28.決勝へと至る.前編
やっ・・・・てしまっ、た・・・・・・・・・・
ステージから控室に帰ってきた私はベンチに泥の様に座り込み落ち込んでいた。どんよりとした空気が私の周りに局所的に漂う中で会場ではEブロックの試合の余韻が残っている。
ぜっっっっったい、引かれた。目立たない様にってあんなに考えたのに!あんなに気を付けてたのにーーーーーーーー‼
なのに、あんな爆発を防ぐなんて正気の沙汰じゃないでしょ!シミュレーターどころか防壁さえ破壊してるんだよ⁈そんなの防いじゃうなんて何⁉イカレてるどころ騒ぎじゃないじゃん!バケモノじゃん‼
ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・
でも、しょうがないじゃん。だって、あのまま何もしなかったら危なかったんだもん。あんな嫌な気配グリゴリ以来だったんだもん。だから、つい、反射的に身体が動いて・・・それで、気が付いたら何もかも終わってたんだもん・・・・
私、何も悪くないもん!
「あかりさん?」
でも、もう少しやりようがあった気がする・・・流石に完封はやり過ぎた。少しは加減してダメージを通せばもう少しマシだった気が。いやでも、手加減したら危なかったのは事実だし。あんな事になるくらいならあれは仕方ない?いや、それでも無傷は流石におかしいか。少しくらい傷を負ってた方が——でもまあ、こうなってはもう後の祭りだが・・・
いや、だとしてもだな——
「あかりさん!」
「はい⁈」
急に声が脳に届いて思わず私は変な声を上げてしまう。考え事に夢中で何も聞こえなかった。その声に引っ張られ視界を上げると大会運営スタッフが私の目の前に立っており私の顔を覗き込みながら怪訝な声で言う。
「決勝。参加選手呼ばれてますよ?」
「あっ、はい。すぐ行きます。」
スタッフにそう伝えると私は重い腰を上げてステージへと向かった。当初の予定とは違う形で決勝へ上がってしまったけれども、とはいえ、決勝だ。どんな事になろうと最善は尽くそう。
ステージへとつながる薄暗い回廊を歩いて私は決勝の地へと近づいていく。コツコツと足音がよく響く回廊には会場の光が差し込み、出口へと近づくにつれてその光に私は包み込まれる。
眩い光に目を閉じ、ゆっくりと開ける。開けた視界、そこに映るは会場を埋め尽くす観客と熱狂的な歓声。予選の時はあんまり気にしなかったけど、凄い数の人——ここにいるほとんどが多少なりとも力を持った魔女だと思うと、実に壮観だな。
「さあ、いよいよこの時がやってきました!新人大会、決勝‼予選を勝ち抜いた五人の魔女達の最終決戦です!果たして誰がたった一席の玉座に座るのか?Aブロック勝者。竜の魔女、イグレイン・ペンドラゴンか?Bブロック勝者。着物の魔女、梅沢あかりか?Cブロック勝者。銃の魔女、シャルロッテ・ロンメルか?Dブロック勝者。十字架の魔女、ルーナ・ベルッチか?Eブロック勝者。光の魔女、エカチェリーナ・クラミナか?誰が勝ってもおかしくありません。」
そんな実況の声に観客は一層歓声を強めた。そんな、どこか他人事の様な歓声を浴びながら観客を眺めていると徐にエカチェリーナが近づいてきて悠然とした態度で私に話しかける。
「やはり来ましたわね。私の読み通りに。待っていましたわ。」
「エカチェリーナ・・・残念だけど、上がってこれたのは偶然よ。ぐ・う・ぜ・ん。」
エカチェリーナにそう言われ妙に冷や汗が滲む私はどうにか誤魔化そうと偶然という言葉を強調して彼女に返した。すると、彼女はいきなり真剣な表情をして低い声で反論する。
「あんなものが偶然な訳ありませんわ。あれは相当な実力によって為せる奇跡。偶然によって生み出せるものでは決してありません。」
「———っ。」
「全く、アナタが何を思ってその力を隠しているのかは存じ上げませんが、その態度は正直に申し上げて癇に障りますわ。私には本来ある力を隠す事に意義を見出せません。」
彼女の言葉に返す言葉が出てこない。確かにエカチェリーナの言い分は尤もだ。力を隠すというのは手加減をするという行為に他ならない。真剣勝負を望む彼女にそれは理解しがたい物だろう。
だが、こちらにも事情がある。そういう訳にもいかなかった事もまた事実だ。そもそも、こんな事になったのは貴女の為で、私はそれ相応の筋を通しただけだと言うのに——
