2.修道院
魔力とは、空に穴が開いたあの日より世界に満ちるようになった未知のエネルギーである。それは人々に万有の力を与え、『魔法』と言う悪魔に対抗する術をもたらした。
だが、その万有の力の代償なのか、それは生物に対して驚異的な肉体及び精神汚染力を有し、その双方を異形へと変質させてしまうウイルスのような性質を持っていた。
以上の事から、我々の知る『悪魔』と言う怪物とは、魔力に肉体と精神を蝕まれてしまった地球上の生物である。
————『終焉(第三章二節)』ルイス・カルバーナ 著
あの騒動の後、無事に男性からキャリーケースを受け取り修道院へと向かった私だったが、あの後も何度か誘惑に負けてふらふらと街並みの奥へと入り込んでしまう。その度に何をやっているのかと自己嫌悪に陥りそうになる。
そんな事をしながらもどうにかして修道院正門に辿り着いた私は、窓口で受付を済ませて職員の案内の下、荷物をロッカーに預けると入り組んだ校舎を抜けて講義室に誘導される。どうやらこの講義室で今後の学校生活や授業について説明を受けるらしい。
講義室の中には既に多くの新シスター達が待機しており、仲の良さそうな人達は雑談しながら固まって座っている。そんな彼女たちを横目に私は講義室のちょうど真ん中あたりの開いた席に座って説明を待つ。
しばらくして修道院の教員が入室し、修道院の説明会が開かれた。サリーと名乗った彼女から授業の内容、学校生活での諸注意、寮の場所などを一時間ほどかけて説明され、最後に明日から受ける授業について説明を受けた。
「——最後に君達には早速明日から授業を受けてもらうんだけど、肝心の授業を行う教室は先ほど配布した資料の通り第四十二講義室となります。この後に案内するけど、くれぐれも別の教室と間違えて他の授業に出席しない様にね?」
そう言ってサリーは笑った。
今の彼女の話から察するに、どうやらこの講義室にいる全員がクラスメイトということになるらしい。つまり、しばらくはここにいる全員と仲良くならないといけないみたいだ。
私は一緒に授業を受ける相手を確認した。すると、みんな考えることは同じようで私と同様に周囲の彼女らも室内のシスター達を見渡している。
「じゃあ、これから大まかに修道院の中を案内します。私について来てください。」
そう言って手を叩いたサリーは荷物をまとめてシスター達を講義室の外へと誘導する。私は促されるまま受け取った資料を鞄の中に詰め込み席を立った。
サリーの案内で私達は修道院内でも主要の校舎を見て回る。だけど、その広さは私が想像する以上に広く、何だか凄い設備の整った教室から、そんな部屋いるの?と思うような変な部屋まで総揃いだった。
流石は世界で唯一の魔女の学校。全世界の魔女達がこの修道院に集まるというだけあってその中は学校というよりも多国文化の複合学園都市とも呼べる。
いや、通路や階段などが入り乱れているから迷宮と言った方が正しいかもしれない。
そんな入り組んだ校舎内を巡っていた私達は最後に講義室がずらりと並んだ通路へたどり着いた。
「それで、ここから連なるのが第三十二から第四十六講義室。明日から使う第四十二講義室はこの奥から四番目ね。」
サリーがそう説明してくれるけど、先が見えないほど廊下が長いので正直どこかわからない。それどころか、校舎自体が入り組み過ぎて今ここがどこのどの校舎なのかさえもわからないんだけど・・・・
そんな私の不安を余所に再びサリーの先導の下、私達は説明会を行った講義室へと戻って来た。
「じゃあ、今日の説明はこれで以上となります。何か質問のある子はごめんなさい。悪いけどこの後職員室まで来てください。それでは、明日から魔女の授業が始まるので、遅刻しない様に。それではかいさ~ん。」
