らない事を考えながら私は飛来する十字剣をいなす。相変わらずルーナから敵意は感じないが、彼女の攻撃自体は剣が元より発する殺気が唯一の助けでどうにか防げている。
しかし、この状態がいつまで持つか正直わからない。私の反撃もルーナは上手くいなしてしまうし、これじゃいつまで経ってもイタチごっこだ。長引けば確実に私は不利になる。何とか隙を作れればいいんだが、どうにも仕掛け所が見つからない。と、言うより。こんなにも戦いに集中できないのは——
再び銃弾と銃声。更に立て続けに数発の銃弾が私に向かって飛んでくる。そして、明らかに私だけに向けられた敵意と殺気。シャルロッテ・・・あまりにも一途過ぎる想いに私は胸焼けしそうだよ。
——本当に、ここまで来たら一切の躊躇も抵抗も許されないらしい。本当に四の五の言ってる場合じゃない。こうなったらとことんやるしかない。
色々と諦めた私は大きくため息を吐きながら銃弾も十字剣も全て弾くと威圧する様に低い声で言葉を漏らす。
「もういいわ。二人まとめてかかってきなさいな。」
先ず動きを見せたのはルーナだった。彼女は新しく多数展開した十字剣を先行して飛ばし、それに続く様に手に持った十字剣を振りかぶる。私は飛翔する十字剣を弾き飛ばし彼女の剣を傘で受け流す。だけど、ルーナはすぐに剣を切り返し、私の頭部に目掛けて十字剣を振り上げる。私は即座に剣の軌道から頭を逸らす。すると、顔のすぐ横を十字剣が風切り音を伴いながら通り過ぎていく。その切先が放つ冷気に似た殺意をひしひしと感じながら私は身体を翻し、帯二本を使ってルーナを切り飛ばす。
忽ち、ルーナの身体は数メートルにわたって飛ばされ痛々しく地面を転がる。ブーストを掛けてるから怪我はしてないだろうけど、確実に肉体保護は削られただろう。とはいえ、まだ足りない。
そう思っていると、背後で僅かに音が漏れる。気になって視線を向けると僅かな殺気と共に十字剣が飛んでくる。私は咄嗟に手に持った傘で軌道を逸らし不意打ちの攻撃を免れる。だがしかし、今の十字剣はどこから・・・
と思ったが、よく考えれば彼女の剣はそこら中に突き刺さっているんだった。地面や廃墟の壁面、どれだけ深々と刺さっていようと展開した剣が彼女に操れない訳は無い。そりゃ、意識の外側から攻撃が飛んでくるはずだ。
ルーナからの攻撃は更に続き地面に突き刺さっていた剣が次々と私に刃を立て切先を向けて飛んでくる。面倒だが私はそれら全てを帯で叩き落とし無力化させる。しかし、そこへルーナが剣を振りかぶって迫り、帯の隙間をすり抜けて追い打ちをかける。そして、彼女の剣が目の前に迫った時、私は着物の袖で刃を受け止めた。
途端に着物は凄まじい金属音を発しルーナの剣を止める。思わぬ物に行く手を阻まれた刃は着物の生地の上で踊り傷さえもつかない。その異様な状態にフードの陰から覗くルーナの顔が明らかに動揺を漏らしている。ようやく見せたその隙を逃さず私は彼女の腕を掴み、引き寄せ、鳩尾に膝を入れた。
肉体の僅かな柔らかさと硬い骨の感触を感じながら私の膝がルーナの腹部に沈み込む。彼女の喉から詰まる様な息が漏れ、身体は強張り萎縮する。しかし、ルーナはそれでも怯まず、痛そうに腹部を押さえながら十字剣を飛ばしてくる。
私は追撃を断念して彼女から距離を取った。すると、その後を追う様にルーナの十字剣が刃を地面に突き立て、私の身体のすぐそばを掠めていく。
際限の見えない彼女の剣とその制圧力。時間が経つにつれ段々と帯で防ぎ切れなくなっている。隙が無い訳では無いが、決着を急がないと私もそろそろ押されそうだ。
そこへ追い打ちをかける様に、またしても飛来する多数の超音速の銃弾。それも的確に私を捉えてくるから余計に私の神経をすり減らしてくる。銃弾を防ぐのにもだいぶ慣れてきたとはいえ大分面倒くさい。ただ、今の狙撃で彼女の位置は大体把握したし、いい加減に彼女の相手もしてあげようか——
ルーナからの攻撃をいなしながら私は地面に刺さった剣を帯で弾き上げる。彼女から無断で剣を三本ほど拝借した私は帯と傘とで十字剣の鍔を打ちシャルロッテに向けて飛ばす。
