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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
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24.初めてのイベント、弾む心は?

 青い空が眼下に広がる。深い、深い青色の空が矮小な(あかり)を飲み込んでしまいそうだ。


 落ちる。このまま、そこまで・・・


 だが、皮肉にも私の身体は背後の地面へと引き込まれる。まるで私を離さないと言う様に硬い石畳がゆっくりと私に迫る。


 私は身体を捻り帯で姿勢を制御すると優しく足を地面に付けた。無事に地面に戻ってこれた、そんな事に私は少し安堵する。


 だが、着地したそばからリンの赤槍が私に襲い掛かる。


 槍は前方から一本、側面高い位置を貫く物が一本、そして、私とはずれた位置を狙う槍が一本。最後の槍は恐らく私の動きを予測しての一本なのだろうが、他の二本とはタイミングをずらして飛ばしてくるあたり実にいやらしい。まさしくリンの性格が窺える様だ。


 私はすぐに回避行動に移る。先ず初撃の一本目と側面の二本目を硬い地面を転がってどうにか躱し、それに続く最後の一本を私の帯でいなす。すると、槍の軌道が僅かに私から逸れ、私の腕を掠める様に地面に突き刺さった。


 鈍い金属音と共に脇に刺さる槍から冷たい気配を感じながら、私は帯をしならせリンに切りかかる。


 だが、リンは私の帯を身軽なステップで容易く躱してしまう。その事態に私が悔しがる隙も無く、不意に脇に刺さった彼女の槍から嫌な気配がしたかと思うと、その柄から枝分れの様に新しい槍が伸びる。


 私は咄嗟に後方へ飛び上がった。瞬間、リンの赤槍が私の居た場所に刃を突き立てる。その切先から伝わる明確な殺意が私の肝を冷やし思考を掻き乱す。次の手を考えなければ・・・


「そこまで。」


 唐突にそう言ってリンが戦闘を終了させた。そして、彼女は冷徹な表情のまま言葉を続ける。


「あかり。あなた初動の動きがワンテンポ遅い、もう少し縮められるはずよ。それと相手の攻撃に警戒心が無さ過ぎ、相手の動き一つ一つを警戒しなさい。そんな戦い方ではいつか死ぬよ。」


「はい・・・」


 リンの厳しい言葉に私は気落ちした声を漏らした。


 痛いところを・・・まあ、それが彼女の仕事なのだが、改めて言われると結構ぐさりとくるものがある。確かに私はよく考え込んで行動に移す癖がある。その所為で動きが遅くなるのは正直否めない。


 しかし、この癖を治すのは今更難しいし・・・どうにかカバーできる方法を探すしかないか——


 なんて悶々と考えていると授業終わりが近づき、それに伴って槍を収めたリンが全員を集めて締めの言葉へと移る。


「今日はここまでとします。最後に、全員把握してると思いますが、二週間後に新人大会を行います。それに伴い、近々その選考会を行います。」


「「「新人大会?」」」


 リンの言葉にシスター達が声を漏らした。その言葉にリンは淡々とした様子で答える。


「はい。一年の専科シスターによる実技大会です。内容は規定により明かせませんが、自身の実力を試す場であり、修道院に実力を示す場である。とだけ伝えておきます。参加は任意なので、各自、興味がある者は申し出る様に。以上。」


 そう言い終わると同時に図った様に修道院の鐘が鳴った。


 リンは自分の仕事を終えると私達シスターを顧みずそそくさと演習場から退場する。その後ろ姿を横目にシスター達は彼女の残した新人大会という言葉に興味を惹かれつつ徐に帰り支度を始めた。


 すると、リンが不意に何かを思い出した様で出口手前で立ち止まると、こちらへ振り返り「伝え損ねていましたが、この大会は成績に関係しないので、悪しからず。」と言葉を足してこの場を後にした。


 成績に影響しない、か・・・


「ねぇねぇ、新人大会だって。どうする?」


「成績に影響しないんでしょ?出る必要ある?」


「でも、ここで実力を見せれば狩り人になった時に優遇されるかもよ?」


「狩り人の優遇って何よww」


 そんな和気藹々としたシスター達の言葉に耳を傾けながら荷物を片付けていると隣からフレンダが荷物を手に声を掛けてくる。


「盛り上がってるね。」


「そうだね。修道院に入学して初めてのイベントだしね。」


「でも、何やるんだろう?」


 そう言ってフレンダが首を傾げた。その言葉を聞きながらようやく荷物をまとめ終えた私は荷物を手にすると何気なく思った事を答える。


「大会って言うんだから何か競うんだろうね。」


「その何かを訊いたつもりなんだけど・・・」


 余りにもテキトーな私の言葉にフレンダが呆れた声でそう返した。


 自分でもびっくりするほど内容の無い言葉に内心驚いている。というか、情けないほど呆れている。私は一体何を言っているのかと・・・


「申請しないと分からないんじゃない?」


 そこへ横からクロエが口を挿んだ。その言葉にフレンダが不服そうに「え~、何やるか分からないのに申請するのは怖いくない?」と漏らすとクロエは確かにといって怪訝な表情で頷いた。