サリーの「解散」という言葉と同時に新入生達は一斉に席を立った。私もそれに釣られるように席を離れて講義室を後にする。
結局、この説明で分かったのは『やたらとでかい』ということだけ。これじゃあ、授業に付いて行けるかどうか以前に、教室に辿り着けるかがしばらく問題になりそう・・・
今後の学校生活に不安を抱きながら大階段を下りて私は校舎の外へ出た。日が落ちつつある空の下で修道院の校庭を歩く私は一人の女性に目が留まる。
その女性は紺色のジャケットを羽織り、白いシャツに赤いチェックのミニスカートを着ていてスカートと同じ赤いチェックネクタイを締めている。
この学校での服装は私服のはずなんだけど、その格好はどう見ても学制服と言える姿だ。更に茶色のローファーを履いているから余計に制服に見える。・・・まあ、黒のセーラーワンピースを着ている私も人の事は言えないのだけど・・・
彼女は近くの噴水の縁に腰を掛けて退屈そうにスマホをいじっている。どうやら、人を待っているようで、落ち着かない様子でしきりに周囲を見渡している。
だが、私と目が合うや否やいじっていたスマホをポケットにしまい手を振って「あかり~!」と私の名前を呼びながら近づいてくる。
「久し振り!五ヵ月ぶりだっけ?」
そう言って女性は勢いよく私に抱きついてきた。私より伸長が高い彼女は私の顔を自分の胸に押し付けて私の頭を撫でてくる。
そんな彼女を私は押し返しながら呆れた声で言う。
「三ヵ月ぶりよ。エリ姉。」
実を言うと私はこの女性をよく知っている。
彼女の名前は佐藤 エリ。私の幼馴染で私より年が三つ上、こんな体になってしまった私を受け入れ女性としてのあれこれを教えてくれた人だ。私の恩人。
「そうだっけ?まあいいや、それより少し見ない間にまた可愛くなったねぇ。やっぱ、『女子、三日会わざれば刮目して見よ』だね。」
「それを言うなら『男子』でしょ?」
「似たようなもんよ。」
「違うでしょ。」
「うゎ~ん、三ヵ月ぶりの再会なのにあかり冷た~い。」
「エリ姉が暑苦しいだけでしょ?・・・てか、いい加減離れてよ!」
「むう、こんなに可愛がってるのに、つれないなぁ・・・」
そう言って顔を摺り寄せてくるエリに鬱陶しさを感じながら私はその顔を押し返す。
「いいから離れて、みんな見てるから!」
「もう、仕方ないなぁ。」
そう言うとようやくエリは私の身体から引き離れた。私は抱き着かれて乱れた自分の服を整えてエリへ向き直るとエリが優しい声で私に尋ねる。
「まあ、なんにせよ長旅お疲れ様。遠かったでしょ?」
「ええ、片道十三時間。日本からイギリスに来たのは昨日だけど、飛行機じゃあ座りっぱなしだからもう腰痛くなっちゃった。」
「何か発言がお祖母ちゃん臭いよ?」
「失礼ね。」
「てか、聞いたよ?昼間の事。狩り人でもない魔女が悪魔狩りをしたって。どうせあんたでしょ?」
「よく分かったね。と言うか、もう情報が回ってるんだ。」
「当たり前でしょ。そんな目立った事すれば。」
エリの反応に思わず苦笑いをする私に彼女は呆れた声で言う。
「あのねぇ、正義感が強いのはいい事だけど悪い方向に目立たないでよ。今回の一件で入学取り消しにされてもおかしくなかったんだよ?」
心配気な彼女の表情に心の底から申し訳ないという気持ちが沸き上がってくる。
「ごめん。でも見過ごせなくて。」
「まあ、大目に見てくれたみたいだからよかったけど、今度からは気を付けてよ?」
「は~い。」
「もう・・・」
エリは呆れ顔でそう言うと私を見て急に表情を暗くした。どうしてか分からず私が首を傾げると彼女はゆっくりと口を開く。
「・・・着てくれたんだ、この服。」