乱暴に打ち飛ばされた十字剣は真っ直ぐと飛翔し、シャルロッテが居た廃墟の一角を破壊する。被弾した壁面はガラガラと音を立てて落下し、足場を失ったシャルロッテが窓から身を投じて隣の廃墟へ飛び移る。
一先ず、これでしばらく彼女からの攻撃は止むだろう。この隙にルーナに致命傷を——
そう意気込んだ矢先、辺りが急に暗くなる。何事かと思い不意に空を見上げると、エカチェリーナと交戦中のイグレインのドラゴンがエカチェリーナの攻撃を受け、私達のいる場所へ墜落してくる。大きな翼が廃墟を撫で、壁面を削りながら接近する。私は後方へ飛び上がり二人の戦闘に巻き込まれない様に廃墟の中へ避難する。
再び暗い廃墟の中。シャルロッテより先にルーナを倒そうと思ったが、エカチェリーナとイグレインの戦闘に巻き込まれては彼女との戦闘は難しい。かといって、三人の戦闘に混ざるというもの・・・
——仕方ない。そう思った私はきっぱりと彼女の打倒を諦め、三人の魔女達から逃げる様に廃墟の奥へと入っていく。入り組んだ廊下を右に左に抜けていき、もう一つの気配がする方へ。
廃墟の廊下を走り続け、その気配が曲がり角の直前に迫った所で私は角の柱を両手で掴み、気配のする方へ両足を振りかざす。すると、私の両足は曲がり角で銃を構えていたシャルロッテに命中し、彼女の身体を強く蹴り飛ばした。
銃の魔女、シャルロッテ・ロンメル。その通り名が表す通り、銃と分類される物全てを生成し操る事の出来る武装系銃器類の魔法を有する魔女。その魔女は灰色の髪を綺麗に結い上げ、軍服を連想させる服装を着て長靴の様なブーツを履いている。
私に蹴り飛ばされたシャルロッテは崩れた体勢を直すとシルバーフレームの眼鏡を上げて両手に抱えたショットガンを構え直した。私はすかさずシャルロッテとの距離を詰め銃身を掴み銃口を退ける。途端に銃声が響き後方で壁が崩れる音がする。
私はシャルロッテが持つ銃を蹴り上げ彼女の手から銃を弾き飛ばした。そして、無防備な彼女に攻撃を仕掛ける。——が、シャルロッテは弾き飛ばされた腕を素早く振り下ろし新しく生成した拳銃を私へと向けた。凍てつく様な殺気を放つ銃口が顔のすぐ前に突き付けられ肝が委縮する。
すぐさま私は顔を逸らし左手で銃口を眼前から退ける。その瞬間、顔のすぐ横で火花が散り銃声が耳を貫く。直後に酷い耳鳴りが襲い掛かり左耳の聴力が失われた。
だが、私は構わずシャルロッテに殴り掛かる。手首を折り曲げ彼女の顎先に向かって真っすぐ掌底を突く。しかし、寸でのところで彼女に防がれ、再び銃口が私へ向けられる。それを私はまた退け、今度はシャルロッテの腕を掴み彼女の背中へと腕を回し、壁へと叩きつけてそのまま拳銃を締め落とす。
だけど、凄い力で振り解かれ彼女はまた新しい拳銃を私に突き付ける。
分かっていた事だがいくら銃を奪ったところで無駄か、彼女の魔力が尽きない限り銃は生成され続ける。かといって彼女を無視する事は出来ない。折角、一対一という状況に持ち込んだのだ。ここで出来るだけ削っておかなければ、ルーナと合流された時またややこしい事になる。
とはいえ、どうしたものか・・・こんな狭い場所では帯は通しにくいし、私自身、格闘戦はあまり得意ではないし。だけど、下手に距離を取ると彼女の銃の的になりかねない。——いや、決して銃撃が防げないという訳ではない。だが、こんな帯の通しにくい場所じゃ防げたとしても、反撃できないなんていう致命的な状況に——
そう考える最中、ドラゴン墜落時に離れ離れになったルーナの静かな気配が私達の方へ近づく。 ゆっくりと近づいてくるその脅威に今にも頭を抱えたくなる私だが、目の前のシャルロッテに意識を向け攻撃をいなしながら反撃を与える。
だが、そう思った矢先に私は一つ妙な感覚を覚える。
今まさに接近中のルーナだが、その気配が真っ直ぐ私達の場所へ近づいてくるのだ。それは比喩なのではなく。本当に一切曲がる事なく一直線に私達が居る場所へ近づいてきているのだ。
当然、ここは廃墟の中。そんな真っ直ぐ来れる様な廊下は存在しない。何なら彼女の居る位置は私達が居る場所より上層だ。そんな真っ直ぐ近づけるはずはない。なのに、依然としてルーナは着々と私達の元へ近づいてくる。