 確かに、中身の分からない箱を開けるのは少し怖いものだ。好き好んで開ける者は少ないだろう。しかし、だとした何故内容を明かせないのだろう。内容が分からないとフレンダの様に参加したいと志願するシスターが減る様な気がするのだが・・・


「私、出ようかなぁ、あかり様は?出る?」


 またどうでもいい事を考えているとクロエが唐突に私に尋ねてきた。そして、それを合図に周囲の期待の目線が私に集中する。


 ・・・新人大会か——


「んー、私はパス。」


 正直、興味はある。自分は今どれだけ戦えるのかとか。自分の同期達はどれほどの実力を持っているのかとか、知りたいと思う気持ちはある。


 が、最近の私は目立った行動が多い。どれもこれも自業自得と言ってしまえばそれまでだが、これ以上目立った行動をするのは私の事情を考えるとあまり良い事とは言い難いだろう。リン曰く成績に影響しないというし特別出る意味はない、か。


 それに、よくよく考えるとそもそも私は——


「え⁈あかり様出ないの?」


 私の返答にクロエが心底驚いた表情で声を上げた。その意外な反応に私は困惑しながら引き釣った声で「う、うん。」と漏らすと、彼女は怪訝な表情で辞退の理由を尋ねる。


「てっきり出ると思ってた。でも何で?出たら優勝も狙えると思うんだけど。」


「そんな簡単じゃないよ。私よりずっと強い人はいるんだから。多分、予選落ちするんじゃいかな?」


 無垢なクロエに私がそう答えると隣でフレンダが「そうかなぁ。」と呆れた表情で言葉を漏らしている。彼女は私を天才か何かと勘違いしているのかな?


「えー、じゃあどうしよう。」


「私の事は気にせず出なよ、クロエ。折角なんだから。」


「う~ん・・・」


 どうやら、クロエは私と一緒に出たかったらしく彼女は腕を組んで悩み込む。その姿に少し心が苦しくなる一方で出場には消極的なフレンダが素朴な疑問を私に投げる。


「ねぇ、あかり。あかりが出ないならエカチェリーナは?出るのかな?」


 エカチェリーナか。確かに実力はあるから出場すればかなりの成績を収められるだろう。だが——


「出ないんじゃない?そういうの興味なさそうだし。」


 それに以前の授業で力を見せびらかさないとか何とか言っていたから、恐らく彼女も出場はしないだろう。彼女が出るのなら私ももう少しは考えたのだが・・・いや、例え出たとしても彼女が本気で戦う事は無いんだろうな。




 ・・・などと、思っていたのだが——


「アナタ、大会に出ないそうですわね。」


 どこで噂を聞きつけたのか、突然エカチェリーナがそんな事を言いながら私に詰め寄ってきた。そして、その明らかに不機嫌な表情に私は『何故』と尋ねたいところだが、それをあえて抑えて私は彼女の言葉に同意する。


「ええ、そうだけど。」


「何故ですの?」


「何故って・・・」


 それはこちらが訊きたい。貴女、大会に意欲的に参加する様な人だったのかと。どうしてそこまで私に出てほしいのかと。


「参加は任意なんだから出るかどうかは自由でしょ?」


 なんて馬鹿な事を考えて私が返答を言い淀んでいると、彼女の事が怖いのか私の背後から顔を出すフレンダが弱気にも強気にそう尋ねた。


 すると、何故か彼女はウンザリとした様子で嫌々答える。


「力のある者が、その力を示さないのは非常識ですわ。技を駆使し、力を示し、他者の模範となるのが実力者の務めというもの。それを放棄するなど、言語道断ですわ。」


 なんとも、それとなく尤もらしい答えが返ってきてフレンダが困惑した様子で「そういうもの?」と私に尋ねる。だが、私も正直よく分からず首を傾げて「さぁ・・・?」心無く答えた。


 そこへ言い争いと聞いてか駆けつけたクロエが不機嫌そうに彼女に尋ねる。


「でもエカチェリーナ、あなた前に授業中に『力を見せる必要があるんですの』なんて言ってなかった?」


「不要な時に出す意味があるのかと言ったんですの。あの時は説明の為の単なる模擬戦でしたので必要性を感じなかっただけですわ。」


 ああ・・・確かに、そう考えれば一理ある。


「ともかく、アナタは大会に出るべきですわ。アナタが本当に狩り人を目指しているのでしたらここで力を示さずいつ示すというのですの?」


「でも、あかりは出ないって言ってるんだから無理強いする事は無いんじゃない?」


「そうよ!第一、何であかり様が貴女の指図を受けなきゃならない訳?」


「アナタ達には訊いていないのだけど?」


「むき~!」


 ——と、フレンダとクロエの二人が私の事でエカチェリーナと言い争っている。二人としては私を守ろうと言ってくれているのだろうけど、いや、そのこと自体嬉しくはあるのだが、正直言って私としてはどうでもいい事なんだが・・・