私の服を見て嬉しそうにそう言った彼女はどこか複雑そうな表情をしていた。
今、私がきている黒のセーラーワンピースは以前にエリからもらった物だ。白色の襟に赤いラインが入っていて赤いリボンを巻いており、袖が服と別になっている。ワンピースの丈は長めで私の膝下二〇センチ程、更に腰には私の魔法で生成した着物の帯がリボン結びで巻いている。
「まあ、せっかくくれたんだから着ないと、ね。」
「可愛いわ、とっても。帯もよく似合ってる。」
そう言ってエリは私の服の襟を直した。だが、口ではそう言うもののエリの顔は依然変わらず複雑な表情をしている。私の事情を知っている手前、余り素直には喜ぶことができないんだろう。
「・・・ありがと。」
私が小さな声でお礼を言った。
すると、エリは優しく微笑む。その笑みを見て私は急に照れ臭くなってエリから顔を背けて履いていたブーツを鳴らした。
「またそんな厚底のブーツ履いて~。身長低いの、そんなに気になる?」
視線を逸らした私にエリが呆れた口調で言った。私が「いいでしょ別に。」と反抗的に言うとエリは憐れみの視線を私に向けて言う。
「いいけど、十センチの嵩増しは流石に・・・見ててちょっと悲しくなるんだけど。」
「うるさい!」
その反応にクスリと笑ったエリは私に尋ねる。
「それより魔法の使い方にはだいぶ慣れた?」
「うん、前よりは上達してる。」
そう言うと私は巻かれた帯の端を伸ばして操って見せた。
「そう。そりゃそっか、ここに来る前に悪魔一匹倒してるものね。」
「ふふん。」
「『ふふん』じゃないっての。まあいいわ、何かあればこのお姉ちゃんを頼りなさい。魔法の事じゃなくてぇ、体の事とかもね?」
「嬉しいけど、そういう発言は人目を気にした方がいいと思うよ?」
私はエリの発言に呆れた目を向けて言葉を返した。エリはその私の目つきに口を寄せて頬を膨れさせた。
「それはそうと、せっかくなんだし、もう少し学校見てく?あかりの事だから、他にも見て回りたいでしょ?」
エリはそう言うと楽しそうにくるりと回って私に尋ねた。
「そうね。じゃあ案内してくれる?」
私が微笑みながらそう答えるとエリは嬉しそうに笑って私の手を引いた。
「——それで、ここからが第九区画ね。今通ってきた中心にそびえるあの城も一応この区画になるわ。」
エリはそう言って校舎の紹介をしてくれる。私はエリの話に耳を傾けながら校舎を繋ぐ古城の城塞の様な渡り廊下を歩き建ち並ぶ建物群に目を向けていた。
すると、私は眺めていた建物の中に気になるものを見つける。
「ねぇ、あれってもしかして教会?」
足を止めてそう尋ねた私にエリはさも当然だと言わんばかりに「そうよ。」と言葉を返した。その言葉に唖然とする私はエリに改めて確認を求める。
「・・・ここって一応学校でしょ?何で学校内に教会があるの⁇」
「それどころか神社や寺まであるわよ?」
「えぇ・・・・」
「修道院には、全世界のありとあらゆる国の魔女が集まるから、それぞれの宗教に合うようにそれ相応の施設が揃ってるの。日本と違って神や仏に信仰的な人もここでは多いから。」
「だからって学校内に造らなくても・・・」
「無いよりはあった方がいいでしょ?それにここは広いからねぇ、外に造ると色々と面倒なのよ。」
「そういうもの?」
私が首を傾げて尋ねるとエリは短く「ええ。」と答えた。更に私に「次に行こう」と促して再び歩き出したエリは学校の紹介を再開する。