シャルロッテとの戦闘を続けながらその異常な動きをする気配に私が嫌悪感を抱いているとその気配は私達の真上にまで到達する。そして、気配のする天井から剣の刃が円を描く様に次々と飛び出しやがて天井が崩れ落ちる。
崩れた天井からは案の定ルーナが現れ、彼女は私を視界に入れると有無を言わさず手に持った十字剣を振り下ろした。咄嗟に私は和傘を展開し十字剣を受け止める。途端に銃声にも劣らない凄まじい金属音が辺り一帯に響き細かな火花を散らした。
地形など関係なしに天井ないし床を突き破ってきた横暴なルーナに私は呆れを覚えながら帯で反撃すると彼女は軽やかな身のこなしで帯を躱す。その姿に私が追撃を仕掛けるが、傍らでシャルロッテから纏わりつく様な殺意を感じた。直後、銃声と共に銃弾が私の頬を掠める。
私はルーナへ向けていた帯をシャルロッテに向けて放つ。が、直線上に伸びる帯はシャルロッテの身を掠める事は無く、彼女もルーナと同様に簡単に帯を躱してみせる。
はあ・・・本格的に二対一で彼女達と戦わないといけないらしい。それも近距離・中距離両方達者な二人を相手に、だ・・・・これは、非常に頭が痛くなる。・・・・・・というか、この二人仲良過ぎでしょ。これだけ同じ戦闘に参加して何で二人とも私しか狙わない?ここまでくるともう二人が裏でつながっているどころか、二人が何か私に恨みでもあるかの様に感じてくる。
——まあ、結託した方が効率良いというのが理由なのかもしれないが・・・この上なく迷惑極まりない。
一人肩を落とした私に構わずシャルロッテの銃弾が襲い掛かる。その銃弾を私は和傘を開いて防ぐがその側からルーナが剣を振りかぶってくる。すかさずそれを袖で防ぎ即座に彼女の身体を蹴り上げる。そして、「萩」でシャルロッテを脅かす。その間にもルーナの十字剣が私に向かって飛来し私の集中を散乱させてくる。
そんな感じでルーナとシャルロッテの二人の攻撃に挟まれ一方的な状況だ。
しかし、追い詰められている事は確かなんだが、どういう訳かさっきとは違い見るからに二人の攻撃にキレが無い。なんか、何かに気を取られ一歩踏み出せていない様な——
すると、私に攻撃を仕掛けようとしていたルーナが急に攻撃を中断した。新しく生成した十字剣を私の目の前で停止させ自分の手元へと引き戻す。その奇妙な行動に私が首を傾げると、それはルーナだけではなくシャルロッテにも同様の行動が見られ、銃口を私へ向け撃とうとするも躊躇って引き金を引かない。という場面が何度か起こる。
・・・・ああ、なるほど。という事は、まだ完全に私が不利な状況という訳ではないらしい。
どうやら私に不利なこの狭い廃墟が功を奏しているらしく、この狭い廊下の影響で攻撃の方向が固定され、更に有利に働くと思った協力関係(仮)がお互いの足を引っ張り合っているらしい。
二人は私を攻撃したい。だが、下手に攻撃をすれば、同じ目的を持った相手も攻撃してしまいこのパワーバランスを崩してしまう。だから、二人は私以上に地形と状況に神経を使って戦っているんだ。
——それなら、まだ付け入る隙がある——
私は攻撃の隙をついてルーナを突き飛ばしシャルロッテへ一気に接近する。銃の弾幕を抜け彼女の懐へと潜り込み帯を振り上げる。難なくシャルロッテの身体に触れた帯は彼女を切りつけ彼女の身体を押し飛ばす。
その後すぐに近づく背後の気配に気付き振り返るとルーナが剣を振りかぶる。私は彼女の剣の太刀筋を帯で逸らし身体を捻って彼女の背後へと移動する。すると、彼女の背後から銃声が響きルーナの身体が仰け反る。
どうやら私に飛ばされたシャルロッテが倒れた直後に私に向けて撃ったらしく。その銃弾が運悪く位置関係が変わったルーナに当たった様だ。こちらとしてはありがたいが、正直敵ながらルーナに同情する。
なんて考える暇も僅かに、体勢を立て直したルーナが私に剣を振り下ろす。刃は私の着物の袖を打ち付け金属音を響かせた。それに続くようにルーナは十字剣を展開するが、位置関係が変わった事で十字剣が前方と後方の両方から飛来する。