——ああ、実に。モヤモヤとした気持ち悪い感覚がする。
「とはいえ、あくまでも勝つのは私ですわ。そこだけは勘違いなさらない様に。」
そう言い残してエカチェリーナは私の前から立ち去った。ともかく、決勝まで来たのだ。後は好きな様にするだけ。それだけでも気が楽だ。
「さあ、三二一五年度新人大会決勝戦、開始!」
試合開始の合図と共に私の視界は白に染まった。これは、いつかの野外授業の時と同じ、転送魔術による空間位相の感覚。身体が何かに包まれる感触を感じ、温かい様な冷たい様な感覚と浮かび上がる様な浮遊感を感じる。そして、残りの五感がゆっくりと閉鎖されていく。
自然と閉じていた目を開けるとさっきまでの光景は既になく、そこは天板や壁紙の剥がれ落ちた荒れ果てた一室が広がっている。
——なるほど、予選とは違って決勝は人数が少ないから開始と同時に別々の場所に転送して遭遇戦って形になるのか。・・・まあ、逆にそうしないと不利有利が出るか。あくまで平等に勝者を決める為の〝救済処置〟・・・
なんて事をつらつらと考えながら首を回し辺りを見渡すと、壁と同様に壁紙が剥がれコンクリートがむき出しになった柱が一定の間隔で立っており、その奥の壁には外の景色が覗く大きな穴が数箇所にわたって設けられている。恐らく、ガラス窓が埋め込まれていたのだろうが、今は見る影もなくその窓枠すら残っていない。床には物が散らばり所々に穴が開いている。
これは見るからに——というか間違いなく、今度のステージは廃墟なのだろうな。それも窓から窺える景色から察するに結構な高さを有した高層建築。こりゃ、戦い方を考えないと瓦礫に埋もれて退場なんて情けない事もあり得るかもしれない。
とりあえず、エカチェリーナも含めてどれ程の戦闘能力があるのか探らないと。分からない事には戦いのしようが——
「我が身は、主によって守られる。」
突然、背後から声がした。その声に私は密かに驚く。その理由は単純に突然だったからじゃない。信じられないくらい、声がするまで一切気配がしなかったからだ。大抵、敵意を向けられれば声が掛からなくても気付けるはずなのだが——
冷ややかな焦りを持ちつつその声に引かれる様にゆっくりと振り返ると不気味に暗い通路の奥からぼんやりと金色の十字架が浮かび上がる。
「主を信じる心が災いを退け、傷を癒し、我らが敵を討ち滅ぼす。なれば。主の栄光の為に、我らが持ち得る全てを捧げよう。」
そう言いながら現れたのは赤いマントを着た一人の少女。自身の半身くらいはありそうな長い十字架を両手に携えマントのフードを被った彼女はゆっくりとした足取りでこちらへ近づいてくる。・・・いや、正確には〝十字架状の剣〟を持ってと言った方が正しいか。
先ず一人目、十字架の魔女ルーナ・ベルッチ。武装系刀剣類の魔法を有した魔女で、十字剣の魔女とも呼ばれる。そんな彼女が手にしているのは煌びやかな装飾が施された十字剣。その形状から欧州のロングソードを彷彿させる物だが、それよりも柄とリカッソの形状が四角くなっていて、より十字架に寄せられている。
それを彼女は正位置になる様に刃の部分を持ち、淡々とした声で祈りの言葉を口にしている。
「主よ、我を救い賜え。我らに力を与え賜え——」
ルーナはそう言うと柄に手をかけ天井へ掲げた。すると、彼女の周囲に同様の十字剣が多数生成され切先が私へと向けられる。浮遊する十字剣群の切先から感じる敵意と殺気が私の身体を震わせる。
「さすれば我は、御身の為に身を尽くさん。」
その言葉と共にルーナは掲げた十字剣を振り下ろした。同時に、静止していた十字剣が一斉に動き出し私にその刃を突き立てる。
私は即座に帯で攻撃を防ぐ。帯に阻まれ弾かれた十字剣は甲高い音を響かせながらひびが伸びる床に突き刺さる。それでも彼女は構わず攻撃を続け、殺風景だった廃墟の一室が一瞬で十字架が乱立する不気味な部屋へと変貌する。
これが、ルーナ・ベルッチが『十字架の魔女』と呼ばれる所以。彼女は、あの十字架状の剣を多数展開して戦い、戦った後はまるで墓場の様に十字架が立ち並ぶ光景を生み出す。その様子からこの名が付いたという。
言わば、印象通り名。魔法名から名付けられる通り名ではなく、容姿や戦闘の特長から名付けられる通り名。特に数の多い魔女や実力が高い魔女に付きやすいが、彼女はどちらもなんだろうな。