「ここ修道院は全部で十二の区画に分けられてるの。第一と第二区画は講義室が集中する区画で、第三区画は職員の区画。第四区画は食堂とかの飲食店が建ち並んでて、第五から第七区画までが他でもない魔法実技演習場。娯楽設備が備わった第八区画に、第九区画は見ての通り教会とかの宗教施設なんかがあったりしてぇ、第十・第十一区画は、それぞれ倉庫や送電装置とかの運営設備、魔術結界管理局なんかが設置されてる。で、あそこに見えるのが第十二区画のスタジアムよ。」
「何でもあるのね・・・」
余りにも色々とあり過ぎて私が若干引き気味にそう言うと前を歩いていたエリが楽しそうに振り返り高い声で言う。
「そう、なんでもあるの!無いのは宿泊施設と商店街ぐらい。」
「むしろ、何でそれだけ無いの?」
「寮はシスターの数が多いからどうしても修道院内に収まりきらないからだって。だから、修道院外周の町に寮を作って拡張しやすいようにしてるって聞いたことあるかな。商店街は単純に設置場所がなかったからって聞いてる。ああでも、売店は各区画に点々とあるから心配しなくてもいいわよ?自販機もあるし。」
「そう・・・」
最早、突っ込むことも諦める。とてもじゃないが規模が大き過ぎる・・・これじゃ、一つの町どころか凝縮された一つの国みたいだ・・・
理解が追い付かないままエリの後を付いて歩いていると廊下の端に居た二人の会話が耳に入ってくる。
「ねえ、魔女の授業ってどんな感じかな?」
「何か、ドキドキするね。」
「やっぱり、魔法の打ち合いとかするのかな?」
「ズガ——ンって?」
「何よ、ズガ―ンって!」
そう言って二人は和気藹々と笑い合った。その微笑ましい会話に耳を傾けつつゆっくりと歩いていると、じゃれ合っていたその二人が突然体勢を崩した。
その二人は足をもつれさせぐらつく身体をお互いに支え合ってどうにか立て直すことができた。
だが、不運にも偶然近くに居た少女が彼女らに肩をぶつけられ姿勢を崩してしまう。
そして、少女は廊下の縁から身を乗り出していたのも相まって身体が傾きそのまま廊下の向こう側へと身体が倒れていく。
「え、あっ、ちょ!」
誰かが発したその言葉を待たずに、彼女の足は地面から離れ身体が何もない廊下の外側へ消えて行ってしまう。
私は、一目散に走りだした。
「ちょっと、あかり⁉」
エリの制止を聞かず私は彼女が消えた場所から身を乗り出す。
空気の壁を肌で感じながら私は落下する彼女を視界に捉え、それに向かって一気に降下する。腰の帯を伸ばして廊下の縁に固定し、落下する彼女の腕を掴んでその身体を引き寄せる。そして、肩と両足を抱えると体勢を整えて帯を張って減速させる。
体に負担がかからない様にゆっくりと減速しながら降下する私は、下の地面に少し足を付けると今度は帯を収縮させて元いた廊下へと舞い戻る。
私は身体を翻し安定した床に足を付けると両手に抱えた彼女をゆっくりと立たせた。
「大丈夫?」
私がそう尋ねると彼女は言葉を失っているのか何も言わずこくこくと小さく何度もうなずいて自分が無事なことを伝える。
「そう。じゃあ、今度から気を付けてね?」
私はそう言い残してエリの元へ戻った。大それた事して帰ってくる私に呆れた様子でエリは言う。
「相変わらず、ああいうのは見過ごさないのね。あかり?」
「しょうがないでしょ。こう言う質というか、性格なんだから。」
「でも、相手は魔女なんだから自分で何とかできたと思うよ?」
「そう・・・かもね。」
でも、そうだとしても私は見捨てることは出来ないと思う。私は人の死というものを間近で見た事があるから。
だから、人が死にそうになる様を黙って見ていることなんて出来ない。
「まあいいわ。そろそろ寮へ行こうか。いい加減、寮長さんに迷惑かけちゃうかもだし。」
エリはそう言うと私を促して寮へと案内する。私はロッカーに預けていたキャリーケースを回収しながらエリの案内の下、寮へと向かった。