位置を変えた事を少し後悔しながら私はルーナの腕を掴み、今度は彼女を私の後方へと回す。彼女に彼女自身の剣を受け止めてもらいながら、私はその入れ替わり様に放たれるシャルロッテの攻撃を開いた傘で防ぐ。
けたたましい銃声と跳弾の音が辺りを包み込み、やっと回復した聴覚がまたおかしくなりそうだ。
その時、捕まれた腕を振り解き私の手から逃れたルーナが、剣を床に擦り付けながら力強く振り上げる。咄嗟に私がそれを帯で防ぐが、その側からもう片方の手に生成した十字剣を私の首を目掛けて振り下ろした。
ガキンッ‼という重々しくも甲高い金属音が廃墟の中を響き渡る。
——そして。ルーナが手にしていた十字剣の刃が、真ん中でぽっきりと折れた。
突然の衝撃的な出来事にルーナは驚愕の表情を見せる。あり得ない物を見てしまったような可笑しい表情だった。
「別に、貴女の剣が防げないなんて私は言った覚えは無いわよ?それと、室内で帯での攻撃は不利だ。なんて甘い考え、流石に持ってないわよねぇ?」
私が不気味にそう言うと驚愕の表情が明確に動揺の表情へと変わっていく。零れ落ちる声と汗がその深刻さを表す様だ。
しかし、そんな心情の変化なんてお構いなしに私は彼女に言い渡す。
「花帯・藤。」
四方に展開した帯が壁や天井を這い二人の周囲へと至る。そして、帯は一瞬で伸長し一切の容赦なく二人を切りつける。防ぐ間もなく二人は私の帯に切りつけられ崩れる様に膝を付いた。その瞬間、シャルロッテはブーストの肉体保護が消え敗退となり退場する。
残されたルーナは満身創痍・・・というか、戦意喪失している状態で両手を付き折れた十字剣を凝視している。
「ごめんなさい。貴女には悪いけど、そういう事だから。」
私は彼女にそう伝えるが彼女に耳には届いていない様で肩を落とした状態から全く動かない。
しかし、そんな彼女を私は容赦なく切り伏せる。途端に肉体保護が消え、彼女も光に包まれ退場する。咄嗟だったとはいえ、増幅魔術で着物の防御力を上げたのは少しズルかったかな。・・・・・まあ、いいか。
それはそうと、色々と無理が祟ってか展開していた着物が消えていつものワンピース姿に戻ってしまう。一番問題な人物がまだ残っているというのに——
目を閉じ外の気配を探ると三つの気配を感じ取れる。一つは、他でもないエカチェリーナの気配。もう二つの気配はイグレインとその使い魔のドラゴンの物だろう。
だがその時、気配を感じ取っていたイグレインとドラゴンの二者の気配が消え、エカチェリーナ一人になってしまった。どうやら向こうも決着がついたらしい。
さて、どうしたものか——そう考えようとしたその瞬間、尋常じゃない悪寒と殺気が頭上から私を襲う。まさかと思い私はすぐさま走り出すと私のいた周囲一帯が光に包まれ消失する。
分かっていた事だけど改めて見るとデタラメな魔力と威力だ。あたかも遮蔽物なんて無いかの様に全てが融けていく。加えて、融けて支えを失った建物が次々にガラガラと音を立てて崩壊する。まさしく最悪の状況。グリゴリとの戦闘を思い出してしまう様な最悪だ。
それでも光は雨の様に降り注ぎ廃墟が次々と消えていく。その馬鹿みたいな光線雨を掻い潜り凄まじい速度で崩落する廃墟から私は飛び出した。だがその時、自分に向かって今までにない強く太く光線が襲い掛かる。
「天使の円環、三重奏。」
三つの円環が重なり、眩い光を放つその向こう側。宙に浮くエカチェリーナと私は目が合った。
「花帯・松。」
二本の帯を光線に巻き付けて受け止める。焼ける感覚。焦げた様な匂いと煙。凄まじい速度で押し出され、私の身体は地面へと近づく。そして——
帯に締め付けられた光線が音を立てて砕け散った。まるでガラス細工の様に粉々に、光の粒となってその形を崩壊させる。跡形もなく。綺麗な塵となって、消失する。
その事実にエカチェリーナは言葉を失う。表情からは驚きが漏れ、目の前の現実を必死になって整理している。その間、帯で衝撃を吸収しながら地面へと降り立った私は強張っていた肩を落としゆっくりと息を吐いた。
しかし・・・これが、限界か——
そう思った私は目を閉じ徐に帯を首元に当て、そして——