なんて考えているとルーナが急に距離を詰めてきた。迫る彼女はマントで隠れてはいるが見るからに体を捻り両手を後ろに向けている。私は慌てて後退し帯を縮めて防御の姿勢を取る。
だがその時、別の場所から嫌な悪寒が私を襲う。そして、そう思った矢先に窓の穴から凄まじい速度で銃弾が飛んでくる。私はすぐにそれに反応はしたものの、流石にこれを防ぐ事は叶わず銃弾は私の左肩に命中した。
途端に衝撃で身体が仰け反り私はバランスを崩す。そこへルーナの十字剣が私の首を落とさんばかりの勢いで迫る。状況的に帯による防御を諦めた私は伸ばしたままのもう一本の帯を柱に固定し身体を引き寄せた。その直後、十字剣が私の身体から逸れ地面に叩きつけられる。けたたましい金属音が廃墟に反響し耳がおかしくなりそう。
耳障りな音に苛まれつつ私は強引に引き寄せた身体を床や床に刺さる十字剣に打ち付けながら体勢を立て直す。片膝を立て、帯を広げて勢いを殺す。ブーストの肉体保護が多少削れたが狙撃とルーナの追撃をこれだけの被害で済めば幾分かいい方か。
しばらく待ったがルーナからの追撃は来ない。こちらの反撃を警戒してなのかその場を動かずこちらを睨む。狙撃手のものだろうか遠い場所で殺気は感じるものの、攻撃してくる様子はない。一先ず、攻撃が止んだ事を確認すると私はゆっくりと立ち上がった。
今の狙撃は恐らくシャルロッテ・ロンメルによるものだろう。というより、彼女以外銃を使う者はいないし、『銃の魔女』なんて通り名を付けられているのだから彼女で間違いないだろう。しかし、こんな狙撃ができるとは予想してなかった。
依然として彼女の十字架に囲まれる中、張り詰めた空気が私達二人を包み込む。おまけに窓の外からシャルロッテの攻撃まで飛んでくる。これは、非常に面倒くさい状況になった。彼女一人を相手にするならまだ良かったのだが、もう一人、それも見えないところからの攻撃をされては堪らない。・・・面倒だな。
なんて考えているとルーナが手に持った十字剣の切先を私に向けた。そして、周囲に十字剣を展開する。全く持って、彼女はどれだけ剣を生成すれば気が済むのか。
この部屋は決して狭い部屋ではない。むしろ大広間だ。それなのに、彼女はこの部屋を埋め尽くすほどの大量の十字剣を展開している。これは何か狙いがあっての事なのか、それともただの馬鹿なのか。彼女の表情・気配からは全くと言っていいほど読み取れない。
はあ、こんな事なら項垂れてないでちゃんと予選を観ておくんだった。
などと内心自分の不甲斐無さに後悔していると空中に展開された十字剣が動き出す。その全てが一斉に空気を切り裂いてこちらに飛来する。私は帯でそれを振り払い、今度は私がルーナとの距離を詰めた。十字剣の所為で足の踏み場のない床を避け、剣の柄頭を足場に一気に彼女に迫る。
だが、ルーナは焦る様子はなく落ち着いた表情で剣を振りかぶる。流石は決勝進出者、これくらいの事では動じないか——私は帯を振りかぶる素振りを見せて彼女に迫ると直前の十字剣を力強く踏みつけ彼女の頭上を飛び越える。前方から一気に後方へと回り込んだ私は振り向き様に帯を振り上げた。
だが、急に帯が止まった。
すぐに状況を確認するとルーナの十字剣が私の帯を抑え込んでいる。信じられない。いや、あり得ない。だって、そこに〝剣は無かった〟——
私だって剣の無い所に帯を通したのだ。当然。それなのに防がれた?十字剣の飛翔速度や展開速度よりも早い速度で振り上げたはずだ。なのに、なぜ防ぐ事が出来たというのだろうか。
その結論を導く事も叶わずまた遠方からシャルロッテの殺気がする。私はすぐに防御姿勢を取ると窓の外から放たれた銃弾を視認した。
間一髪のところで狙撃の防御に成功し弾いた銃弾が廃墟の壁に吸い込まれていく。だが、その所為でルーナに反撃の隙を与えてしまう。彼女は接近した私に十字剣を振り下ろす。幸い、狙撃の防御に使った帯のおかげで一撃を防いだが、少しひやりとした。
それはそうと、第二射。これで狙撃位置はザックリと絞り込めた。ただ、帯の有効範囲外、か・・・流石にそこまで簡単な相手じゃないか。