 とはいえ、これだけ彼女に言い寄られては断るのも忍びないな。私としても大会に興味がないと言う訳ではないのだし。


「分かった。出るわ。」


「あかり様⁈」


「あかり?」


 私が仕方ないといった声でエカチェリーナにそう返すとクロエとフレンダが動揺した様子で言葉を漏らした。


 突然の了承に不服そうな二人をなだめながら私は続けてエカチェリーナに保身的な言葉を掛ける。


「だけど、思った様な結果にならなくても文句は言わないでよ?」


「構いませんわ。そうなれば、私が期待し過ぎただけの事。」


 そう言い残すと納得したように私達の前から立ち去った。その姿の後ろでクロエが彼女を追い立てる様に舌を出して威嚇する。


 そんなクロエの言動に私が「こらこら」と優しく叱っていると、ようやく私の背中から出てきたフレンダが私に「いいの?」と心配そうに尋ねた。


「ん?うん。まあ、自分の実力がどのくらいか知る良い機会でもあるし。」


 私はそう言って納得させた。




「——んで、出る事になったと。」


 コーヒーのカップを口元から離しテーブルへと置いたエリが気落ちした私にそう言った。


 あれから時間も場所も変わって休日のお昼過ぎ、私は先輩でもあるエリに新人大会について訊こうと食事に誘った。


 のだが、よくよく考えてみれば、別にあの誘いに乗って無理に出場する事も無かったという事に遅まきながら気づき、いやいやそもそも選考会が通るかも分からないからななどと高を括っていたら見事に通ってしまい、私の心情とは裏腹に正式に出場が決まってしまった。


 という、なんとも間抜けな事を起こした数日間、今はエリと一緒にゆっくりと食後のコーヒーを飲んでいる。


「ええ、あそこまで言われて断るのも失礼かと思って。」


 なんて私の苦し紛れの言い訳にエリは「いいじゃない、これも経験よ。」と言って微笑んだ。他人事だからって・・・


「でも、大会って言ったって何するのよ?」


 エリの態度に不満を抱きつつも今日の本題を尋ねると、彼女は前屈みになって机に両肘を突き快く答える。


「競技はその年によって違うわ。私の時は障害物レースだったけど、去年は悪魔の討伐数争いだったかな?」


「え、何それ・・・」


「シミュレーションで投影される擬似悪魔の討伐数を競うの。無○ゲーみたいな。」


「ああ、そういう・・・」


 言い得て妙なエリの言葉に私は困惑の声を漏らした。なんか、大会と言うより文化祭の様なイベントだな。なんて密かに思っていると彼女は口元に手を当てて思い出す様に言葉を続ける。


「あと他には、先輩達から訊いた話だと大迷宮攻略とか、魔法使用想定した異種競技戦みたいなものだとか、色々やってるみたい。」


 本当に色々やってる・・・これじゃ推測も難しいか。


「じゃあ今年も何やるか分からないと?」


「うん。本番まで明かされないのは恒例らしいわ。」


「え⁈本番まで明かされないの⁉」


 エリの口から出た衝撃の事実に私は驚愕の声を上げた。


「ええ、参加者も観戦者もね。」


 選考会で明かされなかったから薄々嫌な予感はしていたものの、まさか本番まで明かされないとは——


「やっぱり受けるんじゃなかったかな・・・」


 心の声を漏らして私は机に突っ伏した。大会前には内容が明かされるとばかり思っていた手前、やる気が一気に下がった。内容が分からない大会に出ないといけないなんて、億劫でしかない。


「まあまあ、どんな結果でも成績には影響しないから、精々楽しむ事ね。」


 お気楽なエリの励ましに私は「そうするわ。」と気の無い返事を返した。


 しかし、どうしたものか。大会がぶっつけ本番というのは流石に不安が過る。


 いや、出場が決まった以上どうにかするしかないのだが、こういう時の私は大体大胆な行動を取りがちだ。グリゴリの時といい通り魔の時といい、出来るだけ目立たない様にしなければならないのに、つい必死になってしまう。


 何事にも手を抜かないという意味では狩り人として優秀なのかもしれないが、身を隠す者としてはこれ以上ない欠点だ。何か策を考えておかなければ——


「それはそうと私を呼び出したのはそれだけ?」


 上体を起こし考え込む私にエリが怪訝な表情でそう尋ねた。その姿に何気なく私が「ん?それだけだけど?」と返すと彼女は心底驚いた表情をして声を上げる。


「ええええぇぇぇ!それだけぇ?私はてっきりあかりとデートだと思って張り切ってきたのに。」


「エリ姉は私に何を求めてるのよ・・・」


 全く、彼女はいったい何を考えているのかと。エリとは長い?付き合いだが未だに考えている事がよく分からない。


 本気でそんな事を言っているのか、それとも単に私をからかっているのか——


 ・・・まあ、どっちでもいいか。なんて思いながら私はカップに指を通してコーヒーを飲んだ。

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