——にしても、面倒な事になった。シャルロッテの狙いは私だと断定していいだろう。狙撃回数は二回と少ないが、室内の動く標的をここまで正確に射抜けるのなら狙いを外すとは考えにくい。そもそも、私に向けられた殺意がここからでもひしひしと伝わってくる事からも明確だろう。
しかし、狙撃のタイミングはいくらでもあったはずなのに私達の距離が近い時に撃ってくるあたり、何ともいやらしい。あくまで標的は私達双方だと思わせようとしている。まあ、ここまで私の憶測でしかないのだが、この憶測通りだとすれば、またこの上なく厄介だな。ルーナの相手でも手一杯なのに、こんな面倒な戦いで二人も相手にしなきゃいけないんだから。
ここは一度場所を変えるか。
私は斬りかかってきたルーナを軽くいなすと窓の端に帯を固定し一気に収縮させて穴から廃墟の外へ。薄暗かった視界が一気に開け、明るい外の風景へと変わった。
そして、今ようやく決勝戦のステージの全貌が明らかになる。
かつては沢山の人が住んでいたと思わせる高層のマンションが立ち並ぶ廃墟の町。まあ、結局はシミュレーターで投影された幻でしかないのだが、それでも本来あるべき営みはもうそこには無く瓦礫に埋もれ草木に侵食された無残な街の姿がそこにあった。
その光景に内心魅かれているとシャルロッテから殺気を感じやっぱり銃弾が飛んでくる。私は身体をしならせ銃弾を躱すと廃墟の外壁に帯を固定し弧を描いて廃マンションの間を移動する。狙撃の射線を切り二人の攻撃の届かないところへ。
——と、思っていたのだが、廃マンションの角を曲がったあたりでバッタリとイグレインのドラゴンに遭遇する。予選でも目にしたそのドラゴンは廃墟の屋上に陣取り大きな翼を広げ鋭い目つきをこちらに向けている
・・・まずい、こいつもいるんだった。
そう思った時にはもう遅く、イグレインが跨ったドラゴンの口元から火の粉が零れ出る。明らかな身の危険を感じた私はドラゴンの足元の廃墟の中へ避難する。その瞬間、窓の外が灼熱の炎に包まれた。
「あっつ!」
耐熱の保護かけ忘れた。炎の熱が直に肌に伝わってくる。肉体保護がある為に肌が焼ける事はないが焼けるような感覚が私を襲う。
しかしまあ、凄いブレス。窓の外に広がる炎は波の様に一帯を包み、ブレスの音と共に下の方から破壊音が聞こえてくる。炎の魔女でもあれだけの火力を出すのは難しいっていうのに、あんな簡単に・・・Aブロックの選手はよくあんなのと対峙したよ。
と、何気なく考えていると不意に嫌な予感を覚えた。それも背筋が凍る様な悪寒じみたものだ。その嫌な予感が何なのか、それを知るにはそう時間は掛からなかった。
近くの壁にひびが走ったからだ。
ひびはすぐに壁全体に広がり壁面が音を立てて崩れていく。遅まきながら事態の深刻さに気付いた私は一目散に走り出した。
ただでさえ廃墟なんだ、こんな灼熱のドラゴンのブレスなんて浴びたらそりゃコンクリートが崩壊するに決まってる!なんでこんな簡単な事に気付けなかったんだ!
自分の不甲斐無さに呆れる暇もなく崩壊が床や天井にも及び、いよいよ廃墟の崩落が始まる。加えて、廃墟内の気温が急激に上昇している。恐らく上から廃墟に向けてドラゴンがブレスを浴びせているのだろう。その所為で余計に崩壊の速度が上がっている。
仕方ない。もう強引に外に出るしかないか——
「花帯・桜!」
私は壁を破壊し再び廃墟の外へ出る。案の定、壁の向こうは炎に包まれ、肌が爛れそうな熱が襲い来る。おまけに酸素が焼失して息ができない。しかし、そんな熱と炎に巻かれながらではあるがどうにか崩壊からは免れた。このままどうにか——
その時、突如側面から十字剣が飛来する。咄嗟の防御も空しくどこからか現れたその十字剣は真っ直ぐ私の胸を捉えて私を地面へと叩きつける。そして、ブレスの炎で熱せられたコンクリートが音を立てて私の身体を焦がす。
こんがりと焼けない内に私は帯を延ばし被害を免れた無事な廃墟の屋上へと避難する。その最中、逃走を図る私に向けてルーナが十字剣を飛ばしてくるが、標的を変えたイグレインに気を取られてか私に掠る事は無く空しく地面へと突き刺さった。
ようやく落ち着いて地に足を付けた私は大きく息を吐く。まさか開始早々こんなに激しく動く事になるとは思わなかった・・・
そんな事を思いながら肩を落とすと、後方からまた別の声が聞こえた。
「大人気ですわね。」




